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おっさん、悪魔を解き放つ



 祭壇から溢れだす漆黒の瘴気。

 湧き出るそれらの中心には、明らかに何者かの存在いることをゼロスとアドは感知していた。


「こ、これは……」

「瘴気だね。ということは、この祭壇に封じられているのは……」


 漏れ出した光は祭壇の上で凝縮されるかのように集まると、不気味な人型の姿へと変貌していく。

 猿と思しき頭部、人間に近い体ながらも全身は剛毛で覆われており、鳥のような鋭い爪を持つ足。腕は四本存在しゴリラ並みに太い。

 頭部から生えた後方へ反るような形状の角は漆黒ときた。

 ゼロスとアドは少し警戒していた分、その存在を確認した瞬間に思いっきり脱力した。


「なんだ……悪魔かよ」

「新エリアにも悪魔がでるんだねぇ………。しかし、なんでダンジョンに? 瘴気に塗れた魔力溜まりからでないと誕生しないはずなんですが……」


 そう、悪魔は多くの人間が無念の想いを残して死んで逝った戦場や、澱んだ魔力の溜まり場でしか生まれることはない。

 同じ魔力溜まりでもダンジョン内に満ちている魔力は清浄で、悪魔が生まれるような環境ではないのだ。だが現実に悪魔は目の前に存在している。


「グボハハハハハハッ! 愚かな畜生どもよ、よくぞ吾輩の封印を解いてくれた。おかげで吾輩は自由の身になれたぞ。ここは素直に感謝してやろう、ありがたく歓喜に打ち震えむせび泣くがよい」

「いやいや、なんで悪魔がこんなところで封印されているんです? 地上ならともかくダンジョンなんですけど」

「ここで誕生したわけでもなさそうだし、封印されているのだとしたら、いったいどこでやられたんだよ」

「そんなことも分からんとは、これだから卑賎で矮小な輩は困る。吾輩に手間をかけおるとは……。だが、よかろう。今の吾輩はとても気分が良いのでな、直々に教えてやろうではないか」

『『コイツ、問答無用で殺っちゃってもいいんじゃないか?』』


 そして滔々と語りだす。

 この悪魔は文明が発達する以前の原始的な時代に誕生し、各地で猛威を振るっていたほど強力な悪魔だったらしい。

 なぜ悪魔が誕生したかというと、当時は自然を敬い畏れる精霊信仰が強く根付いていた時代で、嵐や冷害などの自然災害が起きるたびに生贄を捧げてきた。

 最初は動物などの供物であったが、やがてそれが幼い赤子や選ばれた屈強の戦士に変わり、最終的には罪人を捧げるように至る。

 精霊が絶対的な存在とされ、精霊の園と呼ばれる場所に自ら進んで向かうことは限りない名誉なことであると認識されていたこともあり、罪人達ですら犯した罪を償うために進んで生贄になることを望むほどだった。

 しかしながら、通常は捧げられる生贄達に麻薬成分の強い植物を潰した液体を飲ませ、眠ったかのように死んで逝くことになるのだが、罪人の場合はそうではなかった。

 試されるのは強靭な意志であり、犯した罪の大きさに合わせて痛みを伴う方法が取られた。軽犯罪者は上記のように薬を飲まされることもあったが、喧嘩などで深刻なケガを負わせるような傷害罪の場合は鞭打ちを耐え、殺人などの重罪人は祭壇に突き刺さっていたナイフにより麻酔なしで心臓を抜き取られたのである。


「うわっ………マジかよ」

「もしかして、痛みに耐えきれず信仰に殉じれなかった罪人の魂や残留思念が、その場に残り溜まりに溜まって澱んだ魔力から悪魔が生まれた?」

「その通り。吾輩は罪人共が残した憎悪と怒りが神聖な聖域を穢し、その穢れが凝縮したことによって存在を確立したのだ!」

「それで、散々暴れ回ったと……」

「それは否だ。吾輩とて当時は弱小の身、人間共でも数で圧倒すれば簡単に倒される程度の力しかなかった。だからこそ利用したのだよ、奴らの愚かな信仰心とやらをな」


 自慢気に昔を騙る悪魔。

 悪魔はまず信心深い神官達を惑わし、自らを精霊の王として崇めさせ、信仰心の込められた魔力を吸収することで力を溜め、ときに周辺の集落を襲わせ死にゆく者達の怨嗟の込められた魔力を食らい、国として発展して以降は大規模な戦争を仕掛けるまでに至った。

