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そして明日を壊す為、  作者: 新殿 翔
魂を明日へと結ぶ為、
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魔王の憧れ

「うん……あの、私は大丈夫だから……」


 夕食の席で事情を説明した結から帰ってきたのは、想像通りの返答だった。


 こいつであれば、そう言うと、なんとなく分かっていた。



「……しかしな」

「その人は、困ってるんだよね?」



 渋る俺に、結の視線が投げかけられる。


 その深さに、息を飲んだ。



「困っている人がいるなら、助けてあげてほしいな……お兄ちゃん」

「……」



 微かな微笑みから、思わず、視線を逸らしてしまう。


 結は、強い。


 自分だって、決して恵まれた境遇ではないのに、それでも誰かのことを気にかけられる。


 それを、強さと言わずなんというのか。


 少なくとも……十年前の俺にはなかったものだ。



「ったく、おい戦火、ここにきてなにグダグダ言ってんだよ!」



 苛立たし気に紫峰が言葉を荒げる。



「結が認めたんだ。あとはお前の意思一つじゃねえのかよ」

「……」



 うるさいやつだ。


 思わず、舌打ちしそうになる。


 もう一度、ちらりと結を見る。


 結は、まっすぐ俺の事を見つめていた。


 その瞳に感じるのは、なんだろう。


 期待、だろうか。


 俺がどんな選択をするのか……結の中の理想の答えは、なんだろう。


 ……そんなの、わざわざ考えるまでもない。



「……」



 ここまで状況が整って、伊上にも借りがあって……。


 別に、結に期待されたから、ではない。


 ただ、その期待を裏切りたくはない、という想いも、少しはあるのかもしれない。



「……すぐに戻る。留守を頼んだ」

「うん!」



 俺の応えに、結が満面の笑みを浮かべて頷いた。



「最初からそういやいいのに、ったく面倒くせぇやつだな」

「そうかよ」



 お前は考えなしで日々を生きているようで、楽そうでなによりだ。


 と、心の中で呟いておく。



「ま、そういうわけだ真央」

「……ん」



 こくり、と黙って話を聞いていた遠季が頷く。



「それじゃあ……戦場、朔……紫峰七海……八束千華……を、調査に、派遣する」



 あ?



「待ちなさい!」



 無言で夕食を摂っていた八束が強く卓に茶碗を叩きつけた。



「今の流れでどうして私まで行くことになるのよ!」

「……」



 遠季が長い髪の隙間から、鋭い八束の視線を受け止め、軽く首を傾げた。



「必要、だから……」

「はあ?」



 要領を得ない遠季の言葉を訝しむのは、八束だけでなく、俺も一緒だ。


 こいつ……やっぱりなにかたくらんでいるのか?



 相も変わらず、遠季の考えは読めない。


 こいつがなにを、どこまで知っているのか……。


 同じ特第一等級となった今でも、まったく掴めない。


 ……同じ、か。


 こうしていると、ときおり疑問に感じることがある。


 本当に、俺と遠季は同等なのか?


 位が同じになった。


 ……だが、正確には?


 その枠の中で、俺とこいつにはどれほどの差が存在している?



