おっさん、再会していたのに気づいていなかった
アーハンの廃坑ダンジョン、二日目。
探索に三時間ほど費やしたゼロスとアドであったが、地下のはずなのに目の前に広がる海と、半ば廃墟化した港町を発見した。
長い間放置されていたのか、海岸沿いに築かれた城壁には無造作に蔦が生い茂り、崩れ去った民家や漁に使う網、腐り果てた船など港にうち捨てられたまま残されていた。
驚くことに鉄製の船が座礁したのか沈没したのかは分からないが、一隻ほどその船体をかろうじて留めたまま、赤茶けた錆ただ朽ちていくだけの無残な姿をさらしていた。
「なんか、ダークファンタジー系のゲームでも、こんな港町があったよな?」
「しかも、生物が腐ったかのような臭いも混ざったこの空気……。嫌な予感がするねぇ」
「前回はどうだったんだ? ここには何度か足を運んでいるんだよな」
「来るたびに階層が様変わりしているから、正直把握するのも億劫になっちゃってねぇ。レベル任せで強行突破していた」
正直お宝や素材収集には期待できない場所だった。
こんな場所に来るくらいなら、まだ熱帯雨林の方が遥かにマシだ。
「ここはハズレっぽいね。向こうの砂浜を見てみなよ、どう見てもヘドロだ」
「だな。いかにもブヨブヨした半透明の変な巨大軟体生物がいそうな光景だ……。見ているだけでも気が滅入る」
「絶望しかない」
入り組んだ地形の土地を有効利用するため、円滑に荷物の移動するための木製の桟橋も、手入れがされず傷んだ状態のまま残されていた。
ここがダンジョンであるということは、この港町の姿もかつては地上に存在していた光景なのだろうと思うと、何ともやるせない気分になる。
「建物は十六世紀のヨーロッパ建築風に見えるけど、海のあの汚れ具合だと産業がある程度整った十九世紀後期に近いのかねぇ? 工業廃水か何かで汚染されているんだと思う」
「昔の古い家を改築して使っているなんて話は今もあるからな。そうなると異世界でも地球と似た時代の流れを進んでいたってことか?」
「邪神戦争以前のこの世界は、既に宇宙進出するまでに至っていた。周辺の惑星へ開拓に向かえるくらいの技術力はあったんだから、かなり文明が進んでいたと思っていいんじゃないかい?」
「地球じゃ他の惑星への開拓は未だに無理なんだけどな」
「科学と魔法の技術融合が、文明の進歩を加速させたんだと思うよ」
「そう思う根拠は?」
「沖の沈没船さ」
錆びついた船には完全に倒れているが二本の煙突があり、ガソリンエンジンでは無いにしても石炭を燃料としていたか、或いは魔道具の技術を流用したハイブリット機関の可能性も高い。
そして、現在クロイサスがイストール魔法学院で、魔道具の技術を流用した蒸気機関の製作に当たっているらしく、何度も失敗をしているのだと報告もおっさんは読んでいた。
今作ろうとしているものが過去に作られていたとしても別に不思議な話ではない。
何しろこの世界は一度壊滅的な文明崩壊を起こしているのだから。
「水を沸騰させるのに、何も炎系統に特化した魔法術式だけで行う必要はない。空気を圧縮するだけでも熱は発生するし、その熱で水を沸騰させれば充分に動力になる」
「車のエンジンのような複雑な機構は要らないと?」
「動かすだけなら要らないね。何なら空気圧だけで充分な動力も作れただろうさ。あの沈没船の動力が何であったかは分からないけど、魔法術式を組み込んだエンジンを使用していることは充分に考えられる。何しろかつては魔力に満ちていた世界だったんだから」
「魔力は人の意志や術式によって性質を変化させるが、変質された現象はエネルギーを生み出したあとも消費されることなく、また元の魔力に還元されるから永遠に利用できるって話だったよな? もしかして永久機関か?」
「ソード・アンド・ソーサリスの転移ゲートがいい例でしょ」
ソード・アンド・ソーサリスに存在した転移ゲートは、世界に二十四か所点在するストーンヘッジのような巨大なサークル内を魔力障壁で包み、同期したサークル内の空間を入れ替える装置だ。
