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そして明日を壊す為、  作者: 新殿 翔
魂を明日へと結ぶ為、
24/79

死者を引き連れる獣

 先程いた場所から吹き飛ばされた俺は、体勢を立て直すと、すぐさま逃走の姿勢をとった。


 廃ビルと廃ビルの隙間を全力で疾走する。


 あんな化け物と真っ向勝負なんで、自殺もいいところだ。


 今の俺にできることは、逃げる事だけだった。


 とにかく逃げて、逃げて、逃げることで時間を稼ぐ。


 そうすれば、他の第一等級を下した朱莉先輩なり紫峰なりが追ってきて、なんとかしてくれる。


 ……果たして、そんな都合よくいくだろうか?


 俺は、背中に感じる絶望的な気配に、震えそうになる歯を噛みしめた。


 俺を狙う魂の気配は超大にして、かつて感じたことがないほどの濃度と深度を秘めていた。


 あるいは……朱莉先輩や紫峰よりも、強い。


 そう思ってしまったら、駄目だった。


 もしかしたら、他の連中だって、俺のところに来る余裕なんてないんじゃないのか?


 不安や恐怖が、とめどなく溢れてくる。


 呼吸は一気に乱れ、冷や汗が止まらない。


 本当に助けなんてくるのか?


 希望を摘むような、考えてはならない想像が、脳裏を駆け巡る。


 砂時計の砂が落ちていくかのように、全身から力が抜けていく。



「……く、そ……っ!」



 だが、それでも脚の動きは止めない。


 諦めるわけにはいかないのだ。


 俺にはまだ、やるべきことがあるから。


 あの人と再開する前に、死ぬわけにはいかな。


 そんな思考に耽り、身体の動きが鈍った……というわけではない。


 ただ純粋な、速度不足。



「は?」



 気付けば俺の頭上を巨大な影が眼前へ躍り出た。


 着地と共に地面を衝撃が走り、舗装されていた道路が波打ちアスファルトの残骸や廃車が宙を舞った。


 咄嗟に脚を止めた目の前に立った四本腕が、ゆっくりと振り返り、修羅のような顔で俺を見下ろした。


 全身が竦み上がる威圧感の中、俺は必死に思考を回転させた。


 どうすればいい?


 どうすれば、この絶体絶命の状況を切り抜けることができる?


 必死に頭を悩ませて……そんな余裕はないことに、遅れて気付いた。


 巨人が動き、四本の腕が叩きつけられるように振り下ろされた。


 のろま思考よりも先に、本能が身体を突き動かしていた。


 大きく跳躍し攻撃を回避する。


 巨人の拳はなにもない地面を叩きつけ、地面を吹き飛ばし、巨大なクレーターを作り出した。


 衝撃が周囲に広がり、老朽化したビルの一つが、都合悪く俺の方へ倒れ込んでくる。



「この……邪魔だ!」



 力を振り絞り、炎を収束させて作った弾丸がビルに命中する。


 瞬間、込められていた膨大な熱が解放され、大爆発の形をとってビルを破砕した。


 降り注ぐ瓦礫越しに、四本腕が動く。


 落ちていく瓦礫の中から、特に大きいものを選ぶと、それを掴みとり、俺へと投擲してきた。


 放たれた瓦礫は一瞬で空気を切り裂き音を越え、轟音と共にあまりの威力に耐えきれず自壊、雨のような礫となって俺へと降り注ぐ。


 まるで、ショットガンだ。


 しかも一発一発が、分厚い金属板でも簡単に貫く威力を持っている。



「お、おぉおおおおおおおおお――ッ!」



 あまりの広範囲に降り注ぐ流星群に対し、回避行動は無力だとはっきり理解する。


 俺は即座に意識を迎撃に切り替えて、掌から生み出した炎を空へと放った。


 巨大な火柱が夜空を貫き、俺へと降り注ぐ礫を溶解させる。


 だが、それでもいくつかは燃えなながら炎を突破し、俺に迫った。



「くっ……」



 どうにか身体を捻り、それらを回避しようとする。


 一発が肩口を掠め、肉を抉った。



「づっ!」



 燃えるような痛みだが、致命傷ではない。


 さらに太腿や脇腹にも攻撃が掠め、血肉が飛び散ったが、いずれも問題はない。


 多少の流血は、傷口を焼いて塞ぐことで対処した。


 怪我による灼熱なのか、自分の炎に炙られた激痛なのかも曖昧だった。



「ふざけんな……急展開すぎるだろ……!」



 意味が分からない。


 いきなり朱莉先輩と戦うことになって、散々ボコられて、かと思ったらいきなり大規模飽和流出? しかもその犯人が紡だって?


