30 ハヤトVS麺王ハッサン 前編
「全員、ディートの料理のほうが上と判断したということでいいのだな?」
第一試合のBリーグの戦いはチキータの勝利で決着したが、まだAリーグのディートとポンリーチの戦いが残っていた。
試験官が、S級認定の受験者でありながら判定人でもある料理人たちに再度確認する。
その場にいる判定者は全員ディートの料理を上と判断していたのだ。
チーサンショクの仲間たちの一人であるポンリーチが抗議する。
「な、なんでだよ。竹の子を炭火で焼いただけの料理と竹の子を茹でて刺し身に引いただけの料理が、俺のより上なのかよ!」
ディートが作った料理は、竹の子の皮を使って中の身を炭火で蒸し焼きにしたものと竹の子を茹でて刺し身にしたものを異世界のタレで食べさせる料理だった。
一方、ポンリーチが作った料理は牛肉と竹の子の炒めもの、竹の子入り海老春巻き、アワビと竹の子の牡蠣油煮。
すべての料理に超高級食材を使っていた。炒めものの牛肉はハヤトの店でもレバ刺しに使う高級食材の魔物『デスバッファロー』。海老春巻きの海老はバーン世界の超高級食材である『紅龍海老』。アワビも同じくバーン世界の超高級食材『龍鱗アワビ』。
「お、俺は試験のために店に用意しておいた高級食材を惜しげもなく使ったんだ。竹の子だけの料理に負けているわけがない!」
ポンリーチの抗議を聞いたガラハドという料理人が言った。
「お前の料理は美味い。料理の技術も一級と言っていいだろう」
「な、ならどうして?」
ガラハドがさらに答えようとすると、ロウという犬のような耳を持つ女性が手で制して代わりに答えた。この人は獣人という亜人なんだろうなとハヤトは思う
。
「お前の後学のために教えてやろう」
ハヤトは、ディートがこの時期タラの芽が取れると言ったのを思い出す。
「この時期の竹の子は早出の特別な竹の子なんじゃ。早出のえぐ味の少ない特別な竹の子。収穫量は少なく市場にはほとんど出んがな。さすが料理人ギルド本部。この試験に朝取りの早出の竹の子をこれほど用意するとは」
日本だとタラの芽が出る時期の竹の子は早出で数が少ない。代わりにえぐ味が少ないので、竹の子を前面に押し出した料理ができるのだ。
「な? ただの竹の子ではないのか?」
「そういうことじゃ。後はお前なら食ってみればわかる」
ロウという獣人の女性は自分の皿をポンリーチに差し出した。ポンリーチはそれを口に運ぶ。
「竹の子そのままの料理なのにまったくえぐ味がない……。ただ爽やかな竹の香りが鼻腔を突き抜けていく。食感も柔らかくて優しい。それでいてシャクシャク感も残っている」
ハヤトを含め会場の誰もが持った感想をポンリーチが口にした。
「それを活かすためには、お前の料理じゃ台無しなんじゃ。お前の料理は歯ごたえのある普通の竹の子に向いている。早出の竹の子を最大限に活かしたディートの勝利じゃ」
ロウの説明が終わると同時に、試験官はディートの勝利を宣言した。
初日の第一試合は二人の優勝候補がベテランチームの二人を倒して先に進んだ。
ついに明日はハヤトも戦うこととなる第二試合がおこなわれる。
帰り支度をしながらハヤトは疑問を口にした。
「あのロウって人は老人みたいな言葉遣いだけど……」
それにチキータが答える。
「狼の獣人だよ。料理賢人って呼ばれて料理について凄く詳しいんだ。見た目はハヤトと大して変わらないけど120歳ぐらいらしいよ」
「ふえ~、そんな人もいるのか」
バーン世界の亜人の常識にハヤトが驚いていると、声をかけてくる者がいた。
身長は西よりも低い。はだけた上半身は筋骨隆々、顔の下半分は完全に顎ヒゲに覆われている。
麺王と呼ばれているドワーフのハッサンだった。明日のハヤトの対戦者だ。
「よう。明日対戦するお前に挨拶しておこうかと思ってな」
「な、なんだ!?」
亜人の話をしていたまさにその時、亜人に呼びかけられたハヤトは口ごもってしまう。ハッサンは怖い顔をしているように見えるので絡まれるかと思ったのだ。しかし、ヒゲに隠されたその顔をよく見ると笑顔だった。
「実はお前のラーメンという料理を食いに行ったことがある」
「あ、そうなのか」
この異世界バーンでは麺料理はドワーフの民族料理ということになっている。
新しい麺料理を出す店があるということで、このハッサンも興味を持ってハヤトのラーメン屋に行ったのだろう。
「ラーメンはどうだった?」
ドワーフが麺料理を食べるということはハヤトも知っていた。感想を聞かずにはいられない。
