おっさん、ダンジョンの方向性が心配になる
巨大ウスバカゲロウは、アリジゴクからから羽化を果たしたした姿である。
だが、その見た目は昆虫図鑑で見られるものとは異なり、かなり不気味で凶悪だった。
何しろこの巨大昆虫は魔物で、そのうえ雑食性であり、ゴーレムなどの鉱物性質を持つ魔物以外はすべて捕食対象だ。
「羽化することは想定していたけど、これは……」
「普通のRPGではランダムで出現するタイプの中ボスだよなぁ~。ダークファンタジー系列なら第二形態は充分にあり得る姿だけど……」
「「 普通にキモい! 」」
そう、ウスバカゲロウなのは見た目にも間違いでないが、頭部にはどんな生物でも捕食できるような強靭な顎があり、胸部には獲物を捕縛して離さない鋭い爪を持った長く頑丈な脚が六本。
何よりも特徴的なのが女性の上半身のような腹部で、アリジゴクの時のような見た目は滑らかな曲線を描く美しいまでのボディライン。しかし感触はゴムのようにブヨブヨのようだ。
逆さ吊り状態でケタケタと嗤う三日月のような口に、無数の眼球がギョロギョロと動き、灰色の長い髪が箒のように垂れた頭部がぶら下がっている。
端的に言ってしまうと、ウスバカゲロウの腹に女性の上半身が逆さ吊り状態と、なかなかに人間を冒涜しているような姿なのだ。
「飛んじまったぞ。しかも短時間で腹の頭に口が形成されたんだけど……」
「カゲロウというよりは、むしろメガネウラかねぇ?」
「でかいトンボか。確かにそっちの方が合ってる気がする」
ゼロス達はボス相手だというのに余裕があった。
それもそのはずで彼らは龍王クラスと戦った経験者であり、脅威を感じない大きいだけの敵と戦うことになっても、今さら慌てるほどのことではない。
「前々から思っていたけど、あれほどの大きさでよく飛べるよな。それなりの重量があると思うんだが、やっぱ魔力で浮かせているのか?」
「フロンガスで浮いていたりして」
「ガスを溜め込む器官があると? それなら炎系統の魔法で倒せんじゃね?」
「試してみるかい? 【ホーミング・フレアアロー】」
全力ではないにしろ、幾重にも放出された魔法の火矢による連続攻撃。
その全てがゲテモノカゲロウに直撃するが、多少焦げた程度でさほどダメージを受けたようには見えない。
それどころか高速で翅を動かし砂嵐を発生させる。
舞い上がった砂がゼロス達の視界を奪う。
「うわっ!?」
「これじゃ向こうも僕らを見失うだろうに、頭が虫けら並なのかねぇ?」
「頭が二つあるのに思考は一つなのか、あるいは両方とも単細胞なのか………ん?」
「あれ……手に絡まっているこの糸、いつの間に……」
砂嵐に紛れてゼロス達の身体に絡みつく細い糸。
皮膚に触れるとわずかにだが痒みが走ったことから、弱酸性の性質があるようであった。
粘着性が強いのか付着すると簡単に取れそうにない。
同時に砂煙の先から何かが高速で飛んできた。
「避けろぉ!?」
「これは……【砂砲弾】!? この砂塵の中でどうやって僕らの位置を……って、まさか糸か!?」
「糸って、絡みついているこの糸で俺達の居場所を把握してんのかぁ!?」
「昆虫の口の他に、尻にも口があるからねぇ。そこから糸を吐き出してんじゃないかい?」
「尻って……あの腹部には確かに口はあったが、髪の毛の可能性はないのかよ」
「そう思ったんだけど、ヤツの髪は灰色だったし色が違うんだよねぇ……」
言っている間にも砂砲弾は飛来し、周囲の遺跡や瓦礫を砂に変えていく。
砂砲弾は圧縮した砂を球形に固め、高速で打ち出すことでその速力と質量により敵に叩きつけて倒すだけでなく、攻撃対象となった相手を細かい砂によってズタズタのミンチ状に削り取ってしまう地味に強力な魔法だ。
自身は砂塵の中に隠れ、まき散らした糸で獲物を感知し、間接攻撃で確実に獲物をしとめ捕食するのだろう。
「やっべ、完全に俺達捕捉されてるぞ」
