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おっさん、拉致られる。

 書類が積まれた書斎の中で、デルサシスは公務と商売の仕事を同時進行していた。

 そこには珍しくクレストンの姿もあり、何やら重い空気が漂っている。


「【メーティス聖法神国】がルーダ・イルルゥ平原に攻め込み、返り討ちにあったようですな。勇者岩田は最後に報告をした後、怪我のせいで死亡したらしいが……恐らくは消されたでしょうな」

「何やらキナ臭い動きがあるのぉ~、奴ら勇者騎士団の兵力は一軍だけでも我等を上回る。その騎士団が壊滅したじゃと? 考えられんな……。まして、相手は獣人族じゃぞ?」

「それについては面白い情報がありますね。何でも、獣人族側に【賢者】がいるとか。その情報源も既に確保していますよ。奴等に殺されてはかないませんから」

「相変わらずじゃな。お前はどこまで裏に精通しておるのじゃ? たまに怖くなるのじゃが……」

「全ては国を守るためです。私はね、父上……彼女が愛したこの国を守りたいんですよ。私にはくだらない国でも、彼女だけは自由で優しい国と言った。だからこそ生涯を掛けて守り通したいと思っています」

「そうか……。それより、仮にも現公爵が言うには些か問題発言ではないのか?」


 デルサシスの顔には本気の表情が見えていた。

 幼い頃から成人するまで、デルサシスは空虚な存在であった。全てを見通すような恐ろしく早い思考力は、少年時代の彼の心から子供らしさを奪っていた。それだけ彼は頭が良かったという事だが、それ故に貴族同士の繋がりが酷く醜く実にくだらないモノに見えていた。

 そんな彼が変わり始めたのは、イストール魔法学院に入学したあたりからである。良き友人に恵まれたと思っていたクレストンは、彼の性格が次第に丸くなって行くのを機に、有力貴族の娘たちとの縁談を決めてしまったのだ。だが、それが間違いであったと今は後悔している。

 デルサシスも理解はしている。公爵家に生まれたばかりに、彼は本気で愛した女性と生涯を共にする事はできない。それでもその女性、ミレーナを女給として雇い傍に置く事、で二人の関係を見守っていた。

 当時の事を思うと心が痛む。クレストンにも原因があるからだろう。

 余談だが、ミレーナと共にその友人ももれなくついて来た。この友人がクレストンすら頭が上がらない女傑になろうとは予想外だったりする。


「彼女が愛した世界を壊すのであれば、たとえ大国でも滅ぼして見せますよ。私はあの子の幸せを託されましたからね……」

「本当にやりそうで怖いぞ、デルよ……。すまぬな……儂が余計な事をしたばかりに」


 デルサシスは今の妻達と結婚する前から心に決めた女性ミレーナがいた。彼女さえいれば何もいらないとばかりに愛していたほどだ。

 だが貴族である以上は責務を背負う事になる。自由に婚姻が出来る訳ではない。そして、政略結婚もその責務の一つだ。

 国王からの紹介で避けられない婚約であったため、デルサシスは婚姻をせざるを得ず、彼に意中の相手がいる事をクレストンが知るのは話が殆ど決まった時だった。知っていたら何とか婚姻を止めていただろう。

 今の妻達との間に子供も生まれ、それでもミレーナと密かに隠れて愛し合う。そんな日々が長く続いた。

 しかしながら女の勘とは鋭いもので、デルサシスの逢引を察知され、ついには屋敷から距離を置かれる事となった。その時には既にミレーナは妊娠しており、生まれたのがセレスティーナだ。


 政略結婚の立場上、デルサシスが婚姻以前から他の女性と愛し合っていたなどと言う訳にはいかない。そのためにミレーナが謂れなき泥を一身に引き受ける事となる。

 だが、彼女はそうなる事を既に知っていた。自分が長く生きられない事すら受け入れていたのだ。

 血統魔法【未来予知】、未来を覗き見る力は代償として術者の寿命を削る。しかも制御が出来ないのであれば寿命は削られる一方であった。

 ミレーナの一族はこの魔法を世界から消し去るため、一族全てを犠牲にしたのである。

 そして、生まれてきたセレスティーナは未来予知の魔法を受け継いではいなかった。ミレーナを含めた一族の悲願が果たされたのである。

 デルサシスは未来予知の血統魔法の事は知っていたが、寿命に関しての事実を知ったのは彼女が死ぬ間際の事であった。ミレーナは死すら覚悟しており、セレスティーナの未来をデルサシスとクレストンに託して逝った。その死に顔は実に安らかなものであったという。


