おっさん、ダンジョン内で古代遺跡を発見する
クロイサスとマカロフは、学園都市の外れにある職人街に来ていた。
彼らは新聞で魔力式モーター搭載の魔導自動車の販売を知ったが、量産に当たり大きな問題があることに気づき、前々から実験してきた魔力式蒸気機関を完全な形にするため、サンジェルマン派の研究班(学)達は、職人の力を借りることにしたのである。
今までは学生達が独自に研究し、錬金学科や魔道具学科と共になんとか形にすることはできたが、その蒸気機関はあまりにも大きく常に爆発する危険性を秘めていた。
熱せられた水の蒸気圧力に耐えきれず、タンクが膨張して破裂してしまう欠点の改善が難しいという結果が出てしまった。
一応だが蒸気圧力メーターを取り付けてはいるが、所詮は学生による手作りの試験動力機関であり、金属の専門家の意見が嫌でも必要となったのである。
問題は――目の前の鍛冶師工房にある。
「………とうとう、来ちまった」
「マカロフ……なぜ嫌そうな顔をしているんです。彼らは金属に関しては誰より熟知しているプロフェッショナルですよ? 意見を聞く程度のことで身構える必要ないと思いますがね」
「お前……よくそんなことが言えるな? 相手はドワーフなんだぞ。下手すりゃ殴り殺されかねん」
「いくらドワーフでも、そこまでの事はしませんよ。せいぜい診療所送りにされる程度ですから、ポーションでも飲めば全快します」
「充分に命懸けじゃねぇかぁ!!」
今も建物のドア奥から聞こえる怒号と悲鳴。
職人とその弟子達による阿鼻叫喚の仕事――あるいは修行が行われていることだろう。
「いいから行きますよ」
「マジかぁ~………」
扉を開き、中を覗いてみると、整然と並ぶ武器や防具の数々に目を奪われた。
ケースに入れられたナイフや壁に掛けられた剣は、その武骨な見た目にも関わらず刃は美しく研ぎ澄まされ、一つの芸術品にまで昇華されている。
「凄いな……。さすがは本職の作品」
「確かに見事ですが、ただの金属ですからね。これが魔導具であれば、どんな手を使ってでも購入するのですが……」
「お前……」
一流の職人が手掛けた作品でも、クロイサスの食種は一つも揺らぐことはなかった。
彼はどこまでも魔法研究馬鹿なのだ。
ちょうどそのとき、工房の奥から休憩に入った鍛冶師の親方が姿を現した。
「さっさと改善しねぇと、こっから放り出すからなっ! たくよぉ~……ん? なんだ、お前ら」
「初めまして、私はイストール魔法学院サンジェルマン派魔導研究部その他諸々に所属しています………」
「あぁ~、学生さんかよ。魔導士のヒヨッコがここに何の用だ?」
「実を言いますと、金属の加工について幾つかお伺いしたいことがありまして、ぜひご意見を聞かせていただきたいと、お伺いに参じた所存」
「はぁ? 今日日の学生は鉄弄りまですんのかよ。んで、お前らはどんなものを作ってやがるんだ。現物か設計図でもねぇと意見の出しようがねぇぞ」
「設計図ならこちらに――」
いそいそと蒸気機関の設計図をカバンから取り出すクロイサス。
その横でマカロフはドワーフの親方に怖気づいて硬直していた。
設計図を手にし、全体像から細かい部品に至るまで、入念に凝視するドワーフの鍛冶師。
「おい、コイツは無茶だろ。例えばこの可燃室だが、金属は熱の上昇や冷却を繰り返すことで劣化していく。ついでにこの水タンクもだ。金属は水に弱い。水に強い金属もあるが、それは高温に弱く耐久力もねぇから、こんなカラクリにはとても耐えられねぇよ」
「それでよく爆発や亀裂が入って蒸気が流出するんですよ。そうなると合金が必要となるわけですが……」
「金属の比率、配合に適した鉱物素材の選定、長いこと術式の稼働に耐えられるだけの親和性と高い耐久性。簡単にいくわけねぇわな」
「えぇ……今の試作機も魔導錬成で何度も失敗して製作した部品ですし、魔導士の技量には個人差がありますから、どうしても部品の品質にムラが出てしまうんです」
「設計図を見る限りじゃ、もう少し構造を単純化したほうがいいんじゃねぇか? しかし面白れぇ、蒸気の力でカラクリを動かすたぁ~な」
