64話/その頃のトキオン
「でよお、そんときのアイツの顔ったらまあ……もうあんまりにもひでえもんでよ!」
「ええ~、なにそれぇ、わたしも見たいわぁ~!」
太陽もほとんど真上に登った時刻。とある大衆的な喫茶店の片隅。仕事の昼休憩で食事を摂りに来る人々でごった返す中、およそまともな勤め人とは思えぬ風体をした3人組は、周囲から浮いていることに気付いているのかいないのか、まったりと緑茶をすすりながら世間話を決め込んでいた。急ぎ足の客たちから早く席を空けろと言わんばかりの視線をくれられてもどこ吹く風である。
「サリアちゃん!コミンズさんも!いい加減話を進めて!」
「なによぉ~、リュースのイケズぅ。」
「イケズじゃありません!しかもそれ死語!じゃなくて、他のお客さんのご迷惑でしょうが!」
「……ま、このハンサム坊主が言う通り、そろそろなあ。」
リュースに窘められ、コミンズは左手で顎をさする。昔からなかなか髭の生えない体質である。指は皮膚の上をつるりと滑った。
「うぅ~ん、何にせよここじゃちょっとアレよねぇ。リュース、……あんたんとこの部屋、貸しなさい。」
「ええ?なんでさ。いいじゃない、どこでも。」
「やっだぁ~。おっくれってるぅ。」
「はあ?」
怪訝な顔を隠さないリュースの腕を引っ掴み、サリアが顔を寄せる。傍から見れば恋人同士が唇を寄せたようにしか見えない自然な仕草だった。そして肌と肌が触れ合う程の距離に近づいたとき、サリアが吐息で告げた。
「わたしの後ろに1人、外に2人。でもま、手練れって感じじゃあないわね。バレバレ。」
「えっ!」
「大きな声出さないでよぅ。みんなこっち見ちゃって恥ずかしいじゃないの~!」
「やれやれ、近頃の若者はジジイにゃ刺激が強いぜ。……しかし、あちらさんも大層なこって。」
後半は声を潜めながらコミンズが言い、3人はささやき声で会話を交わした。
「全員のしちゃう!わけにもいかないしぃ。」
「当たり前です。……わかりましたよ。2人ともさっさとお茶とお菓子、片付けちゃってください。」
「はぁ~い。」
素朴なデザインの丸テーブルに残った茶と菓子を口の中へ放り込み、目立つ3人組は席を立った。半ば立ち食いのように盆を持ったまま茶を啜っていた周囲の客たちが我先にとその空席を求めてちょっとした人の波ができる。
結局その丸テーブルには3人の女性が陣取ることになったらしい、とすぐに判明し、席を諦めた客たちが手に持った軽食と飲み物をテイクアウトし始めた頃、先客であった例の3人組の姿は店内どころかその周囲のどこにも見当たらなかった。
相変わらずごった返している喫茶店。一心不乱に目の前の食事を片付ける客たちの中、若い男が1人だけ、何故か視線を彷徨わせてきょろきょろとやや不審な動きをとっている。
* * * * *
「っていうか、最初からこっちに集まれば良かったんじゃないの?」
「もしも誰かが尾行られてここがバレたらまずいわ。」
「まあそうかもしれないけど。」
「それにあのお店のケーキセット、すっごく美味しいじゃなぁい?」
「絶対そっちが本命でしょ!?」
いつもの調子で言い合いを始めた2人を見て、コミンズは堪え切れず笑いを零した。
3人の手元にあるのは、薄い陶器で作られた口の広いカップ。中にはトキオン界隈では高級品として扱われている赤い茶が注がれている。一般的に飲まれている緑茶とは違って、華やかな芳香が鼻をくすぐり、大人びた渋みが味を引き締める。茶を啜りながら囲むテーブルをはじめ、設えられた調度品はシンプルなデザインではあるがそれがかえって木材の上品さを引き立てていた。南向きに造られた出窓からは、木の葉の合間をすり抜けて、鮮やかな初夏の日差しが差し込んでくる。
穏やかな空間。先ほどまでの喫茶店における賑やかな空気とは一線を画していた。
「しっかしあれだな、勇者の血筋ってのはこんなのも持ってんだな。」
「やだぁ、リュースぼっちゃんのとこだけよぉ~。」
こんなの、というのはもちろんこの部屋そのもののことである。大都市トキオンの繁華街のど真ん中に遊ばせていると言っても過言ではないスペースを有する。それだけでも相当の資産を持つ証拠となり得た。
「まあ、うちは勇者の血とは関係なく元々御用商人の家系ですからね。」
「ま、何にせよボンボンってことねぇ~。この建物、全部あんたんちの持ち物なんでしょう?」
「そうなるね。」
「てことは、だ……。」
「さっきの喫茶店、毎日あんな賑わいっぷり。……1日当たり金貨8枚ってとこかしら。」
「ひと月で240枚……だいぶ儲かってんな。」
「いや、うちは場所貸してるだけだから……。」
「でも家賃収入でウハウハね。」
3人がまったりとお茶など飲んでいこの部屋。勇者の血筋であるだけでなく、資産家であるミドリカワ家の持ち物である建物の3階、最上階部分に位置する。3人の会話でわかる通り、先ほどの喫茶店の直上である。ちなみに2階にはこれまた繁盛している飲み屋が入居しているらしい。この場所貸しというのはカレーの勇者ミドリカワのアドバイスで取り入れたものであり、今や州都トキオンでは資産家の多くが手を伸ばしている商売である。
「……さあ、落ち着いたことだし、そろそろ本題と行きましょうか。」
お読みいただきありがとうございます。
この3人はすごく動かしやすいんですけど、なぜか私の手を離れて勝手に喋りすぎるのでまとめるのにとても苦労しました。




