25 予備試験 課題「魔物料理」前編
男はつらいと多くの男が思っている。
別に映画のタイトルというわけではないが、実際に男はつらい。なぜつらいのかといえば、見栄を捨てることができないからだ。
では赤原はどうだろう。
彼は身長187センチメートルのイケメンで、日本ではバスケ部のキャプテンだった。
異世界に来てからも『重騎士』というチートまがいの適職を持っていることがわかり、神殿から聖なるハルバードという強力な武器を支給されている。
そのような赤原でもつらいのだろうか?
もちろんつらい。
赤原のような男だからこそ、見栄を張って生き続けねばならないのだ。
そういった意味では、ハヤトのような男は逆に気楽かもしれない。
実際に男はつらいなどとハヤトは考えたことはないだろう。
今朝も赤原はマイナスにしかならない見栄を張ってしまった。
赤原は神殿の食堂で佐藤愛や清田光と朝食をとっていた。そこで赤原はよせばいいのに余計なことを言ってしまった。
「今日は神殿の授業も訓練も休みだし、亜人の女の子でもナンパしに行こうかなあ~」
もちろん赤原は、自分にとって特別な存在である佐藤に止めてもらいたくて言っているのだ。
ひょっとしたら「赤原くん。今日は私とどこかに行かない?」ぐらいの返事を期待していたのかもしれない。
しかし、佐藤は朗らかな笑顔でこう答えた。
「いってらっしゃ~い」
◆◆◆
ハヤトとチキータは試験場に行く前に神殿の女子寮に向かっていた。
前日にハヤトが肩に負った傷を佐藤に治療してもらうためだ。佐藤の適職は神官で、回復魔法を得意としている。
「今日の試験もまだ共通課題の予備試験だと思うよ。卵料理の課題では合格者が結構出ていたからね」
「料理人同士の勝ち抜き戦はまだ先か。ところでチキータも助手がいたほうがいいんじゃないの? 今日はウチのクラスの奴らも休みで暇だろうし、誰かをお前の助手にすればいいよ」
「えええ? そんな悪いよ」
「いいっていいって~」
神殿の女子寮に入ると、廊下の一番手前に『佐藤愛』という名札が掲げてある。ここが佐藤の部屋になったのは、皆が一番よく訪問するからだろう。
ハヤトはドアをコンコンと叩く。
「佐藤いる?」
「は~い」
「葛城だけど、また怪我しちゃって」
「どうぞ~」
佐藤の部屋はもはや病院だった。
「ヒール」
佐藤がそう魔法を唱えるとハヤトの肩の傷に淡い光が降り注ぐ。傷は一分ほどで完治した。
「いやー、いつもありがとう。さすが、仏の佐藤だな」
佐藤は日本にいた時から、クラスで目立たないハヤトにも優しかった博愛の人である。それに常に笑顔なのでクラスメートから仏の佐藤と呼ばれることがあった。
「その呼び方やめてもらいたいんだけどな~。それにしても料理の試験でどうしてこんな怪我するの?」
このハヤトの肩の傷は竜人であるチキータが噛んだために負ったものだ。チキータが申し訳なさそうに理由を話そうとするが、その前にハヤトが言った。
「いや~、なんでだろう。俺って怪我ばっかしているんだよね」
「ホントだよね。そうだ! 葛城くんがまた怪我しちゃうと大変だし、今日は私も助手として料理試験に参加させてもらおうかな」
「マジか? 頼むぜ」
ハヤトはドラゴン娘と佐藤を連れて男子寮に向かった。暇そうな男子を探して助手にするためだ。
すると、ちょうど赤原がハルバードを持って出かけるところだった。もちろんナンパをするのにハルバードはいらない。
ダンジョンにでも行って、魔物相手に憂さ晴らしをするつもりなのだ。
「あ、あれ? 佐藤。それにハヤトと……どちらさん?」
「お、赤原」
赤原はハヤトがなんで佐藤とこんないい女を連れているのかと思っていた。
日本では赤原とハヤトとは、ほとんど接点がなかった。よく話すようになったのは異世界に来てからだ。
日本の学級という環境では同じ場所にいたが、二人は住む世界が違った。特に女に関してはそのはずだった。
しかし赤原は、最近のハヤトがどうもモテているような気がしていた。
俺よりモテてるんじゃないだろうか、と。
赤原は弱いものイジメをするようなタイプではない。そんなことをする奴はなんかコンプレックスを持っているんじゃねえかと考えるか、もしくはそんなことは考えたことすらないタイプだ。
だが、赤原も今日のハヤトは殴ってやろうかと思った。
なんでハヤトが両手に佐藤と美少女を連れているんだよと思ってしまうのだ。俺は片手にハルバードなのに……。
「こいつはチキータっていう料理人なんだ」
「へ~、凄い美人だな。俺は赤原っていうんだ」
「うん。よろしくね」
ハヤトが連れている美少女が料理人だとわかり、赤原は少し納得した。そして、チキータに過剰な挨拶をする。佐藤はそれを笑顔で見ていた。
「ちょうどいいや。今、料理人の試験を受けてるんだよ。それで俺とチキータの助手を探してるんだけど、お前も手伝ってよ。佐藤は手伝ってくれるってさ」
