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そして明日を壊す為、  作者: 新殿 翔
魂を明日へと結ぶ為、
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敵対者

 この日の隊舎には、結と共に七海が残っていた。


 千華は行先も告げずに出かけ、真央は子供のお守など任せられる性格ではない。


 朱莉と満が朔を探しに出かけてしまえば、もはや残された選択肢は七海以外になかった。


 居間で寝転がりながら、七海は庭でなんの技巧もなく木刀を振り回す――というより振り回されている結を見守る。


 木刀の振り方を教えようにも、七海もそういった知識は持っていなかった。


 そもそも筋力をつけるためのトレーニングからでは、とは思ったものの、見た感じ木刀を触れるようになることを目的としているのではなく、木刀を振ること、振り回されること自体を楽しんでいるようなので、怪我をしないように見守るくらいで留めていた。


 ぼんやりと眺めていると、体力を使い果たしたのか、木刀を引きずるように、ふらふらと結が縁側に戻ってきた。



「おう、お疲れ」

「お水……」

「はいはい」



 用意しておいた水の注がれたコップを渡すと、結が少しだけ不満げな顔をする。



「冷たくないー」

「馬鹿、いきなり冷たいもん飲むのは身体によくねぇんだよ。冷たいもの飲みたいんら、それ飲み終わったらまた用意してやるから」

「うー」



 抗議の声を漏らしながらも、咽喉の渇きにはあらがえず、結が水を一息で飲み干した。



「ん……」



 それから、コップを七海に返すと、大きなあくびをこぼした。


 身体を動かした後は眠くなる、なんとも子供らしい様子に、七海が口元を緩める。



「昼寝でもするか?」

「大丈夫……」



 言いながらも、瞼は重そうだった。



「そうか……あ、なら本でも読むか?」

「ご本?」

「おう。ちょっとまってろ」



 七海が立ち上がり、居間を出ていく。


 すぐに戻ってきた彼女の手には、積み重ねられたいくつもの童話の本があった。


 児童向けで、ページ数もそれほどないものだ。



「なんか好きな話とかあるか?」



 言いつつ、七海はどこか楽しそうに本を並べていく。


 最初は、やはりというべきか人魚姫。それから白雪姫やシンデレラなど、ありふれたものから、少しマイナーなものまで、内容は様々だった。



「七海お姉ちゃん、ご本好きなの?」

「あー、おとぎ話だけな。特にアタシのおすすめは人魚姫だ」



 自信満々に本を掲げる七海だか、結はどことなく渋い顔をした。



「人魚姫って、最後は泡になっちゃうんだもん……」

「馬鹿、それがいいんだろ。その、全てを投げ出すほどに一途、ってのが心を震わせるんだよ」

「……?」



 七海の言い分は、結には難しかったらしく、首を傾げてしまう。


 さすがにそれ以上言い張るつもりはないのか、七海は苦笑して、人魚姫の本を置いた。



「それじゃあこっちはどうだ?」



 次に七海が進めた本のタイトルに見覚えがなく、結は首を傾げた。



「どういうお話?」

「竜に姿を変えられた王子様と、心優しいお姫様の話だ。王子様はお姫様のキスで呪いがとけて、無事に人間に戻るんだが、そのあとにまたひと波乱あってなあ」

「なになに?」



 興味が湧いたのか、結が瞳を輝かせながら七海に詰め寄る。


 その態度に、七海も満更ではない笑みを浮かべた。



「ネタバレはしたくねえんだが、まあせっかく興味湧いたのに無碍にするのもアレだしな。しかたねぇ、ちょっとだけ話してやるよ」



 言葉とは全くの正反対の表情で、七海は本の内容について語りだす。



「王子様は無事に呪いがとけたんだが、次にお姫様が呪いにかかっちまうんだよ」

「そんなのかわいそうだよ」

「そりゃアタシに言われても困るよ」



 苦笑し、七海が本のページを開く。


 そのページには、野薔薇が咲き誇る中にぽつんと生えた野草の挿絵が書き込まれていた。



