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おっさん、調べものをする

 始まりに虚無があり。

 無限ともいえる時間が過ぎ、虚無の世界に一柱の神が降臨する。

 虚ろなる闇の世界に杖を突きたて、そこに光が生まれた。

 光の下に炎が生まれ、その炎に剣を突き立てると大地が誕生する。

 大地は炎に包まれており、その炎に書を投げ込むと水が生まれた。

 水は大地を潤し、その水に盾を翳すと風が生まれ、一つの世界が誕生する。

 世界が誕生すると、その世界に天秤を置き、そこから摂理が生まれた。

 やがて多くの命が生まれ、世界は楽園へと変わる。

 楽園はやがて知恵ある獣が生み、その獣は世界の各地に広がり、命の種子は広がって行く。

 その命は姿を変え、やがては集落を作り、各地で集まる事で国が生まれた。

 欲望が生まれ、戦争が生まれ、憎しみが生まれ広がって行く。

 憎しみは円環を作り、その円環は終わる事はない。

 その憎しみは災厄となり、いずれはこの世界を覆い尽すであろう。

 終焉を呼ぶ大いなる戦いに勝者は無し。

 大地は血で赤く染まり、屍の山が築かれ、物言わぬ廃墟が見守るのみ。

 やがて、生きとし生ける者は消え去り、多いなる者達の失笑をかうだろう……云々。


 ありきたりな宗教概念に溜息しつつ、おっさんは種族間の伝承を記した本を閉じた。

 大図書館の棚に並べられた本は全て写本であり、宗教的理由から改稿された者を含めると大量に存在する。そこを大図書館の職員に聞き、幾つかの本を選んで読みふけっていた。 

 

「……何か、創世神話って似たような話が多いなぁ~……。最終的には種族間の戦争に到達するし、どうして最後は最終戦争で世界が消滅するって話になるんだろうかねぇ? 捻りがない……最終的に人の考える事は、結局のところ同じなのだろうか?」

「おじさん……それを言ったらお終いだよ? おじさんは世界の最後に何を求めてるの?」

「長い戦いのせいで頭の中が愉快な事になり、全裸で踊り狂い『レベル1万のスライムをパルプンテを使って倒し、新世界の神に俺はなる!』と豪語しながら、○ビルの塔からダイブし、海老ぞり大回転で地面に激突した後に銀河鉄道に乗って、カンパネルラと酒を飲みながらいい旅夢気分で旅を続け、やがて開眼を果たし機械の体を手に入れて黒い勇者王と戦い、120パーセントを超える完全な勝利を覆された挙句に、ドブの中で一人寂しく消えて行く事でしょうか?」

「捻り過ぎ、カオス!? 訳が分からないよ! どんな世界の終わりなの!? おじさんはそれを本当に求めているのぉ!?」

「そんな訳ないじゃないですか。世界が終わる頃には、僕は既に死んでますよ」

「それ以前に、そんな訳の分からない世界の終わりなんて嫌なんですけどぉ!?」


 大図書館で創世神話から調べ始めたゼロス。

 その書物の殆どが四神教の神話で、ファンタジーの定番のような内容なので逆に胡散臭くなり、それ以前の古い種族間の伝承を調べるようになった。

 結果、創生神は世界を構築したが、世界を作り出しただけで後は見ているだけの存在である事が判明。四神のように信託など一切出さず、世界を見守り続ける神であるとされているものが多かった。

 だが、創生神教の教義に四神の事は一切書かれておらず、四神がどこから来たかまでは分からない。


「まぁ、どこの経典や神話でも最後にラグナロクになるのは良いとして、どこにも邪神の事が書かれていないのはおかしい。前の戦争で大規模な被害を齎した存在なのに、それ以前にどこから来たのか謎のまま」

「四神も邪神戦争から姿を現すんだよね? なら、邪神も四神もこの世界に最初からいないとおかしいよね? 異世界から邪神が来るなんて話もあるけど、世界の理が違うのに邪神が時空を切裂いてこちらに来れるのかなぁ?」

