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おっさん、ギズモの街に辿り着くも、事件の匂いを嗅ぎとる。


 野宿確定の中で、黒大狼との交戦に巻き込まれたゼロスとアドであったが、 その原因である少年――タカマルと、火を囲みながらカニ汁に舌鼓していた。

 交わされる話の中で、タカマルが運悪く黒大狼と遭遇し、生き延びることに必死の中、なぜか魔狼にしがみつくことになった経緯を知る。


「タカマル君……良く生き延びたねぇ。黒大狼だっけ? あれ、【マーナガルム】の近親種でしょ。進化しかけの【ダイアウルフ】の可能性もあるけど」

「この地では【ダーラン】と呼ばれてますよ?」

「解体してみたが、素材はなかなかに良かったな……。マジで全部俺が貰ってよかったのか? 売れば結構な額になると思うんだが……」

「マーナガルムの近親種でも毛皮は防具に使えるし、骨は薬になる。肉や内臓も捨てる部位がないんだよねぇ」

「心臓や肝臓、胆のうなどは高価な薬になると聞いたことがありますね。けど、俺じゃ倒せませんでしたし、アド殿が受け取るべきものだと思っています」


 先に黒大狼と戦っていたのはタカマルだが、彼には倒せるだけの技量を持っていなかったため、一撃で倒したアドに所有権があると言ってきかない。

 タカマル少年は、その辺りのことに関して妙に律儀であった。


「それに助けてもらっただけでなく、こうして夕食まで馳走になっているんですよ? ここまでして頂いたうえ素材まで貰ったら、受けた恩の大きさに対してつり合いが取れません。不義理となります」

「気にするほどのもんじゃないと思うがな」

「まぁ、それで納得するならいいんじゃないかい?」 

 

 サムライ少年は命の恩人に対して義理を通そうとしている。

 この潔さは東大陸――いや、島国文化の特色とも言えるだろう。

 まぁ、アドは堅物気質程度にしか思っていないようであったが……。


「それにしても、進化直前のダイアウルフの素材……なのか? よくは分からないが、北大陸の西方領域なら、この素材もかなりいい値段で売れたんじゃないか?」

「滅多に出回らない素材だからねぇ。それにいろいろと薬にも使えるから、アド君としても嬉しい限りでしょ」

「確か、厄介な病気の特効薬も作れたよな? 病名は忘れたけど……」

「ん~……僕の記憶だと、【魔力減衰病】だったんじゃないかな? 先天的な治療の難しい病気だったと思う」


【魔力減衰病】とは、ある一定の年齢から突然体内魔力が減少し、まともに生活が送れなくなる病である。

 主にマーナガルムのような魔力の高い魔物や、下位のドラゴン素材を用いた薬で治療することができるのだが、薬を作るにも希少な素材を使うために簡単に生成することが難しい。

 ついでに言うと、黒大狼はマーナガルムの近親種のようではあるが、この魔物の素材で薬が作れるのかは、試してみないことには何とも言えない。

 仮に作れたとしても効果に多少の差が出る可能性も高く、こればかりは実際に作って治験してみないことには正確に効能を知ることはできず、勢いで調薬すべきか判断が難しいところである。


「博識ですね。俺には全然知らないことばかりですよ」

『『カノン(さん)に散々手伝いさせられたからなぁ~……』』


 博識なのではなく、知り合いに散々扱き使われたために覚えていただけのことだった。

 少年の穢れなき尊敬の視線がつらい。


「魔物と言えば、草原にいくつも突っ立っているあの魔物はなんなんだい? 僕達にはなじみのない魔物でねぇ、何か知っているかい?」

「あ~……【モッチリヤカングチ】ですね。モチモチした肌触りが気持ちいいんですけど、普段から湯気出してばかりで、何考えているか分かんない魔物なんですよね」

「誰もが一度は思う感想だな」

「肉質は凄く柔らかいんですけど、味がえぐ味と苦味と酸味と渋味が酷くって、とても食べられたもんじゃありません。口に入れただけで普通に死ねますね」

「「食ったんかい……」」


 少年はなかなかにチャレンジャーだった。

 食用に向かない魔物だということは判明した。


「食えないから誰も処分しないのか……」

「ヒトデみたいな生物なのかねぇ?」

「産卵期になると体が縦に割れて、中にびっしりと細かい卵が詰まっているんですよ。はっきり言って気持ち悪いんで、春先に大量に処分するため万屋組合所属のサムライ達が大勢駆り出されるんですが……アレ、焼き払っても悪臭が酷いんですよ」

