番外編 2014クリスマス
クリスマスに間に合わなかったんですが、正月編と一緒に投稿しちゃいます。
日本での話です。
年の瀬も差し迫った12月24日晩刻。都内某所にあるそれほど大きくはないライブハウスが企画した、クリスマスライブイベント。開場17時30分、そして開演が18時。この界隈を賑やかすインディーズバンドが6組ほど出演するらしい。
らしい、というのも、わたし自身は特にバンド音楽といったものに造詣が深いわけでもなく、今日のこのライブも、つい先日彼氏にふられた友達に無理矢理引っ張り出されただけという現状のためである。音楽好きの友人が最近贔屓にしているバンドが出演するのだとか。確かバンド名は、うろ覚えだが、確かザ・ボーイなんちゃらという長ったらしい感じだったはずだ。本当は元彼とこのライブを楽しむはずだったその友人はというと、すっかり元彼への未練を、そしてわたしのことを忘れてしまったらしく、ステージのすぐ前まで行って景気よく腕を振り上げている。
そしてわたしは、そんな友人のハイテンションに付いていけるわけもなく。ライブハウスの最もステージから離れたあたりでひとり寂しくビールを煽っている。
雪でもちらついてきそうな外の寒さとは裏腹に、重たい防音ドアで仕切られたライブハウス内は賑やかな熱気とタバコの煙がむっとするほど立ちこめていた。ステージからは、ドラムのエイトビートが聞こえ、箱内いっぱいに詰まった客たちがリズムに合わせて体を揺らす。
「次がラストです!The boy meets someone.でした!ありがとう!みなさん、MerryXmas!」
ドラムと共鳴するかのように、フロントマンのギターを下げたボーカリストが叫ぶ。そうだ、確か友人のお目当てというバンドの名が、今しがた耳に飛び込んできたもののはず。間髪入れずに掻き鳴らされたギターのコードに、会場は更に熱気を増す。本日のライブのトリ、そのラストナンバー。見たところ随分人気があるらしい彼らの演奏に、おそらくこの中にいる人間、わたし以外の全てが一気に熱狂した。
* * * * *
「おつかれー!」
「おつかれ」
彼らの演奏が終わり、すなわちこのライブの全てのプログラムが終了してから、友人は後ろの方で相変わらず酒をちびちびやっていたわたしを見つけてやってきた。彼女と紙コップを軽くぶつけ合う。さっきまでのライブ会場は、ライブ終了からそのまま打ち上げ兼クリスマスパーティ会場へと変貌するようだ。
「どうだった?」
「どうって言われても……良かったんじゃない?」
「ふうん、やっぱあんたはこういうのお好みじゃないのかあ……」
「別にそういうわけじゃない、結構楽しかったし」
嘘ではない。なによりビールが美味かった。
「そう?それならいいけど……あっ、ミヤくぅん!」
彼女は不意に声を高らげた。所謂黄色い声という奴だ。
「?……ああ!今日も来てくれたんすね!ありがとうございます!」
「当たり前じゃん!来る来る!」
「ええ、でも今日イブじゃないっすかあ。彼氏とかいいんすか?」
「もう、なんでそゆこと言うかなあ。ふ・ら・れ・た・の!」
「ええええっ!?」
どうやら先ほどまで出演していたバンドのメンバーたちも打ち上げにやってきたらしい。周りを見てみればちらほらとそれらしい姿が見える。皆、ファンやら他バンドメンバーやらと交流を持っているようだ。
へえ、と感慨もなく心の中で呟いて、空になってしまったプラコップの中身を思う。もう一杯貰ってこよう。贔屓らしいメンバーと楽しそうに話し始めてしまった友人を尻目に、私は今夜何度目がわからないドリンクカウンターへと赴いた。
「だあから、それにボンベイなみなみ入れてよー!」
「ダメだって、お前どうせ潰れるだろ!」
「だいじょぶだいじょぶー!へーきへーきー!」
「信じられるか!ていうかもう酔ってるだろ!また怒られんぞ!」
「あんなムッツリメガネ怖くねえし!」
「そういう問題じゃねえよバァカ!」
人を掻き分けるようにしてやっと辿り着いたそこには、先客がいた。やや伸び気味の黒髪、小柄というわけではないが取り立ててのっぽという程でもない背丈。ジャケットを羽織った背中は比較的薄く、細身のジーンズに包まれた足もすらりとしている。カウンタースタッフの女性と何やら言い合いをしているために彼の顔こそほとんどわからないが、なんとなく見覚えがある背格好だ。
「ん?あ、ごめん!先どうぞ!」
「どうも。……ビール」
「はい!ビールですね!……お待たせしました!……お前もひとまずビールにしとけば」
「うーん、しゃあねえ。ビール美味いしな」
手際良く注がれて出てきたビールと引き換えに500円玉を手渡し、少しだけカウンター前から離れて早速泡に口をつける。美味い。順番を譲ってくれた彼もどうやらビールにしたようだ。
一体どこで見たのだろうかと首を捻りながらコップに口を付ける。
