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そして明日を壊す為、  作者: 新殿 翔
魂を明日へと結ぶ為、
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遭遇

 隊舎を出た朱莉と七海は、まず廃棄区域へと向かうことにした。


 魂装犯罪者の多くは、廃棄区域に潜むことが多い。


 なにせ、一般人は立ち入ることのできない場所だ。


 隠れ場所としてはうってつけだろう。


 とはいえ、廃棄区域は広い、二人がかりでも、そのすべてを探しきることなど不可能だ。



「どうしましょうか?」



 廃棄区域に踏み入れ、朱莉が首をひねる。



「とりあえず、手あたり次第しかねーんじゃねえの。まずは一日使ってみて、それでダメならまた考えてみようぜ」



 言いながら、七海は自分の親指を噛み切った。


 同時に、七海の身体が重力を忘れたかのように浮かび上がる。



「んじゃ、アタシはあっちの方向適当に探すから」

「あ、ちょ……!」



 声をかける間もなく、朱莉は指さした方角へと跳んで行ってしまった。


 あっというまに小さくなった姿に、朱莉はため息をこぼした。



「まったく、あの人は……」



 嘆息しながら、朱莉は改めて、廃棄区域を見回した。


 先日の紡の一件で広範囲が瓦礫の山と化しているので、そのあたりは捜索の範囲から外し、より潜伏するに相応しそうな場所を思い浮かべる。


 朱莉の頭には、十年以上前の、まだ人々が魂魄界などというものを知らずに平和に暮らしていた時代の町の地図が浮かんでいた。


 おそらく、今となっては誰も知らないような情報を頭に叩き込んでいるのは、彼女の生来からの真面目さ故のものだった。



「……すぐに戦火さんが見つかればいいんですが」



 希望的な言葉を口にしながら、彼女は歩き出す。


 しかし……その願いが届くことはなかった。


† † †


 俺が立っていたのは、瓦礫の山だった。


 瓦礫の形をした、無数の魂の成れの果てを見下ろし、深いため息をこぼす。



「まあ、こうなるか」



 手近に転がっていた、大きな瓦礫に腰を下ろし、頭をかいた。


 さてどうしたものか、と口元に手を当てて、思案する。



「とりあえず、あっちはしばらく問題はないだろうな」



 自分の行為を振り返り、一つ頷くと、周囲に視線を巡らせる。


 どこまでも続く、無機質な風景は、見ているだけでも気持ちを沈ませた。



「あの時は、桜が咲いてたんだが」



 口にしてみるものの、もうこの場所で桜を見ることは出来ないのだろうと気付いていた。


 ここにいた『あの人』は、自分を連れ戻すために、力を使った。


 漠然と、そう理解している。


 原理や理論、そういうったややこしいものは知らずとも、感覚として分かるのだ。


 なにせ、自分の魂の事なのだから。


 であれば、当然……今回のこの状態での問題は浮き彫りになる。


 自分の意思で、自分の内に目を剥けるのとは違う。


 今の俺は、自分の魂の内に広がる質量にどっぷりとつかっている状態だ。


 あと少しでも沈めば、気を抜けば、魂がひとりでに暴れ狂ってもおかしくはない。


 そういう状態に陥っている。


 具体的には、寄生木妃よりさらに危機的、と言えばいいだろう。



「さて、どうしたものか」



 こうなるとわかっていて行動したが、この状況を打破する術までは考えていなかった。


 自分の間抜けさに苦笑しながらも、後悔の念は一切なかった。


 こうすべきことが自分にとっての最善であったと、胸を張る。


 だが、その末の結果に対ししっかり自分の責任をとらなくてはならいのだから、気は重い。


 そんな時だった。


 とん、と背中に重みが寄りかかってきた。



「え?」

「――……」



 ここは、戦火朔の世界だ。


 だから、俺以外がいるはずはない。


 あったとして、意志など持たぬ魂の残骸のみ。


 その、はずだった。


 だが例外はある。


 あの人然り……そして――。


† † †


 朱莉は、自分の選択に公開を覚えていた。


 彼女は、確かに逃走者が潜伏するにふさわしい場所を割り出し、足を伸ばした。


 だが、失念していたのだ。


 なにも逃走者とは、朔や、彼が同行しているという魂魄犯罪者だけではないと。


 瓦礫のビルが並び立つ廃墟の中に立つ朱莉を、三人の男達が囲んでいた。


 それぞれの手には、剣、斧、ナイフの魂装が握られている。


 彼らは一様に朱莉を見下し、どう利用してやろうかという下種な考えを巡らせている様子だった。


 展開された魂装から感じるのは、第四等級程度の威圧感で、朱莉からしてみれば玩具をつきつけられているような気分になり、肩を落とす。



「当然、それらしい場所に来れば、それらしい人と出会ってしまうか……」



 独り言は、男たちに届くことはなかった。


 代わりに男たちは、朱莉の肩を落とす態度を諦めとでもとったのか、いやらしい笑みを深める。