 自ら敵国を焼き滅ぼしたこともあったらしい。


「…………つまり、その時点では既に魔王クラスになっていたと」

「そんな奴が、なんでダンジョン内にいるんだ? しかも封印されてかなり弱体化しているようだが……」

「まぁ、急かすでない。時代が進めば自ずと武器も強化される。更に人間共は魔法という新たな力を手に入れた。吾輩はそういった人間共を過小評価しすぎていたのである」


 時代の流れもあるが、悪魔という強大な力を背後に持つ敵国に対し、異なる信仰を持つ国は総力を挙げて様々な研究を行った。

 武器の強化や原初魔法の攻撃力向上、魔法薬などを含む錬金術たちのサポート、そして純粋なる信仰による司祭たちの浄化や結界魔法の開発。

 最初は取るに足らないものであったが、数百年のうちに戦力は拮抗し、やがて悪魔を信仰する国は戦力でも国力においても押され始めた。

 そうこうしているうちに悪魔を信仰する国内部でも不和が生まれ、離反や裏切り、改宗あるいは悪魔を倒そうと企む者達も出てくる始末。

片っ端から処刑し続けていたが、それが逆に信仰を失わせる行為に繋がっていった。


「いつしか人間共は吾輩を弱体化させる知識や技術を身に着け、次第に追い込まれるようになっていった。そして………」

「拠点である国が滅ぼされ、喉元に武器を突きつけられたと――」

「油断していたら、いつのまにかあんたを脅かす存在になっていたってことかねぇ? 世代交代をしつつも技術を継承し発展させる人間を舐めすぎでしょ」

「気づいた問いには手がつけられなくなっており、吾輩は散々追い回された挙句に偶然発見した迷宮に逃げ込んだのだが、そこで封印され現在に至る……」


 悪魔が封印された理由は分かった。

 そうなると別の疑問が湧いてくる。


「あれ、じゃぁこの遺跡はなんなんですかねぇ?」

「この悪魔の記憶をダンジョン・コアが読み込んで、後から封印の跡地に作り出したんじゃないのか? ついでにエリアボスか隠しフィールドボスのつもりで……。ダンジョンに意思があるなら、それくらいの小細工くらいするだろ」

「なるほど、この悪魔が誕生した時代の遺跡を再現することで、それっぽいシチュエーションを演出してるってことかな? だが、ここのダンジョンエリアはどっから持ってきたんだろうかねぇ。まさか、ダンジョン同士で内部の構造を入れ替えることができる……とか?」

「空間を拡張できるんだから、入れ替えることなんて造作もねぇだろ」

「確かに……」


 ダンジョンに関してはゼロスやアドも詳しく理解しているわけではない。

 ソード・アンド・ソーサリスでもダンジョンは存在していたが、実際問題としてなぜ存在しているのか不明瞭なところがあり、憶測だけならいくらでも立てられるが明確な答えを知っているわけではなかった。

 いろいろと話し合う二人をよそに、悪魔の独り言は続いていく。


「長かった……苦しかった。誰も封印を解こうとする者が現れず、永劫とも言える闇の中に存在し続け、いつしか吾輩は考えることを止めたほどだ………」

「あっ、もう知りたいことは分かったんで」

「まだ話が続いていたのかよ」

「しかぁ~~しっ! 吾輩は蘇った、蘇ったぞぉ!! こうして封印が解かれた以上、吾輩の邪魔をする者はもういない。ならば、いま目の前にいる供物を食らい、少しでも力を回復させ、再び吾輩の栄光を取り戻すのだぁ!!」

「「供物って、俺(僕)らのことか(ねぇ)?」」


 二人は何となく予感していた。

 封印されていた悪魔が人間を前にしておとなしくしているわけがないことを――。


「さぁ、貴様ら。偉大なる吾輩のため、その命を捧げるのだぁあああぁぁぁっ!!」

「「やっぱ、そうなっちゃいますぅ!?」」


 ――散々語り尽くした悪魔は、本性剥き出しで本能の赴くままゼロス達に襲い掛かったきた。

 たとえ言葉が通じようとも所詮は種の異なる存在。

 求めているのが良質な魔力である限り、人間と悪魔はけして相容れない関係なのであった。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~~◇~~