「この糸、絡まるだけじゃなく地味に魔力を吸収してるようだ。ウスバカゲロウと思わせて、実はドレイン系の能力を持つ蜘蛛の魔物だったとは……」
「んなわけねぇだろ!」
「まぁ、対処法はあるんだけどねぇ~。【ヴォルガニック・ピラー】×5」
ヴォルガニック・ピラーは対象物を真下から噴き上がる溶岩で焼き尽くす、火山噴火を疑似的に再現したかのような魔法だ。
ゼロスはボスエリアの広さを既に把握しており、巨大ウスバカゲロウの位置を予測しつつも周囲に五か所の疑似噴火を引き起こし、砂のフィールドを溶岩へと変貌させた。
更に発生した熱量によって吐き出される糸を焼き切り、砂塵による目隠しすらも無効化させ、醜悪なボスの姿を浮き彫りにさせる。
「熱かろぉ~、つらかろぉ~?」
「んじゃ、地面に叩き落とすか。【サンダーレイン】」
一方的な攻撃を可能とする特技が崩され慌てる巨大ウスバカゲロウに、雷の飴が降り注ぐ。
雷系統の魔法は麻痺のデバフ効果があり、その効果を受けてしまった巨大ウスバカゲロウはそのまま灼熱化した地面に落下し、熱による地形効果ダメージを受けてしまう。
「文字通り、『落ちろ、蚊トンボ!』ってやつだねぇ」
「まぁ、せっかくの素材が駄目になるけどな……」
「君は、あんな生物の素材が欲しいのかい? 昆虫系の魔物って耐熱性がすこぶる悪いんだよねぇ」
「その代わり軽くて頑丈だそ? さすがにアレは要らんけど」
溶岩の中で熱に苦しみ暴れ回る巨大ウスバカゲロウ。
このまま放置でもダメージを与えられるが、完全に仕留められるとは限らない。
ついでに言うと、足場が溶岩化しているので近づいて攻撃することができない二人であった。
「こいつ、絶対に脳が二つあるタイプだろ」
「分かりやすく頭が二つあるからねぇ」
「そろそろトドメにしないか?」
「翅も燃えてるようだし、逃げられることはないだろう。熱の次と言えば?」
「冷気」
「「【コキュートス】!!」」
ダブルで放った氷結範囲魔法。
瞬間的にマイナス40度の極寒地帯を生み出し、範囲内の全てを凍結させる攻撃魔法だ。
溶岩と炎に焼かれていた巨大ウスバカゲロウは、一瞬にして地形事凍結させられる。
そこへ二人は一気に距離を詰める。
「アド君、上の頭は任せた!」
「了解!」
二手に分かれ、アドは昆虫の方の頭部に可変剣を延長モードにし、ゼロスは下半身のヒューマンヘッドに左手の小盾に仕込まれたパイルバンカーを、それぞれ同時に叩き込んだ。
破砕音と爆発音が同時に響き、それぞれの頭部が無残に砕け散る。
身動き取れない状況からの致命的な一撃を食らい、巨大ウスバカゲロウは冷却された溶岩の上に崩れ落ちた。
「死んだか?」
「それ、フラグだからやめてくんない? まぁ、死んでいるとは思うが……」
ダンジョン内で死んだ生物はダンジョンに吸収される。
全てが吸収されるわけではなく、しばらくすると昆虫の甲殻やブヨブヨとした皮などが残され、ゼロスたちはそれを嫌々ながら回収する。
最大の収穫は両手で持つほど大きな魔石も残されていた。
「この魔石、売ったらいくらくらいになるかな?」
「さぁ~? 僕はいらないから、アド君が売るなり食うなりしてくれ」
「食うか!」
「それと………宝箱」
「はぁっ!?」
巨大ウスバカゲロウが消滅した地点から少し離れた場所に、無駄に豪華な宝箱がいつの間にか出現していた。
戦闘中は確かに見かけなかったのに、忽然とその場に置かれているのだから驚く。
「これ、ダンジョンの仕様ってやつか?」
「中身はあまり期待しない方がいいよ? お宝は人によって価値が異なるし、中にはとんでもないものもあるからねぇ。以前来たときにはブルマが出てきた」
「ブルマ? ヘッ……? なんでブルマ?」
「しかも意外に高性能ときた」
「高性能? ブルマが高性能ってどういうこと!?」
意味不明だった。
特定分野の方々には喜ばれるかもしれないが、アドが欲しいのは金になりそうな売れるアイテムであり、ネタアイテムなどはお呼びではない。