「「なんか、どっかで見たことがあるような生態の生物だな……」」


 どこかのダンジョンの地下下水道に生息し、壁にへばりついて柘榴のように大量の卵を剥き出しにする、ブヨブヨとした体の不気味生物が二人の脳裏に過った。

 見た目の印象は異なるが、似通った性質を持つ生物の可能性が高い。

 もしかしたら同種なのかもしれないとさえ考えたほどだ。


「さて、夜も更けてきたことだし、明日はギズモの街を目指すため、早めに休んでおこうか」

「見張りは交代制だろ? 睡眠時間は一人当たり四時間でいいか?」

「そのくらいで充分でしょ。タカマル君には早朝の見張りを頑張ってもらおう」

「ギズモの街ですか。お二人は旅をしているんですよね? あの街は旅籠が少ないですから、寝床を確保するのも難しいですよ」

「事実上、国境の街だな」


 山間の開拓村など、殆どの人達には存在を知られていないのだろう。

 一応街道は敷いているようだが、山道など危険が多くて商人など滅多に通ることはない。

 事実、タカマルに聞いても『そんなところに村があったんですか?』と返って来たほどだ。


「あの村の未来が心配だねぇ」

「俺達が心配したところで、どうすることもできねぇだろ。この国の行政に任せるしかないな」

「開拓村なんて、いつの間にか人知れず滅びるなんてこと、よくある話ですからね」

「「それで滅んだら村人達が報われないんだが?」」


 義理や人情の厚い開拓村の先行きを心配しつつ、三人は野宿で一晩明かすこととなった。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 フオウ国最南端の街、【ギズモ】。

 街全体が正方形の形状で築かれた唐の都形式で、所謂平安京を思い出させるのだが決して中華風ではなく、【アキノワダツシマ国】の建築様式で建てられた家屋は江戸の街並みに近い。

 ゼロスとアドとしては、この東大陸の文化はファンタジーテイストが組み込まれた、所謂なんちゃって中華風が馴染み深いのだが、あきらかに【ソード・アンド・ソーサリス】とは異なる時代の流れを辿っていた。


「街は巨大な正方形、その周囲を水掘りで囲い、石垣と漆喰の壁が侵入を防いでいる。東西南北の門から街に入るしか経路はなく、その門の前には大橋が架けられているのか。平地に築かれた城塞都市のわりには、なんというか防衛が心許ないかな。趣はあるんだけどねぇ」

「せめて城壁を築けばバリスタとかで防衛もできるんだろうが、普通に瓦屋根だし……ワイヴァーンが襲撃してきたらどうすんだよ」

「たぶん、北の奥にあるのが主城かな。政務に関わる施設は全部そこに集約されているだろうけど、北側はともかく東・西・南の三か所の門近くに兵舎を置かないと、防衛として機能しないんじゃないかい? 水掘りから外側に集落が点在していることから、農業はこの集落で行っているんだろう」

「田園風景がのどかで懐かしい気持ちにさせるが、普通に考えて危険じゃないのか? ゴブリンなんかも生息してるんだろうに……」


 ゼロスとアドは観光気分でギズモの街を見ることはできず、真っ先に防衛に関しての荒探しをしていた。

 これも異世界に馴染んだ所為でもあるのだろうが、それにしても風情がない。

 なにしろ見た目のギズモの街は、水掘り周辺に等間隔で植えられた街路樹には桜のような花が咲き誇っているにも拘らず、その美しさや景観に二人は目を奪われることがなかった。