「お姫様は呪いで、自分の髪の色と同じ、どこにでも生えているような野草に変えられちまうんだ。野薔薇の中にある雑草なんて、誰も目を向けてくれない……」

「そ、それで?」



 話の展開に期待をよせながら結が尋ねると、七海が唇の端をにやりと持ち上げた。



「アタシからはここまでだ。あとは自分の目で確認するんだな」

「えー!」



 頬を膨らませた結に、七海が本を手渡した。


 それは、紫峰七海の愛する物語の一つ。


 彼女が好むのは、最後に報われない悲劇だ。


 当然、ならば彼女の選んだ一冊も、ありきたりは平和な結末など用意されているわけもなく……。


† † †


 満が案内した先に本当に妃の姿があり、朱莉は驚きに目を丸くした。


 妃は荒れ果て本屋の中で、倒れた本棚に腰かけて本を読んでいた。



「ん?」



 朱莉と満の存在に気づき、妃が本を閉じ、脇に置く。


 見えた本の表紙から、それが児童向けの本であることが窺えた。



「2人とも、こんなところで会うとは奇遇だな」

「奇遇じゃないよ。私が案内してあげたの」

「……そうか」



 満の言葉に、妃が訝しむような、それでいて警戒するような顔をした。


 彼女からしてみれば、満は素性の知れない少女のままだった。


 朱莉からしてみてもほとんど変わらない認識だが、やはり一晩を一つ屋根の下で過ごしたという前提は、多少なりとも心を許させる。


 だから、妃と満に橋渡しをするように口を開いていた。



「それにしても満さんの感知能力はすごいですね。まさかこんなに離れた寄生木さんを見つけられるなんて……」

「確かにな……私はそれなりに情報通のつもりだったが、これだけの力をもった探知系魂装者の話は聞いたことがない」



 妃の台詞に、満が小さく噴き出した。



「な、なんだ?」

「情報通。面白い冗談だね……それならまず真っ先に気付かなくちゃいけないことがあるんだけど」



 満の言葉の後半は、微かで誰にも届くことはなかった。


 これだけ一緒にいて、妃は朱莉の正体に気付いていない。


 当然、『勇者』という魂装者については知っている。


 だが、それを目の前の小柄な少女と結び付けられていないのだ。


 第一特務舞台については、『魔王』と『共食い』にばかり気を取られていた、というのも原因の一つなのだろう。



「……なんなんだ?」



 結果、満の言葉に、首を傾げるしかできなくなる。



「ふふ、まあ私のことは気にしなくていいよ。私は、ついこの間、魂装者になったばかりだからね」

「ほお……」



 妃が驚いた様子で声を漏らす。


 魂装者として覚醒したばかりなのに強力な力を持っている、ということに驚いているわけではない。


 そもそも、魂装者とは大半が覚醒時から力の変動はない。


 あるのは力の扱いが上手くなるか、あるいは自覚していなかった力の使い方を覚えるかだ。


 朔が『黄泉軍』の力に気付いたのは、まさに後者の例に当てはまる。


 例外が千華であり、あっさりと魂の質量を増加させていく『伊邪那美』は正しく異常だ。


 であれば、妃が何に驚いているのか。


 それは、覚醒の年齢だ。


 基本的に魂装者の覚醒は、幼い子供が起こす。


 無垢な状態の方が自分の魂を認知しやすい……というのが通説だ。


 なので満ちるほどの年齢に覚醒するというのは少しばかり珍しい。


 とはいえ皆無というわけではなく、特に大規模飽和流出など、個々の魂に影響を及ぼすほどの魂魄界の揺らぎなどがあった後はそういった例も増加する。


 しかしながら、自ずからではなく、外部からの干渉により無理矢理に覚醒させられた形だからか、そういった例に含まれる魂装者は、大した力を持てないことが殆どだ。


 そういった意味での驚きもあった。



「私のことは置いておいてあ。ほら、二人は話すべきことがあるんじゃないの?」

「あ……」



 満の言葉に、朱莉がはっとする。


 妃が自分の魂と向き合えるようにする。


 それが、今の朱莉の目的だった。


