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そして明日を壊す為、  作者: 新殿 翔
魂を明日へと結ぶ為、
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三人寄らば

 ファミレスには、千華と結、そして七海と朱莉が集まっていた。



「それじゃあ、私はもう行くわ」



 七海と朱莉を呼んだことで、自分の出番は終わったとばかりに立ち上がろうとする千華の肩を、七海が掴んだ。



「まあそういうな、ここまで来たら付き合っていけよ」

「……」



 千華は無言で手を振り、七海の手を払いのけようとするが、彼女はもう片方の手で千華の手を受け止めた。



「これ以上面倒事に巻き込むんじゃないわよ、殺されたいの?」

「はいはい、喧嘩してーなら後で付き合ってやるから。ほら、ここはアタシの奢りで飲み食いしていいからよ」

「……」



 叩きつけた殺気に眉ひとつ動かさず、飄々とする七海に、千華が嘆息する。


 諦めた様子で、深くソファに座り込んだ。


 それを見て、七海は満足げに頷くが、千華の指すような視線が見咎めた。



「よし、戦火さんにも、結ちゃんを見つけたことは連絡しておきました」



 携帯を手にした朱莉の言葉で、最後の気兼ねもなくなり、腰を落ち着けて話し合える状況になった。



「んで、なんだっけか?」

「七海さん、忘れないでください……結ちゃんが、学校に行きたくない、って言い出したんですよ」

「ああ、そうだったな」



 二人の会話を聞いて、千華は面倒くさそうに目を細めた。


 その話は、自分にとってはすでに通過したものだったから。


 だから、親切心ではなく、同じ会話を二度も聞くという手間をはぶくために、千華は口を引いた。



「まったく……子供の癇癪に、いい歳して振りまわれ過ぎよ」

「あん? どういうことだよ?」



 訝しげな顔をする七海と朱莉に、千華は先程結から聞いた内容を簡潔に伝えた


 結が朔との繋がりにおいて、不安を感じていること。それが学校に行きたくないという遠因であるこを。


 聞いて、朱莉が納得したように頷き、結の頭をそっと撫でた。



「……そういえば、戦火さんが自分から結ちゃんに触れたところは、見たことがない気がします」

「まあ、微妙な距離感は……言われてみれば、あったかもな」



 二人とも、言われてみれば、という顔だった。


 しかし、千華だけは……それとは別の意味合いで、納得を得ていた。


 戦火朔は間宮結と向き合っていない。


 誰かが告げた言葉は、正にその通りだったのだ。


 さすが、と口の中で呟く。



「けど、それなら話は簡単じゃねえか。この話を戦火にして、しゃきっとさせりゃいいんだろ?」

「……それは、そうかもしれませんが」



 七海の大雑把な提案に、朱莉はどこか渋るような口調だった。



「私達は、戦火さんが結ちゃんを引き取った理由も知らなければ、どうして結ちゃんを避けているのかも知りません。その二つは、無関係とは思えない……それが見えない中で何を言っても、届かないのではないでしょうか」



 引き取っておきながら、距離をとる。


 その矛盾した行為の意図は、誰にもつかめない。


 当然だ。


 戦火朔は、誰にも自分の想いなど打ち明けていないのだから。



「はっ……それなら、力づくでも聞きだしゃいいだろうが!」



 左の掌に右の拳を打ち合わせ、七海が犬歯を剥き出しにする。


 彼女らしい行動で、少し前までなら、それも叶ったかもしれない。


 だが、七海は大切なことを忘れている。



「あなた、今の戦火に自分の力が通用すると思ってるの?」

「あ?」



 冷静な声で指摘したのは、千華だった。


 その瞳には、呆れが宿っている。



「『共食い』――ああ、『黄泉軍』だっけ? どっちでもいいけど……あれに、勝てるなんて思ってるわけ?」

「……どういう意味だよ」

「そのままの意味」



 なぜ分からないのか、と千華は首を横に振る。



「あんたじゃ戦火に指一本触れられないって言ってるのよ」

「――……」



 歯が軋む音がした。


 七海が奥歯を噛みしめ、今にも噛みつかんばかりの凶暴な瞳を千華へと向けていた。


 魂装者同士における敗北とは、魂の敗北だ。


 お前の魂、願い、全ては届かないと断じる宣言に他ならない。


 故に、七海は千華の言葉を絶対に認めない。


 ここでおとなしく敗北を受け入れるような人間ならば、そもそも第一等級になどなっていないのだから。



「千華、てめぇ第一等級になったからって、少し調子に乗ってるんじゃねえか?