宝箱からブルマなどが出てきても扱いに困るだけで、正直に言って持ち帰りたいとすら思わない。何しろ使い道がないのだ。
「夜のプレイには使えるんじゃね?」
「心を読むなや! 俺はそんな特殊な趣味はねぇ!!」
「まぁ、ブルマだけあっても困るよねぇ~。一式揃えていないことには、さすがに特殊なお遊びもできないか……」
「そっちの話はどうでもええわっ!! それより、何で宝箱から変なもんが出るんだよ」
「僕に言われてもねぇ~。それこそダンジョン・コアに聞いてみないと分からんよ。それより開けてみなくていいのかい?」
「罠があるかもしれないから、先に調べる方が先決だろ。爆発でもされたらかなわん」
『それもそうだ』と言いつつ、おっさんは宝箱を調べ始めた。
僅かに開いた隙間から針金を通し、仕掛けがないかを確認してみると、なにやらワイヤーのようなものが張られており、蓋を完全に開くことで罠が発動する仕様であった。
鍵穴に仕掛けがなかったことが幸いである。
「ワイヤートラップで助かった」
「外せそうなのか?」
「ワイヤーは一本だけ……。ってことは、ポイズントラップだと思う。開けたと同時に毒瓶が落下し、ガスを発生させる仕様だと思うんだが、爆発するタイプの可能性もあるねぇ」
「障壁の魔法を張れば大丈夫じゃね?」
「それもそうか。んじゃ、【フォースバリア】」
「爆発時の障壁展開は任せろ」
一般的に障壁魔法は対象物の周囲を包むか、一方向に向けて展開する魔力の壁を指す。
しかし、それではダンジョン内で宝箱などに仕掛けられた罠などに対処できず、少なからずダメージを負ってしまう。また細やかな作業中に身を守ること合出来ない。
しかし、フォースバリアは自身を球体の魔力の障壁で覆う。
多少の伸縮性もあることから、作業を行いながらも身を守ることが可能だ。
普通の障壁魔法がコンクリートの壁なら、フォースバリアは分厚いゴムだと思えばよいだろう。衝撃を受けとめるのではなく衝撃を減衰させることに重点が置かれていた。
だが弱点もあり、薬物や化学反応を利用した物理的な現象による衝撃などには強くとも、魔力により発生した現象には比較的に弱く、ファイアーボール程度の魔法でも簡単に貫通してしまう。
そのためアドがフォローに入った。
「さぁ~て、なにが出てくるのか楽しみだねぇ」
慎重に蓋を開けてみると、内側からピンク色のガスが噴出したがダメージを負うことはなかった。
この手の見た目が分かりやすいガスは、大抵が魅了系か混乱を与えるタイプとおっさんは判断する。それはアドも同様だった。
「毒じゃなくてよかったじゃん」
「ある意味では毒かも知れないよ。まぁ、直接確かめたいとは思わないけど」
「んで、中身は何だった?」
「ちょい待ち……ポーションが5つと、これは………」
「ゲッ………なんで!?」
宝箱から出てきたもの。
それは黒のブラジャーだった。
別の意味でお宝である。
「しかもGカップだ………。ユイさんへのお土産にするかい?」
「殺されるわ! どんな嫌がらせだよ」
「ブルマの件もあるしねぇ………」
「このダンジョン、本当に大丈夫なのか? 主に方向性だが……」
「邪神ちゃんの趣味なのかねぇ?」
遠くで『そんなわけがあるか!』という声が聞こえた気がした。
「それよりも採掘場を探しに行こうぜ。中年がそんなもんを持っていると、絵面的に悪いしさ」
「そだね……。なんか一気に疲れたよ。精神的にだけど……」
「ありがたくもねぇ、討伐報酬だ」
ダンジョンに一発かまされて精神的にダウンした二人は、ポーションだけを貰ってその場から離れ先を進む。
黒いブラジャーは宝箱に掛けられ、虚しくその場に残されたのであった。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
メルラーサ司祭長はいつもの気まぐれで旧市街の教会に立ち寄っていた。