 すっかり頭から抜けていたことに、情けなさがこみあげる。



「す、すみません! 寄生木さん。その、実はこれといって案をまだ考えられていなくて……」

「ああ、いや。なに、気にするな。もともと他人に頼むようなことでもないのだから。そこまで根を詰めることもない」

「ですが……」



 進退のない二人の会話に、満が呆れ混じりに横槍を入れる。



「というか、魂と向き合う云々の前に、まずはお互いの事を知りあうところから始めたら? 例えば、妃さんがどうして双界庁に追われているのか、とか」

「……」



 満の発言に、妃が口をつぐんだ。



「それは……いや、しかし……」



 妃の懸念は、たった一つだ。


 魂装者の終わりを知った魂装者は、魂を濁らせやすい。


 彼女の目から見ても、朱莉の魂は濁りやすいのだ。


 そこに、余計な後押しなど出来ない。




「遅いか早いかの違いでしょうに」

「……!」



 ぽつりとこぼれた満のつぶやきは、まるで心の内を見透かしたかのようで、妃が目を見開いた。



「貴様……」



 今までも微かにではあるが保たれていた満への妃の警戒心が、一気に引きあがる。


 満の発言は、確実に妃の状態を見越してのものだった。



「ど、どうしたんですか?」



 それに戸惑うのは朱莉だ。


 突然、満へと明確な敵意を露わにした妃に戸惑う。



「双界庁の人間か」

「っ!」



 妃の鋭い声に肩を震わせたのも、他ならぬ朱莉だ。



「違うよ。双界庁だなんて興味ないし。私は組織じゃなくて、たった一人大好きな人の味方だもん」



 第一等級の気迫にあてられているにも関わらず、満はにこやかに笑う。



「そもそも、私には戦う力なんてないもん。そんな私を送り込んで、何ができるっていうのさ」

「……」



 肩をすくめる満だが、妃は警戒を緩めない。


 その態度に、満は辟易した様子でため息をこぼした。



「もう……大体ね、私がこういう形でここにいるのは、妃さんのせいなんだよ? 『黄泉軍』が食らった穢れがどこにいったと思ってるの?」

「え?」



 その忌み名に、朱莉が硬直する。


 それこそ、他ならぬ探し人を示す言葉なのだから。



「そもそもお兄ちゃんは元々、その性質上多くのサワリの穢れも抱え込んでいたんだよ? それに余計な重荷まで背負っちゃったらさあ、そりゃ異変も起こすってものだよ」



 満の言葉の端々に、とげとげしい響きが含まれていた。



「なん……」



 自分と、自分を救ってくれた人物――戦火朔しか知らないはずの事実を口にされ、妃もまた戸惑いを表情ににじませる。



「ま、待ってください、どうしてここで戦火さんが出てくるんですか!? 寄生木さんは……」



 妃と朱莉が、各々状況を整理しきれずに言葉を探す。


 だが、結局その会話の続きが交わされることはなかった。



「――探したぞ、寄生木妃」



 いつか聞いた声と共に、建物の中に十数名の魂装官が踏み込んできた。



「くっ……本当に、随分と鼻が利くようになったな、貴様ら」



 苦々しげに妃がつぶやき、魂を滾らせる。



「ありゃ……」



 ふと、満が意外そうな顔で、小首をひねった。



「なーるほど、自分たちだけじゃ手におえないからって助っ人呼んだんだ。賢いね」



 満の声に応じるように、魂装官達の間を抜けて、ある人物が現れた。


 その姿を朱莉が見間違えるわけもなく、瞠目した。


 力が足らないのならば、他から補充すればいい。それは当然の考え方だし、組織の強みでもあるだろう。


 こと戦闘において言えば、彼女ほどの適任もいない。


 それが分かっても、理解したくなかった。


 今の彼女との相対など。


 もっとも新しい第一等級にして、おそらくもっとも特第一等級に近い。



「へえ……どういう状況かしらね、これは」



 『伊邪那美』――八束千華が、四枚の血錆の翼を軋ませながら、三人を睥睨していた。


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