74話/依頼
久しぶりの更新です。お待ちくださっていた方、いらっしゃいましたらすみません。
ぼちぼち更新していこうと思います。
「思った通り?」
「ええ……きっとフジさんは気づいていらっしゃるだろうなと」
毎日のように通う中で気がついたこと。違和感の正体。確かに少女たちはどんなにささいなものでも交わした会話の内容を憶えていて、一体どのような引き継ぎを行っているのか、その続きを翌日にするなんてことも問題はない。しかし、どうしても微妙な差があるのだ。それは言葉選びであったり、間の取り方であったり、声のトーンであったりする。特に声は、互いに高いレベルで似せてはいるが、意識して聞けば細かな違いがにじみ出てくる。それは勇人が音や声に敏感であろうとしているから気づいたのかもしれない。
「流石は聖歌隊大会を騒がせた噂の詩人さんなのです」
「……こっちもバレてたわけか」
「ええ、実は」
彼女が言うには、勇人が到着したあの後、しばらくして簡単な人相書きのついた『フユト』の手配書が届けられたらしい。黒髪、黒目、背はそれほど高くなく、やや痩せ形で、異端の楽器を持っている。そんな情報が書き込まれたそれを、門番という仕事柄イツノミヤで初めに目にした彼女らは、もしやという思いを抱きながらもそれを市中に回さずその場で1枚残さず焼き捨てたという。
「わたくしども、教会の要請なんかに従う義理はございませんですので」
「……教会はお嫌いなんですか?」
「え?ええ、まあ……それに」
吐き捨てるように言ったその様子に疑問を投げかけると、気まずそうに彼女は目を逸らした。何か悪いことを聞いてしまっただろうか。勇人はそれ以上の追及はやめておこうと、話題を転換しようとした。しかし何やら強い意志を感じさせる言葉に遮られてしまう。
「それに、フジさんをむざむざ売り渡してなるものか……と。ボクたちは、あなたが罪人でないことは存じておりますのです」
「どうして、会ったばかりの俺を」
「信用するのか、ですか?……ふむ。」
勇人の疑問を引き取って、彼女は少しばかり首を傾げて思案している。勇人は、彼女の返答を待つことにした。
「……ボクたちが、イツノミヤの門番だから。では、答えになっていないですかね……」
「はあ。まあ、そういうもんてことにしときます」
門番というからには、人を見る目があるということなのだろう。勇人は、門をくぐったときに見た黄緑色の瞳を思い出した。
そういえば、この異世界に、というよりイツノミヤ市に来てからファンタジーカラーの人間たちを多々目にしたが、あのような色の光彩は他に見たことがない。
「ありがとうございます。……お互い秘密を共有したところで、本題なのですが」
「はい」
「フジさんに、調べていただきたいことがあるのです」
神妙な声音だった。彼女の言葉に、勇人は疑問で答える。
「待ってください。……俺は、探偵でもなんでもありませんよ?」
「ええ、存じております」
一旦言葉を切り、数度ゆっくりと瞬きをして、深呼吸をしてから彼女は勇人の方を見た。やはり黄緑色の珍しい瞳の色だ。しかし、先日のような奇妙な煌きはない。
「これは、ボクの個人的なお願いなのです。フジさんの他に、頼めそうな方は思い当たりません。……お嫌でしたら、断って欲しいのですが」
「……詳しくお聞きしないことには、なんとも」
「そう、ですよね」
彼女は、少しの間の沈黙を挟んでから、意を決したように事の次第を話し始めた。
* * * * *
「……て感じで」
「それはわかったけど……なんでアタシまで」
「なんか頼りになりそうだったので。俺ケンカとかになったら無力だし」
「ついに店外デートだと思ったのに!」
「俺ぁなんでもいいよ、酒さえ飲めれば」
「ほら、ウィリホさんもこう言ってますし」
「ゴミみたいな酒飲みのセリフなんて関係ないのよ!」