 デルサシスにとって世界はくだらないものであった。

 そんな彼に光を与え、同時に強く惹かれた女性を救えなかった事を悔やみ、それでも彼女に託された思いを叶えるために今も無茶な真似をしでかしている。いや、半分は趣味なのかもしれないが……。

 何にしても、デルサシスにとってセレスティーナの幸せは守るべきものなのだ。故に貴族連中を近づけさせないように色々と手を回していた。

 たとえ表立って娘を愛せなくとも……。

 

「過ぎた事です。イザベラもエリュステンも、私は愛していますからね。ですが、あの子には自由に生きてもらいたい。貴族のしがらみなどで束縛させたくはない」

「分かっておる。じゃからこそ、くだらない蛆虫を潰す覚悟は既にできておるわ。近付く蠅共を焼き尽くしてくれる」

「父上の場合は、少し行過ぎている気がしますがね……。それはともかく、ルーダ・イルルゥ平原に巨大な穴が穿たれたそうです。ベトルステン伯爵領のアレと同規模のらしいですが」

「何とっ!?」


 ひと月ほど前、ベトルステン伯爵領の山麓に突如として巨大な穴が穿たれた。

 その原因はおおよそ把握しているが、今回は別口であった。


「まさか、ゼロス殿と同等の者がいるという事か!?」

「恐らく……。同門、或いは弟子かもしれませんね。少なくとも賢者クラスでしょう」


 ゼロスがやらかした事は既にバレていた。

 いくら表向き『魔力溜まりの過剰反応爆発』と説明しても、デルサシスは魑魅魍魎狐狸跋扈する貴族社会で生きている。ゼロス程度の嘘は簡単に見抜くだろう。年期が違うのだ。

 当然、調査員を送り調べれば、ある程度の真実は調べ尽されてしまう。


「奴らの被害はどれほどじゃ?」

「兵力数が約一万、うち生き延びた者が453名。間違いなくあの国に敵対意思を見せていますね」

「賢者が神の国を敵とみなすか、どういう事じゃろうな?」

「おおよその見当は付きますが、何とも言えませんな」


 デルサシスは独自の情報網を持っている。

 その情報網はほぼ人の住む領域の全てをカバーし、その情報の全てが彼の元へと送られてくる。

 情報収集の過程はさておき、齎される情報の質は恐ろしく高い。


「ふむ……そろそろ、あの国に消えてもらいたいところなのじゃがな」

「それは同感ですが、今は難しいでしょう。面倒な連中がいますので」

「【四神教血連同盟】か……狂信者の集まりじゃろ? いざとなれば異端審問を逆手に潰せるのではないか?」

「それでは足りませんね。もっと大きな力があるなら別ですが」

「ふむ……とりあえずは静観か」


 今のところは情報収集を優先する事にし、次なる問題に目を向ける。

 これがまた面倒な問題であった。


「イルマナス地下街道の整備が滞っていますな。何やら硬い岩盤に遮られえているとか……」

「【ガイア・コントロール】でも無理なのかのぅ? あの魔法なら岩でも動かせはずじゃが」

「土だけなら問題はないらしいのですが、これは鉱物が含まれているようでして、魔法がうまく機能しないらしい。何でもミスリルやダマスカス鉱も含まれているとか」

「それ、鉱脈なのではないか? 掘り進める事はできんのか?」

「鉱脈ではないようですな。ただ、微量に含まれた鉱物が魔法効果を妨げているとか……実際にはどうなのか不明ですがね」

「ふむ……我等の切り札を使うしかないかのぅ」


 灰色ローブの魔導士が二人の脳裏に浮かぶ。

 ただし、これにも大きな問題があった。


「彼は今、別の村にいるようですな。孤児達を鍛えているようです」

「ふむ。では彼が帰宅してきた時を見計らい、頼み込んでみるとしよう」

「数日内に帰ってくるでしょう。あと、勇者達がこの国に入り込んだようです。彼等の方はどうしますか?」

「放っておけ、今はゼロス殿に無理をしてもらう他ない。報酬ははずんでおけばよいじゃろう。あの地下街道は我等にとって大事な手札じゃからな」