「これなら、魔力式モーターよりも安価で生産できそうな気がするんですよ。まぁ、信頼性で言えば向こうの方が上なのですが、こちらは魔力消費を抑えることが売りでしてね」
蒸気機関は熱を発生させる術式と、ボイラーで水を沸騰させることで発生させる蒸気の圧力で稼働する。そのため水をタンクに補充する術式も必要となる。
魔力式モーターのように魔力を磁力や電気変換するより魔力消費率は少なく、多くの部品の生産性や整備性の悪さを抜くと実はかなりお得な動力源だが、その構造の特性上どうしても大きくななってしまうのだ。
何よりメンテナンスに手間がかかるが、交換用の部品の量産は多くの鍛冶師たちで量産は可能であり、必要となるのは機械に詳しい技術者となる。
魔導式モートルキャリッジ以上の運搬作業が目的なので、長期の運用を目指し計画してるのだが、その動力部の製作に四苦八苦しているのが現状である。
「わっかんねぇのが、この可燃室? この横にあるパイプだが、これはなんの意味があるんだ? 無駄な装置にしか思えんが・……」
「それはですね。このボイラー内の空気を温めるだけなので、蒸気と熱の圧力による膨張で爆発してしまうんですよ。ですので、一定の圧力に達すると排気するようにできているんです」
「おいおい、それじゃ意味ねぇだろ。せっかく温めた空気が逃げちまったら、このデカブツは動かなくなっちまう」
「そこはまた蒸気が溜まるので問題ないですよ。ちょうどいい蒸気排出のタイミングを調べるのには、本当に苦労しましたよ」
「なるほどな……」
ドワーフの親方は再度設計図を念入りに観察する。
構造は単純で、蒸気をピストンホールに流し込み、その圧力でクランクを回し動力を生み出す仕組みだ。
問題なのはこの機械が大きい事と、長期せ稼働による耐久値が未知数であることだ。
しかも部品一つ一つが大きく、それ以外にも細かい部品がいくつも存在しており、これを魔導士や錬金術師が作るとなると相当な苦労を強いられることになる。
「………よく考えられてるじゃねぇか。つまり、俺らにこの部品を作ってくれってことだな?」
「はっ!?」
「えっ?」
なんか、おかしな方向に話が飛んだ。
蒸気機関はあくまでも学生主導の実験であり、量産目的の試作機を作ることではない。
完成したら国に丸投げするつもりであったが、なぜかドワーフの親方は凄く真剣に――いや、凄くやる気に満ちているようだった。
マカロフは、これが間違いであってほしいと強く願う。
その希望的な思いを込めながら、おずおずと親方に声を掛ける。
「あの……これはあくまで俺たち学生主導で行われている研究ですし、職人に部品を注文してだと予算が下りるかどうか……」
「まぁ、私達はどうしたら金属をうまく加工できるか、あるいは合金を魔導錬成で作れるか挑戦しているだけですしね。ここで職人を挟んだら我々が研究する意味がありません」
「はぁ? お前ら、御大層な学院に通いながら、こんな単純なことも分からねぇのかよ。いいか、金属っていうのは、長い技術と経験の蓄積と火との対話なんだよ! 合金を作るのだってそうだ。お前らの言う魔導錬成がどれほどのもんかは知らねぇが、多少魔術を齧った程度の奴らが使いこなせる技術じゃねぇだろ。それなら俺らに頼った方が百倍早く教えてやれるぜ? なんせ指で触れただけで金属の具合が手に取るように分かるんだからな」
「「…………」」
そう、ドワーフの職人は技術を高めることに関しては異常なほどに意欲的だ。
生まれながらの職人種族と言われているのは伊達ではなく、実際にヤバイほど仕事に関して誇りと情熱と趣味を兼ね備えた、混じりっ気なしのクレイジー・ワーカーズなのだ。
そして、新しい技術には目がなかった。
「ふむふむ、この蒸気機関とやらは、常に整備を必要とするカラクリだな。部品の交換だけでなく、動かす前に入念なチェックをしてやらんと、すぐに壊れるほど繊細だ。歯車も使い続けることで摩耗するだろうし、そう思うと何やら可愛く思えてくるぜ。手間がかかる我儘なガキほど構いたくなるもんだからな」
「まぁ、蒸気機関が稼働するなら、別に大きさにこだわる必要もないのですがね。ただ、どうしても実証実験には、目で見て分かりやすい大型の試作品になってしまいます」
