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結局売れなかったバンドマン(29)は異世界で成り上がりの夢を見る  作者: 有柏くらゐ
第二部-3.イツノミヤ市:お尋ね者吟遊詩人と異世界の都市編
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小鳥の夢、その行方-7

「ユビワ」

 ぶっきらぼうに、しかし咀嚼はやめて、マリスが言った。

「指輪?」

「お前が言ったんだろ。“濃紺色”の魔石がついたのが、売れてるって」

 確かに、先ほど事の次第を説明する際、魔道具屋でのやりとりについて軽く触れた覚えがある。

「濃紺って何色だ」

 餃子をまたひとつ、水色の髪に覆い隠されそうな手に握られたフォークの先でぷっつりと突き刺すと、皮に開けられた穴からは肉汁が滲み出てきた。

「並以上の魔術師なら。魔石と式がありゃ、いないとこでも魔術が使えんだよ」

 普段ではめったにないほど長い文脈を使った後、彼女は今度こそ食事へと戻っていった。


* * * * *


『魔石を中心に魔術式を◯◯◯った紋様を描くことで魔術を設置することができる。それを設置魔術という。石の持つ魔力を利用して魔術は発動する。魔術式の中に、魔力反復の紋様を組み入れることでその効果は◯◯◯半永久的に続くこととなる。

 ◯◯◯、というのは、紋様を刻み込んだ素材の劣化に伴って、魔術式に◯◯を生じさせるためである。』



「ほう……」

 翌日、勇人はいつものように桜文塾にて、コツコツと文章を読み解いていた。この自由な塾では、課題は各々が希望するものがあればそれを用いて構わない、となっている。

 普段は読みやすい上、職業柄知っておいて損はない勇者の物語を課題とすることが多い勇人ではあるが、今日に限っては農業ギルドのツテで借りてきた『イツノミヤ魔術学校主席が書いた!サルでもわかる魔石あれこれ基礎のキソ』を選んでいた。

 農業ギルドの受付嬢によると、なんとこの本の著者は在学中わずか12歳でこれを書き上げ、書籍化されてからは他都市でも人気を博したらしい。版は古いが魔石関連の入門書として今でも重宝されているのだそうだ。



『かつての大戦時には、人の体に魔石を埋め皮膚に式を刻んでそれを◯◯とし、彼らを走らせて大規模な魔術を発動し戦場全体を◯◯する術式も使われていたという。今では、そのような非人道的なやり方はまず行われない。』



 我ながら大分文字が読めるようになったものだ、と勇人は自画自賛する。しかし、今回のような専門書に片足の小指を突っ込んでいるようなものだとどうしてもわからない単語が出てくる。そろそろ先生たるサクラさんに助けを求めようか、というタイミングで彼女がこちらの具合を伺ってきた。

「んん?……今日はまた、難しいの読んでるわねえ」

「……ああ、先生。ちょうど良かった、この単語を教えていただけますか」

「これは、……かたどった。その次が理論上、あと媒介、殲滅ね」

「ふむ、なるほど。……ありがとうございます」

「……それにしても、どうしたの。こんなの読んで」


 なぜこの本を読むことにしたのか、というのは間違いなくマリスからもたらされた情報について詳しく知りたいからである。彼女は、あれ以上は教えてくれなかった。

 とはいえ、かくかくしかじかで、などと正直にサクラさんに話してしまったら、彼女はきっと、心配するし止めるだろう。


「えっと、あ、いえ。あ、この本がベストセラーだと教えてもらったので」

「ふうん。確かにこれ、売れたわね」

「俺も魔石を持っていますし、……興味があって」

「あ、そう……。わかったわ」

 こざっぱりとした風体の昼のサクラさんは、穏やかな口調に柔和な微笑みを湛えた、良き先生である。うっかり夜の名で呼んでも、お茶目にたしなめるくらいだ。しかしこの瞬間に限って、「サクラさん」と呼ぶにはいささか男前なほどに真剣な表情が垣間見えた。


* * * * *


「ねえ、ユート」

 いつものように、課題を読み解きながら“先生”から“夜の蝶”へと変貌を遂げるサクラさんを待っていると、仕切り板の向こうから話しかけられた。

「なんですか、サクラさん」

「……あなたに、作って欲しい歌があるんだけれど」


お読みいただきありがとうございました。

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