「……断るわ。そんな私情込みの話、付き合っていられない」

「駄目……あなたは、行く必要がある」



 その瞬間、遠季から放たれたのは、濃密な魂の圧力だった。


 とっさに結を、『聖域』の力で保護する。


 ……そうでなくては、どうなっていたことか。


 ここにいる第一等級の面々が指一本動かせなくなるような圧力だ、常人ではとても耐えられるものではない。



「遠季……」



 低い声が漏れる。


 俺の感情に従うように、肩のあたりから漆黒が滲み出した。



「『黄泉軍』が守ると分かっていた……なら、遠慮は、いらなかったでしょう?」

「……二度とするな」



 言っても聞かなそうな遠季に嘆息する俺を見て、結が不思議そうな顔をする。



「……!」



 そんな会話の最中も、八束は必死に身体を動かそうと、魂の力を振り絞っていた。


 とはいえ、遠季の魂の力には、さざ波一つたっていない。



「……あ、の……私、とばっ、ちり……」



 朱莉先輩は手に持った味噌汁のお椀を取り落さないよう必死だった。



「……遠季。これじゃあ話すらすすめられないんじゃないのか」

「……ん」



 俺の言葉に、遠季が力を掻き消す。


 途端、八束たちが大きく呼吸を繰り返した。


 どうやら、まともに息すら据えていなかったらしい。



「あんた……なにを……!」

「『黄泉軍』ならば問題はなかった。誰かを守る余裕すら、あった」

「っ……」



 八束が唇を噛む。


 そこに、圧倒的な差が存在していた。


 見せつけられ、言葉なく、けれど視線は刃物のように、八束が遠季と俺を睨み付ける。


 なぜ俺も巻き込まれなくちゃならないんだ。



「あなたは弱い」



 歴然たる事実を、遠季が突き付ける。



「力が欲しいのでしょう? なら、私の言うことを、聞いておきなさい」



 そう告げると、遠季は一足先に食事を終えて立ち上がった。


 そのまま、彼女が出ていくまで、誰も声をかけられなかった。



「って、おい、お前また食器片付けてないぞ!」



 俺の声が、いやによく居間に響いた。


† † †


 夕食後、片づけを終えた俺はその足で庭に出た。


 壁際に立てかけて置いた木刀を手に取り、庭の真ん中へと移動する。


 最近は結の為に時間を使っているので、自分の鍛錬の時間が取れずにいた。


 だから、こういった隙間の時間を使っている。


 ……もちろん、そこに不満があるわけではない。


 ただ、結が気付けば申し訳なく思うだろう。あいつはそういうやつだ。


 であれば、こうする上で誰にもばれないのは最低条件だ。


 ……だというのに。



「剣なんて、必要?」



 遠季は、いつからそこにいたのか。


 当然のように、縁側に腰を下ろしていた。


 『黄泉軍』の中にある索敵系の能力を複数使用していたというのに、それをないもののようにあっさりと。


 ……規格外め。



「必要か必要じゃないかじゃない……すべきだと思っているからしている」



 あの人に教えてもらった剣だ、錆びつかせるわけにはいかない。



「……そう」

「それより一つ聞いていいか。どうして八束を今回の件に同行させるんだ?」



 八束自身も当然そうだろうが、俺だって気になっていた。


 自意識過剰かもしれないが、俺がいるのだ。


 だというのに、八束を必要とする?


 そんな状況、限られているだろう。



「『翡翠の薔薇』を喰らって、自覚しているでしょう? 『共食い』では完全ではない」

「……」



 意味は理解できる。


 『共食い』では――サワリを喰らっているだけでは、絶対に得られないものがある。


 例えばそれは、生存を願う生者の想いの究極である『翡翠の薔薇』だ。


 その純度、質量は俺の中ではっきりとした存在感をもって糧となっている。


 生者の想いなのだから、死者であるサワリでは持ちえない。


 それで言えば、『聖域』も一部死者に汚されているとはいえ、希少だ。


 誰かを守りたい。


 それも、本来サワリにはありえない想いなのだから。


 否……希少だからこそ、強いのだろうか。


 考えてみれば、『勇者』や『人魚姫』もそうだ。


 『勇者』は言うまでもなく、『人魚姫』も世界に自分を刻み込みたいという想いの魂……既に世界から退場している者達では願いようもない。


 だが……『伊邪那美』はどうだろう。


 破壊を願う。


 それだけならば、生者を妬む死者でも願える……が。


 その上で、なお第一等級になりうるだけの何かが、あるということか?



「……で、それが何だ?」



 この問答が八束を連れていく理由につながるのだろうか?