「だからこそ、金属に関してはアドバイスをドワーフの親方に話を訊きたかったんだよ。試作品は俺たちの手で作り上げないと駄目だからな」
「無理だろ、そんなの。お前らは簡単に金属などと言っているが、触覚だけでしか分からない極小単位の世界があるんだ。それすら理解できねぇ奴が、いっぱしに語ってんじゃねぇ!」
金属加工の世界は奥が深い。
ミリ単位どころか、ミクロン単位の領域を経験と勘でやり遂げる職人の世界など、肉眼で確認できるはずもなく、今の時代では特に重要視されない分野だ。
だが機械部品は、ミリ・ミクロン単位の凹凸の誤差で性能に大きな違いが出てしまう。
優れた合金精製技術と、その金属を巧みに加工できる技術力。同じものを大量に生産できる技術を併せ持つ者などドワーフしかいなかった。
「というわけで、俺たちにも参加させろ。コイツはなかなか面白そうだ」
「それは、学院側に許可を取らないと何とも……」
「私達も学生ですからね。学院側が予算を握っていますし、『参加させろ』と言われても『良いですよ』なんて言えませんよ」
「そうかい。なら、俺が直談判に行ってやるよ」
「「 えっ? 」」
魔法術式を利用した蒸気機関の開発。
この実験はドワーフの親方を含めた鍛冶師達の協力が加わり、恐ろしい勢いで発展の兆しを見せ始めることになる。
同時に一部の学生達が地獄を見る羽目になるのだが、研究以外のことには全く興味のないクロイサスには、本当にどうでもいいことだった。
かくしてこの日、どこぞの派閥が管理する工房や、やけにご機嫌な土木事務所と同様に、災難を被る者達が増えることが決定したのである。
そして機械工学の始まりでもあった。
合掌――。
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躯の巨人から変化したマグマゴーレムを倒し、その後も探索を続けていたおっさんとアドは、目的の一つでもある採掘場を探し続けるも発見できず、三日目の朝をダンジョン内で迎えることになった。
よくよく考えてみると、鉱物はゼロスが大量に保管しているためアドに分けてやればいいだけ話なのだが、このおっさんは変なところで常識的なところがあり、『最近はアド君が妙に頼ってくるんだが、これはイカンでしょ。ここはひとつ厳しくいくべきだよねぇ』と、要らぬおせっかいを焼き探索を継続していた。
まるで新入社員を指導するため営業に連れ出す上司のノリで、魔物が跋扈する危険なダンジョン探索を続けていた。
鬱蒼と生い茂った草を剣で切り分けながら前へと進む。
「見つからないな……採掘エリア」
「鉄の鉱床くらい発見できてもよさそうなんだけど、全く見当たらないねぇ」
「ゴブリンが鉄製武器を持っていたことから、どこかに鉱床があると思ったんだがなぁ~」
「なければゴブリンと交渉すれば? 鉱床だけに」
「つまんねぇ~~っ」
ゼロス――いや、サラリーマン【大迫聡】であった頃の視点で見ると、アドは言われた仕事を充分に熟せるだけの実力はあるものの、経験不足でそれらの知識や能力を生かせないように思える。
就職して多少なりとも社会経験を積んでいれば状況が違ったであろうが、いざ異世界で普通の生活を送ろうにも勝手がわからず、日本での生活差と全く異なる文化なために混乱する。
『まぁ、最初はメーティス聖法神国を含めた四神たちへの復讐者だったし、裏で動いていたのも怒りで突き動かされ、他人を巻き込むことを容認するほど人格が荒んでいたからだろうしねぇ~。ユイさんの無事を知った段階でそうした感情が鳴りを潜め、再会したことで完全に腑抜け……もとい牙が抜け落ち、ようやく現実を見る余裕が生まれたんだろう。逆に言うと、やっとこの世界で生きるため何をすべきか、手探りで模索しなくてはならない状況を認識したんだろうなぁ~。』
しかも妻のユイとの間には娘も生まれており、夫として、親としていかに生活基盤を整えるのか考えに考えを巡らし、思考の袋小路に陥ったのだろうと分析する。
リサやシャクティが公爵家のメイドとして働いている事にも、アドは焦りや劣等感のようなものを抱え込んでしまい、誰かの指示なくして動けないようになってしまった。