「勇者を召喚したという話もありますが、これも邪神戦争以降の記録で書かれていて、それ以前に勇者召喚が行われた記録がない。それに、勇者の名前がなぁ……」

「36人もいた勇者、その中でかろうじて名前が残されているのは数人だけ。【ダイスケ・キンジョウ】、【ユキ・ミナサワ】、【ヒロシ・ヤマモト】……日本人だよね?」

「間違いなく……ね。だが、僕は地球で大規模に人が行方不明になった事件に記憶はないなぁ。もしかして、別の次元軸の地球からかな?」

「そうなるんじゃない? 数人ずつ別の世界から召喚しても効率は悪いし、一つの世界から召喚した方が手っ取り早いよね。それも同じ場所で一括に……」


 断片的に残された記録にある勇者達の名前、それはどう見ても日本人であり、36人も同時に召喚された事から同じ世界から呼び出されたと考えた方が自然だった。

 魔法製作者の観点から見て、異なる世界から数人ずつ呼び寄せるとなると必要とするエネルギー的な問題で何度も召喚を行うのは非効率的。次元に穴をあける訳だから召喚術の制御も難しいと思われる。


「この召喚術は四神から与えられたと書かれている。旧時代の文献も少し読みましたが、次元に穴を開ける様な魔法は存在していない。つまり、四神に召喚魔法を与えられたのは正しいと思っていいのかねぇ? それ以前にこの召喚魔法、人間が制御できるのか?」

「見て調べない事には難しいよね。私には無理だけど……問題はやっぱり邪神かぁ~。この邪神、本当に何なんだろうね?」


 記録では邪神はいきなり現れ、魔物や多くの種族を根こそぎ食らい尽すかの様に、無差別に暴食の限りを行っていたとされている。

 倒そうにも一撃で山は消し飛び、海は煮えたぎり、空間が裂かれたとまで書かれていた。


「邪神、無敵ですよねぇ? 良く封印できたもんだ。普通なら無理でしょ、これは……。アニメじゃないんだから」

「やっぱり、努力・友情・勝利かな? 工夫して何とか追い詰めていったとか?」

「伝承に書かれている事が本当なら、知恵と勇気でどうこう出来る相手ではないですよ。実際戦いましたが、アレは厄介だ。状態異常効果は完全無効ですし一定の属性魔法は完全に無効吸収、攻撃に溜めがありませんからいきなり極太レーザーを撃ち込んできました。何度死んだか分かりませんよ、特に第三形態が凶悪です。超広範囲破壊魔法【闇の裁き】と、全方位拡散殲滅攻撃魔法【汝等に死の花束を】なんてヤバイ攻撃を連続して叩き込んできます。まともに戦っては勝てませんて」

「少なくとも、レベル1000越えじゃないと相手に出来ないんだよね? 勇者達って、そこまで強かったのかなぁ?」

「神具を使って封印したと書いてありますが、封印の最中にその神具が壊れたらしいですよ? 脆いですねぇ、神具……。しかも、四神は一切手を出していないんですよ。邪神にねぇ……」


 この時点で四神と邪神の力の格差が判明している。四神では邪神に勝つ力がなかったと取れる。

 つまり、邪神はそれ以上の高位な存在という事になるのだ。


「お約束で、世界の安定のために力を使っていたとか? 他の教典にもそう書かれているよ?」

「そうとは思えませんねぇ、何しろ異界召喚魔法を残しています。世界の安定を考えるほど知恵があるなら、異世界からの召喚魔法は自然の摂理に反する代物じゃないですかねぇ? 回収していない以上、世界の安定なんてどうでも良いと考えているとしか思えませんよ」


 異界召喚魔法はこの世界に残されたままであり、今も利用されている。

【メーティス聖法神国】が現在最高の権威と戦力を保有した国であり、その戦力の大半を勇者達やその末裔が占めている。しかもこの世界の住民より遥かに強いレベル500が多く存在しているらしい。