 なんだそれは、俺にはまったく理解できない。


 何事にも前触れというものがあるのだとして、俺は微塵もそんなものは感じなかった。


 どこかで見逃していただけか?


 朱莉先輩との戦いなんて、模擬戦だとか、指導だとか、あるいばいびりだっていい。そういう些細なものだったはずなんだ。


 紡だって、部隊に所属している人間の面倒をよく見ていて、今日だって、ほんのちょっと夕飯の時間が遅れたこと以外は、変わりなかった。


 その、はずだ。


 それとも紡の兄が死んでいる事が、なにか関係しているのか?


 遠季が言葉の端々に含ませていた不可解なものが、現状に繫がっているのか?


 分からない。


 まるで、何一つ知らされずに闘技場に放り込まれた気分だ。


 もしもこんな事になるなら、俺は最初から逃げていたのに……。


 巨人が大きな一歩で俺との距離を詰めてくる。


 既に四つある巨大な拳は握りこまれ、振り下ろす準備を完了していた。 


 目の前に聳える絶望に、俺はありったけの紅蓮を放つ。


 高熱に炙られた大気が膨張し、轟音と共に辺り一帯を破壊していく。


 網膜を焼くほどの真紅の輝きが吹き荒れ、巨人を包み込んだ。


 だが――それを、四本の腕が内側から引き裂く。



「な……」



 いくら格上の相手であろうとも、多少なりとも効果はあるはず。


 そう思って放った一撃だったからこそ、髪の毛一筋ほどの傷も残せていないことに、絶句するしかなかった。


 呆然と立ち尽くす俺の隙を、巨人は見逃さない。


 拳が振るわれた。


 地面を抉りながら、大質量が俺の身体を打ち据える。


 咄嗟に自分と拳の間で炎を爆発させ、衝撃波で打撃の威力を相殺しようとするが、本当に些細な抵抗だった。


 身体中を強烈な震動が駆け抜けて、腹の中身をぐちゃぐちゃにかき回される気分がした。


 痛みを越えて、喪失感が全身を包み込む。


 気付けば俺は空にいた。


 風にさらわれる紙片のように、俺の身体は巨人の一撃により、遥か高く、上空へと打ち上げられていた。


 上への加速は次第に緩まり、あとは重力に引かれての自由落下が始まった。


† † †


 遠季真央はゆっくりを歩いていた。


 廃棄区域一帯に感じるのは、荒れ狂う海を思わせる魂の奔流だ、。


 頭上に開いた魂魄界への空孔からはとめどなく魂の澱が噴き出し、廃棄区域を満たしている。


 それ以上の範囲に広がらないのは『御供夜叉』の力によるものだろうと、容易に想像することが出来た。


 真央には、紡の望みが見えていた。


 紡の狙いは、第一に、無色の魂を手元に置くこと。


 魂魄界から溢れだす魂の澱は、廃棄物であり、せいぜい魂装の糧にすることくらいしか出来ない。


 それでは彼女の望みを叶えられないのだ。


 だから、廃棄区域に澱を満たすことで、大量のサワリを生み出し、それを魂装者に倒させることで無色の魂に変換、獲得する。


 思い切った行為に出たのは、目的を叶える目途が立ったからに他ならない。


 既に、核となる部分は朔と数日行動する中で、わざとサワリを生み出し、彼に倒させ、無色の魂を回収することで形成できているのだろうと推測できる。


 あとはここで得た魂で核に肉付けをすれば、器の完成だ。


 あとは、無限とも思える砂漠の中に落ちた一粒の宝石を見つけるだけ。


 こうしている今も、『御供夜叉』の腕が魂魄界を必死に漁っているのが、真央には感じ取れた。



「あなたが見つけるのが、早いか……それとも……」



 真央の口元に、笑みが浮かぶ。



 紡の願いが叶おうが、叶うまいが、真央にとっては些事だ。


 重要なのは、得られる結果のみ。


 破壊の魂が純度を高めることと、『黄泉軍』が自らの魂を思い出すことに他ならない。



「いつまでも逃げてはいられない……誰でもない、自分自身の魂なのだから」



 己の内にあるものからは逃れられない、そんなのは自明の理だった。



「……ああ、あの時に、よく似ている」



 肌に触れる、粘つくような穢れた魂の感触は、十年前をどうしても思い返させる。


 遠季真央もまた、十年前に大規模飽和流出で、なにもかもを失った者の一人だった。