そこでルーセリスに邪神ちゃんと神官達の間で取り交わされた聖約の話をする。
本来は神器の件を含め機密扱いなのだが、お茶をしながら世間話でもするかのように情報漏洩をするメルラーサ司祭長に、ルーセリスは呆れていた。
まぁ、いつもことである。
「…………ダンジョンが各地に出現するのですか?」
「そうさね。んで、神様はアタシらに人間が滅びないよう動けって言ってきたさね。しかも今ある迷宮も注意が必要だという話さ」
「あの………普通に人手不足ですよね?」
「そこはアダン……司教が手を打ってくれているよ」
「今、アダン司教のことを呼び捨てにしようとしていましたよね? それで、他の神官の方々とはどんな話し合いが行われたのですか?」
「とりあえずは人手を確保するまで静観。ある程度集まったら、大々的に医療活動に参加する予定さね。ちょうどこの街の近くにも迷宮はあるからねぇ」
神官達の仕事は基本的に医療活動か、擁護院での孤児達の教育くらいのものだ。
四神教が邪教認定されたため、現在は改宗を理由に布教活動を完全に停止し、手の空いている者達は率先してボランティア活動に従事していた。
もっとも彼らの活動は以前から行っていたものなので今さら感があるのだが、やらない善行よりもやる偽善と言うべきか、以前にもまして活動に力を入れている。
「あ~そうそう、あんたらが考えた新しい旗の紋章、みんな気に入っていたよ」
「申し訳ありません。勝手に決めてしまって……」
「かまわんさね。いずれは会議でも開いて喧々囂々と話し合う予定だったんだ。手間が省けたってもんだよ。ヒャッヒャッヒャ♪」
ルーセリスの改良神官服に描かれている邪神ちゃんの姿を図形で簡略化させた紋章は、どうやら神官達の新たな旗印として好評を得たようで、勝手に神官服を改造したことに対するお咎めもなしでルーセリスは少し安心した。
「ただねぇ~……あの神官服のデザインは年寄にはキツイさね。若い女司祭には好評のようだけど、野郎共も新しい神官服が欲しいって話になっちまってねぇ。いま職人のところに注文しにいるって話さね」
「まさか、そんな話になっていたなんて思いませんでした」
「急に総本山が潰れちまったし、しょうがないさね」
メーティス聖法神国が滅びて一番混乱したのは各地の教会や神殿にいる神官達である。
反抗勢力というか危険分子扱いで他国へ島流しにされた神官達の中で、ソリステア魔法王国にいる神官達は比較的に冷静に行動している。
元より本国に対して不満を持っていた者達が多いので、今さら総本山が潰れたところで『とうとう潰れたのか』程度の認識であり、アルフィアが顕現した今となってはどうでもよくなっていた。
煩く騒いでいるのは彼らの監視役であった上級神官達である。
「貴族出身の神官の方々は、今頃は何をなされているのですか?」
「相も変わらず金・金・金さね。もっとも、アタシらはもう連中に従う気も、つき合うつもりもないからねぇ。きっぱり断ってるよ」
「それでもめげずに四神教での地位を持ち出してくると思いますけど……」
「そんときは、『アタシらは改宗した。これ以上はアンタらと関係を持つつもりはない』と拒絶すればいいさね。それよりも問題なのは………。これから出現するとかいう迷宮さね。魔物の放出が始まれば、アタシらも最前線で医療活動をしなくちゃならない」
「私……戦闘訓練をしばらくしていないのですけど」
「そう、今の神官達は戦う術を持っていない。このままでは全滅は確実だろうねぇ」
護身術程度の戦闘技術は学んでいるが、神官達の戦闘技術はたいしたことはない。
それはルーセリスも同様で、大型の魔物を相手にしてもまともに戦えるとは思っておらず、メルラーサ司祭長が危惧することも理解できた。
人と魔物が入り乱れる乱戦状態に陥ったとき、対人戦闘の訓練しか受けたことのない神官達は、自分の身を守ることすらできないのだ。