 戦力値で言えばこの世界で最大の戦力保有国であり、各国家も迂闊に戦争を仕掛けられず、それでいて無茶な要請をして来るので腹立たしい国でもあった。

 まぁ、ゼロスにとっては相手にならない存在だが、警戒しておくに越した事はなかった。


「まぁ、あの神様だから……火の女神【フレイレス】、風の女神【ウィンディア】、水の女神【アクイラータ】、大地の女神【ガイラネス】。メールの内容からだと、かなり無責任な女神達だと思うよ?」 

「適当過ぎるんですよねぇ……。まるで、妖精みたいな性格ですよ。享楽的で好奇心旺盛、そして無責任。傍迷惑で厄介な邪魔者。そして無性に腹が立つ。自分勝手でその場の思い付きで行動する悪魔……奴を思い出す」

「あー……妖精て、そんな性質だったよね。良くアイテムを盗まれてピンチになったし……」

「僕は見つけ次第、問答無用で殲滅してましたけどね。見た目は可愛らしいが、小さい体に悪意を満載したタチの悪い連中だから、つい鬱陶しくなって焼き払いましたねぇ。魔物扱いでしたし……」

「おじさん、酷い……」

「妖精の魔石である【妖精の珠玉】は美味しい錬金素材ですからねぇ、稼げましたよ。集落ごと範囲魔法【ガンマ・レイ】で焼き払いましたし……。あの時は貴重なエリクサーを複数盗まれましたから、正直ムカついていたんですよ。レイドボスとの一戦を控えてましたし……良く勝てたなぁ~、べヒーモスに……」

「べヒーモス!? 無謀だよ、おじさん!! 本当に良く勝てたよねぇ!?」


 範囲魔法【ガンマ・レイ】――雷系魔法【プラズマ・レイ】の強化魔法である。

 ガンマ線は物質を透過し、直接内部に大ダメージを与える事が可能なので、半実態の妖精達も問答無用で滅ぼす事が出来た。

 何しろ妖精の体は魔力とチリなどの物質で構成されているので、捕まえようとしても直ぐに消え、アイテムなどを続けて強奪されると迷惑極まりない。魔力体から物質を排除する事で透明化し、逆の手法で実体化するから神出鬼没。

 だが、【ガンマ・レイ】はその魔力体にも大打撃を与える事が可能で、妖精の身体を構築している魔力体に、強引に許容量以上のエネルギーを撃ち込む事で倒す事が可能。妖精には凶悪な魔法だったに違いない。

 妖精は自身の魔力と対消滅を起こし消滅する事になる。しかも透明化して逃げようにもガンマ線はエネルギーそのもの、魔力体でも確実に直撃し決して逃げられないのだ。

 人間に撃ち込めば瞬時に血液が沸騰し炭化してしまう。生物なら即死であろう。放射線被爆が怖いところであるが、魔法は魔法式で設定を変えられるので放射線被爆を無効化できる。

 妖精は魔力も高く、魔法による攻撃があまり意味をなさないが、この魔法は妖精の特性を無視して滅ぼせるのだ。何しろ魔力障壁すら透過する。

 当時のおっさんは度重なるアイテム強奪に腹を立て、小さな悪魔を滅ぼすべくこの魔法を生み出した。製作した経緯は兎も角、その威力は悪意が込められているとしか思えない程に凶悪であった。

 いや、悪意しかないのかもしれない。実際この世界で使用すれば、どんなヤバい効果を発揮するものなのか分からない禁呪魔法でもあった。


 余談だが、この世界で妖精はれっきとした種族として認められ、不用意に殺す事が出来ない。

 それを笠に妖精達はタチの悪い悪戯を続けるので、普通に暮らす人々には実に迷惑な存在であった。

 中には妖精に子供や家族・友人を殺された者達も多く、擁護している【メーティス聖法神国】を恨んでいる者達も多い。

 妖精の悪戯による被害者は意外に多いのである。


「待って……【メーティス聖法神国】は妖精を擁護しているんですよねぇ? という事は……」

「四神は妖精王!? まさか……妖精王は確かに強いけど、女神と言われるほど強い力はないよ? レベルも最高で限界値の500止まりだし、もしかして噂の【限界突破】!?」