「春の味がしたよ」
「春?」
ヒゲ面の筋肉ダルマが春の味がしたという。ハヤトは思わず聞き返した。
「冬の寒さに閉じこもっていた少女が春の暖かさに誘われて外に歩み出すような……そんな味だ」
「ドワーフのオッサンは、詩人なんだね」
ハッサンは照れて頬をかく。
「まっ、そんな情景が浮かぶほど美味かったってことさ。麺王と言われている俺の麺よりも美味かったかもな」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。でもアレは俺が一人で作った料理じゃないんだ」
予想外の答えにハッサンは驚く。
「そうなのか? お前の店だからお前が一人で作ったのかと」
「ああ、二人で作った」
「そいつは今どこに?」
「さあ、いつもふらっと俺の店に現れる奴で。案外近くにいるかもしれないけど」
ハヤトはアイスティアが楽しそうにラーメンを作っていた姿を思い出す。Bリーグのブラックアイスと名乗っている料理人は、アイスティアなのだろうか。
「そうか。でもお前も一緒に作ったんだろ? 俺はあのラーメンを作った奴と料理バトルをしたかったんだ。まさかS級試験の会場にそいつがいて、いきなり戦えるとは思わなかったぜ」
ハッサンはくじ引きで対戦が決まった時にハヤトの顔を見てニヤリと笑った。ハヤトはそういうことかと納得した。
やはり相手にとって不足はないようだ。
「俺の条件はもちろん『麺料理』にするつもりだ。お前は条件をどうする?」
「奇遇だね。俺も『麺料理』を条件に希望するよ」
ハッサンはガハハと声を出して笑う。
「よし、じゃあ明日の俺たちの戦いの条件は麺料理でいいな」
「そうしよう」
ハヤトとハッサンがガッチリと握手をした。
「いてててててて」
会場から帰宅したハヤトは、家に帰ってもハッサンと握手をした手をさすっていた。それを見てチキータが笑う。
「ドワーフの適職はほとんどが『鍛冶屋』で、皆馬鹿力なんだよ」
「握手で出す力かよ」
ハヤトはまだ手をさすりながら不満を言った。
「ドワーフは麺料理を作る時に小麦を錬成するっていうらしいよ。鉄を打って武器にするのも小麦を打って麺にするのも同じって言ってたのを聞いたよ」
「なるほど。あの馬鹿力で小麦をねって麺にするのか。こりゃ強敵だ。勝てるかどうか
それを聞いたユミが言う。
「でもハヤト、笑ってるよ。明日楽しみなんでしょ?」
「ああ、もちろんさ」
次の日の朝。料理人ギルド本部。試験会場。
料理の条件を聞かれたAリーグのハッサンとハヤトは麺料理と答え、試験官に条件は一つということを受理された。
ちなみにBリーグのガラハドは条件に『魚』、ショウサンゲンは条件として『煮物』を加えた。
「それでは日没までに五十人分の料理を作れ!」
開始の合図と同時にハヤトは会場の食材置き場に走る。
「よし、俺が望んでいた小麦があるぞ」
イリースはパンが主食だけあって小麦の種類が豊富である。ハヤトが選んだ小麦粉は、元の世界でいうならパスタ用に使われるデュラム種の粗びきの粉だ。
イタリアでは、乾燥パスタはこの粉を使うことが法律によって義務付けられている。胚乳の黄色が濃いため、パスタにすると濃いクリーム色になる。
一方、ハッサンが選んだのは白い小麦粉。日本産の小麦の特性に近い粉を選んだのかもしれない。
「うどん……なのか?」
ハヤトはつぶやいた。ハッサンがうどんで勝負するのだとしたら、きっとシンプルな麺料理で攻めてくるだろう。
「麺料理勝負だ! こっちももちろんシンプルな麺料理で勝負する!」
ハヤトが小麦の他に選んだ食材はトマトだった。
「うおりゃああああああ!」
早くもハッサンはその馬鹿力で麺をこねはじめる。小さな上背にまとう筋肉の鎧が更なる盛り上がりを見せていた。
五十人前の小麦粉を助手も使わずに一人で一気にこねあげるつもりなのだろうか。
ハヤトも負けじとパスタ麺を作っていく。その隣ではユミがトマトのヘタを取って皮を湯剥きしていた。
調理時間終了の日没が迫ってきている。
ハッサンは麺を茹ではじめるやいなや調理の終了を宣言した。
「俺の麺料理は茹でたてが信条。今食ってもらおうか!」
試験官はハッサンの言い分を認め、ライバルの料理人たちはすぐに試食に入ろうとする。
だがハッサンは料理を出す前に口上を述べた。
「俺の適職は『鍛冶屋』だった。来る日も来る日も鉄を打っていた……」
判定する料理人は誰もが驚いた顔をする。なんと麺王ハッサンの適性職業は料理人ではなかったのだ。
