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そして明日を壊す為、  作者: 新殿 翔
魂を明日へと結ぶ為、
20/79

勇なる者

 商店街で野暮用を済ませた俺は紡の捜索を続けていた俺だが、一向に目的の姿を見つけることができず、すっかり空も暗くなり、歩き疲れた頃に一度、隊舎に戻ることした。


 すると、ちょうど居間に晩飯が並べられているところだった。



「あ?」

「ああ、お帰りなさいませ、戦火さん。随分と遅かったのですね」



 当然、晩飯の用意をしているのは紡だった。



「おう戦火。遅かったな」

「随分長い間探していたんですね。正直、意外でした、適当に切り上げるかと思っていたんですが……」



 そして紫峰と朱莉先輩は、平然とした顔で座っていた。


 なんでこいつら普通にくつろいでんの?



「……紡、戻ってきてるじゃん」

「そうだな?」



 なにを当然のことを、と言わんばかりの顔で紫峰が頷いた。



「なんで連絡してくれないんだよ」



 探したのが全て無駄足だとわかり、全身に疲労感がのしかかった。



「そう言われても、お前の携帯番号とか知らねえし?」



 それはそうだが……納得いかないものがあった。



「後で教える」

「あ、別にお前の番号とかいらねーんだけど」

「うるせぇ」



 ついつい棘のある台詞が口をついて出た。


 その瞬間、紫峰の目つきが鋭さを増した。



「てめぇ、生意気ほざいて――」

「まあまあ、七海さん。戦火さんは女性と番号を交換するのが恥ずかしいからそっけない態度をとっているんですよ、きっと」



 なぜ朱莉先輩はそんな暖かな目をしつつ上から目線なのだろう。



「……朱莉先輩って、前から思ってたんですが」

「なに?」

「なんで大人ぶってるんですか? ちょいちょい装いきれずに年相応の素が出てますけど」

「――……」



 ふと、朱莉先輩の動きがぴたりととまった。



「あー……戦火。ま、なんつーか、番号くらい交換してやるよ」

「は?」



 いきなり紫峰が物わかりのいいことを言い出して、俺は訝しげに眉を寄せた。



「とりあえず、今夜生き残れたらな」

「なにを言って……」

「戦火さん」



 これまで聞いたことのないような低い声が、朱莉先輩の唇から漏れた。


 しかし表情は対照的に、朗らかな笑みを浮かべている。


 俺は、背筋を氷で撫でられたかのような感覚に襲われた。



「年相応? ガキっぽいって? え……チビ?」

「いやいや」



 待て、ガキっぽいは百歩譲るとしても、チビって部分は完全に冤罪だろ。


 いくらなんでもそんな悪口がひょいひょい出てくるわけないだろ、八束じゃあるまいし。



「今夜、覚悟してね」

「……」



 深まる氷の笑みに、俺は思わずため息で答えた。


 理不尽だろ……。


 そんな会話をしていると、居間に遠季と八束が姿を現した。


 不意に、八束の視線が紡へと向き……複雑な感情が瞳の奥に覗いた気がした。



「……?」



 不思議に感じたが、それも一瞬のことで、八束はすぐに視線を紡から外した。


 ……あるいは、目をそらした、ともとれる。


 当の紡は、まるで気にした様子がない。


 気付いていないわけではないだろう。


 本人が気に留めていないのなら、俺からどうこう言うことではない。



「さあ、それでは遅くなりましたが夕食にしましょう。今夜は扶桑さんと戦火さん、八束さんの演習がありますから、精神誠意、応援の気持ちを込めて作らせていただきました」

「ええ、ありがとう、紡さん」



 お礼を口にする朱莉先輩の態度はいつも、背伸びした大人ぶりっぷりだ。


 だが、俺はほんの僅かな刹那、自分に向けられた朱莉先輩の鋭い視線を見逃さなかった。


 体調不良でお休み、とはいかないものだろうか。


 美味そうな飯を前に出てくるのは、憂鬱なため息ばかりだった。


† † †