「相応に払いますよ。これは国家事業ですからな……こんなものだが納得してくれるか?」


 デルサシスは部屋のドアの方に向けて声を掛ける。

 そこには一人のドワーフが腕を組んで立っていた。


「良いぜ。んじゃ、俺は準備をしておくとすらぁ」

「期待しているぞ、ナグリ」


 髭面のドワーフは、にやりと不敵な笑みを浮かべた。

 ハンバ土木工業のナグリ。義理と人情・信義に厚く、そして口の堅い男。

 彼は常にHOTな現場に向かう現場主義者である。困難な仕事であるほど彼の魂は激しく燃え上がり、仕事が生甲斐の職人なのだ。

 そして、おっさんのいないところで物事は勝手に決められている。

 悪巧みは現場で起こるのではない、会議室――もとい書斎で行われるのである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 勇者と出会って三日目、ファーフラン街道からサントール街道に入り歩き続けること半日。ゼロスはようやく街に辿り着くところまで来ていた。


「疲れた……。なぁ、馬車に乗せてくれよ」

「いい若者がだらしないですねぇ。もっと覇気があっても良いんじゃないですかい?」

「無茶言わないでくれよ……金がなくて馬車が借りれなかったんだからよぉ~」


 だらしなく背中を丸め、重い足取りで歩き続ける勇者田辺 勝彦。

 彼等もサントールの街へ向かう道中を、仕方なしにだが一緒に行く事になったのだが、既に体力はないに等しい。いや、体力はあっても気力がない。

 その理由が馬車に乗っているのはルーセリスや子供達、ついでに女性神官達だけで、野郎共は歩く事になってしまった。

 勿論、休憩は入れるし荷馬車の交代もする。しかし男達は女性達よりも歩かなければならない。


「何で歩かなくちゃならないんだ……。勇者って、もっと待遇が良いものじゃないのか?」

「今更勇者ヅラしてもねぇ、僕から言わせてもらえば道化にしか見えないが? もっと早く気づいていれば、密かに革命の足掛かりはできたでしょうに」

「女は良いよなぁ……。優遇されてさぁ~」

「その甘えた根性が付け込まれた原因では? むしろそういう人間を優先的に召喚している可能性が高い。操るには最適な人材ですしねぇ。未成熟な年代は洗脳しやすいという事かな」


 レベルが高いはずなのに、勇者よりも神官達の方が足腰はしっかりしている。

 育った環境のせいなのか、自称勇者君は実に情けない姿をさらしていた。


「皆さんは随分と足腰が強いようで」

「我等は宣教のために各地に赴く事が多いですから、基本的にこうした長旅は慣れています。ただ、今回は勇者殿が贅沢をしまして予算が……」

「自業自得か……。こんな原因を作ったのは君自身が悪いんじゃないですか。予算を節約すれば、馬車ぐらいは借りれたでしょうに」

「畜生……俺の馬鹿」


 使った金は戻ってこない。後悔も先には立たない。

 結局は勝彦の考えなしの行動が原因である。同情すら出来ない。


「邪神探索を名目に、逃げてしまえば良いのでは? 国に戻っても扱き使われるだけだと思いますがねぇ、そして最後はさようならのパターン」

「出来るならそうしたけど、金がない。異端審問官って奴等は融通が利かないし、他国にも平気な顔で押掛けてくるぞ。アイツらは狂ってる」

「働けば良いんじゃないですかね? 傭兵にでもなって地道に稼げば、生きて行くくらいのお金は手に入るけど、君……働く気はないのかい?」

「………無理」


 贅沢な暮らしに慣れてしまった勇者に、傭兵のような極貧生活は耐えられないだろう。

 おっさんも一応言ってみただけだが、今の間で彼には貧しい生活には耐えられないと理解できた。

 過酷な現実から目を背けてきた結果がこれである。

 

