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おっさん、古代遺跡の存在を予測する

 感想を書いてくださった皆様にお知らせします。

 現在、メールの数が多すぎてデータが重くなっており、この辺りで感想やご意見を打ち切らせていただきます。

 何しろ管理ページを読み込むのに一分以上かかり、次話投稿に支障が出てしまいました。

 色々と参考になるので削除せずに見直していたりもしたのですが、そろそろ限界。

 時々思うのですが、システムに負担が掛かるので削除はあまりいしない様にと注意書きが書かれていますが、どれくらい削除すれば負担にならないのか気になります。

 色々参考になる意見も多数あり、色々考えさせられるご意見もあったのですが、次からは活動報告の方にご意見をくださればとお願いいたします。

 ご了承ください。

 コレ、一ヶ月ごとに自動削除をしてくれないんですかねぇ? う~ん。

  

 ――キン、キン、キン!!


 何か堅い物を砕く音が響き渡る。

 朦朧とする意識の中、ゼロスはその音に耳を傾けていた。

 思考はまだ深い闇の中に包まれており、その音を頼りに闇という泥沼から意識を覚醒させようとするが、まるで枷が填められているかのように重い。

 このまま闇の底にまで落ちたいと、わずかな意識がそう望んでいた。


――ギン、ガン、キン、ズガガガガガガガガガガ!!


『『『『うはは、うはは、うははは、ソイヤ―!!』』』』

『俺たちゃ、ガテン系!』

『『『『ソイヤ、ソイヤ―!!』』』』

『頭悪りぃが、腕は天才!! 魂の赴くまま、let’s working!!』

『ソイヤ、ソイヤ、ソイヤ、ソイヤ―!!』

『飛び散る汗は~涙より輝くぅ~、働く姿がビュ-ティホー♪ この腕が使えなきゃ、後は土へと腐るだけっ!! 俺らの前に、不可能なんてありゃしねぇ~。振るうツルハシ魔力を込めりゃぁ、邪魔な岩石光になるぜぇ。『『『『Sparking!』』』』 倒れる奴があれば、殴って根性入れるだけぇ!!』

『『『『ツルハシあれば、どこでも行ける~。働けねぇドワーフはただのゴミだぁ!!』』』』 

「なんか色々混じってねぇ!? つーか、曲調が変だしぃ!!」


 ゼロス、ツッコミで覚醒。

 どこかで聞いたようなフレーズが微妙に混じったようで、それでいて全く違う曲調と歌詞に思わず目が覚めた。しかもツルハシで叩く音がエイトビート。

 おっさんの心の中に、モヤモヤとした違和感という名の凝りしか残らない。

 そして同時に思い出す。自分がハンバ土木工業に拉致られた事を―――。


「ここは……どこだ? 僕はどこに拉致られて来たんかね?」


 見渡せば、そこは地下の大空間。

 天井や周囲には魔石を利用したランプが無数に設置され、その明かりが周囲を照らし暗い地下空間を真昼のように照らしていた。

 湾曲した巨大な岩壁に足場を組み、多くの職人達が必死にツルハシを振るっている。


「おう、気がついたか、あんちゃん」

「ボーリングさん!? ここは……いったいどこなんですかねぇ?」


ドワーフは見た目が判別しにくい。それでもゼロスが見分けたのは聞き覚えのある声であり、髭を剃ったドワーフだからである。もし髭があれば、おそらく判別ができないだろう。

 それほど彼等は見分けがつかない。


「ここか? ここは【イルマナス地下大遺跡】。俺達の現場さぁ」

「遺跡……そういえばここの建築物はすべて石造り。見た限りでも年代が相当古いように見えますが……」

「あぁ、何しろ邪神戦争期の遺跡だからな。同時にドワーフが住む町でもある」

「へぇ……」


 取り合えず、ゼロスは状況確認のために情報を集める事にする。

 ボーリングの話では、【イルマナス大遺跡】はかつて邪神戦争時に築かれたいわばドワーフ達のシェルターだ。ドワーフ達がなぜこの地に集まったかは知らないが、彼らはこの地下大空間に住み着き、わずかな製品を作り外部で売りながら少しずつ拡張を続けて生きてきた。