「へ~、面白そうじゃん。行く行く」
赤原はそう言ったが、佐藤がそれを止めた。
「葛城くん。赤原くんはナンパで忙しいから邪魔しちゃ悪いよ。今日も異世界の女の子が待ってると思うよ」
「ええっ? そうなのか? じゃあ仕方ないか。他の奴を探そう」
さっさと立ち去ろうとする三人を赤原は呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待てよ。行くって言ってんだろうが、佐藤!」
「そうなの? でも葛城くんのお手伝いは私がしてくるから。赤原くんはナンパにいったほうがいいよ。だってエルフ相手に連敗中なんでしょ?」
「くっ! じゃあ、お前は葛城を手伝えよ。俺は美人のチキータさんを手伝うぜ。そしたら一石二鳥だ。チキータさんと仲良くもなれるしな」
赤原の表情は怒りに染まっていたが、佐藤は涼し気な笑顔のままだ。
「赤原くん、料理試験はイチャイチャするんじゃなくて料理をするのよ」
「試験中にそんなことするか!」
「しそう。料理の邪魔になって、チキータさんが美味しい料理を作れなかったらどうするの?」
「んだったら、俺が手伝うチキータさんとお前が手伝うハヤト、どっちが美味え料理を作るか勝負しようじゃねえか!」
「そんなに言うならいいよ。葛城くんと私が絶対に勝つだろうけど」
二人は勝手に勝負をはじめ、S級試験会場である王宮に向かっていった。
ハヤトとチキータは顔を見合わせる。
「どういうこと?」
「さ、さあ?」
◆◆◆
会場には昨日ほどではなかったが、まだまだ人が残っていた。受験者だけで百人以上。
確かにこの人数ではまだふるい落とさないと、勝ち抜き戦はできそうもなかった。
チキータの言うように、今日も共通課題の予備試験がおこなわれそうだ。
赤原はチキータに熱く語りかけていた。
「チキータさん、二人で佐藤とハヤトを倒しましょう!」
「う、うん。でも試験官から合格をもらえばいいだけなんだけどね」
佐藤も笑顔でハヤトに言った。
「料理が大得意な葛城くんなら、もちろん赤原くんとチキータさんになんか負けないよね」
「う、うーん。どうかな。頑張りはするけど」
なんだかハヤトは、佐藤の笑顔が怖くなってきた。
そうこうしていると試験官がドラを叩いて叫んだ。
「人数が多いので本日も共通課題の予備試験をおこなう。本日の課題は『魔物料理』だ。受験者と助手が自ら狩った魔物を日没までに料理せよ」
な、何だって? 俺はスライムを倒せるかどうかなんだぞ? まあ、市場ででも食材を買えばいいか、とハヤトは思った。
「ちなみに魔物の捕獲には監視員も同行するから不正はできんぞ。準備ができた料理人から近くの監視員に声をかけるように」
市場で食材を買えばいいかと考えていたハヤトは、うーんと頭を抱えてしゃがみ込む。
その時、試験会場に突風が巻き起こった! 吹き飛ばされそうになるハヤト。
真紅のドラゴンが現れて大きく一度、羽ばたいたからだった。
ドラゴンの上には人が乗っていた。重そうな鎧を着た騎士で右手にハルバードを持ち、左手にはネコのように試験官を掴んでいた。
「ハーハッハッハ! 佐藤、ハヤト! この勝負貰った!」
言うが早いかドラゴンになったチキータと、その背に乗った赤原は飛び去る。
その姿は伝説の竜騎士そのもの。バーン世界において最高の食肉と噂されるドラゴンですら、アッサリと狩れそうな勢いだった。
もっともチキータ自身がドラゴンなので、ドラゴンの肉を狩ってくることはないだろうが、最上級の食材を持ってくることは間違いないだろう。
しかしハヤトは、そうだ佐藤がいるじゃないか、と思う。
俺は召喚されてすぐ神殿の厨房で働きはじめたが、佐藤は召喚されてから神殿の戦闘訓練をずっと受けている。
チキータ・赤原組とまではいかなくてもかなり強い魔物が狩れるのではないだろうか?
「佐藤なら神殿の戦闘訓練を受けてレベルが上がっているんだろうから、そこそこの魔物を狩れるんだろ?」
「狩れないの……」
カ レ ナ イ ノ。ふむ、そんな名前の魔物がいただろうか?
食材になる魔物なら都合がいいのだが。
え? ひょっとして。
「狩れない? なんで?」
「だって魔物を狩るなんて可哀想だし、怖いじゃない! レベルも上がっているけど、後方から支援魔法と回復魔法をしてただけだし。葛城くんが魔物と戦ってよ。後ろから魔法で援護するから」
「そんなこと言ったって俺はスライムと戦うのも危険だって、団長からお墨付きを貰ってるんだぜ」
しかし、未だに一度も魔物を狩ったことのない女の子に魔物を狩ってくれとは言えない。なんとか俺が魔物を狩るしかないかと、ハヤトは意気込んだ。
男はつらい。
ついにハヤトも人生で初めて、男はつらいと思うのだった。異世界に来てから初めて魔物を狩ることを決意する。まあ狩ろうとしているのは最弱の魔物の代名詞的存在であるスライムだが。
けど……スライムって食えるのかな?




