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結局売れなかったバンドマン(29)は異世界で成り上がりの夢を見る  作者: 有柏くらゐ
第二部-1.さすらいのミュージシャンとまだ見ぬ異世界編
53/92

48話/ジェミニ

7/17 改稿。エピソード追加。

8/20 改稿。

10/7 改稿。

 北街道ひとつ目の町、ズィルダを出発し、さらに北へと上る。

 出てくるときベンから聞いた話によると、次はトーキオ州北部では最も栄えた都市で、各種ギルドの出張所もあるという。昨日リダ村の面々から送られてきた手紙兼寄せ書きによると、ギルドでの身分証明書入手は必須らしいので、もちろん立ち寄るつもりだ。

 朝早く出てきたことが功を奏したか、昼を少し回った頃には今晩過ごす予定の共同野営地が見えてきた。そろそろ昼食も食べたいと思っていたので丁度良かった。


 野営地とは、これもベンから聞いたのだが、勇人のような腕に自信のない旅人が夜を過ごすのに欠かせない、獣除けの柵で囲われた拠点である。もっとも、柵の中に設置されているものといえば常夜火のための背の低い櫓と井戸くらいで、どちらかといえば休憩所のような趣きが強い。

 とはいえ、行商人たち、ときにはキャラバンが立ち寄って簡単な市を立てるので、野宿ということを除けばひと晩を過ごすのに不自由しないらしい。

 町から町までの距離が長いような場合、そのような野営地が街道沿いにぽつぽつと存在しているのだそうだ。


 野営地に到着した勇人は、葦毛を柵の内に生えている低木に繋ぎ、周囲を見回す。時間が早いせいか、まだ人の姿はまばらだ。また、昨日に引き続き、追っ手が掛かっているような動きはない。


 勇人は葦毛を労ってから、地面に布を敷いて物を売っている商人たちを軽く冷やかして、野宿に必要と思われる毛布を1枚手に入れる。その際聞いた話によると、夜になったら櫓の回りで焚き火を囲みながら一杯やる連中もいるのだそうだ。それを少し楽しみにしながら、勇人の初野宿の日は過ぎていった。




* * * * *




 その後、2つの野営地を経由して、ズィルダの町を出てから丁度3日目の昼近く、勇人と葦毛は次の都市に到着した。

 それなりに大きな都市であるためか、入り口には簡単な関所のような門が設置されており、短い列ができている。勇人にとって初めての関所、身分証がないけれど通れるのだろうか。と少々不安を感じながら馬から降りて列に並ぶ。

 すると、町の方から、嗅ぎ慣れた……という程ではないが、懐かしい匂いが鼻をついた。


「ニンニク、ニラ、ショウガ……あとなんじゃべ、肉だべか。……これはまさか……!」

「お次の方~、お待たせしましたです~!」


 日本にいた頃、好んでよく食べていたあの料理のそれに近い。ということは、まさか。


「北街道2番目の都市、イツノミヤ市へようこそです~!」

「ちっとぁ予想を裏切りっせよ!餃子の都!」

「どうかされましたですか!?」

「何か不手際でもございましたですか!?」


 つい勢いで突っ込んだら、関所の左右に立っている係員らしいふたりの少女がわたわたしていた。ピンクのふわふわしたファンタジーヘアをサイドの高い位置で結い上げた、小柄な女の子だ。右の子が右に、左の子が左に、それぞれサイドテールにしている以外は、顔も服装もそっくりである。双子だろうか。


「すみません、取り乱しました。」

「いえいえー、こちらこそ申し訳ありませんです。」

「ですー。見たところ旅人さんでしょうかです?」


 その後、予想通り身分証の提示を求められたので、ドキドキしながら所持していない旨を告げる。加えて何か有利になればと思い、リュースから送られてきたミドリカワ家の家紋入り書状も提出してみた。すると、少女たちは後ろを向き、小声で何事かを相談した後、こちらに向き直って言った。


「おお、これはミドリカワ家のご家紋ですね!しかと確認致しましたです!」

「でしたら審問等は必要ありませんですね、お名前とご職業をお聞きしますですー!」


 念のため差し出したミドリカワ家の書状は効果を発揮したようだった。すごいぞカレーの勇者。


「ユート・フジ、職業は……吟遊詩人、になるのかな?」


 そう答えると、左の子が勇人の目をじっと覗き込んできた。先ほどまでは前髪の影になっていて気づかなかったが、黄緑色の薄い光彩が、光の加減で玉虫のように煌めく、不思議な瞳だった。数秒そうしていたかと思うと、少女はさっと元の位置に戻り、言った。


