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そして明日を壊す為、  作者: 新殿 翔
魂を明日へと結ぶ為、
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悩み事

 いつか来たファミレスで、俺と仙堂さんは向かい合って座っていた。


 仙堂さんはスプーンでパフェを食べながらも、難しい顔をしている。


 ……いい歳したオッサンが、真剣な話をしてる時にパフェはないだろ。


 とは思うものの、この時ばかりは俺も口を閉ざした。



「お前さんが『共食い』で、特第一等級とはなあ……」



 しみじみと、仙堂さんが呟いて、溜め息をこぼした。



「まあ……俺も、自分で驚いてるんですけど」

「そうかい……そんな状態で、お前さん大丈夫なのか?」

「……」



 何に対しての確認なのかは、十分に分かっていた。



「どんな状態でだって、すべき事です」

「……そうかい」



 重苦しい声で呟いた仙堂さんが、いっきにパフェの残りを掻きこんだ。


 空の容器にスプーンを立て、頭を乱暴に掻く。



「お前さんを引き取った時の嬢ちゃんも、そんな目してたわ」

「……そうですか」



 あの人と同じ、か。


 おこがましいとも思う反面、やはり、嬉しくもある。



「中途半端な気持ちじゃありませんよ、俺は」

「わあってるよ」



 投げやりに頷いて、仙堂さんは伝票を手に取り立ち上がった。



「お前の好きにしな。ここは俺が奢ってやるから……さっさと行けや」

「はい」



 罪悪感が、棘となって胸に刺さる。


 けれど、だからといって立ち止まる事はできない。


 俺は、重い足で一歩を踏み出した。


† † †


 白い部屋は、俺にもなじみ深いものだ。


 そう……あの時、俺も目覚めて最初に、白い天井と、薬品臭い空気に触れたんだ。


 それから……あの人の声。



「こんにちは。俺は戦火朔。今日から、君の面倒を見る事になった」



 いきなりの事に理解できない、という顔で、少女は首を傾げた。


† † †


 どんな事件が起ころうとも、日は変わらず巡り、朝は訪れる。


 天道紡が起こした事件から、既に一週間が立っていた。


 第一特務の面々は既に回復し、無事に退院、隊舎へと戻ってきていた。


 これまでは、紡が朝食を用意していた時間……食卓には、数種類のインスタント麺がお湯を注がれた状態で並んでいた。



「はぁぁぁ……」



 深くため息をついたのは、七海だった。


 既に割った割り箸を片手に、醤油ラーメンが出来るまでの三分を待ちながら、気だるげな瞳を天井に向けた。



「女が揃いも揃って料理一つできねぇとか、泣けるな」

「自分もその枠内ってことを忘れていない?」



 侮蔑するような瞳で千華は七海を睨みつけるが、朝から豚骨ラーメンの完成を待っている姿を見てしまえば、威圧など微塵も感じない。



「まあ、女性ならば料理が出来なくては、という時代でもありませんから……これはカロリーなどのバランスこそアレですが、まあ、その分運動すれば……うん」



 言い訳じみたことを呟き、苦笑する朱莉が味噌ラーメンの蓋を見つめた。



「……」



 そんな中、真央が手元に置いた塩ラーメンを開け始めた。



「あ、お姉様。まだ三分たってませんよ」

「二分、二十秒……芯を感じるくらいの、硬めが、正義……」



 朱莉の忠告に対し、白髪に隠れて窺えないのに、なぜか得意げな雰囲気を漂わせながら、真央が割り箸を割る。


 綺麗に割れず、持ち手の部分がへんに偏った折れ方をしてしまい、真央はそれを一瞥し、一息の間だけ硬直してから、何事もなかったかのようにラーメンに口を付けた。



「ったく、三分ってのは開発者がこれだと決めて設定してある時間なんだぜ? つまり、それが一番美味しく頂けるタイミングってことだ……っと、出来たな」

「……やれやれね」



 七海が嬉々とラーメンに箸を伸ばしすのを見て、千華も朝にしては重い食事を始める。



「というか、戦火さんはどこに? なんだかんだで、最近は朝食を作ってくれていたのに……」