「あり得なくはないですが、異世界に干渉する程の力があるとは思えませんねぇ。何かが足りない気がします……。女神と呼ばれる程に世界を管理できる力など、とても妖精王が制御できるとは思えませんよ。精霊王なら解りますけど……」

「だから四人いるんじゃない? それぞれに分割管理して、負担を軽減しているとか?」

「なるほど……そう考えると辻褄が合うか……。妖精を擁護するのも同族だから、あり得る話ですねぇ」


 憶測は立てられる。しかし確証がない。

 状況証拠ばかりで真実は以前として闇の中、仮に四神が妖精王だったとして、その四神に世界の管理権限を与えた者は何者なのかも謎である。

 恐らく創生神だと思われるが、もし四神が精霊王なら彼女達に力を与えたのか理由が分からない。

 そして、邪神の存在も依然として謎のままであった。


「邪神が女神だとメールで書かれていましたが、仮に邪神が女神だったとして、この世界の管理権限を持っていないのは何故なんだ? それどころか世界を滅ぼそうとしたし……」

「ひょっとして、創生神が失敗したんじゃない? 自分好みの女神を作ろうとして、結果訳の分からない不気味生物になったとか? それを恨んで世界を壊そうとしたなんてね。あはははは」

「まさか、そんな筈がないと思いますがねぇ。だとしたら嫌な話ですよ……ハハハ」


 否定できる要素はないが、あまりに情けない話である。

 だが、真実が分からない以上、ここで憶測を並べても意味はなかった。

 予想の正否は兎も角、この図書館で調べられる事は済んでしまう。


「じゃ、本を棚に戻して戻りましょうかねぇ。お腹も空きましたし、どこかで食事にしましょう」

「賛成♪ いやぁ~疲れたぁ~。情報取集て、実際にやると時間がかかるよね。ゲームとは大違い」

「現実はそんなものでしょう。まぁ、街の住人が遺跡の秘密なんかの情報を知ってる時点で、【ソード・アンド・ソーサリス】の世界も違和感がありますけどね。『そんな貴重な情報をどこで手に入れたんだ?』て、何度も疑問に思いましたよ」

「確かに……考えてみれば変な話だよね。仮にあの世界がゲームでないとしても、あの親切設定は少し異常だと思う。他のゲームの世界観も、考えてみれば見れば変だよね」

「勇者も他人の家を漁ってアイテムゲットしてますから、ゲームの世界は非常識な事が多いでしょうねぇ。何で廃墟に強力な武器が保管されているんでるんだろ? 持ち出すのを忘れていたとしても、かなり損をしてるし、現実に考えて妙な話が多いですよねぇ?」

「あー……あるある! 所詮はゲームだと思っても、現実に置き換えるとあり得ないよね。普通に考えて、勇者のしている事って泥棒だし、バレたら間違いなく捕まるよ」 


 やる事を終えたおっさん達は、RPGの『あるある談義』を始めていた。

 確かに、ゲームの主人公達は他人の家から堂々とアイテムを確保したり、許可も無いのに城から貴重品を勝手に持ち出している。

 これを現実に置き換えると、勇者の名のもとに好き勝手にアイテムを接収している事になる。国が許可を出しているのだとしたら些か問題のある事だろう。

 所詮は架空の世界だとしても、今のおっさん達は現実にファンタジー世界の中にいる。しかも、実際にゲームと同様の真似をすれば犯罪者になるのだ。

 実際奴隷ハーレムを作ろうとして、自分が奴隷になった同郷の者もいたりする。現実は世知辛い。


「他人の家に無断で侵入してますし、アレって住居不法侵入ですよねぇ? 良く通報されないものですよ」

「そうそう! しかも家に不審者が侵入して部屋を漁っているのに住人は親切に情報を教えてくれるし、『どんだけお人好しが多いの?』って思った。場合によっては家族の遺品である武器をくれたり」