「………僕も無粋な人間に落ちてしまったんだねぇ」

「風情はあるのは認めるけど、そんな事よりも俺は安全に暮らせるかの方が気になるんだよなぁ~。対空迎撃用の武器がないと、この世界じゃキツイだろ」


 飛行ができる強力な魔物が普通に生息している世界だ。

 街並みの美しさに目を奪われる余裕などなく、むしろ人間の生活を重視した街の造りには不安しか残らないため、どうにも落ち着くことができない。

 周囲を城壁に囲まれ、対空迎撃にも備えがあるサントールの街とは明らかに方向性が異なるのだ。これが文化の違いなのかと思うには守りが脆弱に思えた。


「空から奇襲を受けたとき、本当にどうするんだろうねぇ」

「あっ、それなら街の守備隊が長弓で攻撃しますよ。飛竜くらいなら追い返すことができます」

「そういえば、スキルがある世界だったな……。普通の長弓でも、スキルレベルが高ければバリスタ並の威力にも匹敵するか……」

「魔力を馬鹿みたいに消費するけどねぇ……」


 長弓――所謂【和弓】である。

 長射程で高威力でもあり、スキルにもよるが魔力を込めるだけで威力を引き上げることが可能だが、同じスキルを使うならバリスタのような巨大弓を作った方が効率的だ。

 バリスタの一撃が長弓のスキル込め魔力付与に匹敵するなら、むしろ効率を重視した方が遥かに戦いは楽になることは自明の理なのだが、なぜか東方の人間はその選択肢を選ばない。

どうにも東方の人間は、技術による威力の向上を無意識に忌避する傾向があり、個人の技能を高めることに強いこだわりが持っているようであった。


「これが民族性というものなのかねぇ?」

「武器なんてただの道具だろ。便利な道具があるのならジャンジャン使えばいいのに、なんでそれをやらないんだ?」

「俺に言われても分かりませんよ。偉い人に聞いてください」

「「そうだねぇ(な)……」」


 タカマルは非効率な文化の中で育ったために、これがおかしいと思うことはない。

 当たり前だと思っている日常に違和感や疑問など抱くはずもないのだから、自然と受け入れてしまっているのだろう。この場合ゼロス達の考え方が異端なのだ。


「郷に入れば郷に従え……か。それよりも今は宿を取る方が先決かな。さすがにこれ以上の野宿は避けたいからねぇ」

「そうだな。いい宿があればいいんだが」

「え? それならウチに泊まりませんか? 部屋ならいくらでも空いていますから」

「いやいや、さすがにそれは駄目でしょ」

「とんでもない。俺にとってお二人は恩人なのですから、ぜひウチに来てください」


 タカマルにとってゼロスとアドは命の恩人なのだが、二人は少年の抱く恩義の心を利用するような真似はしたくなかった。

 だが、この少年は折れない。

 なんど断っても『泊っていってください』と食いついてくる。

『いやいや』、『いえいえ』の押し問答を繰り返すこと10分あまり、これ以上断り続けるのもなぜか悪い気がしてきて、おっさんとアドはとうとう『じゃぁ、しばらく世話になるかな……』と妥協させられてしまった。

完全な少年の粘り勝ちである。

 考えてみたら宿代を祓わずに済むわけであり、かかるのは食費の費用くらいのもので、これほど好条件な提案はなかったこともあるだろう。

 そうこうしている間にも、タカマルはゼロス達を自宅へと案内していた。


「…………これは」

「なんとも立派な……。道場?」


 案内されて辿り着いた場所は、予想以上に広い敷地のある道場であった。

 門の横には【紅蓮新刀流道場】と見事な達筆で書かれた看板が掲げられていた。

 東方文字は漢字に近いが、複雑な文字の一つ一つが紋章のように見えるのが特徴的だ。


「どうぞ、上がってください」

「お、おじゃまします……」

「…………」


 気が引けながらも玄関口から上がっていくアドとは裏腹に、ゼロスはこの道場に対して違和感を持っていた。

 そう、これほど立派な道場なのに人の気配が一切ないのである。

 それどころか馴染みのある臭いに顔を顰めていた。


『これは……血の臭い? それもつい最近についたのものだねぇ。ここまで臭気が残るとなると、おそらく誰かが大量出血したのか? 下手すれば死人が出たかもしれない。なんか嫌な予感がするなぁ~』


 早くも厄介事の匂いがプンプンする。

 まだ元服もしていない少年が黒大狼と戦っていた理由に関係するかも知れない。

 道場に上がってみればやはり誰もいなかった。


「……師範代見習い、【鷹丸】。門下生0」

「おろ?」


 思わすどこかの流浪人のような口調が出てしまった。

 だが、そうならざるを得ない異常さである。

 普通に考えて、ここまで広い道場を所有している以上は国の剣術指南役であってもおかしくはなく、それなのに門下生が一人もいないのだ。


「おっ、庭も結構広いようだな。あの物置のような建物はなんだ?」

「あっ、あそこは鍛冶工房ですね。居合切りで失敗して曲がるとか、刃毀れした刀を直すため敷地内に鍛冶場があるんですよ」

「ほ~ん…………」

『いやいや、アド君や……その反応はおかしいでしょ!? これだけの敷地を持った一等地を与えられているだけでなく、しかも鍛冶場まであるなんて、どう考えても国か領主に優遇されているとしか思えないでしょうに。それなのに門下生が一人もいないことに疑問を持とうよ……』