「金がなければ俺は何も出来ないのか……。何で……何で、こんな事になっちまったんだろ」

「フッ……坊やだからさ」

「ここでそのセリフ!? マジでへこむから止めてくんないかなぁ!!」

「認めたくないものだな……勇者自身の若さゆえの過ちというものを。これが……馬鹿さか」

「人の不幸がそんなに楽しいかっ、そんなに勇者が嫌いかぁ!?」


 単に暇だから揶揄っているだけである。

 勝彦の無様な姿を横目におっさんは空を眺め、『釣りがしたいなぁ~』などとワリと関係ない事を考えていた。どこまでも自由人である。


「ゼロス殿……創神教とはどのようなものなのですか? 我等は今まで四神教の教義しか知らないものですから、多少の事は知っておきたいのですが」

「基本的には精霊信仰に近いかな。世界を創造したのが創生神、その神は見守るだけで世界に干渉する事は一切ない。生まれてきた事を喜びとし、糧となる命に感謝をし、種族関係なく手を取り合う事を良しとする。大まかに言えばこんな感じの宗教だったかな。余計なものが一切ない、実に穏やかな教えを説いていたらしい」

「そうなると、邪神と四神はいつ生まれたのでしょうか? 今の現状が生まれた背景が判りません」

「面白い話があったな、確か……『始まりの神、階位が上がりて世界を離れし時が迫る。残りし世界に新たな神を生み出すも、その神、醜悪にして無垢。ゆえに醜悪なりし無垢なる神を地に封じ、新たなる神が生まれる事を望み、四柱の精霊を代行者と立て神の力を与えん。されど四神、無邪気にして享楽。地に禍を振り撒き、世界を混沌に落としめん』だったかな? どこかの遺跡の石文に刻まれていたらしい。他にも似たようなものが発見されている。各地に伝承として語り継がれている例もあったな」

「なっ、それは……」

「つまり四神とは、与えられた責務を全うせず、好き勝手に世界に混乱を振り撒いているという事ですか!?」


 神官達には聞きたくない事実だろう。

 だが、歴史とは勝者が正当性を示すために好き勝手に改竄するものであり、敗者側の真実は徹底的に消し去られる事が多い。たとえ騙し討ちで勝利したとしても、後世には正々堂々と真正面からぶつかり勝利したと書かれる事が多々ある。権力者や宗教が絡むと大概の真実は闇に葬られるのだ。


「恐らく、創生神にも聖女のように神と交信できる者がいたんだろうねぇ。だからこそ、書物などに書かれた真相は焚書されたが、遺跡に刻まれた真実は後の世にまで残されている。魔導士も係わっていたみたいだねぇ」

「いったい、どこの遺跡にその文面が……。そんなものが残されていたら我等は………」

「さぁ? 何でも巨大な魔法装置の一部らしく、どこの遺跡かまでは知らないんですよ。たまたま魔導歴史書に記録されていた魔法式の中に組み込まれていましてね、それで気付いたんですよ。

 石文が重要な位置にあるので壊す事が出来なかったらしいですね。そんな遺跡が無数にあるみたいですが、残念ですが魔法文字で刻まれていますから、あなた方では読む事はできませんよ? 僕も本当に偶然気が付いただけですしねぇ」


 イストール魔法学院の大図書館に置かれた書籍の数々、その中の一冊に記録されていた大規模な魔法装置の魔法式。その魔法式に巧みに隠されていた歴史の真実は、四神の悪行を後世に伝えるためのカムフラージュだったのだろう。

 時は邪神戦争の真っ最中、未完成で終わったその施設は今では瓦礫と化し、不完全なまま放置された魔法式の中に真実を伝える記録として残された。

 元が何のための施設だったのかは分からないが、真実を伝える役割は果たしていた。


「邪神戦争の時には、四神教は既に力をつけて来ていた。邪神を封じた事で権威が確実になったんだろうねぇ、元の創生神教は彼等の手によって邪教として消されたんだろう。ただ、アトルム皇国だけは未だに創生神教らしいですがね。四神は都合の悪いものを早く消し去りたいようで、ククク……」