「へへっ、嬢ちゃん、どうしてこんなところにいるかは知らねえが、一人で無防備に出歩いてるそっちが悪いんだぜ?」

「……まさに、といった感じの台詞で、つい感動してしまいそうです」



 朱莉は落ち着いた瞳で、あらためて三人の姿を確認した。


 着古した洋服に、強い体臭……まるで何年も森の奥で暮らしていたかのような風体だが、あながちその表現も間違ってはいない。


 廃棄区域もまた、人間社会から隔絶された領域なのだから。


 だからこそ、こうして集まる人間もいる。


 魂装犯罪者の逃げ込む先としても有名だが、そうでなくともここに身を寄せる魂装者は、決して少なくない。


 魂装者の多くは、双界庁へ当然のように所属する。


 世間一般から見れば魂装者とは、人間以上の強大な力を持つなにか、だ。


 なんの力もない一般市民からすれば、魂装者は目に見えない刃物を持ち歩いているのと変わらない。


 そこに、双界庁所属という名札がついているのと、ついていないのとでは、さらに大きな違いがある。


 いわば、双界庁に所属するということは、飼い犬であることを示しているようなものであり、その身分を政府機関が保証しているということ。


 逆に、魂装者でありながら双界庁に所属していない野良犬であれば、当然周囲から注がれる視線は厳しいものになる。


 そういった、魂装者への差別意識は今の社会では根強い。


 だからこそはぐれ者が多く生まれるのだ。


 組織に所属することを良しとしない者、生来から粗野な性質を持つ者……理由は千差万別だが、そういった双界庁に所属したがらない魂装者も、廃棄区域へと流れ込むことがある。


 朱莉は、目の前にいる男たちがどういう形で社会から追われたのだろうと、考える。



「こんな場所で、ガキとはいえ、こんな上物の女を見つけられるなんてなぁ」



 舌なめずりする男達を見て、嘆息する。


 考えるまでもないことだった。



「あなた方は、人を傷つけることに、感じるものはありますか?」

「あ? なんだよいきなり」



 問いかけに、少し呆けた顔をする男達だったが、すぐにいやらしい笑みを取り戻す。



「もちろんあるぜ。いいざまだ、ってな」

「俺達は特別な力を持ってるんだから、劣等どもは俺達の玩具になってればいいんだよなあ!」



 馬鹿げた笑い声が朱莉を包んだ。


 耳をふさぎたくなるような、下卑た響きに、朱莉は自分の心を落ち着かせるようにゆっくり深呼吸をする。



「そう……ならあなたたちは悪だ」



 悪を払う事に、なんの遠慮もいらない。


 『勇者』として、朱莉は魂に熱を注ぎ込む。



「それと……私は、子供じゃな――!」



 子供じゃない、そう言い切ると同時に『勇者』の魂を抜き放とうとした朱莉だったが、その前に状況が変化した。



「――大の男が三人で、恥ずかしくないのか?」



 大地が震えた。


 あふれ出す、強大な魂の奔流に、その場の全員が固まった。


 『勇者』の威圧ではない。


 第三者の、第一等級に比する濃度の魂を感じた。


 頭上に、影が差す。


 顔を挙げれば、それは居た。


 翼を羽ばたかせ、空からこちらを睥睨する異形の姿……それを形容する言葉は、一つしかない。


 竜……幻想の生物が、君臨した。



「少し前までなら貴様らのような輩を見逃しはしなかったが、今は事情が事情だ。私に余計な手間をかけずに消えるというなら、どこへなりとも消えろ。もし、無謀と勇気を履き違える覚悟があるのなら……」



 竜が、凛とした女性の声で告げ終わるよりも早く、男たちは逃げ出していた。



「……まあ、いいが」



 どこか拍子抜けした声色で、竜はその巨体に見合わぬ静けさで、地上に降りるた。


 すると、その巨躯な虹色の粒子となって溶けていく。


 異形の内から現れたのは、一人の少女だった。


 彼女は男たちの消えた方向を改めて見て、安全を確認すると、朱莉へと視線を移した。



「大丈夫か?」

「え、あ、はい」



 声をかけられ、うろたえながらも、朱莉は頷きを返した。


 まさかこんなところで第一等級の魂装者と出会うなど、想定外もいいところだった。



「一人でこんなところを出歩くとは、感心しないな。身なりからして、廃棄区域の住人ではないな? 外から来たということは……好奇心かなにかか?」



 咎めるような口ぶりに、朱莉は慌てて首を横に振った。



「ち、違います! 私は、人を探しに……」

「人を……? なるほど、訳ありか」



 朱莉をまじまじと見つめ、彼女は難しい表情になる。



「君のような子供が一人で人探しなど……よほどの事情なのだろうな」

「あ、いえ……」

「みなまで言うな。このような吹き溜まりで無粋な詮索をするつもりはない」

「……あの」

「だが、やはり感心はできないな。いくら事情があるからといえ子供一人でくるには、ここは危険な場所だ」

「ですから……」

「そうだな、双界庁に届け出を出して――」

「私は、子供じゃありませんから!」

「え……?」



 しびれを切らしたように叫んだ朱莉に、彼女は小さく首を傾げた。


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