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結局売れなかったバンドマン(29)は異世界で成り上がりの夢を見る  作者: 有柏くらゐ
第二部-1.さすらいのミュージシャンとまだ見ぬ異世界編
60/92

55話/閑話といえる

7/28 改稿。

10/7 改稿。

 サクラさんの呼びかけに応じてやってきたママと他愛ない話をしながら一緒に酒を飲み、少し経った頃、ママは静かに元の席へと戻っていった。なんだったんだろうと思っていると、サクラさんに肩を叩かれる。顔を向けると、彼女は満面の笑みで口を開いた。


「おっけーって。」

「えっ?」

「しばらくイツノミヤにいるんでしょう?その間はウチで歌ってちょうだいね。」

「あ、はい。よろしくお願いします。」


 今の話のどこにその要素があっただろうか。ただ、サクラさんがそう言うのならば、そうなのだろう。

 勇人は深く考えるのをやめた。それ以上に早急に対処しなくてはならない事案が発生したためだ。


「サクラさん……近い。」

「あらやだ。ごめんなさいね。」


 今にも鼻先が触れ合うのではないかというほどに近寄っていた彼女は、勇人の言葉で少し距離をおいた。しかしその、彼女のと呼ぶにはいささか男前すぎる腕は、勇人の右腕にしっかりと巻きついている。隣のウィリホはどうだか知らないが、勇人には男のお姉さんといちゃつきながら酒を飲む趣味はないのだけれど。いくらふんわりとセットされた髪の毛からほのかに花のような香りが漂っていようが。

 やんわりとその指をほどくために左手を添えると、その手もがっちり握り込まれてしまった。なんということでしょう。あれ、どこにそんなフラグあった?と少々混乱しながら、彼女に手を放してくれるよう依頼する。


「あの……サクラさん?この状態だとお酒飲めないです。」

「やだわ、そうよね。」


 自分でも頬のあたりが引きつっているとわかるが、できる限り笑顔を崩さずにそう告げると、サクラさんはパッと手を離してくれた。彼女が座り直しながら小声で「飲ませてあげてもいいのに」と言ったのは、聞こえなかったことにして思考をシャットダウンした。


「ねえ、折角だからもうちょっといいお酒飲まない?一杯くらい奢ってあげるわ。」


 サクラさんが再度こちらへメニューを差し出す。ところどころに見覚えのある単語が並んではいたが、やはりわからない。しばし質の良さそうな紙に刻まれた文字列と睨み合ってしまった。


「……もしかして、字が読めなかったり?」

「…………ええ、まあ。」


 接客業にあるまじきストレートな物言いで核心を突くサクラさんの言葉。強がっても仕方がないので正直に答えることにした。読めないものは読めない。それに近々勉強して読めるようになる予定なのである。


「そろそろ勉強しようと思っているんです。不便ですし。」

「あらそうなの、ならワタシが教えてあげるわ!こう見えて教えるの上手いのよ?」

「えええ……いやぁ……。」


 助けを求めるようにウィリホの方を見ると、彼はいい感じにできあがって、アオイさんと話し込んでいるようだ。その話しぶりはとても自然で、所謂お馴染みさんというやつだろうか。彼はもう少し長居しそうだ。付き合いたかったが、なぜかサクラさんの攻勢も激しくなってきたので致し方ない。そろそろおいとまさせてもらおう。


「も、もう一応習う当てもあるんで……。」

「あらそうなの。残念。」


 嘘である。


 帰り際、ウィリホに飲み代を渡そうとしたら強く断られたので、礼だけしっかりと言い、お言葉に甘えてそのまま席を立った。扉のところまでサクラさんが見送りに来てくれたので、手を振って店を後にする。


 排他的とも思えるこの繁華街で歌える場所を運よく手に入れることができた。そしてそれを取り持ってくれたサクラさんは、非常に接客がうまく、しかも気のつく、いい人だ。

 しかし、明日からしばらく彼女と顔を合わせるかと思うとなぜか少しだけ気が重くなった。


 宿に帰着し、その考えを振り払うように、勇人は明日の予定を考えることにした。この辺りでは最も大きい都市、イツノミヤである。まだどれくらい滞在することになるのかはわからないが、済ませるべき用事もそれなりにあったはずだ。まずは、餃子ストリートで絡んできたチンピラの通報や対処法、そして旅には必須と思われるナイフや日用品の入手。


「あとは……、んだ。字を習いに行かななんね。」


 自分の名前さえ書くことのできない現状では、知人たちからの手紙に返事を書くことすらできない。サクラさんにああ言った手前もある。イツノミヤにいるうちに、読み書きを覚えるまではいかずとも、なにか取っ掛かりを得たいところだ。できれば、独学できる程度までは基礎を押さえておきたい。


 そうと決まれば、明日は起きたらまた門ところへ行ってみるのがよさそうだ。困ったときのピンク姉妹。滞在1日目にして、そんな方程式が勇人の中で成り立ちつつあった。




* * * * *




「そんなことがあったのですかです!最近のさばっている荒くれ者を集めた組織が噛んでいる可能性がありますです!」

「それは由々しき事態なのです!警邏(けいら)の者に報告しておきますです!」


 翌朝、起床した勇人が簡単に身支度を整えて門へ行くと、昨日と同じくピンク髪の双子がてきぱきと対応してくれた。この時間はまだ門が開かず、彼女らの仕事もそれほど忙しくないらしい。

 まず話したのは昨夜絡んできたならず者たちについてだ。彼女たちに確認してみても、やはり借用した敷地内でのパフォーマンス等は特に問題がないという。そしてあの男は最近イツノミヤで問題となっている『荒くれ者を集めた組織』、所謂ヤのつく自由業の方々の下っ端だろうということだった。彼女たち行政側でも奴らには手をこまねいているらしく、尻尾をつかめそうな情報だと感謝までされてしまった。今後昨夜のように絡まれたら、近くにいるであろう見回りの警邏隊にすぐ知らせてほしいということだった。日本でヤのつくお兄さん(おそらく)に追いかけられた経験のある勇人としては否やはない。


 ついでに、手頃な日用品を扱っている店と、読み書きを身に付ける方法についても尋ねてみた。


「うーん、そういったことの斡旋はギルドの方が色々やっていますです。」

「おそらくギルド員割も利くはずなので、そちらでお問い合わせされるのがよろしいかと思いますです。」


 ということだった。とはいえ、勇人は農業ギルド所属であるのでいささか不安だが……。彼女たちが言うなら心配はいらないということだろう。姉妹に礼を言い、勇人は昨日も訪れたギルド窓口へと向かうことにした。


お読みいただきありがとうございます。

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