【神域】――そこは神々が事象から生態系、魂や魔力の流れを一手に管理する宇宙の中枢である。

 世界とは高次元に存在している上位世界から投影された影であるが、その影を存在として明確に実体化させるためには、管理者でもある高位次元生命体による膨大な数式や術式部よって構築され、それらのシステムで動き出した事象は大本の上位世界と異なる時間や歴史を辿ることになる。

 全ては虚無や虚数の可能性から生まれ、宇宙を終焉のときが訪れるまで創造と破壊を繰り返しながら拡大を続けていき、やがては収束し虚無へと回帰していく。

 滅んでいった多くの宇宙の辿った歴史はアカシックレコードに記録され、誕生する新たな宇宙のために利用されることになる。

 その観測所でもある宇宙の中心点には、宇宙全体に起きている事象観測や自然摂理の管理を管理する領域が存在し、多くの神々や使徒と呼ばれる者達が現在、神様印の栄養剤を何本も飲み干しながら必死の形相で節理の修復にあたっていた。

 翼を授けるほどの効果でも、何本も飲み続ければ別の意味で思考が飛んでいくほど、過酷で凶悪なブラックな職場である。

 その中に、異世界から助っ人として送り込まれた最上位天使、ルシフェルの姿があった。

 

『………やぁ』

「………お刺身ブリです。主様」


 突然システムに割り込み通信を送ってきた元の職場の上司、ケモさん。

 そんな創造主に向けて、思わず舌打ちするルシフェルさん。相当機嫌が悪いようである。


『あっれれぇ~? ルシフェルちゃん、もしかしてお疲れ? なんか気力のない酷い顔なんだけど~。それにぃ~、なんかご機嫌斜め?』

「そのムカつく言い回し、やめてもらっていいですか? 本気で殴りたくなりますから。バグ取り作業中にいきなり回線を繋げられたんですよ? そりゃ不機嫌にもなります! 心配するくらいなら援軍を送ってください。作業が全然終わらないんですが……」

『あらら。まぁ、僕としても送ってあげたいところなんだけど、こちらと似た摂理ならともかく、他の世界の摂理が食いこんでいる以上、分からないことが多いからね』

「なら、他の世界の観測者と交渉してください。マジで大変なんですからね!?」


 神様印の栄養剤を片手に、やさぐれた口調で主人――ケモさんに噛みつくルシフェル。

 目元には隈ができており、かなり精神的な疲労が見受けられる。


『交渉はしているさ。けど、時間の流れを合わせられない世界も多々あってね。支援するにも調整が難しいらしい。それと……終焉を迎えた世界が一つだけあったよ』

「ハァ!? それでは、バグ持ちの魂を送り返せないではないですか! まだシステムにこびりついているしつこい魂達がいるんですからね!?」

『被害者達の魂を油汚れみたいに……。こほん、それらの魂達は元観測者に送りつけるよ。浄化したあと、記憶だけはアカシックレコードの世界書に書き記して、魂はなんとか円環の流れに戻すよう取り計らうからさ。どうせ暇こいてるだろうし、それくらいはねぇ』