言い方を変えると、チートな能力を持っているくせに自分に自信が持てず、何もせずウジウジと悩んでいるチキンだ。
研修を受けたばかりの新入社員がいきなり職場に配属され、先輩が多すぎて誰に仕事のことを尋ねればいいのか迷っているような、そんな心境なのかもしれない。
アドの知る【ソード・アンド・ソーサリス】の知識も、この世界では充分過剰なオーパーツ並みの技術だ。その匙加減が分からず腰が引けているのかもしれない。
『あれ、もしかして僕がアド君の指導役?』
ゼロスもアドも、この世界の歴史に名を遺すような偉業を成し遂げるつもりはない。
【魔導式モートルキャリッジ】の技術も、今の段階で充分に再現可能な比較的簡単なものであり、それらの技術向上や応用を見出すのはこの世界の人間だけでもやっていける。
そして、クロイサスもイストール魔法学院で蒸気機関の開発を行っていると手紙で聞いており、魔導式モーターを組み合わせれば電気を発電させることも可能だ。
わざわざゼロス達がそれらの研究に加わる必要はなく、それぞれが好き勝手に研究と開発を行い文明の発展させていくことだろう。こうした意見もゼロスとアドの間で一致していた。
ただ、最近のアドは軟弱すぎる。
『………将来性はあるんだが、アド君は決断力が乏しいからなぁ~。長いものに巻かれるタイプだし』
思えばソード・アンド・ソーサリスの頃のアドは、悪い意味でのイエスマンだった。
パーティーメンバーとの付き合いは良かったが、これが殲滅者メンバーとなるとカノンには扱き使われ、ガンテツには自爆装置の実験体にされ、ケモさんには強制的に獣人化させられた。
頼みごとを断れない状況にして逃げ道を塞がれていたこともあるが、それでも選択はアド自身で決められた筈なので、逃げようと思えばいつでも逃げられたのだが、彼はなぜかいつも断らず酷い目に遭わされてしまう。
その都度ゼロスが横から手を貸して被害を抑えていた。
テッドに至っては、アドと顔を合わせるたびに喧嘩腰だったので論外である。
『復讐者のときが自立できてたんじゃないかな? これを堕落というのかは分からんけど』
お互いが知らなかったとはいえ、裏工作の目撃者であったゼロスと対峙し、アドは本気で殺そうとしてきたほどクールな暗殺者に徹していた。
今ではその影すら見当たらない。
「……下がれば一つ、進めば二つとは言うが……なにを得てなにを失ったのやら」
「なんの話だ?」
おっさんの分析では、闇落ちアド=冷静沈着・非情冷徹・唯我独尊。
現在のアド=人道精神の復活・骨抜き・腑抜け・情けなし。
「方向音痴なのは知っていたけど、道だけでなく人生まで迷うことはないんじゃないかな? これで路頭に迷ったら笑い話にもならないよ」
「だから、なんの話だぁ!?」
「無論、君の今後の話だよ。少し真面目な話をしようか、アド君は気づいているかい? 僕達が本気で作った最下級のポーションでも、この世界にとって上品質だということに」
「いや、それくらいは知っているぞ」
「なら、その価格は一般的に市販されているやつよりも必然的に値段は高くなる。大儲けは間違いないだろうけど、一人で生産し続ける以上はいずれ限界がくるね。ユイさんにポーション作りを教えてもいいが、スキルレベルによる技量の面でどうしても品質に極端な差が出てしまう。それでも一本当たり1500万ゴルから最高品質で3万ゴル……一般的な傭兵にはおいそれと買えない代物だねぇ。これなら、その辺で売られている低品質な安物ポーションが何本も買える値段だ」
アドはゼロスが何を言いたいのか、いまひとつ理解できないでいた。
店を開くということは、常に商品の品質を保ち続けなければならないが、それ以上に経済に与える影響について敏感でなければならない。
高品質のポーションを製造できるということは、同業他社からの恨みを買いかねないのだ。それどころか有名になれば国からの要請に対して断れない事態になる。
好き勝手に生きることが難しくなるのだ。
「よく分からないんだが、そもそも魔法薬だけで商売する気はないし、別に問題はないように思えるが?」