その原理は単純で、魔力共鳴と同調を利用し、ストーンサークル内の空間が位相距離ゼロとなった瞬間、互いの障壁内空間が置き換わるのだ。
だが、この現象を引き起こすには膨大な魔力が必要で、勇者召喚魔法陣の発動条件とほぼ同じなのだが、一定空間を魔法障壁で包んだ領域が入れ替わるだけで、転移が終われば包み込んだ障壁や空間内部の状態維持の術式は効力を失い、召喚魔法陣のように世界から魔力を消失させることなく大気中に拡散されていく。
「物理法則が意味をなさなくなるからなぁ……。なんでもアリだよ」
「ますます魔力って分からん」
不思議現象を意図的に発生させることのできる変異性のエネルギーというか、あるいは物質というべきなのか。感覚や技術によって存在は立証できても、その根幹をなすものが何であるのかが未だに誰も解明できず、それでも世界に存在するすべての生物が依存している謎の力であった。
「なんか、ミノ●スキー粒子みたいだな」
「お手軽、便利、なんでもアリな謎の粒子ねぇ。魔力も似たようなものか……」
「サク●ダイトやエネ●ゴンキューブでもいいぞ」
「人型兵器の試作でも挑戦してみるかい?」
くだらない会話をしつつも港町の探索を始めた二人。
案の定というべきか、そこには昼間だというのに町を徘徊するゾンビの姿が見られた。
中には少数ではあるが、鳥を思わせる黒いマスクの防護衣を着た人型の魔物の姿も確認されたが、どうにもゾンビとは対立関係にあるようであった。
「あのマスク……確か疫病医だっけか?」
「その疫病医が、なんで焼印と天秤を持っているんだろうねぇ」
「あの焼き印に触れたゾンビが燃えたぞ……。魔道具なのか」
「時代背景が分からん。ゾンビが疫病の患者だったとして、連中は患者を始末する処刑人なのかな? 天秤は善悪を測る道具として昔から宗教画などにも描かれていたから、彼らはもしかして宗教的な地位にいる医師なのかもねぇ」
「やっていることは『汚物は消毒だぁ!!』なんだけどな」
港町で繰り広げられる在りし日の惨劇。
機械式の船が存在する文明的な中で、やけに迷信めいた医療執行を行う謎の鳥マスク達と、彼らから逃げ惑うゾンビたちの姿が異様であった。
「あの焼印、回収するか?」
「要らね。あんなものを持っていたら人格を疑われるよ」
「もしかして、連中はこの港町で発生した疫病を住民ごと始末しようとしていたのか? だとしたら………」
「医療が宗教と結びついていた時代と、機械の利便さに傾倒していく境目? 技術が進歩していく一方で、根強く出鱈目な民間療法が信じられていた時期なのかも……。」
「遠目だが、あの座礁船を見る限りだと、医療技術も多少は進歩していたんじゃないのか?」
「宗教に殉じしていた医師が、頑なに信じなかったのかもね。それで起きた暴挙ってとこかな? まぁ、僕らから見たら両方ゾンビだし、容赦なく焼いちゃってもいいんじゃね」
「だな」
港町は貿易の一時的な中継地であったのか、そこそこ大きい規模だ。
だが木造家屋が多く、ここで火を放てば派手に炎上し、徘徊するゾンビたちは炎で焼かれることになるだろう。無駄な魔力消費をするよりは手っ取り早く敵を滅ぼせる。
所詮はダンジョン内に作られた過去の遺物の偽物で、元より歴史で起きた事実の真似事を繰り返すだけの存在だ。全てを灰にすることにためらいなど無い。
「どこから焼き始めるんだ?」
「海沿いからの風もあるから、あの倉庫あたりから派手に火をかけてしまおう。ゾンビの相手なんていちいちしてられないからねぇ」
「なるほど。あとは風に任せて燃え広がるのを待つのか」
「ここはなんの旨みもなさそうだから、仕方がないさ」
ゾンビだらけのエリアなど先を進むためには、苦労するだけで邪魔でしかない。
ゼロス達はかつての知り合いのようなネクロマンサーでもなく、まして呪術師ですらないので使い道のないアンデッド素材など要らないのだ。
とはいえ、そこで全てを焼き払うという選択が出る二人は、無意識に思考がゲーム脳へ切り替わっているのかもしれない。
「「 ファイアートルネード 」」
手加減なしの魔力にものをいわせた強力な竜巻が港町を蹂躙する。