 食後、それぞれ双界庁の外套を身に纏い、隊舎を出る。



「……戦火」

「ん?」



 遠季に呼ばれ、立ち止まる。


 その間に、他の連中はさっさと先に行ってしまった。



「なんだ、今からでも休んでいいって気遣いか? それならありがたく受け取るぞ」

「……」



 無視かよ。



「あなたは……まだ、自分の魂を……思い、出さないの?」

「なに?」



 相変わらず、こいつの言っていることはわけがわからない。



「どういう意味だよ。そう遠回しな言い方はやめて、率直に言え」

「……そのまま、の、意味……あなたは、自分の魂の、在り方を……忘れている。忘れ、させられている?」

「お前は本当に、何を言っているんだ」



 俺の魂だと?



「それこそ、お前になにが分かるんだ。俺の魂は、俺のもので、在り方なんて俺が決める」



 突き放すように告げ、これ以上変なことをいうなと言外に拒絶を示すが、遠季には堪えた様子がない。



「人は、なろうと思って……鳥にはなれない。魚には、なれない……あなたは、望んでも・……あなた以外に、なれない」

「あー、はいはい」



 淡々と告げられた言葉を、右から左に聞き流す。



「というか、それが? どうしてお前に口出しされなくちゃならないんだ? 俺の魂云々なんてのはお前に関係ないだろう?」

「――……そんな、こと……ない」



 一歩、遠季が俺に近づいた。


 小さな一歩だと思ったのに、気付けば俺の目の前で白髪が揺れていた。


 紅蓮の瞳と、正面から見つめ合う。



「『黄泉軍』……いつか憧れた死の獣に、早く会いたい」

「また、それか……」



 『黄泉軍』だと?


 なんだそれは、どこの誰を指した言葉なんだ。


 耳にするだけで、なぜだか……苛々するんだよ。


 まるで、胸の深いところを引っ掻かれるような不快感しかない。



「意味の分からない言葉ばかり並べるなよ……それ以外話がないなら、俺は行くぞ」



 俺は会話を断ち、遠季に背を向けると、さっさと歩き出した。


 ……まるで、逃げるように。



「待っている……早く、戻ってきて……」



 だから、うるさいんだよ、お前は。


 自分の中で、なにかが、軋む音を聞いた。


† † †


 あの人との思い出を振り返ると、自然と、桜の季節が思い浮かぶ。


 不思議な話だ。


 桜なんて、一年の間に、どれくらい咲いているだろう。


 刹那の美しさは……あの人に、よく似合っていた。


 ――朔。そんな風に力ばかり求めて、苦しくはない?――


 桜吹雪の中、なにげなくあの人が口にした問いかけに、俺はなんと答えたのだったか。


 当時の俺はあの人に出会ったばかりで、少しも心を許していなくて……頭の中は常に、一つのことでいっぱいになっていたと思う。


 理不尽な現実への反抗……復讐という行為……あるいは、ただただ単純な憎悪だったろうか。


 今となっては、思い出すこともままならない。


 燃え尽きた灰の中に埋もれた原初の行動原理を、今の俺は求めてなどいないのだから。



「ずっと苦しい」



 あの時、俺はそう答えたんだ。


 呼吸をするたび、心臓が鼓動を刻むたびに、苦しさが自分の魂を苛んでいた。


 俺の返答に、あの人がどんな顔をしたのかも覚えている。


 悲しげに表情を歪め、ぼろぼろと涙を流したのだ。


 そのまま、勢いよく俺のことをきつく抱きしめた。


 ――死者を想うよりも、今傍にいる誰かを想って――


 まるで自分が痛みを感じているかのような、切実な声だった。


 ――苦しむのなら、せめて生きる誰かの為に苦しんで――


 一体、なにを想って、あの人はそう口にしたのか……今だって、分かったわけじゃない。


 少なくとも、あの人なりの優しさだったのは、間違いない。


 俺を想って言ってくれたに、間違いはないのだ。


 だからこそ、俺の胸に深く刻み込まれている。


 ――死者に染まらないで。あなたは生きているのだから――


 希う言葉に、俺は……なんと答えた?


