舞い降りる竜
「おお、おお、あなたが『共食い』か」
結を探す俺の耳に、知らぬ声が届く。
「あ?」
視線を向ければ、そこには三人の男達が立っていた。
身に纏う外套から、双界庁所属の魂装者であることが分かる。
「お前らは……」
「お会いしたかったのです、あなたに」
どこか熱に浮かされた様な声に、俺は僅かに警戒を強めた。
なんだ……こいつら。
目の前にいるのに、その瞳は、俺を見ていない気がした。
俺の後ろに、幻覚でも見ているかのような……。
「事件の後処理でもしていたのか? だとしたら、邪魔をしたな、すぐ出ていく」
さっさと会話を終わらせ、来た道を引き返そうとすると、そちらに新たに二人の男が現れた。
共通しているのは、魂装者であることと……現実を見ていない瞳だ。
「……俺に用か?」
「『共食い』様にお会いしたかったのですよ」
「ああ?」
様、だ?
なんだそれは……気味が悪い。
「悪いが、人違いじゃないか?」
我ながら、苦しい言い分だと苦笑する。
『共食い』なんて呼ばれるのは、俺以外にいないだろう。
とはいえ、こんなやつらにつきまとわられる覚えがないのも事実だ。
「そうでしょうとも。あなたのような偉大な存在が我々のような木端を気に掛けるわけがない。それでいいのです、いや、そうあるべきだ」
だから、気持ちが悪いんだよ。
口から出かけた罵倒を、どうにか飲みこむ。
下手に刺激すれば、もっと面倒なことになりかねない。
「あなたこそ、魂の裁定者……滅びゆくこの世界を救う御方だ。『魔王』などという出来損ないとは違う……真の救世主!」
「……なんだ、それ」
しかし、どうしたって我慢ができなくなってしまう。
裁定者、救世主? なんだそれは、そんな風に俺を呼ぶなよ身に覚えがないんだ。
そんな風に呼ばれても、怖気しか感じないんだよ。
「十年前から、あなたの再来をお待ちしていました。今こそ、あなたの導きで我らを明日へとお連れください」
「……」
駄目だな、と嘆息する。
言葉が通じていない。
典型的な、ダメな魂装者、だった。
魂装者の中には、ときおり、現実に負ける者が出る。
自らの魂を剥き出しにし、それを武器として戦う分、傷もつきやすい。
そんな負荷に耐えきれない奴の末路は、ろくでもない。
酷ければ、廃人……軽くとも重度の人間不信や情緒不安定などに陥る。
こいつらも、そういう手合いなのだろう。
自分すら信じられなくなり、なにかに依存する……それも珍しくはない落伍者の形だ。
その依存先に俺がお選ばれた、というのは笑えない話だが。
「誰がお前らなんかを導くかよ……どこかへ行きたいなら、勝手に自分達だけで歩き出せ」
男達を無視し、歩き出す。
横をすれ違おうとした時、誰かの手が俺の肩を掴んだ。
「お待ちください、『共食い』様!」
「離せ」
内包した魂の中から衝撃波を放つ力を選び、近づく男達を吹き飛ばす。
地面に転がった男は、氷結の力で生み出した氷の枷で地面に繋ぎとめた。
そこまでされながら……氷に動きを封じられた男は、恍惚とした表情を浮かべる。
「おお……複数の魂の力……これがあなたの御力なのですね」
「……」
感動に打ち震える五人を前に、頭痛を覚えた。
生憎俺には、男に囲まれて喜ぶ性癖はないんだがな……。
「いい加減にしろよ。俺は、お前らなんかに構ってる暇はないんだ。これ以上つっかかってくるなら多少、痛い目にあってもらう」
せめてこれで引いてくれ、という願いを込めて脅しをかけるが、全く意味のわからないことに、連中は目を煌々を輝かせた。
「なるほど、『共食い』様の旗下に加わるに相応しい力があるのか、お疑いなのですね」
「違う」
「であれば、相応しい力を示せと!」
「違う」
「承知いたしました」
「だから……ああ、くそ。話が通じないな」
そうこうしている間に、男達は魂の力をみなぎらせ始める。
次の瞬間、五人の魂装が展開された。
