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そして明日を壊す為、  作者: 新殿 翔
魂を明日へと結ぶ為、
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望む声

 数日が経ち、、結はすっかり舞台に馴染んいるように見えた。


 基本的に結をかまうのは朱莉先輩で、時々紫峰が混じる。


 八束と遠季は我関せずの姿勢をとっているが、結自身が敬遠している遠季はともかく、八束は割と、結と一緒にいるところを見かけた。


 意外なことに、結から近づいているらしいが、その理由は俺には見当もつかなかった。


 ともあれ、最初は不安もあったが、こうして上手くやれているようで、何よりだ。


 ……と言っても、それで万々歳とはいかない。


 俺が、未だに何もできていないから。


 話しかけられれば言葉を交わすし、料理は毎日教えている、暇そうならば一緒に遊んでやりもした。


 だが、それはあくまで当然のことだ。


 当然のことをしてやるだけで、満足だろうか?


 違う、と俺の気持ちは言っていた。


 あの人が俺にしてくれたのは、特別だった。


 俺の魂がどんなものか、きっと知っていて、その上で人として生きていくためのものを与てくれた。


 それは、俺の魂を騙し、隠し、封じることだったかもしれない。


 力の欲望を仮初の復讐心で覆い、そんなものはどうでもいいと俺に思わせることだったかもしれない。


 しかし、あの人がそうしてくれたから、俺は少しだけマシになれたのだと思う。


 八束は、やはり俺のもう一つの可能性だ。


 壊す、殺す、崩す、滅ぼす。


 そればかりに憑りつかれた、魂装者としては何よりも正しいあり方は、人間としては歪だ。


 俺も、最初から自分の魂と向き合っていれば、そうなっていたと思う。


 あの人がこの魂に打ち込んでくれた楔があるから、俺は獣ではなく人でいられるんだ。


 そういう特別を、俺が救えなかったあの子に、あげたい。


 だというのに、どうすればいいのか、まったく分からなかった。


† † †


 きっかけは、居間でトランプをしていた時に朱莉先輩が口にした一言だった。



「学校?」

「ええ、この歳なら学校に行くでしょう? そのあたり、どうなっているのかと思って」

「ああ……そうか」



 すっかり忘れていた自分の間抜けさ加減に呆れてしまった。


 もちろん、義務教育という枠にはまっている結は学校に通っている。



「いろいろあって休んでるだが、そろそろ通い始めないとな」



 幸い、結が元々住んでいた場所とここはさほど離れていないから、わざわざ転校をするほどのことはない。


 数日休んでしまったとはいえ、すぐに元通りの生活に戻れるだろう。


 そのはずなのだが……。



「あ……」



 話を聞いていた結は、なぜかひどく暗い表情になっていた。



「……どうかしたのか?」



 学校には友達もいるだろうし、結の前向きな性格なら通学できることを喜ぶだろう、と思ったのだが、想像とは違う反応に僅かな驚きを覚える。



「結ちゃんは、学校が嫌いなんですか?」



 朱莉先輩の質問に、結は俯いてしまった。


 俺と朱莉先輩は顔を見合わせ、少し困惑する。


 まさか、いじめられている、とかか?


 いや、結に限って……なんて考えるのは、きっといけないことだろう。


 人の気持ちなど分からないものだ。


 俺達からしてみたら優しく社交的で、しっかりとした結でも、子供のコミュニティに入ればいじめの対象にされることだってあるのかもしれない。


 それならば、学校に行かなくてはならないとなった時に暗い顔をするのにも納得できるが……。


 繊細な問題に思えて、俺は口に出して問いかけることを躊躇ってしまった。


 代わりに、朱莉先輩が問いかけた。



「学校に行きたくないのなら、その理由を教えてくれませんか?」



 こういうのは、やはり女の方が度胸があるのだろうか……なんてことを考えてしまう。


 同時に、無遠慮な質問が結を傷つけはしないだろうかと心配になる。



「それは……」



 結が、ちらりと俺の方を見た。


 ……どうしてこっちを見るんだ?

 内心疑問に感じ首を傾げると、結が勢いよく立ち上がった。



「学校は、いかない……!」



 理由を話さないまま、結は止める間もなく居間を飛び出してしまった。


 玄関の方から、戸の開く音が聞こえる。



「っ、結……!」



 慌てて後を追おうとして、居間を飛び出そうとした俺だが、廊下に一歩踏み出すところでばったりと紫峰がやってきて、急停止した。



「おいおい、なんだよ? つか、今結が出てったけど、いいのか?」

「それは……」



 呑気なことを言う紫峰に付き合ってられず、無視して先に行こうとするが、肩を掴まれてしまう。



「話せよ」



 肩を掴む力は強く、簡単に振りほどけそうにはなかった。


 思わず舌打ちをこぼす。



「学校に行くって話になったら、急に逃げちまったんだよ!」

「はあん……あいつ、いじめられてんの?」

「知るか!」



 朱莉先輩といい、女ってのはずばずば聞きやがるな。



「ともかく、探しにいきましょう。七海さんも手伝ってくれますよね?」

「あー、まあいいけど」



 頭を掻きつつ頷く紫峰だが、気だるげな態度とは裏腹に、その内で魂の力がたぎるのを感じた。


 ……なんだかんだ言って、めちゃくちゃ本気じゃねえか。


 しかし、こういうのは……なんだか嫌だな。


 思い出してしまう。


 あの日も、こんな風に、三人で屋敷を出たんだったか。


 思えば結と出会ったのも、あの日だった。


 この三人で動くと、ろくなことがない。


 よもや、そんなジンクスはないだろうが……。



「行くぞ」



 俺は妙な思考を捨て、大股で玄関へと向かった。


† † †


 あの時と同じように三手に分かれ、俺はやはりあの時の同じ方向へと足を向けていた。


 すでに周囲は廃墟の様相を呈しはじめ、肌に感じる空気には魂魄界の気配が色濃く感じられた。


 おそらく、既にこのあたり一帯は廃棄区域と同等なくらい魂に汚染されてしまっている。


 だから、常識的に考えれば、結がこのあたりにいるわけがない。


 常人であれば、近づこうという気すら起きないのだから。


 もし万が一、ここに魂装者以外で足を踏み入れることがあるとすれば、それはよほど自分を投げ捨てたがっている自殺志願者か、まともな思考を持たなく狂人くらいだろう。


 もちろん、結がそんなものであるとは思わない。


 ならどうして、彼女がいる可能性のないここまでやってきたのか。


 ……気付けば足が向いていた、としか思えない。


 それとも、心のどこかで……今、結に会うのを避けているのだろうか。


 そうかもしれない。


 悩みを打ち明けられて、それに対し答えを返す自身など、まるでないから。



「……向き合え、か」



 八束に言われた言葉が蘇る。



「だらしないな……俺は……」



 歩く気力すら失せ、近くに転がっている瓦礫の上に腰を下ろそうとした……その時だった。



「――おお、おお、あなたが『共食い』か」



 知らぬ声が、聞こえた。


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