 そう、何もかもが異常だった。

 どう考えても何か重大な事件が起きたとしか思えない。

 何より気になるのが臭いの元となっている床板に染みついた血液の跡だ。

 丹念に拭き取ったようではあるが、板にまで浸透した血液までは拭い切れるものではなく、その生々しい跡がはっきりと見て取れた。


「……タカマル君。僕が気づかないと思っているのかい? この道場に漂う血の臭気と、誰もいない道場……何か起きたんでしょ? それも、この道場の行く末を左右するような重大な何かが……」

「っ!?」

「おい、ゼロスさん……それはあまりにも不躾で失礼だろ」

「元服前の子供が一人で魔物と戦っていたんだよ? そして道場のこの有様……何か事件が起きたと思うのが当然じゃないかね? このの床板……大量の出血をした跡だよね? 死人が出ていないといいんだけど」

「ゼロスさん!」


 遠慮のない態度のおっさんに、激おこのアド。

 善意で自宅に泊めてくれるというのに、他人の家庭事情にズケズケと踏み込む言動をするのだから、失礼で済むレベルの話ではない。

 だが、床板に染みついた大量出血の跡を見た今となっては、気にするなというのは無理な話だろう。


「……ゼロス殿の仰る通りです」

「いや、話し辛いことなら無理に話す必要はないぞ」

「いえ、どれだけ拭っても消えることのない血の跡と臭い……。到底隠しきれるものでもないでしょう。全てお話しします」

「君が魔物狩りをしていたことと通ずる話なんだよねぇ?」

「えぇ……事の始まりは――」

「タカマル、帰ってきているのですか?」

「「「 !? 」」」


 いざタカマルが事情を騙ろうとした矢先、道場の玄関先から女性の声が聞こえ、全員が一斉に振り向いた。

 そこに立っていたのは全身が包帯だらけで左腕の無い少女であった。

 大正時代の女学生のような着物に袴姿で、肩のあたりで切り揃えた髪はまるで日本人形のようだ。ただし目つきが鋭い。

 そんな少女が冷たい目でゼロス達を――いや、正確にはその傍らにいるタカマルに冷ややかな視線を向けていた。


「………あら、お客様ですか?」

「あ、姉上……えっと、こちらの御二方はゼロス殿とアド殿と言いませいて、俺の恩人です……その、命の………」

「命の恩人? そうですか……。それは、それは、愚弟がご迷惑をおかけしたようで、その上助けていただいただけでなく連れて帰っていただき、誠にありがとうございます。家族として感謝を……」

「「い、いや……ただの成り行きだったし。(なんか、凄く冷淡なだな)」」


 痛々しい姿で頭を下げる姿に言葉が出ない。

 それとは別に、彼女からはどこかの修羅っ娘ハイ・エルフと似たなにかを感じた。


「それは、それとして……」

「「「!?」」」


 少女の姿が一瞬ブレる。

 気づいたときには間合いを詰め、タカマル少年の顎に向け、見事なアッパーカットを撃ち込んでいた。

 唐突に吹き荒れたバイオレンスの嵐に、おっさんとアドの目が点となった。


「ぎゃぷぅ!?」

「縮地っ!?」

「滑るような見事な足はこび……。僕じゃなきゃ見逃しちゃうねぇ」

「まったくこの子は、ケガで片腕のない私が生活に難儀していたというのに、三日も家を空けるとはどういうつもりですか? 着替えやお風呂で苦労することなど分かり切ったことでしょうに介護を放棄し、あまつさえ考えなしに突っ走って他人様にまで迷惑をかけるなど言語道断! 恥を知りなさい」