「ありますねぇ。しかもその武器、次の街で売っちゃうんですよねぇ」

「それか、既に同じ武器を持っていたりするんだよね。せっかく懸命にお金を稼いで買ったのに、ただで手に入るってどういうこと? あの時は凄くガッカリしたよ。他に装備できるキャラがいないし」

「ありますねぇ。他にも、イベントで主人公の命を守ってその武器が壊れたりして、『壊れた武器はどっち?』みたいな。後で改造されて強力な武器になるけど、あまり使わずにお蔵入りするんですよねぇ。

 普通に考えて、壊れた武器を直すなら新しく作った方が確実。なんで鉄屑を再利用? 経費削減?」


 他愛のない話をしながらも、二人は棚から持ち出してきた本を抱え、元の位置に戻して行く。

 中には古書の保管庫まで赴かねばならなかったが、周囲の迷惑を顧みず騒ぎながら棚をはしごする。

 幸にも大図書館の利用者は少なく、不快に思われる事はない。

 ただ、図書館の職員だけがもの凄く怖い顔で二人を睨みつけていたが、おっさん達はそれに気づく事はない。迷惑に思うのは、何も学院生だけではないという事を忘れている二人なのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇   ◇


 セレスティーナは少し離れた場所で魔法式の構築をしていたが、ゼロスと楽しそうに話し合いをしながら調べものをするイリスが少し羨ましかった。

 学院に戻って来てみればミスカはおらず、書置きに『旦那様に呼ばれました。探さないでください』と書かれていて、正直困惑していた。

 幸い身の回りの事は自分で出来たが、一人寮の部屋にいるのは寂しく、いつもの日課である大図書館で時間を潰していたのだ。孤独には慣れていたと思っていたのに、時折悲しくなって来る。

 そんな訳で、いつもの日課である魔法式の構築。積層魔法陣の試作を行っているのだが、上下の魔法陣の大きさが少しでも異なると、その間に挟む術式処理の魔法陣に不具合が生じる。

 この魔法陣の難しいところは、複数の異なる指令魔法式を分割し、全てを一つに重ねる事で積層型の魔法陣を構築する事だ。わずかなズレが負荷となり、それが魔力の運用効率に影響を及ぼす。

 複数の魔法陣に刻まれた魔法式も、効率化する上で魔法式の密度が異なり、均等の大きさに魔方陣を構築するのが難しい。


「やろうと思えば円錐形状に構築する事も出来るらしいですけど、魔法式を書く魔法陣に分割するのが難しいです……。術式をどう配置すれば良いのかも考えなくてはいけませんし、平面魔法陣より難易度が高いですね」


 今製作している魔法陣は中級魔法である【ライトニング・ショット】の改良版。

 複数のプラズマ弾を撃ち出す範囲魔法で、正面方向にしか攻撃出来ず、接近戦に持ち込まれれば広範囲に広がる前に攻撃を受ける事になる。ただ、撃ち出す前は大きめのプラズマ球が形成されるので、これを複数浮かべれば防御に転用できるのではないかと考えた。

 何しろ範囲で撃ちだされるのと、撃ちだす前のプラズマ球とでは一撃に対しての威力が異なる。

 プラズマ球は威力は大きいが単発で、範囲魔法として打ち出されれば無数に分裂し、一発の威力はかなり落ちる事になる。更に攻撃の際の性質も変わり、プラズマ球では爆発、【ショット】は貫通と撃ち出す前と後では違う魔法なのであった。

 その魔法式に自然界の魔力を利用する術式を加えると、やけに歪な円柱の立体魔法陣が出来てしまう。

 制御術式の大きさを踏まえ安定した形状にせねば、魔法を使う際に術者の負担が逆に増えてしまう。最悪、一度魔法を使うのに必要となる魔力が倍に増えてしまうかもしれない。

 セレスティーナはそのバランスを取る事に難儀していた。


「どこかで魔法式を詰めないと、積層魔法陣が歪になりますし……負荷を軽減するにはどれを集約すれば良いのか」


 講師陣営は魔法式の解読が出来ず、相談する事は出来ない。

 ツヴェイトは自分と同様なので二人で悩みだして先に進まず、現在はウィースラー派の会合に出席していた。クロイサスは現在この大図書館内にある実験室で、新たに発見された【???増強剤】の調査を行っている。