建物を焼き、海側の風に煽られ火力が増し、燃え広がった炎が更に他の竜巻を引き起こし、相乗効果で更に竜巻が発生。問答無用で容赦なくゾンビたちを焼き尽くしていく。
まさに火葬だ。
「チャク・チャックの方がマシかねぇ。アレは毒爪とか触手針などの素材を残してくれたし」
「薬草と混ぜれば解毒薬になるかもしれんし、濃縮すればそのまま毒として使いようはあるんだよな~。売れるかどうかは知らんけど」
「しっかし、よく燃えるねぇ」
「燃えるな」
漆喰や瓦など使われているが、その殆どが木造製の家屋は炎に包まれ、屋内に隠れたゾンビたちは声ならざる悲鳴(?)を上げながら投げ出されていた。
そんなゾンビたちを職務に忠実な防護服姿の魔物が焼印コテでトドメを与えていた。
まぁ、その後は炎に焼かれて消えていったのだが――。
「職務のためなら命を投げ出す覚悟があるのかねぇ?」
「いや、連中は既に死んでるだろ」
「言ってみただけだよ。歴史的事実をただ繰り返すだけの腐肉人形か……。なんというか、彼らの存在を哀れに思うよ。僕は……」
「ダンジョンに生み出されたとはいえ、何のために存在していたんだかなぁ~」
「勿論、侵入者の排除なんだろうけど、敵を認識しなければ、連中はただ同じことを繰り返すだけの人形と同じだよ。明確な意志なんて残されていないだろうからね」
ゾンビという存在は、肉体に残された生前の記憶や残留思念、あるいは自然界に漂う魔力と結びつくことで死体を動かし、魔力を持つ生物を襲う魔物と化する現象だ。
ゾンビの発生原因はいくつか挙げられるが、思考できる個体は人間の残した記憶や感情といった残留思念が根幹をなしていることが多く、倒す方法も焼き払うか浄化するしか手立てがない。
おっさんは、そんな滅ぼされるためだけの存在に憐れみを感じていた。
「所詮は、ただ動くだけのロボットみたいなもんなんだろうけど」
「プログラムされた行動をするだけの機械と変わらんからな」
――ただ、その哀れみも一時的なものだったようだ。
冷静に考えたら動く粗大ゴミみたいなものである。
この哀れみも、人型をしていたから抱いた錯覚であることに、二人が気づくのも早かったようである。
「この火事、いつになったら収まるんだ?」
「しばらく燃えているんじゃないかな。まぁ、動く死体なんて放置しておくわけにもいかないし、派手に火葬してあげたほうがいいに決まっているさ」
「街ひとつを犠牲に火葬って、豪快だよな」
「いちいち相手にしていられないからね」
ゾンビにはいくつかの個体差があり、迷宮内の港町にいるゾンビは地上のゾンビのような徘徊を繰り返すタイプではなく、動きが機敏で武器を扱う程度には知能が高く、魔力を求め生者に集団で襲い掛かってくるタイプだ。
どちらかというとグールに近い存在である。
いくらゼロス達が部類の強さを持っていようと、数で攻め込まれるのはさすがに面倒であり、何より凄く気分が悪い。
だからこそ最も楽な手段を用いて焼き払っているのだが、いくらダンジョン内で被害がないとはいえ、ためらいもなく街ひとつを焼き滅ぼす決断ができる彼らは、既に文明的な日本人という枠組みから大きく逸脱していた。
しかも本人達は自覚がなくなってきていることにすら気づいていなかった。
「火が治まるまで待とうか」
「待っているあいだ釣りでもするか?」
「公害汚染で奇形化した魚が釣れそうだから、やらない」
「そうだな。釣り糸垂らしたら、カツオノエボシの化け物みたいなのが釣れそうな気がするし………」
「文明の発展と環境汚染は切っても切れない問題だからねぇ」
しみじみと語り合う二人。
その後は港町の火が治まるまで、安全な距離をとりながらダラダラと暇を潰すのであった。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
さて、随分と前にメーティス聖法神国で化け物化して暴れまわり、滅魔龍ジャヴァウォックによって倒される寸前に逃げ出した悪霊たちの中核であった魂塊――シャランラを覚えているであろうか?