「ならいいのですけど……」


 システムのデバック作業というとはいうが、実のところは発掘作業に近い。

 世界を構築するシステムというものは実に精緻で、そこに食い込んだ魂を針で少しずつ削ぎ落として回収するようなものであり、実に神経を使うような繊細な作業が求められる。

 さすがのルシフェルでも情報処理能力が足りず、ヤサグレるわけである。


『あと、戻って来たよ。例のお姉さん……』

「それは良かったですね」

『問題は、魂がかなり疲弊してるんだよ。これ、蘇生しても人格に影響が出そうなんだよね。もはや別人レベルで……』

「元が性悪なんですし、別にかまわないのでは?」

『う~ん………そうなると、多少歴史に影響が出ると言いますか………』

「多少歴史に齟齬ができたくらい、別に問題はないでしょう。どうせ私達にしか分からないことなんですから」

『それはそれで、つまらないというか……。ハァ~……』


 なんとも煮え切らない態度のケモさん。

【大迫麗美】――シャランラ一人に何があるのか、理解できずにいた。

 犯罪者が多少更生したところで、別に世界に大きな影響が出るわけではないのだから。


「彼女に何かあるのですか?」

『あるよ。彼女の失敗で、国際的な犯罪テロ組織が壊滅するんだから』

「えっ?」


 話によると本来の辿る歴史で麗美は、騙した男達に潜伏しているオタク宅を特定され逃亡し、ある犯罪組織のメンバーと偶然にも出会うことになる。

 元より他人の命を何とも思わない腐った人間である彼女にとって、その組織に身を置くことは実に居心地がよく、初老を迎えるまであらゆる犯罪を繰り返していく。

 しかし、老化に伴い犯罪の手腕は衰えていくわけで、麗美はうっかり決定的な証拠を残し世界中の諜報機関からマークされることになる。

 国際的な諜報機関の多くが血眼で麗美を追い、たまたまドバイのカジノでフィーバーしているところを逮捕され、そこから芋づる式に犯罪組織のメンバーが捕縛。

資金調達の犯罪部隊が壊滅したことにより、捜査の手はテロ実行部隊にまで及び銃撃戦へと発展し、軍隊投入による一挙殲滅で大取物は幕を閉じることになる歴史を辿るはずであった。


『――と、その歴史的な流れが無くなりそうなんだよね』

「そこは、主様が何とかしてください。得意ですよね? 世界線を好き勝手に飛び越えるの……」

『やっぱ、僕がやらなきゃ駄目?』

「諦めて下さい。それにしても、あんなクズが後の世のためになるなんて、分からないものですね」

『だから面白いんだよ、特に僕達が管理している若い世界ではね。歴史的な流れが不透明で可能性に満ち溢れているんだからさ』

「そうなのですか?」

『そうとも! これがそちらの世界の管理者であった先輩や、一度でも世界を構築したことのある先達者達だと、世界が創造された時点で終焉までの結果が出てしまう。よほどのイレギュラーが発生しない限り、前の監理していた世界の繰り返しさ。そんなの、つまらないでしょ?』


 命も歴史も円環の理の中にある。

 一度でも確認された事象は、終焉後に構築された新たな世界においても反映されるわけで、結局は似たような歴史を辿る。

それを超えていくことのできるのが、命の可能性というものだ。

 その可能性を目の当たりにしたとき、観測者たちは祝福を送るほど歓喜する。

 まぁ、その祝福のせいで、稀に人間界は酷いことになることもあるのだが……。


「代りを用意すればいいのでは? どうせロクデナシのやらかしなのですから、似たようなクズなら誰でもいいではありませんか」

『そうなんだけどさ……って、さっきから凄く口調が悪いね? 本気で少し休んだ方がいいよ』

「それができないから、こんなに苦労しているんじゃありませんか! 冷やかしなら後にしてください!!」

『あ~、うん。そうしたいんだけど、こっちも情報共有がしたくてね。そちらのアルフィアちゃんに繋いでくれない?』


 凄く嫌そうな視線をケモさんに向けながらも、ルシフェルは乱暴に端末を叩いて通信を繋ぐ。

 程なくしてアルフィアの声が響いてきた。


『何用じゃ? どこかに異常でも出たのかのぅ』

「いえ、このクソ忙しい中、私の世界の放蕩監理者がアルフィア様と話がしたいそうなのですが、ここは断るの一択で良いですよね?」

『ルシフェルよ……お主、元の世界で何か嫌なことでもあったのか? 言葉の端に凄く鋭利な棘があるのじゃが……』

「それはもう、数えきれないほどありますよ。そろそろ辞表を書こうかと思うほどに」

『そうか……。職業選択の自由はお主らにもあるし、よく考慮してまともな職場を探すがよいぞ?』

「あそこに比べれば、どんな労基を無視した企業でもまともに思えますよ。少なくとも責任者が仕事もせず、頻繁に遊びに出かけるようなことはありませんので」

『しかし、使徒が就職できるような職場などあるのかのぅ? もしや人間界に下りるつもりなのか?』

「私……女子大生になって、楽しいキャンパスライフを送ることが夢なんですよね。非道な上司のいない自由な生活がしたいです」

『そうか……』


 ルシフェルさんは細やかな夢を持っていた。

 あまりにも細やかな願いであるのに叶えられないその立場に、アルフィアはそっと涙を流すなか、通信が繋がった状態のケモさんは『ちょ、ルシフェル!? 僕を捨てるつもりなのぉ、困るんですけどぉ!?』と悲鳴が聞こえてきた。

