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そして明日を壊す為、  作者: 新殿 翔
魂を明日へと結ぶ為、
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黄泉の踊り

 先程まで、本能で戦っていた時とは違う。


 自意識を取り戻した俺は……一時的に弱体化していた。


 当然だ。


 『黄泉軍』としての肉体を操るのは初めてのことなのだ。


 今まで刃物の一つも持ったことがない子供に刀を与えるのと、なんら変わらない。


 今も軽く腕を動かしてみたが、どうにも違和感は拭えない。


 ……あやうく八束を爪で引き裂くところだったが、それは黙っているべきだろう。


 ついでに敵の腕まで切断してしまったが……それは、あっという間に再生してしまった。


 出鱈目だな、と思い、自分も言えないのだと苦笑した。


 ほんの一撫で、それでこの結果なのだから。


 ひとまず手足の動き方はなんとかなりそうだったので、次のステップを踏む。


 自分の内に蠢く瓦礫の一つを摘むイメージで、爪に力を込めた。


 そのまま脚を振ると、爪の延長線を描くように、紅蓮の炎が奔った。


 あっというまに魂の巨人が炎に包み込まれ、身悶える。


 すると、大鎌が大きく回転しながら俺へと飛んできたので、『聖域』の力を使って弾いた。


 宙を舞う大釜を、八束が器用に掴む。



「あんた、今私を巻きこもうとしなかった?」



 被害妄想だ。


 仮にそうなりそうだったとして、不可抗力だ。


 というか、馬鹿正直に真っ向からつっこうとしていたお前の責任だ。


 言い返したいのだが、どうにもこの状況では人の言葉を発する事ができない。


 正確には、思い出せない、と言うべきか。


 死者とは言葉を交わせない、故に死者に言葉は不要だ。


 死者を纏っている今、俺も同じ状態になるのは当然だった。



「次に下手なことしたらブチ殺すわよ!」



 それが年頃の女の台詞か。


 そもそも今の一撃だって、手加減なんて欠片もしていなかった癖に。


 なら、次はどうしたものかと、おもちゃ箱をひっくり返す気持ちで、俺の内にある瓦礫を漁る。 


 そうしている間に、魂の巨人は身を包んでいた炎を振り払い、宙を飛び交う八束に腕を伸ばしていたが、素早い動きを前に触れる事が出来ずにいた。


 逆に八束の甲柿は魂の巨人に何度も叩き付けられるのだが、派手に火花を散らすばかりで、損傷らしい損傷は与えられずにいた。


 ……ああ。


 なんか見覚えのある光景だと思ったら、あれだ。


 蚊を振り払おうとしてるみたいだ。


 なんて考えていると、八束が翼から戦斧を引き抜いて、俺へ投擲した。


 鼻先に戦斧が触れ、そよ風と思い違いしそうになる衝撃波を生み出す。


 なにをするんだ、あいつは。


 溜め息をつきたいが、それすらこの身体では叶わない。


 憂鬱な気持ちのまま、いくつかの魂をまとめて行使する。


 『聖域』をはじめとした、いくつかの補助的な魂を八束の魂装へと纏わせた。



「っ、余計なことを!」



 吐き捨てるように言いながら、八束は大鎌を魂の巨人へと振り下ろした。


 脇腹が大きく裂けた。


 何だかんだいいつつ、しっかり活用してるじゃねえか。


 まあ、あいつにしてみれば、自分の力だとうとなかろうと、目の前にあるものを壊せれば十分なんだろう。


 力の使い方はなんとなく掴めた。


 次は……、と『黄泉軍』に慣れようとしている俺に、魂の巨人が突進してきた。


 八束が全身いたるところを切りつけるが、あいつの攻撃では、一瞬で再生されてしまう。


 破壊の魂が聞いて呆れる、もう少しなんとか出来ないのか。



「だから、余計な事考えたでしょう!」



 今度は大剣が飛んできた。


 あいつは戦闘中になにをしているんだ。


 文句を言ってやりたい気持ちに耐えつつ、俺は背中に軽く力を込めた。


 これを、こうか……いや、こうだな。


 次の瞬間、俺の背から六本の腕が生えたかと思うと、そのうち四本が銛にように返しのある杭へと変わった。


 四本の杭が魂の巨人の四肢に突き刺さり、宙に固定する。


 残った二本の腕が大きな剣に変化し、四肢を纏めて切りおとす。


 身動きをとれなくなった巨人が地面に落ち、その胸の辺りに大鎌を捨て突撃槍に持ち替えた八束が突撃し、大穴を穿った。


 それでも、巨人は止まらない。


 俺が串刺しにした四肢と胴の間に管が伸び再生しようとするので、突き刺す杭ごと噛み砕く。


 まずい。


 味覚なんてないが、漠然と、そう感じた。


 人間としての感覚では形容できないが、味覚で例えるのであれば、子どものままごとで作った泥団子を本当に食った気分だ。


 汚い泥をこねて作ったものなんて、食い物じゃない。


 まあ、これだけ魂の澱を集めて作った人形じゃ、こういう味になっても当然か。


 ――既に、『聖域』の気配は薄らとしか感じない。


 強度的には、先程よりもずっと高い。


 だが、身に纏う澱が厚すぎて、魂が持っていた技能や経験といったものを表に出す事はできなくなってしまっている。


 当然、そこには魂装の扱い方も含まれていた。


 こうなってしまえば、正にサワリだ。


 さっきとは真逆だな。


 俺がサワリから魂装者へと戻り、相手は魂装者からサワリに堕ちた。