 地下の鉱物資源は少ないが採掘もできるため、長い時間をかけて三つの国を繋ぐ地下大トンネルを掘り進め、交易をしていたのだがそのルートは不便極まりなかった。

 開通当初は多くのドワーフ達が行きかうが、やがて地下の街道にコボルトやゴブリンが住み着きだし、次第に危険な地下街道になってゆく。最近までコボルトやゴブリンを倒すために傭兵がこの地を訪れており、大分数を減らす事ができたが油断はできない。

 また直ぐに別の群れが住み着く可能性があるからだ。


「ふむ、それだけで僕が連行されるとは思えないんですけどねぇ。何かありましたか?」

「それを説明する。まぁ、もう少し聞いてくれや」

 

 三十年ほど前に当時公爵であったクレストンの命により、この地下街道をさらに拡張する計画が持ち上がり、長い時間をかけてその工事は着実に進んでいた。

 今いる街の他にも似た地下町が二つ存在し、三つの街を一つの地下街道で繋げる計画は一つの問題で頓挫しかけている。その理由が目の前にある巨大な岩壁である。

 イサラス王国側とアトルム皇国側の二つを繋ぐ街道は確かに繋がったのだが、アトルム皇国側とソリステア魔法王国側の岩壁を貫く事ができない。

 ハンバ土木工業はひと月前から現場に入り、工事を続けてきたが結果が思わしくなかった。

 ツルハシを振るうも岩壁が固く、魔法で穴を開けようと【ガイア・コントロール】を使うが、その効果はいまひとつ。更に必死で開けた穴は、次の日には完全に元に戻ってしまう。

 場所によっては魔法を弾くところも存在し、工事はここで最大の障害にぶち当たった。


「魔法を弾く? 穴が塞がる? 妙な話ですね……」

「俺もそう思うが、実際に自分の目で見てみると分かるぜ? ついでに細かい金属が含まれていてな、それが魔法の効果を打ち消しているようなんだよ」

「それはおかしいですよ。金属が含まれていようと、魔法の効果はあるはずです。それでも弾かれるとしたら、【魔法障壁】による効果が高いんじゃ……」

「んなこと言われてもよぉ、俺は魔導士じゃねぇから分からんぞ?」


 未だに金属が魔法を打ち消すという話は信じられており、岩石に金属が少しでも含まれていれば魔法も消されると一般的に思われている。魔法を知らない者達には特に多い勘違いだ。