「そうかねぇ? この世界のポーションは………はっきり言って、すんごく不味いんだ。僕達が作るような口当たりも良く、それこそエナドリみたいな味でもなければ、簡単なフルーツの味でもない。薬草を煮詰め濃縮したような濃厚青汁ポーションを駆逐しかねない代物なんだよ」
「ますます分からん。俺達にしか作れないなら、同業者の商売を邪魔することにならないと思うんだが、違うのか?」
「需要があるから供給も生まれる。君の作るポーションが飲みやすくて、客が他の同業者に文句をつけだしたらどうなる? 飲みやすいだけでも他の店の客を奪うことにもなるね。来客が多いのは良いことだけど生産が間に合わなくなるし、素材を集めてくる暇さえ取れなくなる。それどころか同業者を知らないところで潰し、逆恨みでユイさん達が狙わる可能性も出てくる」
「あ~………品質を一定に絞って、最高品質のやつは高値で売ればいいって話だろ? その辺りのことも理解してるって」
「そんな単純な話で済めばいいんだけどねぇ………」
品質はともかく、飲みやすいということはかなり重要なことだ。
特に味付きのポーションは未だに開発されておらず、同業者から客を奪うには充分な効果があるだろう。たとえアドにその気がなくとも知らないところで潰される同業者は必ず現れる。
美味いというだけでも充分な破壊力があるのだ。
「これは武器の性能に関しても言えることだね。僕達が作る武器って、普通のやつでもかなり高性能なんだ。それも腕のいい鍛冶師でなければ修繕できないレベルのね。高品質の武器が買えるような収入持ちを踏まえて、どう考えても客層が限定されるでしょ」
「……………貴族や騎士家か。それは嫌だな」
「ソード・アンド・ソーサリスで序盤に使っていたヤツでも、この世界では上物だ。そんなものを販売して店の名が知れ渡りでもしたら、それこそ貴族がお抱えにしようと動き出すに決まっている」
「もしかして………チートって実は異世界で凄く生きづらいのか?」
ラノベでお馴染みのチート能力で無双とか、田舎を開拓して成り上がるとか、スローライフで悠々自適に暮らすなど実はかなり難しい。
特にゼロスやアドにとってはその能力が破格すぎるため、うっかり兵器級の威力を持つ武器を作ってしまう。意図的に低品質のものを作ったとしてもこの世界では上等な代物だ。
そんな逸材を国が放置するはずがない。
「生産はユイさん達に任せればいいかもしれないねぇ」
「ますます俺って獄潰しじゃん!」
「薬草でも育てればいいじゃない? 必要な分を使って、要らなければ売ればいい。薬草は結構な額で売れるけど?」
「ゼロスさんと同じことをしろと?」
「僕は野菜を育てる合間に必要な薬草類を育てているだけで、別に販売目的じゃない。教会でもやっていることだけど、たまに卸業者へ使わない分の寮を持ち込みで売っているだけ」
「農業はなぁ~…………」
最近の若者であるアドは、農業に関してあまり気乗りしないようである。
まぁ、アドは地球でも玩具メーカーに就職予定であったこともあり、農業を営む気がないのかもしれない。
だが、この世界では一般市民は職人になるか農家、商人をやるにしても個人経営か大店の商会に就職するしかない。職人にいたっては修行期間もあるので狭き門だ。
あるいはデルサシス公爵のツテで国の工房に就職するかだ。
「そもそもチート持ちが普通に暮らすのって、難しいとしか言えないよねぇ。何をやっても目立つんだからさ。まして僕らの場合は国を滅ぼしかねないほどだ」
「それは……そうだが」
「魔導式モートルキャリッジの技術特許契約による不労所得で、悠々自適に暮らしていけばいいじゃないか。無駄遣いしなければ一生遊んで暮らせると思うぞ?」
「それは人として駄目だろ。俺は子供に無職な親の背中を見せたくはない」
「クロイサス君が蒸気機関を完成させれば、僕達でもやりようはあるんだけどねぇ」
「それって………」
「海産物の冷凍保存……。アド君でも簡単なアイテムなら大量生産できるからねぇ」
アドはゼロスが蒸気機関で何をしようとしているのか、一瞬で理解してしまった。