そう、ゼロスこと【大迫 聡】の姉であり、プログラマー兼リーマンとして順風満帆とはいかないまでも、それなりに恵まれた彼の生活を上司との浮気で叩き壊した張本人である。
【大迫 麗美】――金にがめつく、どこまでも自己中心的で傲慢にして横暴。およそ褒められるところは顔だけという性根の腐りきった女である。
一度は死亡するも、生来の生き汚さで正体不明の不定形謎生物になった彼女であったが、ジャヴァウォックに食われて行く中で一部の盗賊たちの魂と共に本体を分離し、まるで帰巣本能を持つ渡り鳥のように、メーティス聖法神国からソリステア魔法王国のまで戻ってきた。
だが、剥き出しの魂のままでは存在を維持し続けることが困難であった。
時間が経つほどに盗賊たちの魂は未練を断ち切り全て昇天し、最後に残されたシャランラも残された魔力を徐々に失い、自我を維持し続けることすら難しく消えゆく寸前だった。
いや、それだけならば魂は回収され、元の世界で再び大迫麗美として再生され、何もかもを忘れ生きられたかもしれない。
だが、そうはならなかった。
彼女は生に対する執念は、強靭な精神力で神々の施した魂魄回収プログラムにすら逆らい、未だにこの異世界の空の下を彷徨い続けていた。
『死なない……私は絶対に死なない……』
生への妄執から魔物の肉体を乗っ取り、一時的に人型の姿を取り戻したこともあったが失われたスキルも多く、肉体は制御を失い、体組織を細胞レベルで魔力増殖暴走を引き起こし、巨人のように肥大化して人前に出られなくなったこともあった。
なんとかしようと足掻くも、暴走の引き金が魔力である以上は暴走が治まるまで魔力を消費し続けなければならず、結局は乗っ取った肉体の魔力が減衰するまで何もできることはない。
当然だが他の生物の肉体なので死ぬわけなのだが、シャランラの魂は再び肉体から引き離されるのことになり、また別の生物の肉体の乗っ取りを何度も繰り返すこととなる。
いつしか彼女の魂は疲弊し、まともな思考が働かなくなっていった。
彼女に残されたものは、『生きる』というただ一つの生存本能のみである。
『ヂカラ……イギル……ヂカラ…………』
ここまで来るともはやタチの悪い亡者だ。
広大な世界を漂いながらも、シャランラの魂は生存本能に導かれるように、最も魔力の高い場所に向かって移動していた。
そう、アーハンの廃坑ダンジョンである。
ダンジョンには魔力が満ちている。
それは、世界樹の復活によって膨大な魔力が地脈を通じ、世界中に循環を始めたことによりダンジョンの活動も活性化したことに起因する。
『ヂカラ………ミヂデイル……ゴエデ……………』
もはやまともな人格は残されていないのかもしれない。
元から正常な思考があったようにも思えないが、亡者としての本能がダンジョン内の魔力を吸収していき、力を徐々に取り戻していった。
『モッド……モッド、ジジ……ジガラヲ…………ダビナイ……』
だが、低下した思考までは元に戻ることはない。
それだけ魂が疲弊していたということなのだが、彼女はどこまでも生に固執し止まることを知らず、ダンジョン内の魔物にまたもや憑依し活動を開始した。
ダンジョン内の膨大な魔力は、確かにシャランラに力を与えた。
だが、それは生前の望んでいた人間としての姿ではなく、もはや人の醜さを体現してかのようなおぞましきものへと変貌を遂げ、それでもなお足掻き続ける。
『ヂガラ……モッド…モモ、モッドジガラヲヲヲヲヲwoh%@;z………』
彼女は今もなお魔力を求め続けている。
もはや『人間に戻りたい』という願いすら忘却の彼方へと消え去ってなお、生への執着だけは決して消えることなく、ダンジョン内の魔物を食らい吸収していった。