 思い出せない。


 そして……思い出したくもない。


† † †


 気付けば、いつのまにか廃棄区域に到着していた。


 何気なく蘇った過去の光景に意識が移り、すっかり呆けていたようだ。



「この、辺りで……いい」



 遠季の言葉に、全員が脚を止める。


 ……ついに、か。


 ここ数日、この場所でサワリとの戦闘が繰り返されていたなど考えられないほどに、凪いだ空気が流れていた。


 だが、それは正に嵐の前の静けさだ。


 緩やかだが、感じる。


 一人の人間を……扶桑朱莉を中心に収束する、魂の流れを。


 無言の内に、遠季と紫峰、紡は俺達から距離をとった。



「さて、始めましょうか」



 朱莉先輩が振り返り、堂々と俺と八束を見つめた。


 そこに、気負いや緊張など、まるで存在しない。



「私が負けたらお姉様が戦うことになる、と聞いては悪いですが手加減はできませんよ」

「別に、望んじゃいないのよ」



 まず動いたのは、やはりというべきか、暴力女こと、八束だった。



「――黄泉比良の命、千を殺めも分かず――」



 一瞬のうちに血錆の翼を四枚背に広げ、軋みとともに羽ばたく。


 衝撃波が生まれ、地面を砕きながら朱莉先輩へと突撃した。



「っ……あいつ」



 俺が傍にいることなど、まるで気にしていなかった。


 その証拠に、今の衝撃波は、とっさに魂の力を纏わなければ人なんて簡単に肉塊に変える様なものだった。



「これでも、一応味方だぞ……」



 呻くように呟くが、その声が八束に届くわけもない。


 あいつは血錆の翼から赤熱の大剣を抜き放つと、遠慮なしに朱莉先輩に唐竹割を叩きこんだ。


 轟音と共に、大剣が地面を砕く。


 高熱の刃が目標を捉えることはなかった。


 気付けば朱莉先輩の姿はそこになく、八束の攻撃は瓦礫を撒き散らかしただけだ。


 朱莉先輩の姿を求め、視線を巡らせるまでもない。


 彼女は、俺の目の前に立っていた。



「――……」



 完全に、咄嗟の行動だった。


 目の前に強大過ぎる存在がいて、それを、なんとかしなくてはと、俺の魂は勝手に力を滾らせた。


 一瞬で振り絞った熱量は最大威力と比べれば微々たるものながら、それでも鋼鉄程度ならば容易に溶かす炎となって朱莉先輩へと襲いかかる。


 だが、その火が朱莉先輩に届く前に、小柄な姿は消えていた。


 今度は、俺と八束の真ん中の辺りに立っている。


 さっきから、全く移動が見えない。



「ちょこまか、と……!」



 苛立たしげに八束が大剣を虚空へ振るった。


 歪んだ刃に閉じ込められた熱量が解放され、水平に放たれる。


 紅蓮の刃が飛来し、朱莉先輩が姿を消した。


 当然、攻撃が途中で止まるわけもなく……八束の刃は、そのまま俺に向かって飛んできた。



「馬……っ――滅びの塔を駆け昇れ、我は黄泉竈食ひの獣なり――!」



 慌てて言霊を唱え、自身の魂から込み上げる力を八束の攻撃に叩きつけた。


 炎の扱いであれば、さすがに俺に長がある。


 俺の火炎が八束の火炎を飲みこんで、辺りに巻き散らかされた。


 あっという間に、周囲が火の海に姿を変える。


 その中でも遠季達の周りだけぽっかりと見えない壁でもあるかのように火の手から逃れているのは、流石というべきか。



「まったく、何をしているんですか」



 朱莉先輩は、なにもなかったかのように近くに立っていた。



「……速度に特化した、魂装か」



 小さく呟く。


 ほぼ間違いないだろう。


 未だ、魂の象徴ともいえる言霊すら唱えず、魂装未展開でこれだ。


 本領を発揮した時、果たしてどれほどの速度を叩きだすのか、想像もできない。



「勘違いしていませんか?」



 くすり、と朱莉先輩が笑う。


 そして俺の目の前に再び現れた。



「誰が、速度特化の魂装というのですか」