「ひゃぶっ、げぷらぁ!!」


 倒れた少年に跨り、マウントポジションで情け容赦なく拳を叩き込む少女。

 拳を振るうたびに傷口が開いたのか、巻かれた包帯に血が滲み始めていた。


「ちょ、ストップ! ストップぅ!!」

「ケガに障りますから、落ち着いて!!」

「いつからこんな薄情な子になったんですか? この三日間、私がどれだけ苦労したのか分かりますか? 厠に行くのにも難儀していたんですよ? それなのにあなたって子は……。なんですか? 私に恥辱を与えて日頃の恨みを晴らそうとしたのですか? なんとか言いなさい」

「無理だからぁ! 拳のラッシュを受けている状況で会話ができると? なんか最初の一撃で舌を噛んでいたようですけどねぇ!?」

「あら、私としたことが……。初撃は鳩尾にするべきでしたか」

「「 そっちぃ!? 」」


 タカマルの姉はかなり無茶な行動をする人物のようだ。

 何らかの理由で極端な行動に出た少年にも思うところがあるのだが、それに輪をかけて姉である少女の行動は苛烈で、しかも自分の身の危険には無頓着のようである。

 冷静なようでもの凄く感情的に拳を叩き込んでいた少女を宥め、ついでに引き剥がして落ち着くのを見祓うこと30分。何とか会話ができる状況に持っていったおっさんとアド。

 精神的に凄く消耗していた。

 ついでにタカマル君は気絶したようである。


「あらためまして、私はそこの愚弟の姉になります【ミヤビ・グレン】と申します。この度は危機的状況へ陥った愚弟を助けていただき、誠にありがとうございます」

「愚弟って二回も言ったぞ……」

「それより、傷口が開いてしまったようですが……本当に大丈夫なんですかねぇ? もしかして痛みを凄く我慢してません?」

「耐えられないほどではありませんが?」

「なんで、しれっと何事もなく言うんだ?」

「見ていてこちらがつらいですから、とりあえずこれを飲んでくれませんかねぇ? ケガ人とこれ以上会話を続けるのも気が引けますから……」


 ゼロスはミヤビの前に小さな小瓶を置く。

 彼女はいぶかし気に小瓶を手に取り、中身をしげしげと眺める。


「見たところ薬のようですが?」

「えぇ……ご厄介になる以上、最低限のことはしておきたいところですし、何よりもケガ人をそのままというのは……ねぇ?」

「あぁ……遠慮なく使ってくれ。どうせゼロスさんが作ったもんだしな」

「あやしい薬ではありませんよね?」

「こんなときに、そんな不謹慎な冗談はかましませんよ。遠慮なくグイッといっちゃってください。一発でケガが治りますぜ」

「充分にあやしい薬だと思いますが、そこまで言われるなら使ってみます……」


 少々怪しみながらも小鬢の魔法薬を一気に飲み干した。

 すると、体中を蝕んでいた痛みが一気に消えていくどころか、むしろ活力がみなぎってくるのを感じた。


「ゼロスさん、これってエリクサーだろ」

「部位欠損は無理だけど、重傷レベルのケガなら簡単に癒せるよ。在庫処分みたいで気が引けるんだけど……」

「もしかして、新たに作っていたのか?」

「龍王の血液が手に入ってたんだし、使わないと無駄になるでしょ。腐ると臭うしねぇ」

「いつのまに……」


 【エリクサー】――錬金術師が目指す魔法薬の最頂点。

 希少な素材をふんだんに使い、複雑な工程を得て初めて生成が可能となる神秘の秘薬。

 そんな秘薬をいつの間にか大量に生成し、惜しげもなく必要とする患者に渡すおっさんを、アドは素直にカッコいいと思った。

 自分だったら余程のことがない限りエリクサーを使おうとは思わない。せいぜいハイ・ポーションくらいだろう。瀕死の人間を即座に回復させる希少な魔法薬なのだから当然だ。

 しかし、ゼロスは違った。

 たとえ性格に難があろうとも、このときばかりは大賢者と言っても過言ではない威厳に満ちていた。まさに伝説級の魔導士である。


「傷が……痛みも……こ、こんなことが……」

「見たか、これがエリクサーの威力よ!」

「なにドヤってんだよ……」


 しかし、おっさんはそんな尊敬に値する行為を台無しにする。

 無償の善行であったとしても、自作した魔法薬の効果を誇るのだ。要はミヤビの治療はこじつけで体よくエリクサーの実験体したにすぎない。

 ただし、そこはあくまでおっさんの主観であり、恩を受けた側はというと――。


「愚弟のみならず私までこのようなご恩を受け、なんのお礼もしないわけにはまいりませんね。ここは私の身体で支払うしか……」

「「いやいや、急になに言っちゃってんのぉ!?」」

「私は生娘です。初物ですよ?」

「「そういうこと軽はずみで言うもんじゃありません!!」」

「子供ができても責任を取れだなど申しませんので、ご安心を」

「「安心できる要素がねぇっ!!」」


 なぜか凄く覚悟完了しているミヤビ。

 なんとか宥めようとするおっさんとアドだが、『さすがに初めてで、御二方を同時にお相手するのは難しいと思いますので、なにとぞ手加減のほどをよろしくお願いします』と言いながら脱ぎだす始末。