 だが、自然環境下で魔法無力地帯が作られる事は殆どない。あるとすればダンジョンだけである。

 もしくは人為的に作らねばそのような事はあり得ない。

 また、魔法障壁だったとしても、ドワーフは魔力は高いが察知能力が乏しく原因が掴めないでいたのだ。


『人為的? まさか、あの岩壁は……いや、そうと断言する事はまだできないが、試してみるしかないのは確か。さて……』


 ゼロスは少し思案をしていたが、不意に顔をあげてボ-リングを見た。


「ボーリングさん。あの岩壁の下に行ってみます。実際に自分の目で確かめてみない事には、何も分かりませんからねぇ」

「おぉ、頼むぜ。あんただけが頼りなんだ。工期が遅れてまいってんだよ」

「不可解な点が多いですから、出来れば職人の少ないところに案内を頼みます」

「任せてくれ」


 ボーリングに案内され、岩壁の下に向かう。

 その途中、なぜか武装した傭兵の姿が確認できた。


「なんで傭兵がこんなに多いんですか? ゴブや犬ころは退治した筈では?」

「最近、スケルトンが出没するようになってな。まったく、工事がただでさえ遅れてんのに厄介な……」

「スケルトン……ねぇ。それと、この街を照らす明かり、この魔道具に込める魔力はどこから供給してるんです? どう考えても魔石で補うには無理があるんだが……」

「知らねぇな。昔からこうだったから不思議に思わなかったが、そう言われてみると、どこから魔力が来てんだ? まぁ、だからこそ生きている遺跡なんて言われてんだがよ」

『魔力の供給している場所がわからない? 魔力溜まりがないと、これだけの数の魔道具を動かすのは無理でしょ。どこかに魔力の供給地点があるはず……いったいどこに?』


 この地は不可解な点が多すぎた。

 ボーリングの言葉を信じるならば、以前から明かりを灯す魔道具が無数に設置されており、その魔力の供給場所は不明。更に異常な硬さと再生能力がある岩壁。

 ある仮説が浮かび上がるが確証はなく、自分の目で確かめるしかない。おっさんはちょっとだけ楽しくなってきた。

 もし仮説の通りなら面白い物が見られる可能性が高い。そうこうしている間に二人は岩壁の真下に辿り着いた。


「おぉ、ゼロスさんよぉ、目が覚めたかい」

「いきなり拉致するのはどうかと思いますがね。しかも誘拐の手口じゃないですか、僕じゃなければ訴えられますよ」

「悪りぃ、悪りぃ。どうしても時間がなくてな、つい強攻策に出ちまった」


 声をかけてきたのは拉致の張本人、ナグリである。本人はまったく悪いと思っていないようだ。

 ドワーフは仕事に関しては職人気質だが、普段はもの凄く大雑把な種族なのである。


「人の都合も考えてくださいよ、まったく……。で、これが問題の岩壁ですか……。結構、高いですね」

「あぁ、こいつが厄介でな。何とかしてぇんだ」

「少々気になるところがありましてね。試してみたいんですが、良いですか?」

「なんでもいい。仕事が始められるなら御の字だ」

「では、さっそく……【ガイア・コントロール】」


 ゼロスが全力で使った【ガイア・コントロール】。その効果によって岩壁表面に20メートルくらいの窪みが作られた。周りからは『おぉ……』と感嘆の声が上がる。

 しかし、ゼロスの目的は別にあり、魔法を使った事で失った部分に流れる岩壁の魔力を感じ取っていた。

 ゼロスの魔法を緩和させるかのように魔法障壁が張り巡らされ、穴を開けようとした効果が周囲に拡散して窪みという効果に代わる。しかも、貫通させる気で使ったゼロスの魔法が相殺されたのだ。

 結果、大量の鉱物が混じった砂が岩壁の前に降り注いだ。


「なるほど………ね。これは厄介だ」

「何かわかったのか?」

「まだです。もう少ししたら、面白いものが見れるかと思います?」

「な、なに? 面白いものだと……」


 ゼロスを含む多くの職人たちの前で、それは起こった。

 ゼロスが魔法効果で生み出した砂が一斉に動き出し、再び岩壁に戻り窪みを塞いでゆく。自然にはあり得ない現象に誰もが息をのむ。


「おい……こりゃぁ……」

「嘘だろぉ、こんなに早く穴が塞がるのかよ……。マジでどうなってんだぁ?」

「地図はありますか?」

「なぁ、俺達は説明がほしいんだがよ……」

「地図を持ってきてください。この街を含めた周辺地図です。できれば他の街まで含まれていると良いんですがね。説明は地図を見て確認してから話しますよ」

「わ、分かった……おい、だれか地図を持ってこい! 俺達の命運がかかってんだぞ、さっさと動きやがれぇ!!」


 慌てて動き出す職人達だが、なにも20人以上で動く必要はなかっただろう。

 彼等が動転するほど、ここの工事は遅れているのだ。失敗すれば賠償金を払わなくてはならないのだから。職人達はそれだけ焦っているのである。

 何しろこれは国家事業であり、失敗する事は許されないのだから。

 ちなみにおっさんは、興味深い事が起きて面白そうな期待に思考がシフトし、拉致られた事を忘れていた。普通に考えれば犯罪である筈なのに……。

 もう一つ言えば、ゼロスが香がされたのはナグリがひと月もの間履き続けた靴下と、その臭いを増強する臭強液である。【状態異常無効化】のスキルも凶悪な悪臭の前では無力であった。

 拉致られた事を忘れて正解なのかもしれない。世の中には、知らなくても良い事がある。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 大量に持ち込まれた地図の数々。

 その中から大遺跡の全体図に近い物を選び、卓上の上に広げた。


「現在地はどのあたりになりますかね?」

「あぁ……大体はこの辺りだが、これで何がわかるんだ?」

「少し待ってください。ここが現在地だとすると……この岩壁は湾曲をしている訳か、ならば……」


 ゼロスは地図を睨みながらもインベントリーからコンパスを取り出し、木炭が挟んである部分を外周に当て中心点を探す。そして、おおよその位置を割り当てると、そのまま一気に円を描いた。