この世界の人間の手で蒸気機関車を完成させたのであれば、鉄道事業により行商人として他の街への行き来が楽になる。経済活性化すれば事業拡大で路線の数は増え続けていくだろう。
新技術に目がないイカレたドワーフたちなら瞬く間に完成させると確信できる。
おっさんは技術革命のどさくさに紛れて冷凍技術の特許をだし、特許使用料で悠々自適に暮らしつつ、たまに魔法薬の販売に出かけることで無理せず生活費を稼ぐつもりなのだ。
アドもその波に乗ればいいだけの話だ。
「なぁ、なんで魔法学院の学生に蒸気機関なんかを作らせてんだ? ゼロスさんが直接作ればいいだろ」
「僕は『こういうのがあるよぉ~』と教えただけさ。その後のことは独自に研究を始めたようでねぇ~。僕達が作っちゃおうと、この世界の人たちのためにならないだろ? 鉄道なんて施設は国が運営してなんぼだと思う。公共の物として鉄道を敷けば、商人の往来が活発化するし物資の運送も楽になる。船だって蒸気船にしてしまえば、季節風の流れを気にする必要もなくなるねぇ」
「魔導式モーターはなんのために作ったんだよ。蒸気機関があれば、しばらく出番はねぇだろ」
「モーターはタービンの技術に繋がる。発電所なんてできたら文化が発展するよね? 木造船から鉄鋼船になれば、蒸気機関はとても有用な動力となる。他国との貿易も盛んになるし、観光事業も活性化するかな? 10年後には手軽に旅行に行けるかも知れないよ」
「鉄鋼船……発電技術とくれば、アーク溶接か!」
「いきなり時代がそこまで進むとは思わんけど、切っ掛けくらいにはなるだろうさ」
魔法は便利だが、個人の資質や才能に大きく左右される。
魔力という不可思議なエネルギーを技術に流用し、発展させることに繋げることができるのであれば、それは才能頼りの魔法ではなく万人に扱える技術へと昇華するだろう。
今の段階では無理だが、未来では高度な技術に発展する可能性が高く、もしかしたらスチームパンクのような世界になるかもしれない。
「夢が広がるねぇ」
「………なぁ。もし……もしも、だ。この世界がスチームパンクのようになったらどうするんだ? どう考えても工業の発展から公害汚染が深刻になるだろ」
「同じことを思いついていたか……。確か、イサラス王国に工場を建ててたよねぇ? オーラス大河………汚染されるかも」
「下流のこの国、ヤバくねぇか?」
「さすがに、公害汚染が急激に進むわけじゃないでしょ。そうなる前に誰かが気付くんじゃないかい?」
「んな他人事みたいに………」
イサラス王国は国を一つまたいだ先の国なので、公害問題が起きたとしても外交を通じて文句を言う程度のことしかできない。
汚染物質のことを伝えたところで、知らぬ存ぜぬと貫かれると何もできなくなる。
「公害問題になったとして、それは国同士の話し合いとイサラス王国の対策次第だし、パンピーな僕らがどうこうできる話じゃないでしょ」
「ファンタジーでお馴染みのスライム浄化はできないのか?」
「できるとは思うよ。けどねぇ、スライムって強いでしょ。大量繁殖から進化されると面倒なんだよねぇ」
「進化かぁ~……スカベンジャースライムにアシッドスライム、単純なヘドロスライムに………」
「珍しいので、アマルガムスライムかな? アイアンスライムもあり得るか。ノーマルのスライムは弱いのに、環境次第では進化すると急激に強くなるから困る」
ゲームと同様に、この世界のスライムは恐ろしく強くなる。
勿論環境による影響が大きいのだが、これが公害汚染と環境適応能力が結び付かれるれると、過酷な環境下で成長したスライムの強さは洒落にならないものがあった。
例えばポイズンフロッグと呼ばれる体皮から毒を分泌するカエルがいるのだが、繁殖力が高く小さな池などたちまち毒沼に変えてしまう。その毒沼に共生し繁殖したスライムはポイズンスライムに進化し、凶悪な毒素で周囲を汚染するほどの害獣と化してしまうのだ。
しかもスライムは分裂で増えるだけでなく、逆に一つの個体に融合する特性も持っており、外敵に反応して結合し巨大化することで討伐の危険度が跳ね上がる。
