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結局売れなかったバンドマン(29)は異世界で成り上がりの夢を見る  作者: 有柏くらゐ
第一部-2.州都トキオン:アマチュアミュージシャンと異世界の町編
37/92

36話/ひとつめの物語

今回主人公不在です。


8/20 改稿

「もう申し上げられることはありませんよ」


 リダ村教会を任されている神父、アスクは、あっけらかんと言った。


「彼……『フユト』は、我々と共に糧を分かち合った同志であり、先ほどの演奏をお聞きの方にはもう無用と思いますが、素晴らしい音楽家です。わたしの知る彼は、それ以上でもそれ以下でもありません」


 田舎村の教会をひとりで切り盛りする端正な容姿の、しかし素朴で敬虔な聖職者。彼の言葉には偽りの様子など微塵も感じられない。客たちはもちろん、先ほどから壇上で震えたり怒ったりと忙しいヘルマン司祭ですら毒気を抜かれたようにアスクを見つめていた。ミルヒア司教だけが興味深そうにニコニコしている。


「ヘルマンくん、どうするのですか?」

「えっ。……あ、リダ村の処遇については追って連絡します」

「では、表彰式に移りましょうか。皆様、大変長らくお待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。続きをいたしましょう」


 先ほどまでの騒ぎが嘘のように、表彰式は滞りなく進行した。壇上に呼ばれたナナオージ、アビコ各教会の代表者は、どことなく居心地悪そうに、一方トキオン第二教会の代表は誇らしげに表彰状と記念品を授与されていた。


「坊、相変わらずやるな」

「はて、なんのことやら私にはサッパリ」

「……ほんとイイ性格してるぜ」

「ありがとうございます」


 アスクとコミンズが軽口を交わしている間に、表彰式は終わり、ヘルマンが形式ばった閉会の挨拶をしてから大会はお開きとなった。ぱらぱらと客が帰る中、リダ村一行は座席に腰掛けて知らせを待っている。そこへヘルマンの下で働くシスター、ライラがやってきた。彼女が使者だろう。


「アスク司祭、お話を伺いたいとヘルマン司祭が申しております」

「な!あんた!さっきのユ……『フユト』の話を聞いてなかったのか!?」


 エドワルドが抗議の声を上げたが、それを気に留めず、少しだけ鼻にかかったような、高く、甘い声で、しかしはっきりとした口調で彼女はこう言った。


「申し訳ありませんがご足労願います」

「……ええ、構いませんが手短にお願いしますよ。なにしろ、日が落ちるまでに村へ帰らなければなりませんので」

「かしこまりました。ではこちらへ」

「おい、そこの姉ちゃん。俺も行ってもいいか?俺も奴の楽器にゃ興味がある。なんせ、楽器職人なんでな。……教会さん御用達のよ」


 誘導を遮ってコミンズが名乗りを上げる。ライラは少し眉を動かしたが、承諾した。改めて司祭が待つどこかへ向かおうかというそのとき。サリアとリュース、ミリアン、そしてなぜかエリィが聖堂の外から座席に戻ってきた。鼻息も荒く言葉を継ごうとしていたエドワルドは娘の姿を見て一旦休息らしい。


「エリィ、おかえり」

「ただいまお父さん。ここ、……おはなつみ、もすごかったよ!」


 どうも連れ立ってお手洗いに行っていたようだ。

 その様子を横目に見ながら、アスクとコミンズは、ライラに連れられて聖堂を出て行った。


「みなさん、すぐ戻りますのでお留守番をお願いしますね」

「はい、神父様!」




* * * * *




「『フユト』はある日我らが教会の前に倒れていた音楽家でした。例の楽器だけを持って。……それから彼は記憶もないという中多くの仕事を助けてくれましてね、ずいぶんと助かりました」

「ほう。しかし、アスク神父ともあろう方がそう簡単に見知らぬ男を助け、あまつさえ手元に置くとは……。信じがたいですがね」

「それは認識に誤りがあるように思いますね。ヘルマン司祭殿。……わたくしどもの教会はいつも、よき人員が欲しいと申し上げていたと思うのですが、なかなか……という事情もありますしね」


 トキオン第二教会の一室で、アスクは、ヘルマン、ライラと向かい合って質問に答えていた。『フユト』について、『魔族の楽器』について。コミンズはその様子を渋い顔つきで眺めている。


「しかし、その『フユト』がどこから来たのかもわからんとは……」

「彼はトウキョウから来たと言っていましたよ。面白い子だなあと、そのときは思ったのですけど」

「……はあ、これでは確かに時間の無駄ですな。奴の言う通り、リダ村には何の関係もないというわけですか……」


 たっぷりとした体を華奢な椅子に乗せたヘルマンが呟いた。大会運営に加えてこの騒動で、疲れているのだろう。顔色はあまりよくない。


「しかし司祭さんよぉ、あの楽器が魔族のもんだってなあ、ほんとなのかい?」

「調査書を検分した者、実はここにいるライラですが……が言うには、間違いなく載っていたということですよ。そうだろう、ライラ」

「はい、司祭」

「そうかい。だがそれだとおかしいことがあるんだよなあ」

「と、おっしゃいますと?」


 その言葉に意図が見えないライラは、コミンズに説明を求めた。形の良い眉が少し顰められている。


「俺ぁ、あれと同じ楽器を見たことがあるんだよ。大昔だけどな。もちろん魔王国なんぞ行ったことはねえが……」

「なんだって!」


 驚きを最も大きく表したのはヘルマンだった。もし例の楽器が魔族特有のものではなく見慣れぬだけのものだったなら、無実の人間をあのように衆目の前で告発したこと、リダ村聖歌隊を失格としたこと、伝統ある聖歌隊大会に差し障りを出したこと、全ての責任が主催者であるヘルマンに問われるだろう。


「それはたまたま魔族の楽器が流れていただけかもしれませんし、もしかすると人間に化けた魔族が使っていたのかもしれません。……問題の楽器とその所有者がいない今、検証のすべは無いように思われます」

「まあ、それはそうだけどよ」

「……そうだ!奴は逃げた!後ろめたいことがあるから逃げたのであろう!」


 冷静なライラの反論に、コミンズが適当に相槌を打つ。ヘルマンは自らを正当化させようと必死だ。アスクはため息をついた。


「……他に話がないようでしたら、私どもはおいとまさせていただきます。そろそろ馬車をつかまえなければ、村に帰れませんので」

「ご協力感謝する。またお話を伺うことがあるかもしれないが、その際も……頼みます」


 ヘルマンに見送られ、4人は部屋を辞した。帰りもライラが誘導してくれるらしい。


 案内されて戻ってきた聖堂で残りの面々と合流し、リダ村一同は無事帰宅の路についた。馬車を探す間、皆無口だった。疲れ以上に、何かがぽっかりと抜け落ちたような空しさを1人ひとりが感じていた。


お読みいただきありがとうございました。

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