「おそらくですが、あの岩壁は魔法防壁の一種だと思われます。【ガイア・コントロール】と同質の魔法と魔法障壁の複合で構築されおり、いかに攻撃を受けようと魔法による効果は途中で相殺され、砕けた部分は再び再構築される。わかりやすく言えば、勝手に修復される壁ですねぇ」

「おい、あれが魔法による壁だというなら、あの内側は……」

「あの規模からして、おそらくは街があると思いますよ。旧時代のね……。この遺跡の明かりを灯すには相当な魔力が必要となる。その魔力をどこから持ってきたのか考えると、魔力はこの奥にある遺跡からだと思われますねぇ。でなければ辻褄が合わない……」

「「「「「遺跡、だとぉ――――――っ!?」」」」」」


 イルマナス大遺跡はドワーフが築き上げた遺跡である。

 その遺跡は見た限りだと湾曲した防壁で囲まれており、その外周には自己再生を行う岩壁が外部からの侵入を防ぐ目的で聳えている。外周に築かれた街から地下道が続き、その内の一つが他の街を経由していた。

 残念ながら街道として使うには遠回りになり、更に荷馬車などは通る事はできない。

 面白いのは、この遺跡はわずかに岩壁の内側から漏れ出した魔力を流用し、その魔力だけで町全体の明かりを補ってる事だ。そうなると、この内側には巨大な魔力溜まりが存在している可能性が極めて高い。

 魔力を流用したという事は、全滅したと思われた旧時代の魔導士がわずかに生き残り、このドワーフの町を築くのに協力していたのだろう。こう考えると疑問が消えるが、新たに別の疑問が出てくる。

『魔導士達は、どうしてこの地に来たのか?』という疑問だ。

 その理由が壁の内側にあるとゼロスは思っている。


「で? あの壁はどうやったらぶち抜けるんでぇ。何か方法があるんだろ?」

「外側からでは無理、どれだけ砕いても直ぐに再構築してしまう。どこかに入口がある筈なんですが、どこに埋まっているんですかねぇ……」

「おいおい、じゃぁ何かぁ? 俺達が今までやってきた事に意味がねぇてことかよ?」

「そうなりますね。あれだけの規模の障壁、僕でも構築するのは無理ですよ。おそらくは内部に魔力を送る施設があると思うんですが……」

「そこまで行って、ぶっ壊すのかよ」

「まさか! そんな真似をしたら、この街も地中に埋まる事になる。どうにか入り口を発見して内部に潜入し、遺跡ごと利用したほうが良いでしょう」


 だが、肝心の入り口が見当たらない。

 もし見つける事ができれば、生きた旧時代の遺跡が丸ごと手に入る事になる。

 その経済効果は馬鹿にならないだろう。


「問題は……どこに入口があるか、なんですけどねぇ」

「そこが問題かぁ~。ユンボ、お前は何か知らねぇか?」

「俺が知るわけねぇだろ! つーか、その手にした斧はなんだ?」

「なんでもねぇよ、気にすんな。ハハハハハ」

「そうか、ワハハハ……」


 未だに食い物の恨みを忘れていないナグリであった。

 それはさておき、ドワーフ達や他の職人達も口々に意見を交わし情報を共有すべく話し合う。

 一時間ほど時間が経過したところで、一つの結論が出た。傭兵達の行動がどうにもあやしいという事だ。


「えー……意見を全て統合すると、傭兵達は護衛依頼とは別にどこかへ狩りに出かけるとの事ですが、こんな地下世界で倒せるような魔物は限られています。ゴブに犬っころですが、それは殆ど倒している訳で、問題は別にあると思います。それがスケルトン!」

