対悪魔戦
「ボクが正面からあいつを抑えます。グラーフくんは動き回り、隙を見て悪魔の態勢を崩してください」
「承知!」
手短に打ち合わせ、散開。
アロンが悪魔の眼前で構える。
悪魔が、回り込むグラーフに目を向けた。
「あなたの相手はボクですよ」
全身に《バインド》。
悪魔の体が、固定された。
ギロッ!
『邪魔をするな』
そう言うかのように、悪魔がアロンを睨みつけた。
強い殺気に、ゾクゾクっと背筋が震えた。
刹那。
悪魔が触手を振り下ろした。
ギリギリのタイミングで受け流し。
骨が軋み、鈍い痛みが全身を襲う。
それに耐え抜き、アロンは攻撃を受け流し切った。
「我が願いに応えよ筋肉! ――《筋肉拳激》!!」
瞬く閃光。
遅れて衝撃波が体を揺らす。
グラーフの拳が、悪魔を吹き飛ばした。
――ズゥゥゥン!!
悪魔の巨体が地面を揺らす。
「あ……ははは……」
元Cランク冒険者が悪魔に土をつけた。信じがたい光景を前に、アロンの口から乾いた笑いが漏れた。
グラーフが使ったのは、魔力を筋力に変換する無属性魔術だ。
《筋力強化》と似ているが、出力が桁違いだ。
この魔術をアロンは知らない。おそらくは彼のオリジナル魔術だ。
(しかし、まさかこれほどとは)
先程グラーフの評価を見直したばかりだが、それでもまだアロンの評価は低すぎたらしい。
「この戦いが終わったら、吟遊詩人にでも転職しましょうかねえ。元Cランクの冒険者が悪魔を殴り飛ばす光景を謳ったら、一山当てられそうですし、ギルドマスターの職よりも気楽で――」
「マスター、来ますよっ!」
「――っ!」
アロンは即座にその場を離脱。
次の瞬間、悪魔が体をよじった。
ただそれだけで、周辺一帯の家屋が根こそぎ倒壊した。
もし反応がわずかでも遅れていれば、アロンは家屋と同じ命運を辿ったに違いない。
「ははは、マリィくんもびっくりの鋭い突っ込みだ」
感じた怖気を冗談で拭い取る。
起き上がった悪魔に、ダメージは見て取れない。グラーフの驚くべき攻撃も、さして痛手を与えられなかったようだ。
(これを、どう倒せと?)
悪魔の硬さに挫けそうになる。
しかし気持ちを切り替え、剣を構える。
(ボクらの攻撃が通じなくても、リリィさんの魔術さえ完成すれば……)
この戦いを終わらせられる。
希望を胸に、アロンは悪魔に立ち向かう。
《バインド》、回避、受け流し。
フェイント、離脱――、
「――《筋肉拳激》!!」
悪魔の背後からグラーフが全力攻撃。
完全なる不意打ちだ。
しかし前回とは違い、悪魔は踏みとどまった。
「――ッ!」
グラーフが即座に離脱。
次の瞬間、グラーフがいた場所に触手が落ちた。
――ズゥゥン!!
激しい地面の揺れに、心臓が震え上がった。
あれを食らっていれば、いかにグラーフとてミンチ状になっていたに違いない。
(まだか)
追撃をさせぬよう、アロンが前に出る。
(まだ魔術は完成しないのか!?)
悪魔を翻弄しながら、アロンは焦りを抱く。
体力の限界が近づいてきている。それはグラーフも同じだ。
彼はすでに四十を超えている。どれだけ鍛錬を重ねよても、若い頃のようには動けない。悪魔の攻撃を浴びるのも時間の問題だ。
アロンが焦っていた、その時だった。
「――避けて」
後方から、リリィの声が届いた。
次の瞬間、
「《バインド》!」
アロンはありったけの魔力を込めて、悪魔をその場に縫い付けた。
魔術が発動すると同時に離脱。できる限り悪魔から距離を取った。
○
アロンとグラーフの離脱を確認して、リリィは杖を天高く突き上げた。
「我願う――。
悠久の刻を超え、闇を照らし、闇を暴き、闇を貫く者よ。
邪に染まり悪を尽くし、闇に堕ちたる愚かなる者共に、
偉大なる光の力以て、天より怒りの鉄槌を落とさんことを!」
――《ホーリーレイン》
発動した瞬間、世界に光が満ち溢れた。
真っ白な光景の中で、強大な魔力がいくつも天から降り注ぐ。
それを、リリィはさらに操る。
「――《一点収束》」
天から落下する無数の光を、一点に集約。範囲型の殲滅魔術だったホーリーレインが、より強力な単体特化の撃滅魔術に変化した。
――ズゥゥゥゥン!!
狙い違わず、魔術が悪魔の中心部に直撃。尋常ならざる力が悪魔を押しつぶす。
ぐらり。リリィの視界が傾く。膨大な魔力を放出したせいで、早くも魔力欠乏の症状が現れたのだ。
(……やった?)
杖によりかかりながら、リリィは悪魔を観察する。
魔術が落ちた周囲の建物は粉々だ。周辺だけでもこれほどの被害を出した魔術の直撃を食らったのだ。いくら悪魔とはいえ、ただでは済むまい。
土煙がゆっくりと晴れていく。
「えっ……」
リリィの予想とは裏腹に、傷一つついていない悪魔の姿が現れた。
(無傷? そんな、馬鹿な)
(魔術が効かない!?)
リリィは呼吸を忘れ、ただ呆然と立ち尽くす。
絶望が心を支配する。
――だめだ。
これ以上の魔術は放てない。もう、諦めよう。諦めかけたその時、リリィの眼がほんの僅かな変化を捉えた。
悪魔の体毛からうっすら煙が上がっている。
「悪魔の結界が剥がれました! リリィさん、もう一発いけますか!?」
「――ッ!」
アロンの言葉にリリィは我を取り戻した。
自分の魔術を受けきったのは、相手の抵抗力が恐ろしく高かったからではない。悪魔の周りに、特殊な結界が展開していたからだったのだ。
諦めかけた心が、再び動き出す。とはいえ、リリィにはもうほとんど魔力が残されていない。たとえ放てても、中級レベルの魔術一発程度だ。
だが、それでも、何も出来ないわけじゃない。
(倒せる)
(わたしが諦めなきゃ)
(この悪魔を、滅ぼせる!)
リリィは奥歯を食いしばり、魔力を高めていく、その時だった。
パチパチパチ。手を叩くが聞こえた。
「いやー、みなさん、素晴らしい連携でしたー」
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