「あなたはまだ、不完全。より喰らい、より強大にならなくては……私の憧れた魂は、その程度ではないでしょう?」

「……」



 何を言っているんだ、こいつは。



「憧れた……この程度ではない、だと? 何を言っているんだ。お前に何が分かるんだ」



 その言い方では、まるで……こいつの知っている『黄泉軍』が今以上の力を持っているかのようではないか。



「十年前のあなたは、そんな小さくはなかった」

「なんだと?」



 遠季の白髪が、夜風に揺れる。


 その口元に、笑みが浮かんでいた。


 熱に浮かされたかのような、蕩けた笑みに、寒気を覚える。



「十年前、誰も魂魄界など知らなかった。魂装者などいなかった……私は、その中でも最初期の魂装者の一人。あの災禍の中で魂の力に目覚めた。だから感じた」

「……なにをだ」

「例えば、双界庁が壊滅しかけた第二次大規模飽和流出を一として、第三次大規模流出はそれよりコンマ二か三上回っていた程度」

「だから……」



 こいつはどうして、遠回しにしかものを語れないのか。


 苛立ちが募る。



「第一次大規模飽和集出は、二十から三十」

「……え?」



 苛立ちが、凍った。


 遠季の口にした言葉の意味と、そこから導き出される結論が、かみ合わない。


 俺が今、魂の内に納めた質量は……そんなにも膨大ではない。


 それこそ遠季の言うところの、一か二といったところか。


 彼女の言葉が真実だとすれば……残りは、どこへ?



「お前……適当なことを……」

「私にも疑問……あなたは確かに自分の魂を自覚したはずなのに……それでも尚取り戻せない? 違う。もう、あれだけの力は、どういった訳かあなたの内から掻き消えてしまっている」



 ちらりと、脳裏によぎるのは、二つの姿だ。


 俺から穢れのみを取り払って消えてしまった、あの二人……仮に、遠季の言うようなことが出来るとすれば、それは……。



「なんにせよ、今のあなたは小さく、まだまだ脆い……これからより多くの魂を取り入れて強くなっていかなくては……」



 強く、か。


 それは、俺にまた『翡翠の薔薇』のように、誰かの魂を食らえと、そういうことか?



「……お前に、そんなことを指図されるいわれはない」

「私の憧れなのだから、今の姿は認められない」

「――……」



 遠季の言葉に込められた怖気のする力強さに、木刀を握る手に力がこもる。



「お前は、俺に何を求めているんだ」

「あの日見た輝きを。死者の軍勢率いる廃頽の光輝を……」

「……お前の言っていることは、わけが、わからない」

「そう」



 遠季は淡く笑むと、立ち上がって、俺に背中を向けた。



「分からなくてもいい。あなたはただ、そのように在ってくれれば……いつか私と……。その為にも、今は、万が一の可能性は排さなくては。『伊邪那美』を同行させるのは、その為……」

「なに?」



 万が一……それが、少なくともいい意味ではないことは明らかだった。


 八束をつれていくのは、それを埋める保険だとでも?


 ……『黄泉軍』だけでは、十全足りえない状況が、そこにあると?



「お前、何を知って……」

「『伊邪那美』の破壊は、自らを苦しめる死者への破壊。未来の足引く過去の破壊」

「それは……」



 思い返せば、思い至る点はいくつもある。


 死者は、過去を振り返らない。


 死者に、未来はない。


 死者の破壊は暴虐と嫉妬だ。自分は死んでしまったのに、なぜお前たちは生きている、妬ましい、殺してやる……と。


 であれば……なるほど。八束の魂もやはり、生者ならずして願えぬものだ。



「いつか、それも喰らうといい。『黄泉軍』の貴重な糧となる」

「……ふざけるな」



 こいつは、なにを易々といっているんだ?


 殺せと?


 馬鹿な。



「付き合っていられるか、狂人が」



 吐き捨てるように告げれば、遠季の笑みは、なお深くなる。



「望む望まざるにかかわらず、あなたは喰らうは。だって、それがあなたなのだから」

「……」



 俺はもう、遠季の言葉に耳を貸すつもりなど、微塵もなかった。


 一人、静かに鍛錬を始める。




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