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結局売れなかったバンドマン(29)は異世界で成り上がりの夢を見る  作者: 有柏くらゐ
第一部-2.州都トキオン:アマチュアミュージシャンと異世界の町編
30/92

29話/きみのて

2/24 修正

 宛がわれた控え室は、広さほどほどほどだが綺麗に整えられた、石造りらしく音漏れもなさそうな部屋だった。聖歌隊14人と大人2人が入っても窮屈さは感じない。流石州都の教会。こんな部屋がいくつもあるなんてリダ村教会職員(居候)には信じられない。


「もしかしてトキオン第一教会はもっとすごい建物だったりします?」

「いいえ、第一の方はどちらかというとトーキオ州本部のような色合いが濃くてもっと事務的なこぢんまりした感じです。こんなに立派ではありませんよ。そもそも古くて汚いですしね。」


 第二教会は信者のために開放された教会という位置づけのようだ。第一教会はお役所的な感じだろうか。宗教団体でもそういう事務仕事はあるに違いないので、納得した。




* * * * *




 発声練習や最後の確認が終わり、子どもたちをステージ衣装に着替えさせる。村のお母さんたちが作ってくれたもので、足首まである白いワンピース型の、これぞ少年少女合唱団というようなものだ。とりあえず見た目はバッチリウケるだろう。異世界の感覚とは違うかもしれないが、多分。


「おお、よく似合ってるぞー。」

「にーちゃん、なんか恥ずかしいこれ。」

「何を言う。由緒正しい子ども合唱団そのものじゃないか!」

「えー。」


 男子は少し微妙な顔をしているが、女子は普段着ないようなゆったりしたワンピースということで嬉しそうだ。裾をつまんだりしてはしゃいでいる。その女子の中で、エリィだけが浮かない顔をしていた。

 どうやらエリィは昨晩の酔っ払いミリアンとのあれやこれやを目撃していたらしく、それ以来なんだかふさぎ気味なのだ。純粋な子どもに大人のある種汚い一面を見せてしまったことに対して、勇人はかなり反省していた。しかも最近よくなついてくれていたエリィだ。勇人が彼女を妹のように思うのと同じく、もし勇人を兄のように思っていてくれたなら確かにショックかもしれない。しかも相手も見知ったミリアンだ。下手したら「大人なんて不潔!」からの()き遅れコースもあり得る……最悪の場合だが。

 なんとかエリィをこれ以上傷つけることなく許してもらう方法はないものか。衣装を身にまとい、わいわいと賑やかな子どもたちの中で、エリィと勇人だけが難しい顔をしていた。


「ユート、エリィと話してきた方がいいのでは?」

「はあ、でも実はかくかくしかじかで。」

「なら尚更早いうちに誤解を解いた方がいいです。大丈夫です。彼女ももうレディですから。」

「レディ……。」


 レディ。現代日本では非常に気障なセリフだが、美中年西洋人のアスクが言うと様になっている。イケメンってすごい。などと思っているうちに、アスクは準備の整った子どもたちから順番に聖堂の方へと連れ出している。行動が早い。そして、「さあ、今のうちに」とでも言いたげな視線を勇人に送って来た。イケメンってすごい。


「エリィ。」

「……せんせー、なに?」

「に、似合ってるじゃないか、その衣装。」


 アスクの誘導に従って部屋から出ようとしているエリィに声を掛けた。なぜ30歳のおっさんが子ども相手に緊張しているのか。恥を知れ、と勇人は自分を叱咤し、当たり障りのない話題をエリィに振る。


「ありがとうございます。……それだけ?エリィ行かなきゃなので。」


 予想以上に冷たい。昨日まで隣に並んで手を繋いで歩いたりキャッキャウフフ(物の例えです。事案ではありません)していたあの子が、非常に冷たい。想像以上のダメージに、勇人は心が折れそうになりながらも会話を続けた。


「いや、それだけじゃない。……あのさ、昨日の夜の。見てたんだろ?誤解なんだ、あれ。」

「……エリィ誰にも言ってないし言わないので気にしないでいいですよ?」


 正に取り付く島もないとはこういうことを言うのだろうか。汚い大人を見るようなエリィの目が心に痛いが、勇人は昨日のことをかいつまんで説明し、最後にこう付け加えた。


「俺は、エリィが今朝からずっと元気ないし怒ってるみたいだから心配なんだ。俺のせいでエリィがお嫁に行かなくなっちゃったらどうしようって……!」

「えっ、お嫁!?」

「だって、なんか嫌なところ見せちゃっただろ。そういうのがトラウマになっておいおい男性恐怖症とかになるって昔聞いて。」

「…………ぷふっ!だからって、お嫁って……気が早すぎですよせんせー、うちのおとーさんじゃないんだから……!」


 ずっと俯いて話を聞いていたエリィがふるふると震えだしたのを見て、泣かせてしまったのではないか、どうしよう。これが「事案」と勇人がおろおろしていると、当のエリィは顔を上げ、笑い出した。


「せんせー、わかりましたです。エリィもう怒ってないです。汚いとかももちろん思ってないです。」

「ほ、ほんとか!?……よかったああ。責任取らなくちゃいけないかもとかすごい心配した。」

「……責任は、取ってくれてもいいですよ?」

「え?」

「なんでもないです。ほら、みんな待ってるので。行かなきゃなので。」

「え?いや、エリィ?」

「行かなきゃなので!」

「お、おう……。」


 勇人は元の世界で流行っていたラノベなんかは年も年だからと言って読んではいなかったが、アニメ好きの友人の影響でそれらを原作に使ったアニメくらいなら見たことがあった。見る度、「難聴主人公うぜえ」と思っていたのだが、彼らは難聴ではなく、聞こえないフリをしていただけなのかもしれない。とエリィの呟きを聞き逃さなかった今、心から彼らに共感した。


(でも、責任っちゃどったら意味だべ?)


 かつて音楽仲間から聞いた「できちゃったから、責任取ってよね」という恐ろしい都市伝説を思い出し、しかしエリィがなぜ、と勇人はエリィに手を引かれながら首をひねった。


お読みいただきありがとうございました。

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