どこかで聞いたような言葉を言い捨てて、仕事上がりでやや化粧の崩れたサクラさんは明らかにふてくされた様子だった。
イツノミヤ市門番の1人であるマリとの早朝会談を無事終えた勇人は、その晩、ある飲み屋にいた。
「いやぁ、こういうところ来るの初めてだよ」
「しかもなんで勇者サマまで」
「……成り行きで?」
「訳わかんないわよ!光栄だけど!」
メンバーは飲み慣れていそうという理由でウィリホ、なんとなく頼りになりそうなサクラさん、何故か勝手に引っ付いてきた勇者ことタカトウ。
場所はというと、普段ウロついている餃子ストリート、そしてその裏通りにあるサクラさんの店を更に進んだ所にあるバーである。マリから聞いていた店ではあるが、看板もさして目立たず、店自体が地下にあるために店探しに非常に難儀した。
そして4人が店に入って十数分。注文した飲み物と先付けのナッツのような豆類の盛り合わせがテーブルに並べられた。ちなみに店員さんたちは白っぽいシャツに黒のスラックス、腰から踝あたりまでのタブリエエプロンを着用して、オーセンティックなバーテンダーのような格好だ。皆が似たような服装をしていることから、どうやらこの店の制服らしいとわかる。
全員のドリンクが到着したことを確認し、互いにグラスを打ち合わせる。勇人はビールのような泡の立つ酒、サクラとウィリホはウイスキーのような琥珀色の蒸留酒のロック、タカトウは何かのジュースのようなものである。サクラさんのおかげでメニューの文字となんとなくの内容は読めるようになりはしたものの、相変わらず実際の所は一体どういった代物なのか不明だ。
「それにしても、……なんなの?この店」
グラスに口を付けたサクラさんが小声で言った。その視線はあたりのテーブルについている客たちに向けられている。探し出すのに随分と苦労させられた、言うなれば隠れ家的な店であるにも関わらず、それなりの広さがある店内はほとんど満席だ。
「妙に身なりのいい奴ばかりだな」
「しかもみなさんやや物騒な匂いがしますね〜」
タカトウだけがマイペースにジュースを呷ってはナッツの皿に手を伸ばしている。勇者らしい図太さであると素直に感心してしまった。
「門番さんからの情報によればそろそろらしいんですけどね」
勇人がこそっと呟いたとき、にわかに店内が賑やかになった。ざわめき始めた客たちの視線の先には、店の最奥に設けられた小さなステージがあり、一組の男女がそこへ向かっているところだった。先に壇へ登ったのは、小ざっぱりとしたシャツの襟元にリボンタイを結び付け、黒のスラックスを履いた男である。女の方はといえば、光沢のあるアイボリーの生地で仕立てられたドレスに身を包み、ゆったりと歩みを進めているところだった。素肌を見せ付けるように大きく開けられた背中は淡い照明を受けて滑らかに煌めいている。
「素敵なドレスねえ」
「サクラさん、アレ着たいとか思ってませんよね……?」
「やあね、アタシのウリは背中じゃなくて脚線美よ」
「あ、そう」
紅いタイトスカートに深く切れ込んだスリットから脚をチラつかせ、サクラさんが言う。どう見ても西洋風とは言えないそのデザインは、どうせ歴代勇者による所業だろう。勇人は視線をステージへ戻した。
ようやくステージへ辿り着いた女が振り向くと、遠目ながらに整った容姿が見て取れる。男の方はというと、壇上に備えられた小型の鍵盤楽器の前に鎮座していた。
店内のざわつきが収まるのを待ってから、一度、ふたりは目配せを交わす。女が息を吸い込み、男が指を動かした。トキオン第二ほど荘厳でなく、リダほど安っぽくない、落ち着いたオルガンの音色が客たちに届けられる。一拍遅れて、女が歌い出した。
風切羽根を切り取られた小鳥が、大空を舞う夢を見る歌だった。
お読みいただきありがとうございます。
サクラさんは「サクラさん」までで名前みたいな感じです。




