願う者、応える者
すみません、予定より遅れてしまいました!
「これは……」
あまりに大きすぎて、気付けなかった。
自分たちが、こんなにも巨大な足跡の中に立っていたなんて……。
それも、人間が四人、余裕で入れるようなサイズだ。
「なんだ、これは……」
自分の口から出た発言に、我ながら呆れの念を覚える。
決まっている。
この地球上のどこに、こんな足跡をつけられる生物がいる。
サワリに決まっているじゃないか。
その全貌を想像すれば……それは、明らかに天道啓のサワリより、はるかに巨大なものだった。
大きさが強さに直結するわけではない。
だが、質量が力に直結するのも、まだ事実だ。
であれば……これは。第何等級のサワリだ?
「ふうん……」
武器を血錆の翼に戻しながら、八束が興味深そうな声を漏らした。
「これが、噂の巨大な影の痕跡?」
「……みたいだな」
しかし、そうだとすると、やはり分からない。
なぜここまではっきりとした痕跡を残すようなサワリを、双界庁は見落としている?
いや、そもそも……。
「しっかし、なーんかおかしくないか?」
「え?」
しゃがみ込んだ紫峰が地面に触れて呟く。
「あんだけ木の葉が積もってて……見ろ、雑草も普通に生えてる。巨大ななにかに踏み固められたにしちゃ……自然がそのまま残りすぎじゃないか?」
「……言われてみれば」
大質量でつぶされたにしては、綺麗すぎる。
「つまり……どういうことなんすかね?」
「……」
伊上の問いかけに、答えは出せない。
「というか」
八束が周囲を見回す。
「その巨大なサワリは、どこにいったわけ?」
そうだ。
それも、おかしい。
巨大なサワリが現れたとしよう。
それで、そいつはどこに行った?
とてもじゃないが、そう簡単に隠れられるような存在じゃないだろう。
感覚を研ぎ澄ませても、俺の魂は何の反応も感じ取れない。
「……とりあえず、周囲を探してみるか」
「命令しないでほしいわね」
俺の言葉に真っ先に反抗して、八束が空へと舞い上がった。
「あ、おい!」
「私は好きにさせてもらうわ……このサイズの獲物なら、面白そうだもの」
八束は犬歯を剥き出しにして笑うと、衝撃波とともに空を翔けだした。
「あいつ……」
「ま、千華らしいわな……」
紫峰が肩をすくめ、伊上はどうすればいいのかと右往左往していた。
「……はあ」
ため息をこぼし、俺は頭を掻いた。
「とりあえず……行くか」
八束のことは無視するしかない。
――そうして、俺たちは夜の山の中を歩き出した。
だが……。
サワリは、その影すら俺たちの前に表すことなく、俺たちはこの日はひとまず村へと帰ることにした。
† † †
「ああ、おかえりなさい。お勤め、ごくろうさまです」
戻った俺達を軒先で迎えたのは、伊上の姉……栞さんだった。
「姐さん、まだ起きてたんすか?」
驚きの声をあげる伊上に、栞さんはそっと首を横に振った。
「この村のために、調査……を、してくださっているのでしょう? なのに、呑気に寝ているなんて申し訳ないですから」
そう言って、栞さんは俺たちに柔らかな笑みを向けた。
……なんというか、うん。
こういう、暖かな人間味ってのは、いいな。
「その、気にしないでください。仕事ですから」
「お若いのに、しっかりしていらっしゃるんですね」
「いえ……」
お若く、なんて言われても違和感がある。
栞さんも、十分に若く見える。伊上の姉だと言われていなければ、俺と同い年程度なのではないかと勘違いしてしまうほどに。
「あれ、ところで、もう一人いらっしゃったと思うのですが……」
どうやら、八束はまだ戻ってきていないらしい。
……本当に、サワリのこととなると、止まらないな。
そこまで戦いたいのか……戦いたいんだろうな。
「あいつ……八塚のことは気にしないでください」
「はあ……」
不思議そうに、栞さんが首を傾げる。
「しかし、山には獣もいますし……」
「あいつ相手に襲い掛かるほど、馬鹿な獣はいないでしょう」
「だな。まあ、仮にいても、その時はメシが豪華になるだけだ」
あいつが狩った獣の肉をいちいち持って帰ってくるとは思わないが……そもそも原型が残るかも怪しいぞ。
「……?」
俺と紫峰の言葉に、栞さんはさらに首を深く傾げる。
「姉さん、俺らがこの人たちの心配をするなんて、余計なお世話っすよ。この人たち本当にすごい人たちなんすから」
「そうなのね……」
すごい、か。
そんな評価も、違和感だった。
そういう、立派に言われるような存在じゃないんだけどな。
少なくとも、俺は……。
「そうだ、よろしければ皆さん、お夜食はいかがですか? 簡単なものですが、一応ご用意しましたので」
「おっ、そりゃありがたいな」
「おい……少しは遠慮しろよ」
「バーカ、もう用意してるってんなら遠慮する方が失礼だっての」
「む……」
それも、そう、なのか?
「戦火さんも遠慮しないでください。ただ、、姉さん。明日からはこういうのは大丈夫っすからね」
「あら、そう?」
……本当に、人のいい……。
この人の爪の垢を煎じて紫峰や八束に飲ませてやりたいくらいだ。
「……なんだ、その目は」
「別に?」
妙に鋭い。
† † †
おかしい……。
夜空を翔けながら、千華は眉をひそめた。
サワリを探し始めてから、それなりの時間が経っている。
だというのに、見つかる気配は一向に無い。
「……どういうこと?」
少しは楽しめるかと思っていただけに、肩透かしを食らった気分で、千華は渋い顔を浮かべた。
ぞの時……ざわりと、胸の奥で何かが動く気配がした。
「……六花?」
自分の内に抱えたその魂が訴える言葉に、千華が耳を傾ける。
「……超越の魂が、一つ?」
伝わってきた言葉の意味が、千華には理解できない。
「それって、どういう……?」
問い返すが、返答はない。
「……何なのよ」
千華は胸を抑え。眼下に広がる山の暗闇を見下ろした。
探し求める闘争と破壊は、どこにも存在しない。
少なくとも……今は。
† † †
蘇れ。
蘇れ。
声が聞こえた、それは動いた。
魂が、生まれたその時から生半可ではない強度を持っていたからこそ。
奇跡のように、その声が、そこに届いた。
蘇れ、と。
何度も繰り返される声。
聞き覚えのある声。
愛おしい声。
まだ思い出せた。
だからこそ、強く、応えたいと願った。
蘇れ。
その願いは、このままではかなわない。
願うものが悪い。
蘇れと願われたその魂は……あまりにも強大すぎるから。
蘇れと叫ぶ声の持ち主では、届かない高みにあったから。
だから、願いは永遠に敵わない……はずだった。
だが、そう願うものがいて、その願いに応えたいと思って……奇跡は起きた。
起きてしまったのだ。