 なぜ大図書館内に実験室があるのかと言えば、資料がこの図書館内にある以上、態々離れた研究棟に本を持って往復するのは非効率だからである。

 調べながら研究するにはこの大図書館は良い場所なのだが、他の学院生が利用する以上時間制限が設けられており、長時間利用するには予め手続きが必要なのだ。

 幸い同じサンジェルマン派の知人が予めこの場所を借りており、便乗する形で研究室に入り浸っていた。クロイサスは意外にちゃっかりした性格の様である。自分の研究室は様々な薬品が並べられ、何かの拍子で反応しては不味いと判断し、急遽として大図書館の実験室を利用しようと思い付いたのだ。

 まぁ、マカロフ達がクロイサスを止めたのが大きな理由だが……。

 何にしても魔法式の解読が出来る二人も当てには出来ず、師であるゼロスに聞くのも些か気後れし、現在悩みの渦中にいる。


「難しい……【灯火トーチ】の積層化は簡単に出来たのに、魔法のランクに応じて術式が変わるのは仕方がないとしても、まさかここまで難解な魔方陣だったなんて……」

「それは、他の命令魔法式を分割し過ぎだからですよ。最初の術式から三枚目までを一つの魔法陣にすれば良い筈ですねぇ。そこから均一化を図れば綺麗に片付くと思いますよ?」

「あっ、なるほど……ですが、そうなると処理術式の大きさが……」

「処理術式は魔法式を処理統合するので、魔法陣の大きさを変えただけでも良いのでは? 別に内部の魔法式まで弄る必要はありませんよ」

「あっ、そうかぁ! 魔方陣が大きくなれば、魔法式を処理する魔法陣の密度も変えないといけないと思っていましたが、それは別にやらなくてもいいんですね♪」

「難しく考える必要はないんですよ。魔法式を処理するだけの魔法陣は、あくまでその役割を果たすだけで良いからねぇ。後は各魔法陣の大きさを均一化し積み重ねれば、あら不思議、簡単に積層魔法陣の出来上がり♪」

「なるほどぉ……って、先生!?」


 振り向けば、そこに奴がいた……。

 いつの間にか背後で覗いて見ていたおっさんは、右手に火の点いていない煙草を指に挟み、その背後で職員の女性が凄い形相で睨んでいる。

 恐らく一仕事を終えて一服しようとし、そこを職員に見られて思いっきり睨まれ、目を逸らした時に偶々セレスティーナが傍にいただけの様だ。

 背後で覗き見ながら、セレスティーナが何を悩んでいるのか予測し、そして口を出してきた様である。


「……先生、ここは禁煙ですよ? 煙草はしまった方が宜しいのでは……」

「ハハハ……凄く睨まれていますねぇ、癖でうっかり取り出した所を見られてしまいましたよ。職員の方がいなければ火を点けていたでしょうねぇ……毎日の習慣は怖い」

「煙草の煙で本が傷みますから、それは当然なのではないでしょうか? それ以前にモラルというものがあると思います」

「殆ど無意識でしたから、うっかりしてました。ところで、調べものをしている最中に気になっていたんですが、向こうの通路の先には何があるんですかねぇ? 先ほど学院生が数人ほど行きましたけど」