「だが、いつしか小麦を打つことに取り憑かれて三十年……その俺が出した答え。麺の究極がコレだ!」
ハッサンが出した麺料理は、お湯の中にうどんが泳いでいるだけのものだった。あらかた調理を終わらせたハヤトはそれを見て「釜揚げうどん!?」と心の中で叫ぶ。
判定人の料理人たちが口々につぶやく。
「匂いがしない。ただのお湯に麺を入れているだけだと思うが……」
「そうだ。麺を茹で汁ごと持ってきたものだ」
料理に詳しいロウは、ハッサンにさらにたずねた。
「麺料理は普通タレかソースで味をつけて食べるものじゃぞ? タレもソースもないのか?」
「ない! そのまま食え!」
皆、ハッサンの迫力に押されてうどんをすする。箸で食べる者もいるが、フォークで食べる者がほとんどだ。バーン世界では麺は料理としてはマイナーである。
「な? 麺に塩味が付いている」
「そうだ。この麺料理はもともと小麦に塩を入れる料理なのだ」
食べてみてわかったが、ハヤトが思った通り、やはりハッサンはうどんを作ったのだ。
しかも、つけダレなしの釜あげうどん。そもそもうどんは小麦粉に塩と水を入れて作る。塩の量をさらに増やして塩味だけで麺を食わせる超ガチンコのうどんなのだろう。
Bリーグ第三試合の料理人オーベルンが感嘆の声を漏らした。
「ハッサンが作った麺の表面は半透明で美しい。つるつるとして喉越しがよく、ふわふわとやわらかくもあるのに同時に強いコシもある。美味いな」
ハヤトはハッサンの技量に驚愕する。水と塩と小麦、たったこれだけで舌の肥えた料理人たちをこれほど納得させるのかと。
「ハヤトカツラギ。お前の料理もできているか?」
試験官の問いかけに、ハヤトは料理を出した。
ハヤトの料理も方向性は同じである。麺の味そのものを楽しませる料理。塩すらほとんど使っていないパスタ麺に煮詰めただけのトマトソースをかけたものだ。
それを食べたチキータが口を開く。
「美味しい。麺とソースには塩をほとんど使わずに茹で汁に使っているんだね」
チキータの感想通りだった。パスタ麺はうどんと違って練り込む塩の量が少ない。ハヤトは麺に使う塩をさらに少なくした。代わりに茹で汁の塩の濃度を濃くしてある。
パスタの茹で汁には塩を入れるものなのだ。
うどんは逆に茹で汁に塩を入れず、茹でる際に麺から塩を抜く。
二人の麺料理は麺そのものを食べさせるという方向性は同じだったが、その味付けの方法は真逆だった。
また、ハヤトの麺はパスタなので卵も練り込んであるし、トマトをソースとして使っている。
対してハッサンは純粋に小麦粉と塩のみで作り上げている。
ハッサンは自信ありげに腕組みをしている。逆にハヤトは不安になった。ハッサンもシンプルな麺でくると思ったが、まさかここまでガチンコとは思わなかったのだ。
試験官が告げた。
「ハッサンの料理が上と思った者は?」
ぞろぞろと手が上がっていく。一人、二人、三人……五人。手はそこで止まった。本戦の受験者は十六人、既に二人の受験者が敗れ去ったので、残りは十四人。四名は対戦者なので判定者は十人。
つまりハッサンに手を上げた者は総数の半分だった。ハッサンの料理が美味いと手を上げた判定者の中には『料理賢人のロウ』がいた。
「ということは残りの者は、ハヤトカツラギでいいのだな?」
試験官の言葉に手を上げなかった料理人たちがうなずく。ハヤト側にはチキータやブラックアイス、『山菜料理の女神ディート』がいた。
なんと判定人の票は真っ二つに割れたのだ。
ハッサンが腕を組んだまま言った。
「第一試合と違って割れたな。試験官さんよ。こういう場合はどうやって決めるんだ?」
「俺は試験官だが勝利を判定するのはあくまで受験者の料理人たち。どちらの料理が上であったか議論して決めればよかろう」
すぐに料理人たちの議論がはじまった。料理のことに拘りがある者たちだ。熱くなった。
「二人の料理は確かに甲乙つけがたいが、ハッサンの料理は小麦と塩、それと水だけを驚くべき料理に昇華させた!」
「ハヤトの料理も小麦の香りを引き出すという意味で負けてないよ」
「ハッサンの麺は食感が段違いだ。これはハヤトに圧勝している」
「しかし麺という条件を超えれば、トマトソースもあるハヤトの料理のほうが食べやすい」
喧々諤々の議論が巻き起こるなか、チキータはハヤトの友人ということもあって声が小さい。
ハッサンの麺料理の圧倒的コシと食感が有利に働いていた。
その時、ブラックアイスがボソリと口を開いた。
「皆、麺をパンと考えるならばどう?」
次回も不定期更新です