「はいです、問題ございませんです!こちらの仮入門許可証をお渡し致しますです。」

「この許可証で滞在できるのは当日限りでございますです。宿泊等される場合は、正規の身分証が必要となりますですので、ギルドカード等をお作りになられてから今一度こちらへお越しくださいです。ちなみにギルドカードは即時発行ですのです。」

「わかりました。」

「もちろん、市内で何か問題を起こされた場合はその時点で退門していただきますですので、ご了承くださいです。」

「最近何かと物騒ですので、申し訳ありませんがよろしくお願いしますです。」


 少女たちがそう告げて、ぴょこんと頭を下げた。もちろんそこまでしてもらわずとも勇人に否やはない。了承の意を示す。それにしても異世界にも『最近何かと物騒』などというフレーズがあるということが興味深かった。


「それでは、改めまして、イツノミヤ市へようこそです!」

「今回のお手続きは私共、真実の(ヴァールハイト)姉妹(・シュヴェシュテルン)が承りましたです!いってらっしゃいませです!」


 仰々しい名で名乗ったピンク髪の姉妹は、他にも細々とした市内の案内を簡単にしてから、元気よく勇人と葦毛を送り出してくれた。というか、やはり姉妹だったのか。


 とりあえずイツノミヤ市のメインストリートを歩いてみる。州都であるトキオン程ではないが、やはりトーキオ州北部で最も栄えている都市らしい活気が街中に溢れていた。

 勇人のように馬を引く旅人や、客引きの商人、道端で踊っているご当地アイドル風の少女たちなど、トキオンよりも個性的なくらいだ。おそらくそう思える要因のひとつに、彼らの容姿がある。あの門のところにいた姉妹のような、ファンタジーカラーの髪色が目立つ。トキオンやリダ村では大体が元の世界でもありえるようなナチュラルカラーヘアだったのに対して、ここは町中がカラフルだ。一体どういう遺伝子をしているんだろうか。


「しかし餃子食いっちいなあ。」


 活気とともに溢れ返っているのが餃子臭だ。通りの所々に見られる出店の殆どが餃子を売っている。ここは餃子フェスティバル会場なのか?日本一奪還記念なのか?とすら思える光景だ。匂いにつられたように腹の虫が鳴く。日本にいた頃から、醤油ラーメンと餃子のセットは好物だった。餃子でビールを飲むのもいい。何が言いたいかというと、餃子は勇人の中で、カレーとは一線を画すのだ。


 先ほどの入管姉妹に教えてもらった市営の厩舎に葦毛をお願いし、十分な干し草と水を与え、簡単にブラシを掛けてから、勇人は餃子フェスティバル(仮)に繰り出すことにした。


「これ1つくださーい。」

「はいよー!」


 手近な出店で皿に盛られた餃子を買い求める。この店は羽付き餃子を売っているらしい。皿からはみ出る羽のパリパリした触感が楽しい。値段の割にボリューミーなところも高得点だ。1つひとつのサイズは少々小ぶりだが、1皿10個も乗っている。

 餃子を咀嚼しながら周りの様子を伺うと、餃子の皿は使い回しが基本のようだ。最初に買った店の皿に、次の店で焼きたての餃子を乗せてもらう。すると、割安で餃子を食べることができる。もうお腹いっぱいというときは、その辺の店に皿を返却すると、皿代が戻ってくるという仕組みらしい。本当にどこぞの町おこし食フェスのようだ。


「これ1つ盛ってくださーい。」

「はいよ!」


 次の店は、前の店よりももっちりした皮で肉汁たっぷりの具を包み込んだ、非常にジューシーな餃子を提供していた。皮を歯で噛むと、途端に口内に熱い汁が溢れ出す。小籠包ではないかと疑うくらいだ。もしかすると、煮こごりを具に混ぜ込んであるのかもしれない。こちらの店の餃子は大きめに作られている分、1皿に6つだ。


 食べながら、入管姉妹が言っていた、『滞在延長』について考える。先ほどまで勇人は、まだ日が高いこともあってどうするか決めかねていたが、餃子とこの街の個性的な雰囲気が気にいった。今晩はここで宿を取り、どこかの酒場に入れてもらおうか。売れっ子吟遊詩人としてこの世界のトップをとる(予定の)男としては、やはりこんな不思議な街は見逃せない。

 そうと決めたらまずは動かなければ。5種類ほどの餃子を平らげて満足した勇人は、ギルドカードを作るべく、各ギルド支部が集まっているという市の西側へと足を向けた。

お読みいただきありがとうございます。

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