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結局売れなかったバンドマン(29)は異世界で成り上がりの夢を見る  作者: 有柏くらゐ
第一部-2.州都トキオン:アマチュアミュージシャンと異世界の町編
39/92

38話/みっつめの物語

6/30 改稿

 勇人が去り、アスクは壇上の偉い人たちに向かって何か話している。今のエリィにはアスクが何を言っているのか、全く理解ができなかった。否、何を話しているかはわかる。ただ、右の耳から入って左から出て行くように、何もエリィの中には届かないのだ。それでも、わかったことがひとつだけある。このままでは、ユートに会えなくなるかもしれない、ということ。


 先ほどのヘルマン司祭の言葉は、衝撃的だった。あのとき、黒の森へ助けに来てくれた、一緒に、村の外れで歌を歌った、エリィに歌う楽しさを教えてくれた。時には優しく頭を撫でてくれ、時には真摯に向き合ってくれた、勇人。エリィは、このまま大好きな人とさよならするわけにはいかなかった。


 父エドワルドの横をそっと抜け出す。勇人の後を追いかけようと思った。すると、誰かに手を掴まれた。ミリアンだった。


「追うのか?」


 簡潔な問いかけだった。エリィはコクリと頷き返す。


「なら、行こう」


 ミリアンに手を引かれ、こっそりと聖堂から出る。後ろを見ると、サリアとリュースがついてきていた。


「わたしたちもいた方が怪しまれないわぁ、多分だけど~」


 その言葉は正解だったようで、何人もの教会の職員らしい人とすれ違ったが、サリアが微笑みかけ、リュースが手を挙げるだけで何もなく通過することができた。この2人はなぜかはわからないがすごい人なのかもしれない。


 玄関ホールにいた女の人とも、2人はにこやかに会話している。初めてここに来たときに見た人だった。サリアたちが行けという風にこっそりと手で合図を送ってくる。出入り口を何気なく見えるようにくぐった。


 教会から出て、周りを見回す。ユートはどこにいるのだろう。

 するとミリアンが、おそらく厩舎だと言うのでそちらへ向かうことになった。


「せんせー!」

「ユート!」


 確かに勇人はそこにいた。なんとなく少し悔しい。勇人は、朝、アスクが乗ってきた葦毛の馬の手綱を握っている。


「な、どうして……!」


 勇人はこちらを見て、驚いているようだった。彼の中では聖堂での目配せが別れの挨拶だったのだろう。そんなのは許せない。


「せんせー、ほんとに行っちゃうの?」

「……ああ。ごめん」


 勇人は謝った。エリィは、ぐっと口に溜まった唾液を飲み込んだ。


「戻るのか?」


 ミリアンが言った。いつも通り、ぶっきらぼうな言葉だった。


「多分ね。でもまだわからないな」


 勇人は、普段と違って、敬語を使わなかった。言葉遣い以外にも、雰囲気自体が村にいたときとは違っている。いつもよりもなんだか、気の置けない、気さくな感じで話してくれているような気がする。大人たちが言うところの、今生の別れ、というやつにはならないような予感がした。


「じゃあ、俺は行くから」

「待って!」

「……どうした?」


 馬に飛び乗ろうとしている勇人を慌てて呼び止め、振り返った彼のところへ急いで近づく。エリィに合わせて屈んでくれるよう頼むと、いぶかしげな顔でエリィと視線を合せてくれた。あらかじめ用意しておいたそれを彼の首に掛ける。


「これ……大切なものだろ?」

「うん。エリィの大事なお守り。だから、絶対返しに来てください」


 それは、エリィがいつも首から下げているお守りのペンダントだった。病弱な彼女の母がプレゼントしてくれた、太陽をかたどったもの。それはきっと、勇人をいつでも守ってくれるに違いない。エリィはそう思って渡した。

 ペンダントを返そうとする勇人を、エリィは力強く見つめる。すると、ついに諦めたのか、勇人はひとつ溜息をついて、エリィの頭を撫でてくれた。


「わかった。必ず返すよ。ありがとう。エリィ」

「うん。いってらっしゃい、せんせー」


 今度こそ勇人は馬に飛び乗った。馬の上で背中のギターの背負い具合を確認し、たてがみを撫でて馬に何か話しかけている。


「ユート、気をつけて。また、酒を飲もう。今度はきみの歌も聞かせてほしい」

「美味い酒を用意しておいてくれたら、歌を聞かせるよ。……あと、飲みすぎないようにね」

「おい!」


 ミリアンの声に返事はせず、勇人は、手を振りながら馬を走らせて教会の門から出て行った。その姿はあっという間に見えなくなる。


「行ってしまったな……」

「せんせーがいないと、……寂しく、なるね」


 急にしんみりした空気になった、そのとき、後ろから甘ったるい話し方で声をかけられた。


「なぁに?もう行っちゃったの~?」

「見送りはできましたか?ふたりとも」


 サリアとリュースだ。見計らったようなタイミングで現れるあたり、おそらくどこかの物陰で様子を窺っていたのだろう。


「それにしてもぉ、ふたりともオクテよねぇ。好きな男との別れだっていうのに。折角だからキスのひとつでもしちゃえばよかったのよ~!」

「な、な、な、何を言ってるんだお前は!」

「キスだなんてはわわわわ……!」


 サリアの言葉に、ふたりの顔は一瞬で真っ赤になった。湯気でも噴き出すのではないかという塩梅だ。楽しそうに笑うサリアをリュースがいつものように窘める。


「サリアちゃん!恋する女の子をからかうんじゃありません!」

「なによぅ、エリィちゃんはともかくミラなんてもう女の()って年じゃないんだから~。そのくらい積極的に行かないとますます()き遅れちゃうわよ~」

「それは確かに……」

「サリアァ!お前、そこへなおれ!」

「やだ~、こわぁい!」


 きゃらきゃらと笑いながら逃げていくサリアを、顔を真っ赤にしたミリアンが追いかける。その光景を見ながら、リュースとエリィはゆっくり歩いて教会へ戻っていく。


「大丈夫、ユート君は戻ってきますよ」

「うん。エリィのお守り、必ず返してくれるって言ってた」


 そのとき、乾いた風が吹いた。整えられた教会の草木の間を通り抜けていく。暖かだが、真夏の熱は未だ内包していない爽やかな空気は、エリィの切り揃えられた金髪を揺らした。


「もう、夏も近いですね」


お読みいただきありがとうございます。

ここ数話、ものすごく難しい。

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