「今日はありがとうございました」
「……あ、ミーツ?のボーカルのひと?最後歌ってましたよね?」
「あっれえ、気づかれてなかったか、なんだ恥ずいな」
そうか、さっきステージで見たのか。ふむ、とひとり納得する。
「今日はお目当てが出てたんですか?」
「……いえ、友人に連れられて。ライブハウスは、初めて」
「あーそうなんですか。それじゃ、うるさかったでしょ?」
「いえ。……まあ」
そう答えると、彼は何が面白かったのか急に笑い出した。こうして向かい合ってみて、初めてちゃんと顔を見たが、ステージでの堂々というより図々しいほどの立ち居振る舞いとは似つかわしくなく、案外若そうだ。
「そっかー、じゃ、お友達はどうされたんですか?」
「なんか、あっちで話してます」
「あっち?……あ、あー、メグミさんのお友達さんですか!」
先ほどとほとんど変わらない位置でさっきのバンドマンと話している友人を指差す。すると彼は、得心がいったというように人差し指を立てた。
メンバーにも顔と名前を覚えられているあたり、彼女はよっぽどこのバンドに入れ込んでいるのだろう。聞けば、ほとんど毎回ライブに顔を出すのだという。そんなことだから彼氏に振られるのだと少し呆れる反面、すごいなと心から感心した。それほどに熱中できるものは自分にはない。正直言って、羨ましかった。
「全くあの坊ちゃんは……お友達さんと来てんだから遠慮しろよな。すみません、後できつく言っときます」
「あ、いいえ、あの子が声掛けたんで……それに」
「それに?」
「楽しそうだから。いい。です」
そうだ、クリスマスも直前の先週の金曜日。深夜に電話が掛かってきた。眠い目をこすりながら通話ボタンを押すと、その相手は彼氏に振られたと泣く彼女だった。
それ以来今日まで、彼女はずっと塞ぎ込んでいたのだ。大切な友人のそんな姿はやはり心に痛かったし、更に同僚でもある彼女の落ち込みようは職場でも少なからず影響を及ぼしていた。そんな彼女が、ここに来て楽しそうにしている。それだけで今日無理矢理引っ張ってこられた甲斐があったというものだ。
しかし、この目の前の人はなぜずっとここにいるのだろうか。ずっとわたしとばかり話しているが、いいのだろうか。彼にだって話に行くべきファンやら何やらがいるだろうに。
「そうですか。そう言ってもらえるとありがたいです。……お姉さんは、楽しんでもらえましたか?」
「……もちろん」
「ほんとかなあ?」
悪戯っぽく笑った彼は急に踵を返した。
「ちょっと来て!ほら、こっち!」
「え?ええ?」
「ほらほら!」
困惑しながらも、彼に誘われるままついて行く。そこは、先ほどまで熱狂の中心であったステージの目の前だった。
一体なんだと頭の中では疑問符だけが浮かんでいる。突然、彼が顔をわたしの耳元へ寄せてきた。そして囁く。
「どういう歌が好き?」
「えっ、と……や、優しいの……?」
「承知致しました。……まっちゃん!ちょっと貸して!」
顔を離した彼が後ろの方にいる誰かに呼びかける。すると、その声につられたように会場中がざわめき始めた。
「おい、ユートまたかよ!ふざけんな!」
「後輩のよしみで何卒よろしくぅ!」
「勝手に留年して後輩になったのはてめえだろうが!」
ステージ上に彼がひらりと飛び乗る。そしてステージ袖に消えたかと思うと、ギターを抱えて戻ってきた。
「うわ、ユートの!」
「まじ?ラッキー!」
ギターから伸びたシールドをアンプへ繋ぎ少しだけツマミを回して音量や音の成分を調整、そしてどこかから引っ張ってきた椅子に腰を下ろす。立てられたマイクスタンドを引き寄せ、口元へ。は、は、という声が3度目を繰り返したとき、スタッフがマイクを入れたのだろう。声が会場へとスピーカーを通して届けられた。
「まっちゃん、さんきゅ」
そして彼はギターを爪弾き始める。途中こちらへ視線を寄越し、口元をマイクから外して、囁いた。もちろん音はここまでは届かない。
しかし、口の形でなんとなくわかった。
そうして彼が歌い出す。わたしもよく知る、クリスマスバラードだった。
* * * * *
あの夜から二年が経った。わたしをライブハウスに連れ出した友人は、先月結婚した。
わたしはというと、次の日、つまりはあの年のクリスマスの朝。兄が置いていった楽器を押し入れから引っ張り出した。昔、兄が彼と同じような楽器を持っていたことを思い出したからだ。
そして今。わたしは勝手にその年のプレゼントに決めた楽器を背負い、この都内を縦横無尽に動き回っている。
今日は、あの日から2年後の、クリスマスイブ。
「おはよ、今日は早いじゃん!」
「おはよう。ユート。……メリー、クリスマス」
「おう、メリークリスマス!……ミズキ」
お読みいただきありがとうございます。
よろしければ一緒に投稿した正月編もご覧ください。