 現在この隊舎で唯一料理が出来る人間の名を口にして、朱莉が首を傾げた。



「朝早くに出かけていくのは見かけたけど」



 日課である朝のランニングに行く時、見かけた背中を思い返し、千華がこぼす。



「あ……そういえば」



 はたと、何かに気付いたかのように真央が食事の手を止めた。



「どうしたんですか、お姉様」

「今日、だっけ……」



 主語のない真央の呟きは、誰にも理解できない。


† † †


 朝食の後、千華は庭に出ると、身の丈ほどもある鉄製の棒を使って、素振りを行っていた。


 想定するのは彼女が主に扱う大鎌、さらに時には大剣、戦斧、突撃槍に意識を切り替え、重量のある棍で空気を切り裂く。


 女の細腕で金属の塊を振り回せるのは、彼女自身の修練ももちろんあるが、やはり魂装者である、というのが大きな理由だった。


 だが、彼女はその力の上に胡坐はかかない。


 どれほどの僅かな差だとしても、貪欲に力を求める。


 競う相手は、常に一秒前の己だった。


 まして、今の彼女は少し前に比べれば力も向上しているが、先日の事件において発揮した最高域からは大きく劣っている。


 紡によってもたらされた弱体化は、彼女を第一等級と呼ばれるぎりぎりのラインまで引きずりおろしていた。



「……」



 鍛錬を止めて、自分の胸に手を当てる。


 姉の魂の、ほんの小さな温もりを感じた。


 それに意志と呼べるほどのものはない。


 死んでから十年、ずっと魂魄界で眠り続けていたのだ。


 早々、覚醒はない。


 とはいえ、絶対に目覚めない、とも断言はできない。


 自分の内にあるものだからこそ、千華はそう理解していた。


 いつか、本当に姉と再会してしまうかもしれないと。


 そして、その時姉が、どのような状態になっているのかは分からない。


 天童啓のように、魂の澱に染まり、狂っているのかもしれないし、千華が必死に胸の内で守っているとはいえ、彼女の破壊の魂に感化され、歪に変形しているかもしれない。


 あるいは、ありえないと断言してもいい確率だが、無垢なまま、十年前の姉そのままということも……。



「悪い冗談だわ」



 本来であれば望外の幸福である。


 死者との再会、それを成せる者など、そうはいないのだから。


 だが、それは彼女にとって、もっとも強い毒なのだ。


 自分が醜い破壊の化け物だと自覚しているから、愛する者に、そんな姿を見られたくない。



「おい、千華よぉ」



 不意に、庭に七海が姿を現した。


 彼女は変わらずパーカーにジャージというラフな格好だが、その手には指を覆う形での金属の輪……メリケンサックが嵌められていた。


 拳を掲げ、七海が笑う。


 次の瞬間、彼女の姿は千華の目の前に迫り、腹部に向けて鋭い殴打を放っていた。



「っ……!」



 千華が手にしているのは近接先頭には向かない長物だ。


 とはいえ、そんなことを言い訳にする千華ではない。


 棍は滑るような動きで千華の手の中を動き、柄と拳が衝突し、火花を散らした。


 続けざまに千華が棍を振るうと、七海は一度の跳躍で攻撃範囲から飛びずさる。



「なんの、つもりよ……」

「別に? 一人じゃつまんねぇだろ、トレーニングに付き合ってやるよ」



 言いながら、七海は両の拳を握り直し、肉弾戦を想定した構えをとる。



「……なんもつもりよ」



 千華は、もう一度同じ質問を重ね、棍の尖端を地面につけるような、低い構えをとった。



「別に、お前が妙に難しい顔してるから、すっきりさせてやろうと思ってな。あとは、自分もか」



 僅かな苦笑を漏らし、七海が地を蹴る。


 互いの間にあった距離は瞬きもしない間に詰まり、七海の拳が振るわれた。


 まずは左から、様子見の――それでも人体を破壊するには十分すぎる力が込められた一撃が放たれる。


 千華は棍で、救い上げるように拳を逸らすと、そのまま尖端で七海の顎先を狙う。


 それに対し、七海がとった行動は回避でも、防御でもない。



「しゃらくせぇ!」



 少しだけ重心を下ろしてからの、頭突き……迎撃だった。


 額が割れ、血が流れるが、知ったことではないと七海は前へと踏み出す。