「カスな魔物だろ。そんなに重要なのか?」

「よく考えてください。ここは地下世界、葬儀の時は死者を壺に入れ、外で火葬してから葬っていたらしいですね。では、スケルトンはどこから来るのか? 答えは……」

「なるほど、壁の内側か……。じゃぁ、傭兵共はその事を俺達に隠していやがるのか?」

「それは分かりませんが、スケルトンがどこから来るかは、彼等の方が詳しいでしょうねぇ」


 想定外の事で工期が遅れたドワーフや他の職人達は、ゼロスの予想以上に苛立ちを抱え込んでいた。

 それがゼロスの一言で一気に吹き出す。


「そうか……。奴らが情報を隠してんだな?」

「こっちとら、仕事が進まなくて頭にきてんだ。ちょいと語り合ってこようじゃねぇか、拳でよぉ~」

「あぁ……奴らのことだから、国に報告したら稼げないとか思ってんだろうぜぇ」

「何せ未発見の遺跡だからな、これを逃したらお宝は手に入らねぇ……。舐めた真似をしてくれる」

「いくぞ、野郎どもぉ!! くそったれどもをシメに行くぞぉ!!」

「「「「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」」


 そう、ここは国家事業の現場である。

 仮に打算で情報を隠蔽していたとしたら、傭兵達は極刑にされてもおかしくはない。

 たとえその気がなかったとしても、スケルトンが現れる場所を特定していたら報告の義務がある。

 だが、職人達はそんな情報を聞いていない。こうなると国家権力を盾にし傭兵達を脅迫しても罪には問われない。何しろ罪を犯しているのは傭兵達だからだ。

 彼等の行いが国家事業を遅らせていたと判断されれば、運が良くて奴隷落ち程度で済まされるだろう。

 ナグリを含む大勢の職人達は、殺気立ちながら傭兵達を締め上げに向かうのであった。


「死人……出ないよな?」


 死人が出るかどうかは、傭兵達の態度次第である。

 しばらくして、遠方で怒声と叫び声が上がるのをおっさんは確認したのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 血生臭い叫び声は途絶えた。

 冷や汗を流しながら工事現場で待っていると、工事戦士達が鎖を引きながらこちらに戻ってきた。

 傭兵達を散々ボコボコにし、その上で鎖を使い雁字搦めにした後、引きずりながら戻ってきたのだ。

 実に良い笑顔を浮かべて……。彼らは、いつもいつでも本気で生きている。


「やっぱりか……」


 まるでひと風呂浴びてきたかのような爽やかさで、実に満足気である職人達。

 対する傭兵達は酷いありさまだ。顔面が倍に腫れあがり、人の骨格ではありえないほどに手足が曲がっていたりと、その苛烈な折檻は彼ら傭兵の心をへし折っていた。


『これ……傭兵を雇う必要があんのか? 職人だけでゴブやコボルトを駆逐できんじゃね?』


 あまりの腕っぷしの強さに、おっさんは疑問を覚えずにはいられない。

 何しろ、数の面でも職人の方が傭兵達よりも多いのだ。弱い魔物など楽勝だろう。


「おう、あんちゃんよ。やっぱりこいつら情報を隠していやがった。岩棚の奥に亀裂があるらしくてな、そこから骨共が来るみたいだ」

「そこから奥に行くと、歪んだ木製の扉があるみたいなんだが、奥に行った奴等は帰ってこねぇんだとよ」


 やはり遺跡があったようだ。


「扉……ですか?」

「あぁ、正確には防壁の上に作られた見張り台のような場所らしいんだが、木材の部分が腐敗して、その穴からスケルトンが湧き出てくるんだとよ」

「……国に報告をしておいた方が良いですかね。旨くいけば、その地下遺跡が重要な拠点になるかもしれません。しかし、スケルトンねぇ……」


 スケルトンが発生するという事は、その遺跡の奥に大量の遺体が放置されている事になる。

 そもそもスケルトンは魔物ではない。魔力の特性から来る現象の一つである。

 魔力は人の精神に干渉する働きがある。魔導士は魔法式を精神という波に乗せて、その術式を展開し現象として顕現させる者の事だ。対してスケルトンは元は死者であり、人が死ぬときに残した感情や記憶の一部が魔力に記録され、まるで意思があるかのようにふるまう。これがいわゆる死霊レイスである。

 レイスは長時間この世界に滞留していると、自然の自浄作用などで消滅してしまう。

 しかし、人の意思が込められた魔力は存在が消される事を恐れ、物質に宿る事で体を構築する魔力の損耗を抑えるようになる。それが死体にとりついた時にスケルトンへと変わるのだ。

