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そして明日を壊す為、  作者: 新殿 翔
魂を明日へと結ぶ為、
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早すぎる夏の気配

 到着した村に対し感じたのは、まず、広い、という印象だった。


 山を越えた先、長い坂道を下る車の中からは村が一望できたが、大きな湖を中心に、円環状に緑の田畑が広がっていた。


 それに対して、住宅の数は決して多くない。


 ぱっと見た感じで、三十から四十世帯、といったところか。


 建物自体も木造のかなり古びた作りで、よく言えば歴史を感じさせた……ありていに言ってしまえば、やはりド田舎、ということになるのだが。


 車が停まったのは、一軒の家屋の裏手にある大きな広場だった。


 大きさの割に、停まっているのは数台のトラックだけで、広さが活かされている感じはない。


 なにもないスペースを駐車場代わりに適当に使っている、といったところか。



「っ……」



 車のドアを開けた瞬間、俺ははっきりと異常を認識した。


 一気に流れ込んでくる、なまぬるいを通り越し、肌を焦がすような熱気。


 どこからか聞こえてくるセミの鳴き声。


 まだ、季節はようやく早いところでは梅雨入りが始まったころだ。


 だというのに……これは明らかに、真夏の気候じゃないか。


 ちらりと見れば、紫峰や八束も訝し気な顔を浮かべていた。



「おい、伊上……」

「はい?」



 なんでこいつは平然とした顔をしているんだ。



「……まさかこの辺りは、こんなに暑くなるのが普通なのか?」

「あー、そうですね。去年とかもこんなものだったっすかね」



 あり得るのか、そんな土地が……不便極まりないな。


 そういえば山とかに囲まれていると空気が流れない、とか、熱が移動しづらい、とかいう話を、どこかで聞いた気がしないでもない。


 ……そういう事、なんだろうか?



「伊上、テメェそういうことはさっさと行っておけよ。くそあっちぃな。夏服持ってくんだった」



 紫峰が服の袖をめくりながらぼやく。


 その横で、八束も渋い顔をしながら、額にじわりと浮かんだ汗をぬぐっている。



「す、すみません」

「……ところで、あそこが伊上の実家か?」



 広場の横に立っている二階建ての木造建築に視線を向けつつ尋ねる。



「そうっす。この時間なら農作業もおわって、両親と姉さんが家にいると思います。ボロ屋で申し訳ないっすけど、ここいいる間はうちの家の空き部屋を寝泊まりに使って下さい」



 話していると、ちょうどいいタイミングで家の勝手口が開いて、中から女性が姿を現した。


 どことなく、伊上と似た目元の二十代中ごろといった女性が、こちらに駆け寄ってくる。



「省吾、帰ってきたのね!」

「ただいまっす、姉さん」



 やはり姉か。


 事前に聞いた話では、彼女は魂装者ではないそうだ。


 割と、珍しいケースだ。


 兄弟というのは、どちらかが魂装者になると、もう片方も魂装者になるケースが多い。


 幼いころから時間を共にしてきた相手が魂の扱い方を覚えることで、もう片方も影響を受ける、とかなんとか論文を発表している学者もいるそうだが、確実な話ではない。



「そちらは?」



 伊上の姉が俺と紫峰を見て、小首を傾げた。



「手紙送ったじゃないっすか。お山の異変を調査してくれる、双界庁の魂装者っすよ」

「あら? そんなもの、送られていたかしら……」

「う、もしかして届いてないんすか? なにかの手違いっすかね」

「かしら? 困ったわ。せっかくのお客様なのに、おもてなしの準備を今からして間に合うかしら」



 頬に手を当てた伊上の姉の言葉に、俺はすぐに首を横に振った。



「お気遣いなく」

「ごめんなさいね電話線も通っていなければ、携帯電話の電波も通じないような場所だから、たまにこういうこともあるのよ」



 ……そんな場所、現代日本に存在していたのか。


 内心の驚きは、下手をすれば馬鹿にしているともとられなかねない思考だ。表情には出さないように押し隠す。


 ……だというのに。



「どんなド田舎よ。人間の住む環境?」

「ば……」



 あっけらかんと暴言を吐く八束に、思わず目を見開いた。


 郷土愛を持っている相手だとするなら、激昂しても、なんらおかしくない。



「ふふっ、そうですねえ」



 だが、伊上の姉は、あっさりと紫峰の言葉を、穏やかな笑顔で受け止めた。


 ……随分と、人がいいようだ。


 俺の周りの人間と比べると出来過ぎていて、なんだか妙に感動してしまった。



「ああ、申し遅れました。私は伊上栞(しおり)と申します。いつも弟がお世話になっています」



 そう言って、伊上の姉……栞さんは、会釈をした。



「いえ……」

「ま、世話になってんのはこっちだ。あんたの弟はなかなか優秀なやつだぜ」

「ちょ、紫峰さん。なんか恥ずかしいんでやめてください!」



 紫峰と伊上のやりとりに、栞さんが小さく微笑む。



「心配だったのですが、省吾はよいお友達がいるようで、安心しました。これからもよくしてやってください」

「ね、姉さんも……」



 伊上は、ついには恥ずかしさで俯いてしまった。



「と、とにかく、中に上がってもらうっす」

「ええ、そうね。それではお二人とも、こちらにどうぞ」



 俺達は案内を受けて、伊上の実家へと歩き出す。


 不意に。



「……?」



 胸の奥で、なにか……翡翠の輝きが、揺れた気がした。


 それはまるで、怯えのように……。



「…………」



 そっと、自分の胸を抑える。


 これは……。



「おい、戦火! テメェなにちんたらしてんだ!」

「……」



 先を行く紫峰の声に、意識が現実に引き戻された。



「……ああ」


† † †


 どうして?


 どうして、どうして、どうして?


 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!?


 なぜ、上手くいかないのだろう。


 他の全ては上手くいった。


 完璧に、完全に、あの頃を取り戻した……はずだった。


 なのに、なんで一つだけ上手くいかないんだろう。


 最後のピース。


 けれど、なによりも大切なピース。


 自分の力であれば、上手くいかないはずがないのに。


 どうして。どうして。どうして。


 ああ、早く……あの輝かしい日々を、もう一度。


† † †


 準備はしていない、という割に、伊上の家でごちそうになった夕食はかなり豪勢なものとなった。



 驚くのは、そこに使われた食材が全て、自分たちの畑や家畜から出ている、というところだろうか。



 土地として不便な分、自給自足がきちんとできている、ということか。


 食事を終えれば、与えられた部屋へ。


 お世辞にも広いとも綺麗ともいえない部屋だったが、一応布団は用意されていたし、十分だろう。



「……さて」



 双界庁の外套を着て、軽く魂の力を練り上げる。


 双界庁の外套には魂の加護が施されており、サワりに対する防御力を僅かながら備えている。


 それだけで言えば、素晴らしいものだ。これを切るだけでで、分厚い金属鎧などを着るよりもよほど安全を得られるのだから。


 とはいえ、こうも暑いと外套など普通に着ていられない。


 というわけで、微弱ながら、自分の周囲に冷却の力を纏わせる。


 この程度の力の行使であれば双界の境界面に波紋を起こすこともない。



「行くか……」



 呟いて、俺は部屋の戸に手をかけた。


 俺達は旅行に来たわけじゃないんだ。


 多くの人が眠り、活性化した魂が減少することで、夜は魂魄界からの影響を受けやすくなる。


 なにか魂魄界関係で異常が起きているとして、それを調べるのなら、やはり夜。


 本番は、ここからだ。


 ……しかし。


 なんだろうな。


 妙に、気持ちがざわついる。


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