 本能的に創造主と同類の気配を感じ取ったアルフィア。

 このまま放置でもいいが、なんのために世界をまたいで通信を送ってきたのかも気になるので、仕方がなく対話に応じることにした。


『…………こほん。初めまして、僕がケモさんだよ。本名は長ったらしいから割愛で、今後ともよろしく♡』

『軽いのぅ、これでは真面目な部下が苦労するというのも分かるというものじゃ。我の名は既にそちらも承知しているだろうから、今さら教える必要もなかろう。して、この忙しい時に何用じゃ? できれば手短に頼む』

『あ~、うん。そうだね……要件というのは、以前にあの馬鹿どもを騙くらかして得たそちらのシステムを流用したデータがあるんだけど、これでそちらの事象管理システムを復旧できないかな? 元がそちらのデータだから、まるごと書き換えても問題ないと思うんだ』

『確か、【ソード・アンド・ソーサリス・ワールド】とかいう世界のデータじゃったな。一度見て見ぬことには何とも言えぬが、できないことはないじゃろうな』

『そちらの問題は、監理システムに食い込んだ異世界人の魂と、抗体(勇者)プログラムの影響だよね。なら、問題になっているのはその惑星管理システムだけなんだし、書き換える段階でその魂もはじき出されるかもしれない。まぁ、一応データを送るから確認してくれないかい?』

『ふむ………良かろう。とりあえず確認してみるので、データの送信を頼む』

『ほいほ~い。ぽちっとな』


 ケモさん側から送られてくる惑星管理システムのデータ。流れてくる情報を精査確認しただけでも、これはバックアップデータとして充分に使える。

 現在の汚染された事象管理システムデータをそのまま入れ替えるだけで、面倒なバグ取りと魂の発掘作業から逃れられる。あとは微調整だけでシステムの復旧は容易だろう。

 だが、問題もある。


『同時進行はできぬぞ? システム丸ごと総入れ替えになるようじゃし、一度星系全域の時間を停止させる必要があるのぅ。そうなると他の星系にも何らかの影響が出そうじゃが……』

『そんなの、誤差の範囲じゃないか。星系の時間が停止したところで、他の星系は数㎝くらい移動する程度だよ。問題ないさ』

『じゃが、現行のシステムを消去することになる。その歪みは少なからず他の星系に出てしまうじゃろ』

『それでも今の状況をちまちま復旧させるよりは、なんぼかマシなんじゃないかい? 元のシステムを修復し続けるほうが遥かに面倒じゃないか。被害者達の魂回収も捗ることだし、悩む必要なんてないと思うなぁ~』

『そういう問題ではないのだ。問題なのは……』


 ソード・アンド・ソーサリスの舞台となっている惑星管理システムは、言うなればこちらの惑星管理システム少しばかり改変したバックアップだ。

 四神を騙して得たデータをもとに構築されているが、それとて神域から直接引き出した情報データをもとに再現されたものであり、多少の違いはあれ、調整すればこちらの世界でも対応できるだけの完成度である。