 朱莉先輩の腕が振るわれる。


 その動きを、辛うじて目で追うことが出来た。


 慌てて自分の腕を縦にして、振るわれた朱莉先輩の手を受け止める。


 殴られる、という感じではない。


 まるで子供がじゃれつく時に腕を振り回すような動きだった。


 だが、それで俺の身体は真横に吹き飛び、近くの廃ビルの壁に叩きつけられた。


 衝撃に続いて全身に激痛が走り、せき込みながら地面に転がる。



「力まで……、くそっ、さすが第一等級ってところか」



 速度と力……シンプルだからこそ、強い。



「というか、なんで俺なんだよ……八束も狙えって」

「だって戦火さん、私のことチビって言ったし」



 おい。


 逆恨みかよ。というかそんな幼稚な悪口を言ってないって何度言えば分かるんだ。



「とりあえず後九発で許しましょう」



 いや死ぬから。


 朱莉先輩が消えて、俺は慌てて自分の周囲に炎の壁を立てた。


 だが、高速の移動と、まき散らす魂の力が、あっさりと俺の炎を切り裂いて、朱莉先輩の姿を露わにした。


 ……その背後で大剣を振りあげる八束の姿も。


 八束の大剣が振り下ろされ、朱莉先輩は姿を消し、俺は横に転がるようにして、どうにか刃から逃れた。



「だから、お前ふざけんなよ! なに俺まで巻き込もうとしてやがる!」

「うるさい」



 俺の怒声に返されたのは、温度の無い声だった。


 最悪だ。


 こいつの目……周りのことなんて見ちゃいない。


 いや、正確に言えば……目に映るもの全て、壊す対象くらいにしか思っていない。


 俺の本能が警鐘を鳴らしていた。


 そもそもからして、こいつを味方だと思うことが間違いだったのだ。


 分かっていたはずだ、敵味方だなんて、そういうまともな区分を持てる神経があるようなやつではないと。


 だが……なんだ?


 以前より、ずっと深い殺意を感じる。


 瞳の奥に宿る憤怒はより苛烈に、恨みは留まるところを知らず高まっているようだ。


 確実に、以前よりも魂の格が上がっている。



「すごいですね」



 十歩程度の位置にいた朱莉先輩が、物珍しげに目を丸くした。



「……そんなに、私を殺したいんですか?」



 苦笑を浮かべた朱莉先輩の言葉で、理解した。


 なんてことだ。


 今まで、まともにそういう相手がいなかったから、八束は第二等級に収まっていたのだ。


 今まで、出会ったもの全て、第二等級と言う枠内でも十分に殺せていたから。


 今まで、殺したいと願っても殺せない存在などなかったに違いない。


 だから……そういう相手に出会った今、必要な分だけ、ごく当たり前のように、魂の格を引き上げている。


 もちろん、普通はそんな簡単に魂の格なんて上がるものじゃない。


 むしろ後天的に魂の格が変わることなど、ほぼないと言ってもいいだろう。


 だが、それをあっさりと叶えてしなうからこそ……八束千華の殺意は恐ろしい。


 望むだけ破壊の力を獲得できる常識外れ。


 なんだよ。こいつも他の連中と大差ない、随分な化け物じゃないか。


 どうして自分が、朱莉先輩やら八束やらと戦っているのか、理解できなくなる。


 場違いも甚だしい。



「死ね。殺す。壊れろ、崩す死ね殺す死ね壊す壊す死ね死ね死ね……!」



 子供じみた呪詛が、さらに八束の魂の格を引き上げた。


 八束が大剣を逆手に持ち変え、全身をバネのように使って、投擲した。


 音をあっさりと追い抜かした大剣を、朱莉先輩は姿を消して回避した。


 大剣はそのまま、朱莉先輩の背後に立っていたビルの壁面を派手に砕き、そのまま三棟貫通し、直後根元を破壊されたビル群が崩落する。


 その時には、八束は血錆の翼から大鎌を引き抜きながら疾走していた。


 その先に、朱莉先輩の姿が現れる。


 ……まさか、見えているのか?