「ルー……アンタも今のうちに錆落とししておきな。魔物相手に対人戦闘術なんて役に立たないからねぇ」
「今の私はジャーネよりも弱いですからね。子供達と戦闘訓練を受けるべきでしょうか……」
「あの子らも独り立ちするんだろ? 邪魔をするんじゃないよ。今後のことを考えるなら自分で鍛え直しな」
ルーセリスは脳裏にコッコ達と訓練をする自分の姿を思い浮かべる。
子供達はコッコ達と競い合いながら戦闘技術を学んでいるが、そこに自分が加わる光景を想像し、あまりのシュールさに苦笑いを浮かべた。
さすがに恥ずかしい気もするが、だからと言ってこのまま何もせず来たる時が迫った場合、ルーセリスには乗り切れる自信がなかった。
「やはり訓練しないと駄目でしょうか」
「駄目だね、アタシより先に死ぬことなんて許さないよ。ついでにアンタの旦那に魔法でも教えてもらえばいいさね。あっ、ジャーネの奴もか」
「まだ結婚していないんですけど……。それより神官が魔法って………まぁ、攻撃手段が多いに越したことはありませんが――」
「未曽有の危機が来ることを先に知っているのに、備えておかないのは馬鹿のすることさね。後になって後悔するくらいなら今のうちに動いておきな。ついでに結婚もねぇ」
カップの冷めた紅茶を啜りながら、メルラーサ司祭長は戦う準備を始めることを促す。
それだけ事態を重く見ているということなのだろう。
「さて、茶も飲んだことだし、そろそろ帰ろうかねぇ」
「いつも突然すぎますよ」
「茶菓子までは期待していないさね。また来るよ」
言いたいことを言ったら直ぐに帰るメルラーサ司祭長。
帰る間際に『武器の点検も一応はしておきな、罅でも入ってたら致命的な失敗に繋がるんだからねぇ』と言い残し、颯爽と帰っていった。
そんな背中を見送ったルーセリスは、溜息を吐きながらも自室に戻ると、ロッカー内に入れておいた武器を取り出して点検を始めた。
武器1 モーニングスター(品質がいまいちの支給品)。
武器2 メイス(実用性を兼ねた儀礼用武器)。
武器3 アックス(修行前にメルラーサ司祭長から譲り受けた片刃斧)。
武器4 鉈(刃の分厚い護身用の片手武器)。
ルーセリスの武器は、力任せに叩き潰すかカチ割る武器に限定されているようである。
モーニングスターはともかく、普通の神官であればメイスや杖、或いは棍が一般的だ。
これらの武器から見てもルーセリスの内面が交戦的であることが窺える。
「錆はないようですね………。」
気分が重かった。
これから出現する迷宮よりも、今現在において確認されている迷宮からの魔物の暴走による危険性を知り、ルーセリスは戦闘経験を積むかどうか悩んでいた。
しかしながら頼みのゼロスはどこかへ出かけ、ジャーネ達も傭兵ギルドの依頼を受けて外出中のこともあり、相談する相手がいない。
「鈍った体を鍛え直すのに、時間は足りるのでしょうか? ハァ~…………」
まだ迷宮による被害は出ていない。
しかし、それは嵐の前の静けさにすぎず、事が起こるまではなんの予兆も確認することができない。
そして、気づいたら魔物が大軍で押し寄せるなんて事態の例を、城塞都市に住む者達であれば多少なりとも知っている。
ついでに言うと迷宮はこれからどんどん増えていくことになる。
「ジャーネ達も生活費を稼がねばなりませんし、困りましたね」
教会裏の隣人が家を留守にするのはいつものことだが、相談したいときに居てくれないのは本当に困る。
また、ジャーネ達と行動してしばらく鍛えるにも、場合によっては仕事の邪魔をしてしまいかねない。単独で鍛え直すにも無理がある。
「………思い立ったら即行動。しかたありません」
そう呟くと、アックスを手に持ち裏口へと向かう。
この日より、ルーセリスまたもコッコ達と戦闘訓練を始めるのであった。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
巨大ウスバカゲロウを倒したあと、ゼロス達のいた場所近くの遺跡が突然崩れ、先へ続く道が出現した。