 しかし、今の段階でこの話を持ち込むケモさんは空気をまったく読めていない。

 二柱の観測者同士の会話を聞いていた使徒たちは、一斉に端末を激しい音を立てながら叩き、無言のまま立ち上がった。

その中にはルシフェルの姿もある。


『むぅ……。やはりこうなるか』

『ん? ルシフェル、どうしたの? 他の世界の使徒さん達も作業を続けていていいよ。これは僕たち観測者同士の話だから』


 無言の使徒たちの顔には影が差し表情は見えないが、肩が震えていることから、怒りの感情が限界値を迎えていることがよくわかる。

 そう、当然こうなることは分かり切っていた筈なのだ。

 それも、今の段階になってシステムプログラムの書き換えを提示してきたケモさんは、使徒たちの苦労をまったく理解していない駄目な上司ということになる。

 アルフィアはケモさんに記憶にある創造主と同類と確信を得てしまった。


「主様ぁ、なんで今頃になってそんなことを言うんですかぁ!!」

「お、俺達の今までの苦労は、いったい何だったんだよぉ!!」

「毎日毎日、私達は端末の前で修復作業……。お肌も荒れてるのにケアする暇もなく、目元に濃い隈まで作って頑張っていたのに………」

「三食すべて恐ろしく不味い栄養剤って、俺達じゃなきゃ死んじゃうね。フフフ……」

「無駄だったんだ……。俺達の今までの苦労は全て無駄だったんだぁ!!」


 使徒たちは慟哭した。

 なにしろケモさんが提示したシステム復旧方法は、彼らの苦労を『君達、まったくの無意味だったね。マジでご苦労様』と扱き下ろす悪意のごとき行為に等しい。

 そんな手段があるなら最初からやれと言いたい。

 しかもソード・アンド・ソーサリスの惑星管理システムは、今からでもこの世界の惑星管理システムに組み込むことで充分対応できるだけでなく、システム内に食い込んでいる勇者達の魂も、プログラム消去という手段で一気に取り出せるときた。

 今までの苦労がすべて無意味だと理解した段階で、彼らの精神は崩壊するのに充分すぎる爆弾となったのである。


「もう、やだ……。ルシフェルちゃん、ちょっと横になりますね……」

「システムを完全に復旧できるって……。調整だけならもっと早く終わっていたはずなのに、なぜ今この忙しいときを狙って……」

「早く言ってくれよなぁ……。これじゃ、我々は何のために……あれ? なんか涙が……」

「な、泣いてなんかいないわ……。これは目から汗が出ているだけよ……グス」

「絶望した! このいい加減な管理者たちに絶望したぁ!!」

『あれ? あれぇ~? これって僕が悪いの? システムプログラムはこちらでもかなり弄り回しているから、コピーと比較して元に近い状態に戻すのに苦労したんだけど……』


 バックアップどころか予備も存在していた。

 この事実に使徒たちの心は完全に折られる。


『いや、なぜ今頃になって惑星管理システムのプログラムを入れ替えするなどと言い出してきたのじゃ? 彼らの苦労を思えば、もっと早い段階でもできたじゃろうに……』

『一応だけど、僕にも仕事はあるし、これでも使徒たちの苦労を少しでも軽減させたいと思ったから、こうしてわざわざプログラムを調整して準備してたんだよ? 神威術式の比較と変更調整で少しばかり時間が掛かっちゃったけどさ』

『思うに、タイミングが悪かったのじゃろうなぁ………』

『魂の回収作業が芳しくないと聞いたから、急いで用意したのに………。これって僕が悪いわけじゃないと思うんだけど』

『日頃の行いが悪いのではないか? 他人が苦しんでいるときに、ピンポイントでダメージを与えるタイミングじゃったぞ』

『………そこは、否定できないかな』


 ケモさんは心当たりがあるのか、凄くバツの悪そうな顔で視線を背けた。

 もしこの場にゼロスがいたら、『まぁ、いつものことだねぇ。頻繁に人の嫌がるタイミングを狙っているから、もう本能に組み込まれてしまっているんですよ』と言うだろう。

 困ったことに悪意のない天然気質だからタチが悪い。


『じゃが、これで異界の魂を回収する作業が一気に進むのぅ。判明しているリストだけでも、まだ半分も埋まっておらぬのじゃ』

『うっわ、それだけ抗体プログラムがバグを起こしてるってわけ? 油汚れと例えてられてもおかしくない状況じゃん。どんだけの人数を召喚したのさ、普通はありえないよ』

『それだけ、あの馬鹿どもが愚かだったということじゃな。そして我の創造主もじゃが……』

『まぁ、あの人はなんというか、変わっていたからねぇ~。使徒も管理神も創造せず、全てオートメーションで管理する世界の構築に拘っていたから』

『しかしのぅ、完全自動化されているがゆえに、知的生命体による人為的災害は防ぎようがなかったようじゃが?』

『先輩も、まさか代行者が世界を壊す愚行を犯すとは思わなかったんじゃない? そういう細かいことは気にしない人だったし。僕を含めて他人をあまり信用しない性格だったからなぁ~、立つ鳥跡を濁しまくっているね。先輩は……』