 彼女は果てしなく尋常ではないほどに無茶な性格のようであった。

 いや、若干期待に満ちた目が怖い。


「ただの自己満足なので、そんな覚悟ガンギマリで恩を返そうなんてしないでください。使用した魔法薬も在庫が山ほど余っているだけなので、気にするほどのものでもないんですよ。元手もタダ同然ですしねぇ」

「それに俺達は妻帯者だ。いくら国を離れているからとはいえ、そんな最低な真似はできねぇよ!」

「アド君の場合、離れていても見られていますからねぇ。生霊に………」

「言うなよ……。今もこの状況を見られているんじゃないかって、怖いんだからさ」

「アド殿の背後に黒い影が見えますが、その方が奥方ですか?」

「「怖っ!!」」


 ゼロスやアドには見えないが、ミヤビにははっきりとユイの生霊が見えているようである。心なしか背筋が凄く寒い。

 ここで欲望に負け行動していたら間違いなく祟られていたことだろう。


「話を続けましょうか……。この道場で一体何が起きたんです? そのケガと、この床の血痕から考えて、これはあなたのものですよねぇ? ミヤビさん……」

「…………」

「ゼロスさん、だからそんな無遠慮に聞く話じゃねぇだろ!」

「いえ………アド殿。ゼロス殿の言う通り、この跡は私の血によるものです」

「斬られたんですね? それも……不意打ちでいきなり」

「な、まじで?」


 おっさんの『斬られた』と『不意打ち』という憶測の言葉に、人形のようなミヤビの表情が僅かに反応したの見逃さなかった。

 だが、この憶測はなにも適当に言ったわけではない。

 縮地を使えるような手練れの少女が、何の抵抗もできずに片腕を斬り落とされる事態など考えられず、その状況を更に考察すると恐ろしい答えが浮かび上がったのだ。

 それを確認するため、ゼロスはあえて言葉を選んだのである。

 そして、その答えはおそらく正解であったと確信する。


「斬りかかった相手は身内ですか……。それも、ごく近しい者……」

「御明察の通りです」

「嘘だろ、それって家族……」

「道場に門下生が一人もいないことや、ミヤビさんのような手練れに深手を与えた事実。そして痕跡から判断して、この道場の主と僕は見ている。ただ、精神的な問題から乱心したのか、それ以外の要因なのかは分かりませんけどね」

「恐ろしい方ですね、ゼロス殿は……。そちらのアド殿とは違い、状況を見ただけでそこまで読み解きますか」 

「それ、ますます聞いていい話じゃねぇだろ。家族の傷口にオキ●ジェン●ストロイヤーを刷り込むもんだぞ」

「水中酸素破壊兵器!?」


 アドはタカマルやミヤビに気づかっているが、訳ありの現場で居候させてもらう以上、唐突に何らかの事件に巻き込まれかねない。

 事情を知り心構えを持っている事といないのでは、状況の変化に対しての行動に差が生じてしまいかねない。ゆえにおっさんは得られる情報なら出来るだけ知っておきたかったのだ。


「私の左腕を斬り落としたのは、実の父である【ゲンザ・グレン】です。父は……【妖刀】に魅入られてしまいました」

「「妖刀だとぉ!?」」


【妖刀】――それは刀工が憎悪を込めて鍛えた刀や、あるいは永いあいだ刀に怨霊などの負の情念が蓄えられたか、もしくは多くの命を吸った刀などが変質する魔物である。

 日本人であれば付喪神と言った方が分かりやすいかもしれない。

 一口に妖刀と言ってもいくつかの種類に分けられる。


1.特定の一族を祟る呪物型。

2.他人の肉体を操り無差別に殺す無秩序型。

3.多くの怨念を溜め込んで完全に魔物化した禍霊型。


 一般的に妖刀は2番に相当するものを指す。

 しかし、特定の一族に災いを招く妖刀は制作者である刀工の恨みが込められたものが多く、正しく浄化すれば普通の刀に戻る。

 だが、2番と3番は人間の命を奪うだけに特化しており、この両方の特性を持った妖刀が存在していたら目も当てられない。

 人間を操り辻斬りする程度であれば楽に倒せるが、魔物に変容する能力を獲得していたとしたら討伐が難しくなる。刀という特性の以外にも魔物としての 知性と能力が加わるからだ。