完全な化け物と化したシャランラであった存在は、過酷な生存競争を潜り抜け、やがては異空間第三階層の港町へと辿り着く。
そこは魂が希薄な彷徨えるゾンビの町。
ただ歴史で起きた悲劇を繰り返すだけのおぞましき演目の舞台。
地下には処刑され屍が積み重ねられ、それらを食らっていた化け物達をシャランラであったものは襲い吸収融合していたが、地上で広がった魔力の気配を感知し引き寄せられるように動きだす。
そして、運命は二人の姉弟を再び対峙させようとしていた。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
港で暢気に鍋を突いていたゼロスとアド。
暇潰しに変形武器に関しての談義を行っていたが、ここで二人は大きな問題点に気づいた。
「なぁ、ゼロスさん……俺達、変形武器やシールド、使ってなくね?」
「ショットガンもね」
「意味ねぇじゃん」
「じゃぁ、元の武器に戻そうか。なんか普通に魔法をぶっ放した方が、手っ取り早いことに気づいたよ」
「今更だな」
「武器として見るとカッコいいんだけど……」
いそいそと装備を戻す二人。
おっさんは変形武器やショットガンなどを回収し、いつものショートソードの二本差しに切り替え、アドは……なぜか背中に背負うほどの大型ショーテルを装備し始めていた。
「なに、そのショーテル……。僕は初めて見た気がするんだけど」
「【三式フレイムショーテル】だ。無理を言ってガンテツさんに作ってもらったんだよ」
「あの自爆マニアが作ったのかい? よく自爆装置を付けられなかったねぇ、珍しいこともあるもんだ。しかも二刀流……ブッピガーンでもするつもりなのかい?」
「大型のショーテルって、なんかカッコよくね?」
「そこは否定しない。ロマンがあるし……ん? 三式?」
「ドラゴン素材をベースに、核にはフェニックス素材を流用している。初期と二式は……まぁ、自爆した……」
「あ~……やっぱりやらかしてたのね」
他人から注文を受けた武器にも、ガンテツはいつの間にか自爆装置を組み込むという悪癖がある。その被害者は数知れない。
その度に『金と素材を返しやがれ!!』と被害客が押しかけて来たので、仕方がなくつまらない武器を作ったのだろうとゼロスは推測した。
「俺もあの人の性格は知っているさ。だから本命の素材は後回しにして、手頃な素材を渡して試作させたんだよ。こいつが作られた頃には、被害者が工房に押しかけて凄い騒ぎだったぞ?」
「いつもの話だね。その光景がありありと目に浮かぶようだよ」
「ついでに残りの素材を無料提供して、ようやくこいつを作ってくれたんだ。あの人、無料で素材を手に入れたら『こいつぁ~、そそるぜぇ!!』って喜んでいたな」
「手痛い出費だねぇ……」
最高傑作レベルの武器を片手間で作れるくせに、なぜかこっそり自爆装置を仕込もうとするガンテツには念入りに交渉し、なけなしのレア素材提供をすることで何とか理想通りの武器を作ってくれる。
ただ、整備もガンテツが行わなければならないので、またも希少な素材を用意しなければならないという面倒な手順を踏む必要があった。
普通に整備や調整を頼んだら、やはり自爆装置を仕込まれてしまうからだ。
「そろそろ火事が治まってきたようだよ」
「んじゃ、行くか。できるだけ希少素材を採取したいからな」
「栽培できれば楽なんだけど、温室や冷温室を作るのも面倒なんだよねぇ~。植物の群生地次第では、適度な温度調整も必要になるし、準備するのに手間がかかる」
「ガラスなら砂漠で大量の砂でも集めればいいんじゃねぇか? 砂と珪砂はインベントリで勝手に仕分けてくれるだろ。この階層の砂だと……なんか呪われそうだから嫌だな」
「寒冷地や過酷な火山地帯で育つ植物はどうするんだい? 例えば【溶岩花】なんて、とてもじゃないが栽培できないんだけど。温度調整でどうにかなるレベルじゃないからねぇ」