 図書館先の通路から先は、クロイサスが実験している貸出実験室がある。

 今ごろは愉快に魔法薬の研究をしている事だろう。


「あちらは実験室ですよ。よく研究棟を持たない学院生が利用して魔法薬などを製作していますね。先ほどクロイサス兄様が皆さんと向かいましたけど」

「クロイサス君ですか、彼が普段どの様な研究をしているのか興味ありますねぇ。今もさぞかし愉快な事になっている事でしょう」

「……否定できません。兄様はラーマフの森でも一騒動起こしていましたし……」

「あー……確か毒ガスを発生させたんだっけ? アレ、ティーナちゃんのお兄さんの仕業だったんだぁ」

「イリスさん!? いつの間に……」


 本を片付け終わったイリスは、偶然セレスティーナの死角からこちらにきた様である。

 心臓に悪い二人であった。


「学院の研究かぁ~、ちょっと興味あるね。爆発したりしないかな? 髪の毛がアフロになったりして」

「昔のコントじゃないんですから、そんな事ある筈ないと思いますがねぇ。生徒にそんな危険をさせる講師がいるとは思えませんよ」

「ありますよ? 爆発……。魔法薬同士の反応は予測できないので、学院生はいつも障壁を展開してから実験に入ります。研究に危険はつきものらしいですから」

「意外に危険な場所だったか……。生徒にどんな無茶をさせているんだか、死人が出たらどうするんだ?」


 異世界の学び舎はデンジャラス。

 普通に講義を受けている傍らで、ときに爆発し、ときに有毒ガスが発生している。

 まるで軍の兵器開発研究を公共施設で堂々と行っている様なものだろう。しかも最悪の事態を想定して国の特殊部隊が常に監視しており、有事の際には学院生の救助を行う準備が整っていた。

 何度か緊急事態が引き起こされたと考えるのが妥当で、そのために救助専門の部隊が編成されたのだろう。危機管理のレベルが地球とは大分異なる。

 仮に研究で事故死しても、それは自己責任で済んでしまうのも怖いところだ。


「万が一の防衛手段は整えていた方が良いですねぇ、実験の際の安全確認なども徹底させた方が良いのでは……? それでも幾分は危険を避けられますし」

「やってはいるのでしょうけど、それでも事故が頻発するそうです。そのほとんどがクロイサス兄様だとか……」

「ティーナちゃんのお兄さん、マッド? うっかりして危険物を作っちゃうような人なの?」

「研究が全てみたいな人ですから、危険物も今までどれほど製作したのか分からないらしいです。『実験を重ねなければ進歩はない』と言い切って、下手をすれば戦争になりかねない物も制作してしまったとか……」


 おっさんも身に覚えがあり過ぎた。

【ソード・アンド・ソーサリス】で素材を大量に集めては、好き勝手に実験を繰り返して危険な装備を作り出し、効果を確かめるためにPK職達すらモルモットにしたほどだ。

 普通に考えれば人体検証実験であり、仲間の一人は頭が愉快な状態になる魔法薬を完成させた事もある。【殲滅者】の全員はクロイサスの事を責める事は出来ない。勿論おっさんもだ。

 自分も似たような事を繰り返してきた訳であり、咎める資格はどこにもない。


「他人事には思えませんねぇ。自分の悪行を再現されているみたいで良心にグサグサきます……。フッ……私は阿漕な事をやっていた」

「過去形? 今もやってるよね、おじさん……。特に、あのコッコ達の成長は異常だよ? 何をしたの」

「毎日稽古をしてあげただけですって。真剣に何かを極めようとするのは素晴らしいと思いますが? 喩えそれが魔物でもねぇ」

「あのコッコ達、もう誰にも負けないのではないでしょうか? 明らかに格上のはずの魔物を一撃で倒していたらしいですし、上位種に変身したとか……そんな魔物、聞いた事もありません」

「形態変化はドラゴンに良く見られる現象なんですけどねぇ。怒り狂うと見た目が変化し、中には全く別の姿になる個体もいますよ。【ブレイズドラゴン】などが特にそうですねぇ」


【ブレイズドラゴン】は通常の姿は普通のドラゴンと変わりないが、戦闘時には全身が剣に覆われたような姿に変化する。翼も恐ろしく鋭利な刃に変わり、普通の武器では太刀打ちできない強度がある。