『つまり、ぼっちだったんじゃな?』


 自身の創造主をボッチ呼ばわりするアルフィア。

 だが、ケモさんの遠い記憶の中でも、他の観測者と率先して交流を持とうとはしなかったことは確かで、否定する要素はどこにもなかった。

 ケモさんと交流していたのも同類という要素が大きく、不思議と気が合ったからこそ数少ない友人関係を築けていたに過ぎない。


『観測者を含め、神なんてものは身勝手な連中なのさ。それは僕も君も同じだよね』

『否定はせぬよ。じゃが、多少の節度は持つべきじゃろ』

『そう思えるのは、君がまっさらな存在だからだね。正直に羨ましいよ』

『そうかのぅ』

『何にしても、このデータが役に立つなら何よりさ。ある程度の目途がついたら、使徒さん達に有給休暇を与えてもいいと思う。頑張ってくれたからね』


 一応だが、ケモさんにも部下を労う程度の良識があったようだ。

 それはともかくとして、アルフィアは送られてきたシステムデータの中に、少々気になる点があったので、ケモさんに訪ねてみることにする。


『休暇は良いな。ところで、システムデータを一通り確認したのじゃが、この転移ゲートというのはなんなのじゃ? なぜに自然界のシステムとして組み込まれておる。この手の技術は知的生命体が自らの手で作り上げるものじゃろ』

『データ収集するときに、ちょうどいい遺跡をいくつか見つけてね。そちらへ送り込む人材候補者たちを選定するときに、楽しませる環境の一つとして転移システムを組み込んだんだけど、何度かのアップデートを重ねたら消去できなくなっちゃって……。やっぱ他人の構築したシステムを改良するのは難しいよね』

『さようか……。まぁ、この程度なら問題はあるまい。むしろ新たな時代の流れを楽しませてもらうとしよう。では、そろそろ我も作業に移ることにする。こちらへの助太刀、まことに感謝する』

『気にしなくてもいいよ、これは僕達の監理する世界のためでもあるからね。それじゃ、まったねえ~♡』


 観測者同士のリモート会談はここで終了した。

 それと同時に問題の星系の摂理システムを修復するため、アルフィアはさっそく銀河一つごと時間停止させ、システムプログラムの丸ごと変更を実行に移した。


「アルフィア様……本当によろしいのですか?」

『なにがじゃ?』

「元とはいえソード・アンド・ソーサリスのシステムデータですよ? それに、先ほどの話では転移ゲートシステムが残されているという話ではないですか」

『そうじゃのぅ。そこに住む知的生命体との交流が活発化する。良いことではないか』

「それ、合計二十四か所の転移ゲートが出現するということですよ? 事象に影響が出るんですけど……。記憶の書き換え、どうするつもりなんですか?」

『………あっ』


 慌てて惑星上に起きた事象変化を確かめてみると、確かに各大陸には転移ゲートが出現しており、しかも機能を開放し始めていた。

 だが、幸いというべきか、転移ゲートの殆どが人気のない荒野に埋まっているか、あるいは太古の遺跡として残されてはいるものの、重要視されずに放置されたままだ。

 邪神戦争時期にアルフィアが吹き飛ばして消滅した遺跡もある。


『人の目につく場所は二か所、あとは全て地下に埋まっておるか、我が消滅させたか、広大な原生林の中で埋没しておるのぅ。しかも転移ゲートは魔力不足で機能できんな』

「ストーンサークル内の空間を時間おきに入れ替えるだけですからね。欠点は片方のサークル内に魔力が充填されていないと、空間の交換はできません」

『これ、魔力循環経路を用意した方が良いかのぅ? これではうまく機能せんじゃろ』

「まさか、ダンジョン・コア同士を係留して……ですか? やめてください。転移ゲートがいきなり稼働し始めたら、人間社会は混乱しますよ」

『なら、埋没していない箇所を優先させよう。人間共の記憶操作もする必要はないな。そのほうが楽でよいじゃろう。残りは……予め稼働条件を付けておき、発掘した者達の手で稼働してもらうことにするかのぅ』

「それがいいですね」

『社会情勢が混乱するところも見てみたいのじゃがな………』


 こうして神々の干渉により、人間達が全く気付かないうちに転移ゲートが世界中に生み出され、やがて文化交流の大きな流れへと繋がっていくことになる。

 なににしても、世界はこうして安定していくことになった。


 余談だが、今度は召喚された魂たちの世界選別作業で追われることになり、使徒たちが忙しさに泣くことには変わらなかったという。



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