「ゼロスさん、なぜそんなに楽しそうなんですか? もの凄く邪悪な笑みなんですけど……」

「おや、一条さん。馬車に乗っていたのでは?」

「田辺の馬鹿と交代したわ。男の癖に根性がないのよ」

「辛辣だねぇ。まぁ、事実みたいだけど。神官達の方がよっぽど根性がある」


 もう一人の勇者、【一条 渚】がいつの間にかゼロスの隣を歩いていた。

 馬車に目を向けると、勇者勝彦は完全にへばっていた。本当に根性がない。

 変わりばえのない光景を眺め、のんびりと歩くのが辛いのだろう。この世界に自動車のような便利な物は存在しない。馬車ですら腰が痛むほど乗り心地が悪いのだ。


「正直、メーティス聖法神国には帰りたくない。今、帰れば処刑されそうだし」

「宿代はどうするんです? 予算がないと聞いてますけど」

「そ、それを言われると……」


 渚は正直どうして良いのか分からない。

 傭兵になるのも良いが、ガラの悪い連中は既に見飽きている。問題を起こす者達の殆どが傭兵崩れであり、渚も何度か捕縛した事がある。

 正直、傭兵のような血生臭い職業はやりたくない。


「我等は魔法治療で生活費は稼げますが、勇者田辺殿は……」

「ありゃ、働く気がないでしょ。随分と甘やかしたようで……、あれで生きて行けるんですかねぇ?」

「無理ね。仕方がないか、私もアルバイトを探すわ! 調査と布教を名目に滞在して、いずれこの国に亡命する」

「それが良いだろうね。何か、あの国が不利になるような事を手土産にすれば別だが……」

「ここが他国である以上、我々も資金を工面するんは難しいですし、しばらくは教会で雇われ治療師をするしかないですよ。勇者田辺は金遣いが荒いですし……」


 間違いなくヒモになる。おっさんは勝彦をこう評価した。

 ゼロスも公爵家で色々情報を集めている。勇者の権威を振り翳せば間違いなく外交問題に発展するだろう。そうなれば彼は勇者ではなく他国の不法滞在者として処罰され、メーティス聖法神国はあっさりと勝彦を見捨てるのは間違いない。

 役に立たない勇者は必要とせず、使える連中を優遇すれば良い。


「彼は気づいてないな。このまま他国で問題を起こせば、簡単に捨てられる事を」

「勇者が使い捨ての駒なら、当然あの国はそうするわね。今まで他国で好き放題できたのは、勇者という軍事力を見せつけるためのものだろうけど、事態は悪い方に向かってる予感がする。馬鹿にされるのも癪だし、何とか反撃の手札が欲しいわ」

「彼は足を引っ張りそうだけど? 胡散臭い状況なのに、未だに勇者の権威を頼ろうとしてるし」

「我々も危険ですよ。異端審問官に目を付けられたくはないですし」


 勇者達の周りにいる神官達は、誰もが小さな教会で修行をした組織の末端に過ぎない。

 つまりはどこで消えても構わない使い捨ての駒である。ある意味では勇者達と一蓮托生、だが田辺君はその事を今ひとつ理解してはいなかった。

 理解する知識はあっても、応用できない残念な現代人だった。完璧なマニュアル人間なのだ。


「長いところ宣教師として修業してたんですよね? ならば他国情勢の細かい部分も知っているのでは? その中からメーティス聖法神国に都合の悪い情報を伝えて、他国の権力者に便宜を図ってもらえば良いのではないでしょうか。後は『あの国には戻りたくない』と訴えれば、意外に受け入れてくれるかもしれませんよ?」

「確かに……セラスタ国で疫病が蔓延した時、神聖騎士団が応援に行きましたが、実際は民を見殺しにして焼き払いましたからね。何でも『既に生者はおらず、これ以上病が広がらないように街を焼き付くしかなかった』と報告しましたよ。実際は救う価値がないと見捨てたました。元よりメーティス聖法神国には懐疑的な国でしたし、他国のために動いたという実績が欲しかったのでしょう」