 鱗などの素材は魔力を流すと形状が変化するので、変形武器を作るには良い素材であった。

 平均レベルは600~から上。生まれたばかりの【ドラゴンパピー】でも、並の傭兵では返り討ちは確実であった。


「先生……竜種は殆んど幻の魔物ですよ? この辺りで見かける事はありません。精々【ガブール】くらいだと思います」

「あぁ……飛龍種でありながら最弱の……。バリスタで一撃で撃ち落とせるアレですね?」

「そう言えるのはおじさんくらいだよ? 私だって仲間と2回くらいしか倒してないし、竜種の強さは異常だと思う」

「最強種ですからねぇ、体が大きい分だけ魔力も体力も違いますよ。そこにレベルが加われば強くなるのは当たり前でしょう。他にもスキルとか……」

「どんだけ強いのドラゴン……。おじさん……確か、龍王クラスも倒してるよね? 単独で……」

「アレはやらない方が良い……。長時間戦い続けるのは地獄ですよ、真似をしない事をお勧めします」


 そんな事が出来るのはおっさんだけである。

 姿を隠し、常に死角から弱点を狙い続け、それを長時間繰り返すなど正気ではない。

 その戦闘に巻き込まれたパーティーもいたが、ゼロスは他のパーティーすら平気に囮として利用していたほどだ。決して姿を見せずに倒した事で暗殺職スキルが向上して【神】レベルにまで到達した。

 要するに、真正面から戦いを挑んだ事は一度もない。完全に狩りである。


「まぁ、竜種は兎も角として、クロイサス君が何をしているか見てみたいですねぇ」

「実験室は一般公開されていますし、邪魔をしなければ見学できますよ? ただ、備品には触らないで頂きたいのですが……」

「実験室を使っているの、ティーナちゃんのお兄さんだよね? 怖くてそんな真似は出来ないよ、何かのはずみでドカーンはやだし」

「いくら兄様でも、そんなに爆発は起こし……」


 ―――ドォ――――――――――ン!


「……起こし、ましたね」

「期待を裏切らないお兄さんだね……。いったい、どんな実験をしていたんだろ……」

「期待していたんですか? ともかく、怪我人がいないか様子を見に行きましょうかねぇ。怪我の治療は僕が引き受けますよ」

「そう、でうね……。重傷者までならともかく、死者が出たら大変です!」


 書庫から通路に出て、セレスティーナの誘導の元に実験室を目指す。

 その途中、何やら柑橘系のような香りが漂い、ゼロスは少し首を捻る。

 まるで一人暮らしの女性の部屋を訪れた時に香る様な、そんな香りだがセレスティーナやイリスは何も感じない様だった。そこがまた奇妙でもある。

 案内されるままに実験室に辿り着くと、器具がそこいらじゅうに散乱し、天井に黄色の汚れが広範囲に染みつき、そのちょうど中央に魔女が薬を煮込むような大きな鍋が一つ置かれていた。

 中には半分くらい同系色の黄色い液体が残っており、何らかの反応でこの液体が爆発し、その威力が上に向けて放出されたようである。

 そして、頼んでもいないのに勝手に発動する【鑑定】のスキル。


 =================================

【超強力豊胸薬】

 胸のない女性が憧れる夢の秘薬。

 これを飲めば、あなたも素敵なナイスバディ。誰もが羨むセクシーバストに大変身!

 スプーン一杯を一飲みすれば、Aカップは忽ち豊かなZ×10乗カップに変わります。

 ご利用はお早めに。

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『……クロイサス君。君は、いったい何を作ろうとしていたんですか? それよりも、Aカップから一気にZ×10乗カップって……それ、どんな状態ですかねぇ!? 迂闊に飲んだら胸を地面に引きずる……いや、脂肪で圧死する様な事態になりませんか!? ある意味、別方向で危険な薬なのではないだろうか?』


 クロイサスは、別の意味で戦争になる様な薬を作り出していた。

 しかも、効果が絶大過ぎて使い道がない。

 この世界の美容業界に革命をもたらす様な試作品が出来上がってしまったのである。

  

 

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