「んな特殊な植物は論外だろ。栽培方法が分からん」
溶岩花は火山地帯に流れる溶岩に根を張る特殊な植物だ。
別名は【フェネクダリア】といい、固まった溶岩に根を張り、地中に流れるマグマから炎属性の魔力を吸収して育つ。
翼を広げた鳥のような小さな赤い花を咲かせるが、茎や葉は金属質で簡単に採取することはできず、魔物の餌となることで種を運ぶ植生をしていた。
「耐熱効果を装備品や魔法薬に付与するのに必要なんだけどねぇ」
「繁殖地が特殊だからどうしようもないだろ。毎日庭先を溶岩にするわけにはいかんし……」
「寒冷地の植物なら冷蔵庫にすればいいだけなんだけど、溶岩は表面カチカチで内側ドロドロなんて調整は無理でしょ……。それを毎日維持し続けるんだよ? 一応は植物だから、太陽光も必要らしい。完全密閉だと育たないらしい」
「試した奴らがいるのか?」
「ある生産職プレイヤー達が、ね。『無理! マグマは無理ぃ!!』って泣いていたらしい。それだけ栽培が難しいんだろうさ」
「種はどこから採取したんだよ」
「魔物の糞からとか言ってたなぁ~……」
「うっわ………」
特殊な植物を育てるには、種の採取を含めかなりの苦労を背負うようであった。
ゲーム世界でも苦労したのだから、この世界でも不思議植物の繁殖を確立させるのは、まだまだ先の話になりそうである。
「にしても……派手に燃えたな」
「木造建築が多かったからねぇ」
港町を焼き尽くしていた炎は治まっていたが、まだ火災の熱が残っていた。
残熱が頬を焼き、建物の一部であったろう炭化した木材を踏み砕き、ゾンビを襲っていた疫病医の焼印ゴテが地面に転がっている。
だが、ゾンビたちの躯は一つも残されていなかった。
建物の一部であったが、今や炭と化して散らばる木片を踏み砕きながら、二人は港町を抜けるために先を急ぐ。
その先には鬱蒼と茂る森林が広がっていた。
「ふむ………かなり広い森だねぇ。これは採取に期待が持てるかな?」
「できれば採掘できる場所もあるといいんだがな。たまには俺も武器を鍛えてみたい」
「なら、ユイさんに錬金術でも教えなよ。生産職が二人もいれば店の経営もそれだけ安定するよ」
「いや、駄目だから!」
「そらまた、どうして」
「アイツに錬金術を教えたら、絶対に媚薬や惚れ薬を調合するに決まっている。使用するのは絶対に俺に対してだろ」
「実害が君だけなんだから、別にいいじゃないか」
『いいわけあるか!』と叫ぶアドを無視し、黙々と歩くおっさん。
確かに媚薬や惚れ薬は存在しているが、これは効果が一時的なものにすぎず、バニラ臭を強めた甘い香りがすることからバレやすい。
それほど警戒するほどの物でもないのだが、使用者がユイとなると、おっさんもなにやら恐ろしいものを感じずにはいられない。
だが、所詮は夫婦間の問題なので口を挟むのを止めた。
馬に蹴られたくはないのだ。
「……ちょ、ゼロスさん」
「なんだい?」
「地面……なんか、揺れてね?」
「地震かねぇ~」
「いや、ダンジョン内だぞ。地震なんて起きるのか?」
「ダンジョン内でも普通に地震の揺れは感じるよ。ただ、これは………」
地面が隆起している。
いや、それどころか亀裂がゼロス達の足元まで走り、次第に周囲へ放射線状に広がっていく。これで何かが現れようとしているのだと気づく。
「うおっ!?」
「これは………相当なデカブツが出るパターンかな? 勘弁してほしいところだねぇ」
亀裂は増々広く深くなり、やがて轟音とともに陥没したがごとく地面が崩れ去った。
濛々と立ち込める土煙の中から一際巨大な腕が伸び地面を掴むと、穴の中から巨大な人型の半身が現れる。
それは、多くの屍で構成された巨人だった。