「それを証明する事はできますか?」

「我々も参加させられましたよ。苦しむ人々を見捨て、街を焼き払う光景が未だに脳裏から離れません。今でも夢でうなされます……」


 他の神官達もしきりに頷いている。

 ただ彼等は異端審問を恐れ、告発する事が出来ないでいた。

 宗教の教えとは別に、狂信者達の恐怖によって彼等を縛り付けているようである。

 彼等を勇者の下に付けたのも、戦闘の中で一人でも多く目撃者を始末したかった狙いがある。死の恐怖は神官達の口を閉ざさせ、勅命により命の危険がある場所へ送り込まれる。

 死んでくれても構わない人選をしたのであろう。


「難儀だねぇ……神も仏もありゃしない。所詮は人の罪か。おっ、街の外壁が見えてきましたね。あと一時間くらいで街に入れますよ」

「何で一時間も掛かるんですか? 歩いているだけでも20分はかかりませんよね?」

「仮にも公爵家直轄領ですよ? 当然ですが、外からの侵入者に目を光らせているでしょう。検問で列ができてますから、大体それくらいの時間がかかる。情報は大事ですよ、一条さん」


 サントールの街は、街から出るだけなら検問は受けない。

 仮に検問を受けたとしても、大抵が大荷物の商人馬車だ。傭兵や個人で商いをする旅商人は、多少詰問されるだけで直ぐに街へと入る事が出来る。

 だが、勇者一行となると色々問題が出る事は間違いない。


 色々とあったが、おっさんは街へと戻ってこれた。

 帰ったら風呂に入って、冷えたエールで一杯やろうと考えるのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「……と、いう訳でして、これがモブ村のストーカーです。帰ってくる途中で襲われましたので、簀巻きにしておきました」

「一応傭兵ギルドからも報告を受けているが、よく無事だったな。調べたところ、前科三犯の人殺しだぞ?」

「一度、縄から抜け出して女性神官達に襲い掛かったのですがねぇ、返り討ちにあって少し痛めつけられましたよ。飛び上がりながら全裸になるなんて、リアルで初めて見ましたねぇ」

「どんだけ女に飢えてやがるんだ、コイツ……。つーか、これは少しの範疇を越してないか? まぁ、犯罪者だから良いが」


 傭兵ギルド所属の荷馬車御者は、どうやら立派な犯罪者だったようだ。

 二度ほど野営をした時にロープから抜け出し、ルーセリスを含めた女性神官達のテントにル○ンダイブ敢行。しかしながらルーセリスのモーニングスターが炸裂し、彼は再びお縄になった。

 その後、女性神官達に散々殴る蹴るの折檻を受け、やっと大人しくなったのである。その時のスト-カー男は実に幸せそうだった。今では全身が腫れ上がっている。

 そんな犯罪者をおっさんは衛兵の詰め所に突き出していた。


「被害者女性の身内と国から、懸賞金が出ている。生死問わずだったんだが、意外に早く捕まったな」

「傭兵ギルドは身辺調査をしないので? 犯罪者が職員に紛れ込んでいたなんて、とんだ失態でしょうに」

「あそこは職員の審査が緩いからな。元より荒くれ者が多いから、小さな事じゃ動じる事はない」

「殺人者はおおごとでしょ、偽名で職員登録でもしたんですかねぇ?」

「さぁな、叩けばまだまだ埃が出そうな気がするし、それは俺達衛兵の仕事だ。しっかり調べてやるさ」

「お任せします」


 懸賞金はルーセリスや他の女性神官達と分けられ、細やかながらの臨時収入となった。

 今後の生活に難儀している神官達には良い収入になるはずだが、自分に甘い勇者勝彦がまた馬鹿な真似をしそうな気がする。

 もう一人の勇者が苦労しそうな予感がするおっさんだが、取り敢えずは静観しておく事に決めた。


「僕はとりあえず馬車を返して来ますが、ルーセリスさん達はどうします?」

「私は他の神官様達を教会へ案内しようかと、この子達は……」

「オイラ達は打ち上げの準備さ!」

「ついでに今後の訓練内容を話し合うよぉ!」

「某達は未熟さを知った。次に生かすために鍛えるつもりだ」

「肉を食べるんだ。自分の稼いだお金で肉を……」

「俺達は大丈夫だよ。この街は俺達の庭さ、人気のないところには絶対に行かないし」


 本当に逞しい子供達である。

 未来に向けて、彼等は反省会と打ち上げをやるようだ。この逞しさをどこかの勇者にも見習ってほしいと願わずにはいられない。

 その後ゼロスは馬車を傭兵ギルドに返しに向かう。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 食堂で軽く食事を済ませた後、ゼロスは自宅に戻ってきた。