 どちらがいい、という話ではないが……少なくとも俺は、さっきまでの『聖域』のほうが、よっぽど厄介に感じた。


 なぜ、紡がこんな余計な真似をしたのか、分からない。


 視界の端に、倒れ伏す紡の姿が映り込む。


 ……思う所はあるが、今はいい。


 まずはこいつを食らってやる。


 他の事を考えるのは、それからだ。


† † †


 気持ちが悪い。


 自身の魂にまとわりつく金色の光を見て、千華は奥歯を噛みしめた。


 魂装は己そのもの。


 混じる異物は、まるで泥を頭からかぶせられたかのような嫌悪感を与えた。


 それでも、それは確実に、千華の力になった。


 『聖域』の輝きをまとった突撃槍は、四肢を失い地面に倒れた魂の巨人に、大穴を穿った。


 であれば、吐き気すら覚える感覚も、彼女は受け入れた。


 自分の力だけで破壊を成せないのは気に食わない。 


 だが、それ以上に、破壊できないのが許せないのだ。


 いずれは己一人でその高みへ至ると心の中で誓いながら、今は薄汚れた泥をかぶりながら戦う覚悟を固める。


 地に倒れた巨人の四肢が、瞬く間に生え換わる。


 突撃槍によって胸に穿たれた大穴は、まるで水でも注がれるように塞がれ、千華はその再生に飲み込まれないよう、空へと舞い上がった。


 置き土産とばかりに突撃槍を投げると、流れ星のように煌めきながら、巨人の頭を吹き飛ばした。


 それすらもあっさり回復して、魂の巨人は再び立ちあがった。



「きりがないわね」



 相手の内包する魂は膨大……今、千華と『黄泉軍』がしていることは、その外側から、薄皮一枚一枚をゆっくり剥がしているような行為だ。



 着実に削っていくことはできる。


 その確信があった。


 しかし、千華は舌打ちをして、翼から大鎌を抜き、大きく息を吐き出した。



「付き合ってられないのよ……出来そこないの人形とお遊びする趣味なんて、あるわけないでしょう」



 侮蔑するように言い放ち、千華は手の中で器用に大鎌を回転させた。


 どれから『黄泉軍』を振りかえり、鋭い笑みを浮かべる。



「あんた、ちょっとあれ、全部引っぺがしなさいよ。中心さえ見えれば、あとは私が壊してあげるから」



 不遜な物言いに、巨大な獣の形をした『黄泉軍』から呆れ返る気配が伝わってくる。


 人の言葉などなくとも、彼女に対し、不平不満を感じているのは明らかだった。



「なに? 文句あるわけ?」



 鼻先に大鎌を突き付けられると、『黄泉軍』はゆっくりと首を横にふった。


 と同時、長い尾が振るわれる。


 自分に迫ってくる尾の尖端を見つめながら、千華はぴくりとも動かない。


 彼女の頬を掠めて、『黄泉軍』の尾は、振り下ろされようとしていた巨人の拳を打ち砕いた。


 背後で強大な力の衝突が起きても、千華は振り返りもしない。



「ほら、さっさとやりなさいよ」



 感謝をするどころか、なんだこの鈍間は、と言いたげな小馬鹿にするような態度をとる千華に、『黄泉軍』の尾が垂れさがり、気だるそうな気配が漂う。


 しかし、それでも『黄泉軍』は千華の前へ出ると、魂の巨人へと相対した。


 既に破壊された拳を再生した巨人が、『黄泉軍』へと掴みかからんと突進する。


 なんの知性も感じない、不格好な動きは、『聖域』と比ぶべくもなく拙いものだった。


 『黄泉軍』の肉体が蠢く。


 獣から、人型へと変生する。


 魂の巨人よりかは一回りは小さく、その全身はボロ布のようなもので覆われていた。


 揺れるボロ布の隙間から一斉に飛び出したのは、人の、獣の、蟲の、ありとあらゆる形状の腕だった。


 百にも及ぶ腕が、魂の巨人を掴み、貫き、殴り、引き裂く。


 それでも尚、抵抗をやめない魂の巨人に対し『黄泉軍』の攻撃は続いた。


 『黄泉軍』の背から生えたのは、獅子、狼、鷹、蛇、様々な生物の頭で、それらが一斉に巨人の肉体を食い散らかす。


 瞬く間に、魂の巨人が内包していた魂の総量が減少していく。


 奪う。


 喰らう。


 お前の持っている力は全て俺のものだと、『黄泉軍』が狂乱しながら貪る。


 歓喜に震えた『黄泉軍』が、奇怪な声で咆哮した。


 すると魂の巨人を、炎が、雷が、氷が、あるいは得体の知れない現象が襲い、その形を微塵に砕く。


 飛び散る巨人の破片同士が蠢き、?がり、蘇ろうとする動きを『黄泉軍』は許さない。


 まとまり始めた肉塊に、無数の腕が殺到し、古傷でも強引に開くようにこじ開ける。


 そうして、外殻だけでなく、その奥深く、魂の中核へと隙間が生じた。


 千華は、見逃さなかった。


 彼女の魂が告げる。


 今を置いて、これを殺す時はない、と、



「さあ――」



 溜めに溜めた力で内側から圧迫され、悲鳴をあげるように血錆の翼が悲鳴じみた軋みを上げながら、大きく広がる。


 強く握りしめた大鎌の連鎖刃は、甲高い音で回転し、眩い火花を空一面に吐き出した。


 千華が、巨人の中核――天道啓の魂へと一直線に飛翔し、大鎌を振るった。


 核を守るために、膨大な魂が濁流となって千華へと襲いかかる。


 それを、『黄泉軍』の尾がいくつにも枝分かれして、彼女を囲むように守った。


 濁流を掻きわけた先に、たどり着く。



「――死ね」



 魂を刈り取る大鎌が振り下ろされた。


 直後……魂の巨人を形成していた澱は、蒸発するように消滅した。


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