 だが所詮は魔力体。時間をかけて人格は消え去るわけで、その人格を維持するために人を襲うようになる。それは全てのアンデッドも同様であった。


「いったい、どれほどの数がいるのか分かりませんが、入り口を広げて集団で相手にした方が良さそうですねぇ。被害がどれほど出るか分かりませんが」

「なるほど、遺跡の予測規模でも相当な広さだ。それでいくしかあるめぇ」

「てめぇら、獲物準備をしておけぇ!! またガチの戦いになんぞ!!」

「「「「「おぉ―――ー――ーーーーッっ!!」」」」」


 仕事が遅れたせいで、工事戦士達のストレスはかなり溜まりまくっている。

 その腹癒せをスケルトンを粉砕することで晴らす気でいた。


 その後ナグリを中心に、遺跡の入り口を掘り出すための組み分けが始まった。

 彼らは何が何でもこの仕事を達成させたいようである。溢れる熱意が止まらない。

 そしてもう、誰も止める事はできない……。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 結局この日、土木作業は中断する事となった。

 ナグリ達は問題の岩棚にある亀裂の下へと赴き、入り口を掘り出すための見積もりをせねばならない。

 現在この地に来ている土木作業員の半数だけでも充分対応でき、後は戦闘職に回す気である。何としてもこの問題を解決せねば、多くの土木会社は信用を失う。

 それ以前に、こんな中途半端な状況で仕事が未完のまま終わる事が許せない。彼らは全て誇り高い職人なのだ。自分の未熟さから仕事に失敗するなら悔みながらも納得できるが、今回は彼らに落ち度は全くない。

 外的要因による中断なので、どうしても自分達の力で解決しようとしていた。


『無茶にも程がある。なんてパワフルな人達なんだか……』


 暑苦しいまでにエネルギッシュな漢達。

 それがこのハンバ土木工業を含むガテン系の職人だった。彼等の辞書に妥協の文字はない。

 騒ぐ漢達を眺めながら、おっさんは暢気に茶を啜る。


 今ゼロスがいる場所は、数多い土木作業員のために作られた仮の宿舎である。

 そもそもドワーフの集落である町は、宿の数は限られている。とてもではないが大人数を賄える広さはない。そのために土木工達が試行錯誤の末に簡易型の宿泊施設を作ることを決めた。

 いわばプレハブ小屋のような場所に数十人が寝込むのである。


「ここは地中だから基本的に暖かいが、食料は持ち込み……。ドワーフはよくこんな場所で暮らせるなぁ~。食糧の自給はどうしてるんだ?」

「少ないが鉱石が採掘されるからな、その金で外から食料を買ってくんだよ」

「ボーリングさん、向こうにいなくて良いんですか?」

「ナグリの奴が仕切っているからな、大丈夫だろ。で、さっきの疑問の答えなんだが、最近は超速の宅配馬車が来て助かるらしい」

「……超速?」


 ゼロスの脳裏に、ご機嫌で爆走する一人のファンキーな召喚士の姿がよぎる。


「もしかして、スレイプニールの三頭引き馬車ですか? なんであんな危険人物に……」

「アイツの事か? 名前は知らないが重宝してるぞ。現場に早く着くし、この町も食料が運ばれてきて大助かりだ。何がマズいんだ? まぁ、言葉の意味はよく分からん奴だがよ」

「い、意外なところで奴が重宝されていた……。僕は、奴の悪い面だけしか見てなかったのか?」


 どの世界でも人には良い面と悪い面があるものだが、【ハイスピード・ジョナサン】は明らかに害悪だと思っていた。しかし、場所が変わると彼は人のためになる仕事をしていたようである。