 目をつむれば、すぐにでも惨劇の光景が浮かぶ。


 それに対し、真央は笑みを深めた。


 笑いようのない凄惨な過去を、笑う。



「あの時、あの場所にいる事ができて、本当によかった」



 ここに十年前の被害者がいれば、真央の正気を疑っただろう。


 よかった。


 そんなのは、十年前の大災害を指すには、あまりに不似合いな単語だった。


 しかし、真央は――十年前に『魔王』の魂を得た彼女は思う。


 十年前に、失うものはあったが、得たものも必ずあったのだと。


 それは例えば、理不尽をもたらした全てに対する復讐心だ。


 それは例えば、自分を救ってくれたものへの憧れだ。


 それは例えば……。


† † †


 第一等級のサワリと後に呼ばれる『共食い』、遠季真央は貴重なソレの目撃者だった。


 彼女は当時、民俗学者の父と、教育職に就いている母との三人で、小さな一戸建ての家で暮らしていた。


 裕福とまではいかずとも、不自由のない暮らしをしていた。


 だが、真央が誕生日を迎え、両親がお祝いの為にケーキを買ってきてくれた日――第一次大規模飽和流出は起きた。


 運の悪いことに、真央の家は、その中でも特に苛烈に魂の嵐にさらされる場所にあった。


 この世ならざる場所から噴き出す魂の澱がサワリという形となり、不幸をばら撒く。


 真央の家は、巨大なサワリに踏みつぶされて、崩れた。


 両親は蝋燭を立てていたケーキと一緒に、瓦礫に押しつぶされ、そこに二人がいた証は飛び散る血痕のみだった。


 真央は奇跡的にも瓦礫の隙間で、ほぼ無傷のまま生存していた。


 誕生日ケーキの蝋燭から、ゆっくりと火が拡大するなか、彼女は必死に瓦礫の中を抜け出した。


 その時には既に、一帯は廃墟と化していた。


 あちこちから立ち上る火の手と黒い煙……それは禍々しい極光に覆われていた。


 あまりにも薄い生の気配と、我がもの顔で闊歩する異形の群れを前に、真央の思考は停止した。


 民俗学者の父は、よく真央に古い民謡や、神話、言い伝えなどを聞かせた。


 その中で、古今東西関係なく存在した、死後の世界の概念……今目の前にあるものこそがそれなのだと思った。


 肌に感じるのは、明らかに生きている者とは違う魂の気質だ。


 既にその時、真央は魂魄界に深く触れ、魂装者としての才覚に目覚め始めていた。


 だからこそ、今その場所を包み込むものが、死者の魂の成れの果てだと、漠然と理解できた。


 こんな場所にいるのだから、きっと自分はいつの間にか死んでしまったのだ。


 そう、思わざるを得なかった。


 ふとサワリの一体が真央に気付き、迫ってくる。


 さらに一体、もう一体とあの世に棲む悪鬼の軍勢が押し寄せ、真央が成す術もなく潰されようとした、その刹那の事だった。


 降り立つ存在があった。


 真央の才覚はその段階で既に加速度的に向上し、はっきりと、ソレを感じ取れた。


 認識することが出来てしまった。


 単一でありながら、その内には大量の魂が渦巻いている。


 憎みに染まる魂も、嘆き悲しむ魂も、生者を羨む魂も、慈愛に満ちた魂も……なんの区別も、例外もなく、ソレの内側に存在していた。


 単一でありながら、軍勢……ソレを認識できてしまったことが、真央にとって、幸か不幸か。


 自分が落ちた地獄の底で、王者のように振る舞うソレは、迫るサワリを次々に噛み砕き、咀嚼し、己のものとしていく。


 真央を助けようなどと想っているわけではないのは明らかだ。


 ソレは、ただ喰らっているだけ。


 飢餓を潤すためだけの行為であり、真央の存在など眼中にも入っていない。


 その時、真央の心に生まれた感情はなんだったのか、彼女自身も、正確には把握しきれていない。


 助けてくれたことに対する感謝か、あるいは悪鬼すらも蹂躙する存在への恐怖か、はたまた自分を路傍の石のように扱うことへの憤りか……。


 少なくとも、今目の前で行われる捕食を、増大する単一軍勢の姿を、この先一生忘れないことだけは確かだった。


 心に焼きつく鮮明な思い出……ソレを、真央はこう形容する。


 憧れ、と。


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