オニのオカシラ
鬼のカシラは見た。
――ニンゲン二人の戦闘を。
――その二人のうち片方の小僧の、神もかくやという快進撃を。
『ええい、かかれかかれ!』
鬼は従えるものたちを、一斉に人間にけしかける。
いま飛びかかったのは、村二番の力持ちだ。彼ならばひとたび組み付けば、胴体が離ればなれになるまで決して離れないだろう。
『やったか!?』
カシラは快哉を上げる。しかし、力持ちの鬼は組み付く間もなく、脳天に矢を受け絶命した。
恐るべき早業。鬼のカシラにすら、小僧が弓を構えて放つ姿が残像でしか捉えられなかった。
『誰か、なんとか出来ぬのか!?』
カシラの問いに、しかし部下は誰一人答えられない。あの小僧を止める術が、まるで思い浮かばないのだ。
ニンゲンは鬼よりも圧倒的に格下の存在だ。非常に狩り易い手合いにも拘わらず、鬼たちでは思いも付かない優れた道具をたくさん持っている。
狩り易く、必ず宝を持っている。発見したならば、狩らない手はない生物だ。
だから集落からニンゲンの姿が見えた時、鬼の一部がニンゲンに襲いかかったのは自然なことだった。
しかしまさか、そのニンゲンにここまで攻め入られるとは、誰も予想だにしていなかった。
この場所は、居を構えるには絶好の場所だった。なぜならばこの近くにある木の枝に、小さく可愛い鳥たちが羽休めに集まってくるからだ。
この小鳥たちを密かに愛でるのが、オーガ一族の生きがいだった。
『ここを渡せば、小鳥ちゃんたちを愛でられなくなるぞッ!!』
『『『おうっ!!』』』
『お前たち、小鳥ちゃんたちが愛でられなくても良いのか!?』
『『『嫌ですっ!!』』』
『ならば死守せよ! オーガなら、命を賭けろ野郎どもッッ!!』
『『『はッッ!!』』』
『ニンゲンを殺せ!』
『『『殺せ! 殺せ! 殺せ!』』』
そこには、決して負けられない戦いがあった。小鳥を愛でるために、絶対に引くことは許されない。しかし、意地を張れば張るほど被害が拡大していった。
カシラは苦肉の策をひねり出す。
『――小娘だ!!』
小僧に比べ、小娘の身体能力は劣っている。
おまけに――涙を流し続けているではないかッ!!
『あの小娘は一族の腕力に心底怯えているに違いない!』
あれならば皆で囲めば容易く組み伏せられよう。
『小娘を優先して片付けろ!!』
『出来ません!』
『何故だ!?』
『全然、接近出来んのです!!』
見れば、確かに部下たちは必死に小娘に攻撃を加えている。
しかし小娘は鬼たちの攻撃を――宙空を蹴りながら、ひらりひらりと縦横無尽に回避していた。
『なん、だ、あれは……』
それは、初めて見る挙動だった。あのような移動が、人間に可能なはずがない。カシラが呆けているあいだも、小娘は宙空を飛び回り、小僧は部下を切り刻んでいく。
――このままでは全滅だ。
(何故、こうなったのだ……)
原因は二つある。
一つは興味本位でニンゲンに手を出してしまったこと。
もう一つは、反撃にあった時に徹底抗戦してしまったことだ。
もしあのとき、ニンゲンに手を出していなければ。あるいは徹底抗戦せずに逃げていれば……。慚愧の念に顔が歪む。しかし今更後悔しても遅い。
出来ることはもはや、命を賭す覚悟を固めるのみ。
『……ワシが出る』
『カシラが動いた!? ならばこの我も動かねばなるまいッ!』
『ヒャッハー! 頭が出ればニンゲンは終わりだ!』
『オレ、この戦いが終わったら一日中小鳥ちゃんを見守るんだッ!』
皆の士気が、頭の参戦で一気に上がった。
『ガァァァァ!!』
気合いの声とともに、カシラは巨大な丸太を放り投げた。
噴石もかくやという速度で、丸太が小僧に迫る。
これを受け止めるのは、鬼にすら不可能だ。かといって躱せるような速度ではない。
『やったか!』
確信した、次の瞬間だった。
小僧が目にもとまらぬ速度で剣を振るい、
――スコーン。
巨大な丸太があらぬ方向に打ち返されてしまったではないか!
その丸太が、小鳥たちの住処に突っ込み――爆散。
――チチチチチ。
難を逃れた小鳥たちが、その場から一斉に逃げ出した。
見るも無惨な姿になった止まり木が後に残った。ここにはもう、小鳥たちは訪れることはあるまい……。
『ぐぬぬ……。小僧め、よくもやりおったなぁぁぁ!!』
『えっ、今のはカシラが悪いんじゃ――』
『ああん!?』
『い、いえ、なんでもありません』
側近の鋭い突っ込みを、凄んで黙らせる。
今のは自分が悪いのではない。丸太を受けずにたたき返したのが悪いのだ!
カシラは全身に怒りを漲らせ、小僧へと近づいていく。
『よくもやってくれたな小僧、そして小娘』
「ん? なんか話しかけられてる気がする」
「とと、トール。そいつはエリート・オーガではないか!? Aランクに近い魔物だぞ!」
「そうなんだ?」
「今すぐ逃げるのだ!!」
カシラにニンゲンの言葉はわからないが、動揺した雰囲気は感じた。
(くっくっく。ワシの姿を見て怯えておるわ……!)
カシラは唇を曲げながら、拳に力を込め、高らかに言い放つ。
『刮目せよ、ワシの力を! 後悔せよ、小鳥ちゃんたちの住処を破壊したことを! そして死――』
「よいしょっと」
『あへっ?』
小僧の残像が見えた気がした。
次の瞬間、視界が真横にずれた。
『ことり……ちゃん……どうか……ぶじで……』
視界はみるみる地面に落下近づき、そしてカシラの意識は闇の底へと消えていったのだった。




