小鳥の夢、その行方-2
2016/08/01 改稿
2017/02/18 改稿
「すみません、この商品についてお伺いしたいんですが」
翌日、勇人はイツノミヤ市中心部にある商店街のある道具屋へと足を運んだ。大都市イツノミヤに数ある道具屋の中でも、魔石を使ったものの取り扱いが多く、魔道具屋とも呼ばれている小さな店舗だ。
ちなみに、その情報は例によって門番のピンク髪姉妹から仕入れたものである。
どう贔屓目に見ても広いとは言えない店内に所狭しと並べられた、カラフルな石のついた魔道具たち。勇人が指し示したのは、中でもとりわけ地味な濃紺色の石が大小ふたつあしらわれた指輪だった。
「はい、伺います。……ああ、そちらは今、特に女性の歌い手さんに大変人気のお品ですよ。プレゼントですか?」
「え?ええまあ、そんなところです」
やけににこやかな女性店員さんが言うところによればこの指輪、つい先月ほどにイツノミヤ市中の魔道具ギルド員が制作したもので、洗練されたデザインが女性に人気の商品なのだとか。中央に嵌められた濃紺色の魔石は、波動を司るエネルギーを有しており、特に音の波に対して働きかけるような魔導式が書き込まれているそうだ。
その働きを高めるために、つるりと輝く台座の銀には式を補助するための紋様が複雑に刻まれている。
「この、小さな石は……?」
「そちらは、反復の魔導式が書き込まれたお石になります。指定した鍵を入力することで、音を閉じ込め、好きなときに解放することができる仕掛けになっているんですよ」
「へえ、それはなかなか面白いですね」
「でしょう?新作なんですよ。中には、恋人への睦言を吹き込む方もいらっしゃるとかで」
くすくすと笑いながら店員が言う。
多くの音響系魔道具が存在する中、このように2つの石にそれぞれ別の機能を持たせたものはこれまでになかったのだという。その物珍しさからか、デザインの優美さからか、発売してすぐに売れ始め、魔道具の中でも決して安くはないという割に売れ行きは好調だそうだ。
つい先日も、芸術家風の若く見目の良い男性が購入していったと店員が教えてくれた。
* * * * *
「やっぱりプロポーズするなら指輪ですか?」
「……へ?いやだそんな、心の準備が……!」
「あ、いえ、サクラさんにプロポーズするわけじゃないです」
「え?あ、ああ……そうよね、まだ早すぎるわよね」
いつも通り、読み書きの勉強を終えてから、夜の蝶へと変身を遂げつつあるサクラさんに尋ねてみた。どうやら、こちらの世界でもプロポーズには指輪がつきものなのだそうだ。サクラさん曰く、この風習は予想通り勇者の言い伝えに端を発しているという。
つまり、これまでのこの世界での経験を鑑みるに元の世界とほとんど大差はないと思われる。
「……そういえば、サクラさんも指輪してますよね。銀ですか?」
「ええ、店のお客に昔……え、もしかして嫌かしら?すぐに外すわ。だから」
「あ、いえ、そのままで大丈夫です。それって磨いたりするんですか?」
「……まあ、そうね。黒ずんできたら、磨くわね」
「へえ、やっぱりそうなんだ」
鏡に向かい、チークの濃さを確かめているらしいサクラさんの指には、シルバーの華奢な指輪が嵌められていた。こんなアクセサリーを彼女に贈る男がいるということも多少驚きだが、それよりもその輝きが気になった。シルバーのアクセサリーは、ちょっとしたことでくすんでしまう。輝きを保つためには研磨剤などで磨く手入れが必須なのである。
学生時代には、勇人もよく歯磨きチューブのようなものに入った研磨剤を使ってシルバーアクセサリーを磨いたものだ。
* * * * *
もし、歌い手が録音機材を手に入れたなら、まず何をするだろうか。
愚問である。自分の商売道具である歌を吹き込んでみるに違いない。そして、その具合を心ゆくまで試し尽くすだろう。
それこそ、自分の持てる能力全てを使って。
というのも、実際、勇人が初めてMTRを手に入れた際にそうしたことをしたからだ。周りのボーカル仲間も、初めて自分の歌を録音した際には一喜一憂しながらも散々に機材を使い倒したと聞く。
「なら、きっと……」
あの子の答えを聞いてきて欲しい。マリはそう言った。
死人の声を聞くというなら、完全に専門外の分野だが。おそらくこれはそうしたことではない。
あるのだ。死んだ歌い手の答えを聞く術が。
マリの目論見は当たっているだろう。
きっと、勇人でなければその答えを見つけられないかもしれない。
音楽家が、恋人に贈ったという指輪。その機能。
吹き込まれたであろう音声。
そこにおそらく、回答があるのだ。勇人に依頼された仕事は、そこから彼女の"答え"を探すこと。
マリが言うには、亡くなった彼女の指には指輪はなく、代わりにわずかながら輪状の黒ずみがあったという。それはおそらく、銀を磨くときにできる黒ずみではないだろうか。こちらの世界でも銀を磨くというのは、サクラさんに確認済みである。
専用機械のある現代日本ならいざ知らず、店頭に並べる前の製品を磨いた際に研磨剤のわずかな拭き残しがあるというのはあり得る話だ。そして彼女は恋人からプレゼントされたそれを、すぐにでも指に嵌めたかったとしたら、どうだろう。研磨剤の残りなど気にも留めないほど、すぐに。
と考えれば、彼女の"答え"もおおよそ見当がつく。
しかし、勇人にもたらされた依頼は、そんな推論ではない。しかと「聞いてくる」ことなのだ。
お読みいただきありがとうございました。