 現実とは、何が起こるか分からないものだ。


「そのうち、大陸間長距離運送もやりそうだな。ギルドの運送馬車は化け物か……」


 正直、いつ休んでいるのか見当もつかない。

 馬鹿みたいな速度で街道を駆け抜け、更に狩場で魔物の運搬までこなしている。

 被害もあるが、それ以上に貢献度が高いように思えてきた。

 まぁ、馬でなく聖獣を使っているあたり、充分に化け物であるが。


「まぁ、最初はあまりに揺れるんで吐いちまったが、慣れると結構便利だな。普段は良い奴だぜ?」

「あんなテンションで爆走されたくありませんよ。たとえ普段が善人でも、あの速度はさすがに……」


 少なくともおっさんが製作した【廃棄物十三号】と同等かそれ以上の速度が出る。

 そんな物騒な馬車には二度と乗りたくはない。


「話はついたぜ、明日からマジで動く。ゼロスさんよぉ、悪いが骨共の制圧に回ってくれや」

「それは良いですが、遺跡への入り口は崖の中間くらいにあるという話ですよね? そこを掘り続ける気ですか、ナグリさん」

「一度は下見に行った場所だ。見積もりはある程度できている。俺の予想じゃ、半日もあれば入り口を発掘できんだろ。人海戦術は覚悟の上だ」

「いや、どの程度かは知りませんが、予想じゃ城門と同等の大きさですよ? 半日では無理でしょ」


 普通に考えて、20メートルを優に超すような崖を崩すことは、半日では難しい。

 だがナグリとボーリングは不敵な笑みを浮かべる。


「なぁ~に、あんな断崖なんか、3時間で綺麗に片づけてやんよぉ」

「うむ、俺達にかかれば、直ぐに遺跡の入り口とやらを掘り出してやるぜ!」

「おたくら馬鹿でしょ! そんな無茶な真似をして他の職人が……」

「奴らもやる気だ。見ろよあの顔、すげぇ餓えてるだろぉ? 最近まともな仕事ができなくて溜まってんだ」


 見ると職人達は、ヤケにギラついた眼で岩壁に向かい薄ら笑いを浮かべている。

 彼らは全員が仕事に命を懸ける職人、或いは重度の仕事中毒者とも言う。もはや言葉など無意味なのである。

 なぜなら、彼らは久しぶりの仕事ができる事に喜び、今からでもツルハシで掘り出したくなるほどに仕事がしたいのだ。

 彼らは健全に仕事がしたいだけなのだが、570名もの人間が一斉にニヤニヤと笑う姿は不気味である。


「言ってただろ。『俺達は仕事しか能がない糞虫だ』って」

「あれ、マジだったんだ……。どんだけ仕事が好きなんだ、この人ら」

「そうだな……。家族に愛想をつかされても辞められないほどに、俺達は仕事を愛している!」

「それじゃ、駄目でしょぉ!! 家族を蔑ろにしてまで仕事と優先ですかぁ!?」

「なぁに、家族なんざほっといても生きていける。死ぬ訳じゃねぇんだから仕事優先でも構わねぇだろ」

「ボーリングさん!? 何気にとんでもないことを言ってますよねぇ、駄目な父親発言ですよぉ!?」


 ごく普通の一般家庭の場合、仕事が忙しくて家族と疎遠になる事が多いが、それは仕事と家庭の時間がかみ合わない事で起こるすれ違いである。

 だが、ここにいる連中は自ら家庭を捨ててまで仕事を取る男達なのだ。認識が一般人と真逆なのである。

 普通なら仕事の合間に家族を思い、何とかして共に過ごす時間を取ろうとするのだが、彼らは意図的に仕事を優先して家族を捨てる。今まで何人が離婚したのか気になるところだ。

 もはや言葉はいらない。言ったところで彼等に言葉は届かないのだから……。


「明日の朝一から動くからよぉ、今日はゆっくり休んでくれや。遺跡内部の事はあんちゃんに任せたぜ」

「はぁ……わかりました。今日は精神的に疲れましたから、明日のために魔力を温存しておきますよ」

「頼むぜ、あんたは俺らの切り札なんだからよぉ」

「既に社員扱いされていたぁ、アルバイトの筈でしたよねぇ!?」


 この日、おっさんは自分がハンバ土木工業の備品扱いになっている事を知る。

 激しい頭痛に苛まれながらも、ゼロスはドワーフ二人に仮設宿舎の二階へと案内されるのであった。

 だが、結局は夜半過ぎまで眠る事ができず、次の日は寝不足で辛い朝を迎えるのである。

 原因は真夜中まで行われた大宴会で、ゼロスはドワーフが部類の酒好きな事を失念していた。そしてお祭り好きでもある。

 おっさんは、やはりゆっくり休めない。合掌……。



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