 長旅と言うほどでもないが、何もない森に囲まれた街道を三日も進み続け、精神的には参っている。

 おっさんもまた現代の日本人、当然ながら便利な交通手段に慣れた者であり、田辺君の事を言えない立場であった。違いを言えばゼロスの方が我慢強いという事であろう。

 何にしてもゆっくりと休める。この時まではそう思っていた。


「よう、あんちゃん。帰ってきたかい?」

「ナグリさん? それにボーリングさんも……どうしたんですか?」

「さぁ、いこうか」


 家の前で待機していたナグリが、実に良い笑顔でおっさんの腕をガッチリと掴む。


「い、行くって……どこへ?」

「なぁ~に、直ぐそこさぁ~。行こうぜ、あんちゃん」

「だから、どこへですかぁ!?」

「良いところだよ。一緒に良い汗を流そうぜぇ~、共に橋を作った仲じゃねぇか」

「ま、まさか……」


 そのまさかである。

 ハンバ土木工業が動く時、そこには困難な仕事が待っている。土木作業と言う修羅場が。

 土木工事とは自然との闘いである。

 地形を生かし、自然を生かし、最高の建築物を造り上げる。ハンバ土木工業はそのエキスパートだ。

 答えなど既に分かり切っていた。


「良い現場だぜぇ~、実にやりがいがある。楽しい、たのちぃ~お仕事が待ってるぜぇ♪」

「仕事は良いぜぇ~、困難な仕事をやり遂げた後の達成感は癖になるもんだぁ~」

「僕は休みたいんですよ、疲れているのにいきなり肉体労働は……」

「気にすんな。寝ている間に現場に着く。それまで充分に休めるさ……なぁ?」


 ナグリが首を向けた先には、どこかで見た馬車が待機していた。

 今まで気づかなかったのは魔法かスキル、あるいは両方の効果であろう。問題は、その馬車に見覚えがある事だ。


「早く乗れよ糞親父共、俺は走りたくて我慢できねぇんだぁ~! 早く俺を楽しませてくれやぁ!!」

「ハ、【ハイスピード・ジョナサン】……。何て奴を雇うんですかぁ!!」

「コイツが一番早いんだよ。良いから乗れよ……おっと、こいつを使うのを忘れていた」

「モガッ!?」


 布切れを口元に当てられ、おっさんの意識は次第に遠のいて行く。

 その布切れには、何らかの液体が染み込まされていたのだろう。完全に誘拐の手口である。


「頼むぜ、兄ちゃん。超特急で現場に向かってくれ」

「おうよぉ~、ヒヘへへ……最近は忙しくていいねぇ! 股間が乾く暇もねぇ、サイッコォ……ウにハイテンションだぁ!! 爺共ぉ~降り落とされんじゃねぇぜぇ? ご期待通りに超速でイカせてやんよおぉ!!」

「頼もしいじゃねぇか、任せた」

「うむ、今日も頼むぞ」

「おぅけぇ~♪ 任せておきな。今日も痺れるBeatを奏でてやんぜぇ、ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」


 馬車は走り出す、いきなり超スピードで……。

 こうしておっさんはドナドナされたのである。


『『『Hya―――――――――s、Ha―――――――――――s!!』』』


 イカレタ三人の声と共に……。


 ハイスピード・ジョナサンとハンバ土木工業は、妙に相性が良かった。

 彼等は目指す、よりHOTな工事現場へと。一人、不憫なおっさんを荷台に乗せて………。

 熱い血潮が滾る現場が彼等を待っている。

 

 彼、ハイスピード・ジョナサンのおかげで、ここ三ヶ月ハンバ土木工業の業績はうなぎ上りである。

 何しろ彼等が赴く現場に誰よりも早く到着するので、当然仕事を始めるのも早くなる。異常な速度で工事を始めるハンバ土木工業の業績が上がるのも当然だろう。

 イカレタ召喚士が超高速タクシーとして重宝されている事をゼロスが知るのは、現場に着いてからの事であった。何にしてもゼロスは肉体労働の現場に連行されたのであった。

 おっさんはゆっくり休めない。



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