「この、突撃馬鹿が……!」



 七海の思わぬ行動に、千華の身体が後ろに傾いた。


 鉄の拳が、千華の顔面に狙いをつけて、引き絞られた弓から射られた矢のように放たれる。


 棍で受け止めようとしても間に合わない。



「もらった!」

「その、やってやったって顔が、気に食わないのよ!」



 打撃の達成を確信した七海だったが、千華もおとなしくやられはしない。


 彼女の手から棍が落ち、長物の重さから解放された拳が、メリケンサックを嵌めた七海の拳と真っ向からぶつかった。


 拳から血が噴き出すのも、厭いはしない。



「おいおい……」



 七海は、思わぬ行動でやり返され、口元をひきつらせた。


 その表情に、千華はとりあえずの達成感を覚えたが、そこで止まるわけもない。


 手放した棍が地面に落ちる前に、千華の踵が軽く棍を打ち上げた。


 回転しながら手頃な位置に浮かんだ棍を掴むと、そのまま思い切り真横に薙ぎ払う。



「ちょっ……」



 寸止め、などという甘えはない。


 鍛錬だから、では言い訳にもならない。


 鉄製の棍が、七海の腕を打ち据え、その身体を吹き飛ばした。



「っ、てぇ……」



 地面を転がった七海が、腕を抑えながらふらふらと立ち上がる。


 攻撃の瞬間に、威力を逃がすように自ら吹き飛ばされる方向へと跳んだことで、骨などに異常はないが、確実に痣は出来るだろう。



「大したことないわね」

「うるせぇ、アタシはお前みたいにガチンコバトルには向いてないんだよ」



 吐き捨てるように言いながら、上半身を起こした七海はメリケンサックを外す。


 それが、鍛錬の終わりを告げていた。



「で、人の事ぶっ叩いて、すっきりしたか?」



 七海が地面に胡坐を組んだまま、額から垂れてきた血を舐めとり唇の端を持ち上げる。



「別に」



 千華も、血を流す拳の具合を確かめるように何度か開閉させつつ、答えた。



「この程度で晴れる問題なら、最初から悩んでいないわ」

「へえ」



 七海の笑みに、からかうような感情が浮かんだ。



「悩んでるって認めたな?」

「……」

「どうよ、一つおねーさんに相談してみっか?」

「なにが。違って一つか二つくらいでしょう」

「いやいや、わかんねぇぜ? 美魔女っての? 実は若く見えるだけでアラサーかもしれんぜ?」

「あ、そう。おばさん」



 軽く毒を吐いた千華に、七海の目元がぴくりと引き攣った。



「誰がおばさんだ。アタシはまだギリ十代だぞ!」

「あ、そう」



 反論に対し、面倒くさそうな声を返しながら、千華は地面に深々と棍を突き立て、縁側に置いてあったタオルをとって、軽く浮かんでいた汗を拭う。



「……まあ、あれだ。悩みがあるなら、マジで相談してもいいんだぜ」



 七海の声に、真剣みが混じる。


 今まで軽い言葉の応酬とは違う、重みがあった。



「……どういう気の吹き回し? あなた、そういうこと言う柄じゃないわよ」

「そんくらい自覚あるよ。けどさ、なんだ……あれだよ」



 気恥ずかしさを誤魔化すように視線を逸らしながら、七海は唇をもごつかせる。



「どっかの馬鹿は、ため込んで、やらかしたからな」



 一抹の罪悪感が、七海の瞳をよぎる。



「……」



 千華は、そんな彼女に対し、呆れ混じりの溜め息をこぼした。



「あなたの勝手な罪滅ぼしに、私を巻き込まないでくれる?」



 そう言い残し、千華は風呂に入るために、屋敷の中へと戻っていった。


 七海は座り込んだまま、その背中を見送ってから、ゆっくり立ち上がる。


 地面に刺さったままの棍を何気ない所作で手に取る。



「ったく……片付けろよな」



 苦笑し、前触れもなく棍を思い切り振った。


 轟音が響き、衝撃が走る。


 七海が棍を振り切った庭には大量の土煙が立ち上り、それが晴れると深々と抉れた地面が現れた。



「……あ」



 自分の行動に遅れて気付き、また苦笑する。



「やっべ、真央に怒られるか?」



 言いながら棍を肩に担いで、屋敷の中に戻った。


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