 何よりも年代を重ねた妖刀ほど老獪になってくる。


「辻斬りする程度なら楽勝なんですけどねぇ………」

「あぁ……妖怪になってたら厄介極まりないぞ。中には分身を生み出すような奴もいたしなぁ~………」

「下手をすると国が一つ滅びかねないからねぇ」


 ゼロスとアドは【ソード・アンド・ソーサリス】において妖刀イベントをこなしており、その時は後手に回り国が一つ滅びそうになっていた。

 最終的にはレイド戦に発展し、なんとかプレイヤー総動員で叩き潰したのだ。


「本体を探し当てるのに苦労したよな……」

「虱潰しでしたからねぇ~。あの時は偶然【影六人】のメンバーが本体を発見していなかったら、いったいどんな惨事になっていたことやら……」

「街や村の住民が全員、妖刀の分身を手に襲ってきたよな……。眠らせるのが大変だった」


 妖刀の力は殺した人間の数に比例する。

 厄介と言われる由縁は、分身は一定数の人間を殺すと本体の元に戻るということだろう。

 とはいえ、仮にミヤビの父親を乗っ取った妖刀が悪魔型だったとして、本体を探し当てるために街の住民を犠牲にするのは違う気がする。

 それ以前に、そんな外道な真似ができるほどゼロス達は冷酷ではなかった。


「コホン……話を続けます。あれは、私が6歳になった頃でしょうか? 休日で両親が留守のときに、隣の家に住むモブオという男が見計らったように我が家に不法侵入しまして、いきなり押し倒されました……」

「「………なんの話?」」

「不埒にも袴の紐に手を出してきまして、私は思わず手にした木刀で滅多切りにしました」

「「だから、なんの話?」」

「26歳にもなっていまだに母親に甘える気持ち悪いクズでしたので、遠慮なく持てる技の粋を駆使して半殺しにし、見事クズのモブオを血達磨にしてやったのですが、数刻後に母親が乗り込んできまして、私に責任を取って嫁になれという始末……。ムカついたので思わず……」

「「母親をっちゃったんか!?」」

「いえ、息子と同じように半殺しにしたあと、近くの海に簀巻きにして投げ込みましたね。まさか生きて帰ってくるなんて思わなかったので、今度は念入りに引導を渡そうとした矢先、いつの間にか引っ越されてしまいました」

「「でしょうねぇ!! つか、話がまた脱線してる!!」」


 ミヤビはバイオレンスなだけでなく掴みどころのない性格のようだ。

 それはともかくとして、幼い頃の彼女を襲ったモブオなる性犯罪者は自業自得だと思うが、そんなクズ息子を溺愛する母親というのも問題がある。

 絶対に放置してはいけない存在に思えた。


「なんで妖刀の話から、いい歳こいて親離れできない変態性犯罪者の事件になるんですかい? 問題と言えば問題ですが……」

「同じ場所で起きた事件ですが、なにか? 私は後悔しているんです。あのとき確実に息の根を止めておかなかったせいで、別の街で被害者が出てしまいましたから……。やはり悪は即斬殺するべきだったと……」

「東方生まれは皆、修羅道に走る傾向があるのか?」

「僕に言われても知りませんよ。彼女達が特殊なのでは?」


 無表情のミヤビだが、その内には熱い修羅の血がしっかりと受け継がれているのだろう。

 思考パターンがどこかのハイ・エルフ少女と同じだった。


「僕が訊きたいのは、妖刀に魅入られてしまったあなたの父親の話ですよ。妖刀の能力次第では酷いことになりかねませんのでね」

「ハァ………話さなくてはなりませんか。仕方がないですね……」


 ミヤビは溜息を吐きながらそう口に出すと、ことのあらましを淡々と語りだすのだった。


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