53話/すれ違う勇
8/20 改稿。
10/7 改稿。
(神殿?召還?)
勇人の逡巡をよそに、目の前の自称日本から来た青年、ハヤタ・タカトウは相変わらずにこにことしている。日本人と言うからには漢字の名前なのだろうが、どういう字を書くのかはわからない。
「もしかして、……勇者?ってやつ?」
「ええ、人類が魔王に対抗するため、召還されました。あなたも……そうじゃないんですか?」
もちろん違う。
「あれ?違ったかな……僕が『こちら』にやって来たのは……」
困惑のままに無言でいると、ハヤタは日本から召還されてから今までの経緯を語ろうと笑顔で口を開いた。そのとき。
「ハーヤーター!いないと思ったらまたこんなところで油売って!」
雑踏をかき分けるようにして、燃え上がりそうなほど真っ赤な髪をきっちりと編み込んでまとめた背の高い女性が、こちらへと近づいて来る。つり目気味の大きな瞳をさらにつり上げて、相当ご立腹のようである。その後ろから、ぴょこぴょこと水色の何かが見え隠れしている。彼女の後をついて来ているようだ。
「どうしたの?こんなとこで。」
「どうしたの?じゃないわよ!ほら、さっさと行くわよ!」
あっという間にハヤタと向かい合った彼女は、彼の手を引いてまた雑踏の方へ戻ろうとしている。それを押しとどめて、ハヤタは店主に向かって巾着袋を手渡した。チャリチャリという乾いた音がすることからして、中身は軽量の金属、おそらく貨幣だろう。
「みなさんの餃子代です!また会うこともあるでしょう!」
わざわざ『餃子』と日本語で発音してそう言った後、今度こそ、ハヤタは赤毛の女性に引かれて去って行った。その後ろを、水色の髪を腰まで伸ばした少女が追っていくのが見えた。先ほど見えた謎の水色ぴょこぴょこは彼女だろう。
嵐のように去って行った3人組を客たちと共に呆然としながら目で追っていると、それに気づいたハヤタがこちらに向かって大きく手を振った。そしてすぐに赤毛の女性に叱られている。
もしハヤタが本当に勇者ならば、あれが所謂勇者パーティというやつかもしれない。服装からして、赤毛の方が戦士、水色の方が魔法使いだろうか。
勇人は記憶を探る。確か、この世界に来たばかりの頃、アスクが「今代の勇者は召喚されている」と言っていた。それが彼なのだろう。ハヤタが言っていることが真実ならば、だが……。しかし彼はあーみんを知っていた。少なくとも日本人であることは間違いないだろう。とすると、俄然信憑性が増してくる。
まさか出会うことになろうとは。
* * * * *
その後も、勇人は餃子を食す客たちのBGMとして、店の宣伝として、餃子を盛りながら歌い続けた。
BGMはあまり余計な情報を与えるものは客の歓談を妨げる恐れがあるためよろしくないと考えて、相変わらず元の世界の歌が中心だ。学生時代にコピーした海外バンドの曲なんかも久しぶりに歌ってみると楽しく、そして伴奏がないにも関わらず、客からの反応も思いのほか上々だった。
そうしているうちに店主から、材料が切れたから今日は店仕舞いにすると言われた。他の屋台の大半はまだ通常営業中であるが、元々この店は販売食数の少ないこの屋台だ、これだけ客が来れば仕込み分などあっという間に無くなってしまうのだろう。店主はというと、売り時を逃したと悔しがっているかもと思いきや、普段の10倍近くも売り上げたとホクホク顔だ。これで10倍というと、普段の売り上げが忍ばれて少し切なくなった。
勇人も最初の契約通り、売り上げから幾ばくかの貨幣を受け取る。まだしばらくはイツノミヤには滞在するつもりなので、明日も歌ってもいいかと尋ねると、もちろんと笑顔で返事をもらった。
ただ、今日途中で絡んできたチンピラの動向が心配なので、その件に関しては明日の日中にでもピンク姉妹に相談してみようと思う。彼女らは優秀そうなので、何か対策を教えてくれるだろう。
時刻は日が落ちて2時間は経っただろうか。休憩を挟みながらとはいえ、だいたい3時間ほど歌いながら餃子を盛っていた計算になるが、しかし未だ町は賑わっている。勇人は、仕事帰りにイツノミヤの夜の街をチェックしに行くことにした。幸い、先ほど受け取った報酬で、多少は懐が温かい。疲れは確かにあるが、この個性的な町での遊興への興味が勝った。
まずは宿へ戻って葦毛の世話をして……と思案しながら片づけをしていると、思わぬところから声がかかった。
「兄ちゃん、良かったら飲みに行かねえか?なあにこれだけ売ったんだ、今日は俺の奢りだ!パーッと祝おうぜ!」
契約相手である屋台の店主だった。明日だって仕込みやなんかで早いんじゃないのか、いいのだろうか、と思ったが雇い主からの折角の誘いを断るのも気が引けたので、勇人は彼と飲みに行くことにした。彼にとっては今日は祝杯を挙げるべき日なのだろう。たまにはいいのかもしれない。断じて奢りに惹かれたとかそういうんじゃない。
* * * * *
予定通り宿で葦毛の様子を確認し、一通りの世話をして少し話しかけた後、店主と合流する。初めて知ったのだが、彼の名前はウィリホというらしい。
「あらー、いらっしゃい、ウィル。なあに?今日もまた売れなかったの?」
「ちっげーよ!逆だよ逆!今日は大儲けさ!」
「またまたー、毎日そう言ってるじゃないのあなた!」
彼の案内でやってきた店は、なんと、先ほど勇人を男娼と間違えた男のお姉さんが働く店であった。なんでオカマバー?いや、ていうかたまの酒じゃないのかよ?今日も?常連?と突っ込みたい気持ちを抑え、勇人も案内してくれたお姉さん(男)の勧めるままに腰を下ろす。
照明が絞られて薄暗い店内は、バーというよりは田舎のキャバクラのような、ラウンジのような、いくつかのボックス席がある造りとなっており、そこで店員のお姉さん(男)が座って接客をしてくれるようだ。オカマキャバというのがしっくりくるだろうか。
ちなみに先ほど顔を合わせた例のお姉さん(男)は他の客について接客中だ。勇人には気がついていないらしいので、セーフと言えるだろう。
「あらあ?さっきの子じゃないの?」
などと思っていたら早速見つかった。
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