「おっと」



 朱莉先輩も予想外だったのか、きょとんとした顔をしている。


 そこに、回転する連結刃の大鎌が振り下ろされた。



「まず――っ!」



 俺は慌てて地を蹴った。


 今の八束に手加減など出来ない。


 確実に、相手を殺すつもりの一撃だ。


 いくら第一等級と言えど、速さと力に特化した朱莉先輩の魂装では、受け止められない。


 ……そう思っていた。



「あいたっ」



 朱莉先輩は無造作に大鎌の刃を掴んでいた。


 回転する刃が掌に触れているのに、軽く眉を顰めるだけ。


 すぐに押し返し、少し赤くなった掌にため息をこぼしていた。



「もう、少し皮剥けた……」



 素の呟きをこぼす朱莉先輩の姿に、俺は呆然と立ち尽くす。



「え?」

「ん……あれ、どうしたんですか、戦火さん。なにか驚いているようですが」

「なに、って……そりゃ……」



 どう言えばいいのか分からず口ごもる俺に、朱莉先輩は微苦笑を浮かべた。



「ああ、戦火さんもそういうことを考えるクチですか」

「え?」

「――速ければ脆い。頑丈なら力が弱い。力強ければ鈍い……そんな、なにかに優れていればなにかに劣っている。ゲームバランスが調整されたRPGじゃないんですよ?」



 おどけるように肩を竦める仕草をとる朱莉先輩に、再び八束の大鎌が振るわれた。


 先程よりも鋭く、威力を高めた一撃に、朱莉先輩は怯む素振りすらない。



「――我が剣は全てを守る為に――」



 とてもシンプルな言霊が紡がれ、銀の光が朱莉先輩を包み込んだ。


 あまりの眩さに目を瞑る。



「っ……」



 瞼越しにも光が、徐々に弱まり、恐る恐る目を開けると……白銀と蒼の鎧を纏った朱莉先輩が左手に携えた盾で八束の大鎌を受け止めているのが見えた。


 ほのかに、神々しい輝きが鎧からは放たれている。


 辺りを漂う魂の気配は凛然として、怨嗟渦巻くはずの廃棄区域だというのに、神聖さすら感じた。


 騎士……いや、違う。



「私は、子供の頃から、俗に言う英雄譚が好きだったんです。悲劇、という偏りがあるものの、童話が好きだと言う紫峰さんのほうが、とても女の子らしいでしょう?」



 八束は何度も何度も、大鎌を叩きつける。


 その度に威力は上がっているのに、朱莉先輩の盾はあっさりとそれを防いでみせた。



「弱きを助け、強きを挫く。人々の危機に駆け付けてくれる存在……普通は、お姫様の立場がいいな、なんて思うのかもしれないけれど」



 朱莉先輩が動く。


 右手に携えたくすみ一つない銀の剣を、とても軽い動作で振るう。


 しかし、そこに込められる力は尋常ではない。


 八束もそれを感知し、大げさといえるほど大きく後ろに飛びずさる。


 銀の剣――聖剣がなぞった大気は、澄みすぎて魚が生きれない水のように、清廉とした気配に包まれた。



「私は、お姫様よりも、白馬で駆けつける方に憧れた。かっこよくて、凛々しくて……その手で全てを救える存在に」



 朱莉先輩の瞳は、きらきらと、夢を語る子供のように輝いていた。


 そうか……これが、朱莉先輩の魂装。


 力強く。


 堅牢で。


 速い。



「――第一等級、『勇者』」



 そよ風にのって、遠季の声が届いた。


 『勇者』……まさに、佇む神聖なる姿に、相応しい名だと思えた。


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