拘束した男も、雷をまとった剣の魂装で氷を砕いて立ち上がってくる。
「……」
本当に頭が痛い。
どうしてこんなことになったのだろうか。
「第三と第四ってところか……」
口の中で、相手の力の程を推し量る。
弱くはないが、突出した力はない。
ある程度戦えて、そこそこの経験を重ねたあたりで心に限界がきた。
ありがちで、ありふれた流れだ。
「もういい……少し眠ってろ」
『聖域』といくつかの防衛向けの魂を纏い、軽く右腕を魂装で包み、獣の爪を具現させる。
少し痛い目を見せて追い払えば二度と俺の前に出てこようなんて思えないだろう。
少しだけ、戦意を示した瞬間――空から何かが降り注いできた。
「――!」
高密度の魂……第二等級、いや、その域を上回っている。
まさか……。
驚嘆を感じながら、俺は身動きをとらなかった。
とれなかったのではない。とらなかった、だ。
なにもしなくても、その程度であれば防ぐまでもないと感じてしまったから。
驚嘆は、突然の攻撃よりも、それに対して危機感を全く覚えなかったことに対するものだったのかもしれない。
少し前の俺だったら、歯の立たない力のはずなのに。
たかが第一等級風情か……そう思えてしまう俺が、恐ろしかった。
地に降り立ったのは、異形だ。
しかし、災禍を思わせる毒々しさはない。
巨大な翼、地を掴む屈強な四つの脚、鞭のようにしなる尾、長い首、縦に割れた瞳孔、ぞろりと並んだ牙……おおよそ怪物と呼べるソレの印象は、巨躯を包み込む翡翠のような美しい鱗の輝きによって、聖へと染め上げられていた。
異形だが、その姿を形容する言葉を見つけるのは難しくない。
竜、だ。
幻想の生物が、今魂の具現として、現実に舞い降りる。
動揺する男達だが、そのうち三人は、横薙ぎに振るわれた竜の尾に吹き飛ばされ、悲鳴すらなく地を転がった。
残った二人と、そして俺を、竜が睥睨する。
「ひっ……」
感じる威圧に短い悲鳴を漏らし、男達が逃げようとする。
それを、竜は許さない。
天を揺さぶる咆哮と共に、大地が砕け、その下から翠色の杭が生え、男たちの手足を貫いた。
甲高い悲鳴を上げた男たちは、激痛で間もなく意識を手放した。
大地から生える杭はそれだけにとどまらず、俺へも猛威を振るった。
だが……やはり、なにをするまでもない。
杭は俺の防御に触れた途端に、ガラス細工のように砕け散った。
「おいおい……状況がさっぱり読めないんだが、説明してもらえるか?」
目の前の竜へ――その内側に感じる存在へと、言葉をかける。
竜はしばらく俺のことを睨み付けていたが、すぐにその全身が翠の結晶に姿を変え、砕け散った。
そして、竜の中から一人の少女が現れた。
双界庁の外套を揺らしながら地面に着地した彼女は、俺と同い年か、あるいは少し年上に見える。
強気な吊り目が、少しだけ大人びた印象を見る者に与えているのかもしれない。
「『黄泉軍』……戦火朔だな」
「ああ。そっちは?」
「……」
俺の問いには答えずに、彼女は指を鳴らした。
すると物陰から複数の人影が現れ、転がっている男達を担ぎ上げ、運んでいく。
「おいおい、説明もなしかよ」
「……」
やはり、目の前の彼女は応えようとはしなかった。
「まあ、ならいいや」
「え?」
別に興味ないし。
それよりさっさとこんな場所は立ち去ろう。
どうせ第一等級で竜の魂装なんてインパクトの強い魂装者なら、かえって遠季あたりにでも尋ねれば正体も知れるだろうし。
というより、考えてみればあっちが関わらないでくれるなら、こっちとしても万々歳だ、俺の知らないところで好き勝手やってくれ。
「あの、ちょ……」
「それじゃあな」
なんだか話を聞いてほしそうな顔をしていた気もするが、まさかあっちから無視を決め込んでおいてそんなわけもないだろうと、俺はさっさと歩き出した。
結はもう見つかっただろうか?
事故とかにあっていなければいいんだが……。