「そうかしら?」



 七海の放つ威圧感を、千華はそよ風のようにやり過ごし、視線を合わせようともしない。


 余裕そのものの態度が、さらに七海を苛立させる。


 七海の魂が大きく脈動し、その力を高めていく。


 対して、千華もまた、応じるように魂を活性化させた。



「ちょっと、二人とも!」



 慌てて、朱莉が二人を止めようと声を上げる。


 そんな声に耳を貸さない二人だが……。



「っ、ひっ、う……」



 しゃくりあげる声に、魂の圧力が消えうせた。


 見れば、結がぼろぼろと大粒の涙をこぼしている。



「お、おい、どうした結」



 少し焦った様子で、七海が結に尋ねた。



「……」



 千華は、七海が意識を結に向けたことで、力の矛先をおとなしく収める。



「ご、めん、なさい……」



 あふれ出す滴を手で拭いながら、結が謝罪を口にする。


 彼女は。自分が、二人の諍いのきっかけだと、気付いていた。


 それが申し訳なくて、けれど止める術も思いつかなくて……感情が抑えられなくなった結果の涙だった。


 彼女の気持ちに気付き、七海は気まずそうな顔をする。



「……こんな時でも、人を気遣える……結ちゃんが、なんだか一番大人ですね」



 朱莉が、小さな苦笑をこぼしながら、ハンカチを取り出して結の涙を優しく拭う。



「かもな……」



 ばつが悪そうに視線をあらぬ方向へ向け、七海は腕を組む。



「……ともかく戦火に直談判がダメっていうなら、他にどうすりゃいいんだよ?」

「それは……」



 朱莉が、七海と千華を見やり、口元をほころばせる。



「三人寄れば文殊の知恵、とも言いますし、皆で考えればきっといいアイディアが浮かびますよ」

「私も?」



 まだ付き合わされるのか、と。


 千華は、気だるげに表情を歪めた。


† † †


 自室で座禅を組み、自分の内側へと意識を向ける。


 多くの魂の瓦礫で埋め尽くされた世界で、その一つ一つを確かめていく。


 いまだに、自分が持つ力の全てを、俺は把握し切れていなかった。


 時間のある時に、こうして一つずつ探り、ようやく半分近くを把握した、というところだろうか。


 それらは、十年前、多くの人を苦しめた理不尽の力だ。


 俺も例外ではなく、奪われた。


 両親も、妹も……。


 そんなものが自分の力にあるのだと思うと、吐き気を覚えた。


 ずっと使っていた、炎の力……それは、あの時、俺から全てを奪った炎が理不尽の象徴であるからこそ、俺の魂が具現化させた力なのだと、ずっと思っていた。


 けれど……そのものだったんだ。


 模倣や真似ではなく、正に、それそのもの。


 俺は、自分の大切なものを奪った力をずっと振るっていた。


 考えるだけで、全身が震えだしそうだった。


 なんて醜い力だろう。


 ……だからこそ、余計に、誤ってはならないと強く自分に言い聞かせる。


 この力は絶対に、正しく理不尽を踏みにじるために使わなくてはならない。


 俺が大規模飽和流出そのものだと?


 馬鹿を言うなよ、そんなことを言う連中に俺のなにが分かるというのだ。


 貴様らの考えなどただの下種な勘繰りだと、いつか必ず、知らしめてやる。


 ――そこまで考えたところで、廊下から小さな足を戸が聞こえて来た。


 遠季でなければ、八束や紫峰でもない。


 朱莉先輩かとも思ったが、それよりもさらに小さい。


 であれば、答えは一つだった。


 部屋のドアが、ノックされる。



「入っていいぞ、結」



 戻ってきたのか、と安心しながら声をかけると、ワンテンポ置いてからドアが開き、その隙間から結が申し訳なさそうな顔で俺を見ていた。



「さっきの話の続きか? とにかく入れよ」



 促すと、結はおどおどしながらも、俺の傍に近づいてきた。



「悪いな、クッションの一つくらい用意しておけばよかったんだが……」

「う、ううん」



 ちょこんと、結が俺の隣に正座するのを見て、苦笑する。


 そこまでかしこまらなくてもいいんだけどな……もしかして、俺が怒っていると思っているのだろうか。



「……学校に行きたくないなら、別に無理をして行けとは言わないさ」

「え?」

「保護者としては間違っているのかもしれないが……まあ、行かなきゃ死ぬってわけじゃないんだ。勉強のできない馬鹿にはなるだろうが、だとしても……将来、生きていく道なんていくらでもあるわけだしな」



 こんな俺ですら、大丈夫なんだ。


 結なら問題ないだろう。


 とはいえ、やはりいつかは学校に行ってほしいし、最低限の勉強はできるようになって欲しいが……。



「……」



 結は驚いた顔で俺のことを見ていた。


 いや、それだけではない。


 どこか、困惑も含んでいる気がする。



「どうかしたか?」

「あ、ううん!」



 大げさなくらい、結が首を横に振り回す。



「あ、あのね……お兄ちゃん」

「なんだ?」

「その……あ、あり、がとう」

「ん、ああ?」



 何に対するお礼なのか、いまいち分からなかったが、とりあえず受け取っておく。



「そうだ、そろそろ夕食の準備をしなくちゃならない時間だな。結も、手伝ってくれるか?」

「あ、うん!」



 ひとまず、これで解決……でいいのだろうか?


 少しだけ釈然としない気持ちを引きずりながらも、俺は結と共に部屋を出た。


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