そうなると害獣駆除も容易ではなくなり、多くの傭兵達を犠牲に倒すしか手段がなくなってしまう。生物災害は想像以上に厄介なことになる。
「スライム浄化はヤバいな」
「定期的に間引かないと、とんでもない事態に発展するからねぇ。ギガントスライムなんて洒落にならん」
【ギガントスライム】は、文字通り大量繁殖したスライムが全て集合し、レイドクラスの巨大モンスターに変化した存在だ。
こうなると物理攻撃がほぼ通用せず、魔法や属性付与された魔剣や聖剣といった特殊武器、あるいは爆発系のアイテムを駆使してなんとか倒すことができる。
ただ、自然界でこうしたレイドクラスの魔物が誕生することは非常に稀で、大抵は敵の少ない都市の下水道や浄水施設などから出現することの方が多かった。
定期的な管理をしていないことでスライムが増殖し、発見が遅れ気づいたときには手遅れの事態に陥りやすく、ソード・アンド・ソーサリスではいくつかの都市が壊滅したほどだ。
この異世界でも充分に予測できる事態である。
「スライムの間引き……おいしい資金稼ぎだったよな」
「悪臭が染みついちゃうけどねぇ~……。NPCからの好感度が駄々下がりになったっけ」
「序盤は【清浄】の魔法を使ってもらうために神殿を往復して、神官達から嫌な視線を向けられたっけなぁ~。懐かしい」
昔を懐かしむ二人。
その間にも立ち塞がる草を切り払う手は休めない。
だが、それもそろそろ面倒になって来た。
「なんか、凄く効率が悪いことをしてるよねぇ。僕達……」
「よく考えてみれば、俺達は魔導士だったよな。なんで、魔法で目の前の草を排除しなかったんだろ……。まぁ、さすがに炎系の魔法で焼くわけにはいかんけど」
「別に剣技でもよくないかい?」
「それ、威力が違うだけで、さっきまでやっていたことと変わりないのでは?」
「確かに……。じゃぁ、ここは思い切って派手に消し飛ばすとしますかねぇ。【ブラスト・タイフーン】」
前方に向けて放たれる竜巻が、遮る草を地面ごと抉り吹き飛ばし、豊かな土壌を露出させた。
だが射程距離の限界当りに到達した瞬間、なにやら建造物らしきものを粉々に粉砕した。
「おろ? 何かあったみたいだ。遺跡?」
「少しぶっ壊したみたいだが……」
「ダンジョン内の建造物は、過去に存在したものの複製物だし別に良くね?」
「それにしたって、今じゃ失われた異物だろ。歴史を知るうえでは貴重な資料なんじゃないのか? 壊していいもんじゃないだろ」
「すでに港町ひとつ消滅させているのに、今さらじゃないかねぇ?」
「いやいや、アレは俺達だけが焼き尽くしたわけじゃないだろ」
やいのやいのと騒ぎながら近づいてみれば、そこには初期文明と思しき堀と、それを囲むように大人の腰あたりの高さの石垣が並んでいた。
草むらが生い茂り全体は見えないが、おそらくは集落跡地なのだろう。
「歴史番組で見たことがあるような遺跡だな……」
「初期の石造文明というか、原始文明というべきか……その辺りの時代かな?」
「掘ったら土器が出てきそうだ」
「草ばかりだから全容が分からん」
「これはもう、燃やすしかなくね? 【ファイアー】」
「ちょっ!?」
初級魔法のファイアー。
しかし、チートなおっさんが使えばちょっとした火炎放射器だ。
遮る草を焼きながら周辺を焼く光景は、さながら焼き畑農業をしているようだとアドは思ったが、同時に『これ、どうやって消火するんだ?』と疑問も湧いた。
事実、炎は真下の枯草に引火し、周辺へと広がり始めている。
「おっ、これは水路かな?」
「ゼロスさん……周辺に火がまわっているようだが?」
「枯葉が無くなれば、火は勝手に消えるでしょ」
「そうかぁ? 火の手が弱まるばかりか、むしろ勢いが高まっているように見えるが……」
確かに火の勢が強まり、遺跡の全容が徐々にだが露になってきている。
しかし、アドの言う通り周辺に燃え広がり、森林火災ならぬ平原火災になりかねない。
だが、おっさんはこうも思う。
『どうせ無人のダンジョン内だし、別に火事になっても良くね? 誰の迷惑にもなっていないでしょ』と……。
ダンジョン・コアは新人類を生み出す実験をやっていたようだが、邪神ちゃんの復活により世界は再び魔力を取り戻しつつあり、ダンジョン内で生み出された生物は無用となった。