頭部はまるで髑髏を思わせる様相であったが、その骨格はどれもミイラや動物の死骸を寄せ集め、植物の根のようなもので無理矢理に人型を構築しているようで、明らかにアンデッド系の魔物であることが窺える。
一見して女性のような姿だが、頭部から生えているのは長い髪でなく木の根であり、ゼロスは何故かかつての邪神ちゃんの姿を思い浮かべていた。
「(あれは巨大な頭部だったんだけどね……)なんか、これもよく燃えそうだねぇ」
「いや、水分を含んでいるようだから簡単には燃えないんじゃないか?」
「それにしても臭い」
「鼻を突くような悪臭……。これ、触っただけだけでも病気に罹るんじゃ……」
屍で作られた巨人。
体中無数にある肉瘤から黄緑色の液体が噴出し、破裂して中から二人の人間が背中合わせで融合したかのようなアンデッドが、嫌な音と共に地面に落ちてくる。
「……眷属を産み落としてんぞ」
「アレ……単に要らない部分をパージしてるだけなんじゃないかい?」
「頭が人間の頭蓋骨のような巨大鼠も落ちてきたんだけど……」
「腐ってやがる……早すぎたんだ」
「思い出したかのようにアニメのセリフをぶっ込んでくるの、やめてくれよ。どうリアクションを返していいのか分からん」
「嗤えばいいと思うよ」
「それ、ゼロスさんにか? それともあの化け物にか?」
『もっとも僕を嗤ったら殴るけどね。ムカつくし』、『理不尽!?』などとアホな会話を続ける二人。
余裕を見せている間にも、巨大なアンデッドは穴から地上へと這い出して来る。
「こんなものが存在しているということは、地下には疫病医から逃げ出した民が隠れていたのかねぇ? それにしては街の規模に比べて人口が多すぎる気が……」
「この港町、城壁や下水道があったってことは、昔は要塞だったんじゃねぇの? もしくは砦か……」
「貿易の拠点としてにぎわってたんだろうねぇ。きっと……」
「イgiRyUuuuuuuuuuuuRNoy*@Aaaa……!!」
『『 なに言ってんだか、分っかんねぇ~…… 』』
人語らしき叫びをあげているのだが、上手く聞き取れない。
そんなミイラで構築されたおぞましい巨人の双眸がゼロス達の存在を捉える。
「なぁ……。なんか、こっちを見てないか?」
「眼球ではなく、よく分からない光の玉だけどね。アレで物体をどうやって認識しているのか、少々興味があるかな」
「ファンタジーモンスターの定番だよな。改めて言われてみると不思議なもんだ」
巨人サイズの魔物に遭遇したというのに、二人の態度は余裕綽々であった。
それどころか、アンデッド系特有の光の玉としか思えない眼球のメカニズムに対し、変な興味を向けたりしている。
実際にスケルトンやゾンビといった魔物には、こうした光る玉のような眼球を持つものが多く、獲物を識別するうえで様々な憶測や推論が学者の間で議論されていた。
一説では、アンデッドの眼球は人間のように風景や人物を捉えるものではなく、目に見えない魔力の輝きを感知しているのではないかと言われている。
魔力を持つ生物に群がる習性があることから、信憑性の高い学説だと言われていた。
「ZADUUUUJIXIEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!」
「怨念がこもった叫びだねぇ」
「ゼロスさん、あの化け物になんかしたのか?」
「心当たりはまったくないなぁ~」
暢気な二人を前に屍の巨人は巨大な右腕をゆっくり持ち上げ、地面を抉り飛ばしながら肉瘤から生み落とされたゾンビ達ごとゼロス達を薙ぎ払う。
まだ燃えている周辺の建物は、この一撃の衝撃によって肉瘤から生まれたゾンビ達ごと残骸と変わり果て、土煙りと共にダンジョン内の広大な異空間へと散っていった。