正直に言って気味の悪い魔物が多く、それらが少しでも減ればダンジョン内の環境も普通に戻るかもしれない。どのみち不気味生物の多くは地上に放出されても困る存在で、ゼロス達に皆殺しにされてもダンジョンに分解吸収される運命だ。
「(まぁ、さすがに殲滅はできないだろうけど……。ここ、凄く広いし)」
「今、ボソッと何か物騒なことを言わなかったか?」
「なんでもないよ。それにしてもこの遺跡、集落にしてはいささか奇妙すぎないかい?」
「そうか?」
「いや、この造りって……祭祀場跡地みたいじゃないか」
視界を覆い尽くしていた草むらが消えると、そこには周囲に無造作に切り出しただけの石柱が垂直に立てられ、円形の広場のような空間とそこを中心に築かれた建物の跡が残されていた。
広場の中央には祭壇を思わせる手頃な大きさの石が置かれ、その周りを取り囲む四本の石塔と、周りに転がる大量の土器の破片などが見受けられる。
「見たところ、【ギョベクリ・テぺ】に近い構造の遺跡だねぇ。こっちのほうが大規模だけど」
「なんだよ、その舌を噛みそうな名の遺跡は……」
「トルコ、シャンルウルファ郊外で発見された紀元前10000前~8000年前の遺跡だよ。神殿とか宗教的な目的の施設であったとされているが、あくまでも考古学的な見地からの推測で、その目的がいまだに謎なんだわ」
「………コレ、複製なんだよな?」
「オリジナルに限りなく近い複製の遺跡だねぇ。調べてみなきゃわからんけど、おそらく年代測定してもかなり大昔のものだと結果が出るんじゃない?」
「ダンジョンって………そこまで拘って複製するのかよ」
ダンジョンは惑星上に存在したものを内部に再現する性質がある。
超高度な文明期の施設や兵器、あるいは太古に存在した数々の史跡などを忠実に再現するので、たとえオリジナルの遺跡が現在存在していなくとも、ダンジョン内でそれらの存在が確認できる。
考古学的な見地からしてもダンジョン内の遺跡は貴重な資料となりえるのだ。
「だが、ここは普通の遺跡でなくダンジョンなんだよな?」
「そう……こうした遺跡にしても、絶対に何かの仕掛けがあることが考えられる。あの中央の祭壇っぽいのがあやしいよねぇ」
「あからさまだからな」
「一見して生贄の祭壇に見えなくもないけど、実際はどうなのかね……えっ、マジ?」
「どうしたんだよ」
「アド君や、あの祭壇をよく見てみるがえぇ……。あからさまなヤツが刺さっておるじゃろ?」
「なぜに老人言葉なのかはさておき………ほんとだ」
円形広場中央の巨石の祭壇。
その中央には何の飾り気もない古代のナイフらしき物が一本突き刺さっている。
近づいて調べてみると、鉄製のただの作りの悪い錆びついたナイフで、この程度であればゼロスやアドのほうが良いものを作れると思うほど些末な出来具合であった。
だからこそ、あやしい。
「これ、抜けって言っているようなもんだよねぇ」
「なんの魔力も感じないが、刺さっているのは元になった宗教的な儀式の影響によるものなのか? もしかしてエリアボスでも出てくんじゃね?」
「う~ん……もしくはボス部屋的な? ボスを倒したら祭壇がスライドして、別の階層に繋がる仕掛けとか……」
「そのパターンもあるか。んで、抜いてみるのか? このナイフ……」
「引き抜こうとしたら折れそうだよねぇ。錆びてるし……」
どうにも嫌な予感がする二人。
しかし、嫌な予感がするだけでさほど脅威と感じていないことも事実で、大抵のことであれば実力だけで乗り切れる自信があった。
「腹を括るかねぇ」
「抜くのか、やっぱり……」
「面倒なんだよねぇ。ボスをいちいち相手にするのさ」
「わかる。ダンジョンに転送魔法陣はないのかよ……。一度攻略したボスモンスターをまた倒すのって、素材目的以外だと苦痛なんだよなぁ~」
「はたして何が出てくるのやら」
ため息交じりで錆びついたナイフに手を掛けるおっさん。
錆が浮き祭壇に深々と突き刺さっているのに、ナイフはあっさり引き抜くことができた。
それと同時に石の祭壇から黒い靄が漏れ出したのだった。