わずかな明かりに照らされただけの通路を進むと行き止まりで、不審に思ったゼロスとアドであったが――。
「「 あぁあああああぁぁぁぁぁぁっ!? 」」
――突然足下が崩れ下層へと落下した。
「また落とし穴……。それに随分とタイミングがいいな。こりゃぁ~、ダンジョン・コアが操作でもしてるのかねぇ?」
「んな暢気なことを言っている場合か! 下を見ろよぉ!!」
「おぉ!? 第四階層直通かぁ~、まさか落とし穴で強制移動させられるとは思わなかった」
迫りくる広大な森林の地面。
そして、真っ逆さまの状態で落下中のアド。
その時、おっさんは何かがひらめいた。
「ちょっ!?」
アドの首を肩で押さえると同時に両手で彼の両足を太もも辺りで抱えロックし、そのまま重力に任せて降下する。
ほぼ同時に地面に着地した瞬間、衝撃が全身を走る。
見事にバスター技が炸裂した。
「ぐはぁ!!」
「……………やっちまった。あまりにもタイミングが良かったから、気づいたら、つい――」
「――つい……じゃねぇ! なに………バスターかましてくれやがんだよぉ!!」
「いつかやってみたいと思っていた。小学生の頃の念願が叶って満足だよ。ありがとう、アド君………君には感謝している。そしてグッバイ、あの頃の少年の心」
「ふざけんなぁあああああぁぁぁぁっ!!」
本気で感謝の涙を流しているおっさんの首を、アドは両手で絞めていた。
まぁ、まだバスター体勢のままだから、見た目的にはかなりシュールな光景ではあるが……。
「はっはっは、苦しいじゃないか、アド君……」
「今のうちにアンタを殺っといたほうがいいと思ったからなぁ!」
「思ったよりも威力がなかったようだねぇ。首・背骨・股裂きの三点責めじゃなかったっけ?」
「ざけんなぁ、本気で痛かったんだぞ! なんてことしやがる!!」
「ごめん、三大奥義のスパークの方が良かったんだね。ただ、空中だと複雑な体勢変更で技を決めるのは無理なんだ。未熟ですまない………」
「掛けられる技の種類で怒ってんじゃねぇんだよぉ!!」
言われてみれば恥ずかし固めを極めたままであったことに気づき、おっさんが即座に手を離したことで、アドは地面に転げ落ちた。
「このおっさん、とんでもねぇ真似しやがって……」
「男なら、一生に一度は綺麗にバスターを決めてみたいだろ? 次はアド君もいることだし、人型の魔物でドッキングの方も試してみるかい?」
「誰がやるかぁ!!」
不機嫌なアドをよそに、おっさんは周囲の状況を確認する。
第三階層は荒廃したゴーストタウン状態だったが、第四階層は原生林に覆われたエリアのようである。
遺跡のようなものも今のところは見当たらず、獣の息遣いを随所で感じられた。
「1・2階層と同じで採取エリアかねぇ? 三階層が異質だっただけなのか……う~ん」
「チッ………これじゃ地上と変わんねぇな。採取できる素材もたいしたことがなさそうだ」
「やさぐれたねぇ」
「誰のせいだよぉ!!」
「うっかりバスター掛けちゃったのは謝るよ。ただねぇ、ここに来た理由も君の都合が大きな要因だし、考えてみると売れそうなものという漠然とした理由なだけで、アド君が何を求めているのかが不明瞭なままなんだよねぇ」
「うっ!?」
アドが求めているのは金になりそうなものという、要は売れればどんなものでも構わないと、不鮮明な動機でアーハンの廃坑ダンジョンにまで来た。
金属などは採掘場を発見しなくてはならず、しかしダンジョン内は広大ときている。
しかも戦利品は今のところ魔物の魔石くらいで、採掘できる場所も確認されてはいない。
ゼロスの立場はあくまでも道案内役であり、探索するのはアド自身でなくてはおかしい。ゼロスが最後まで面倒見る必要性はないのだ。
「君は何を探しているんだい? 希少な薬草? それとも鉱石や宝石かい? あるいは魔物の素材か………全部を求めるにはここは広すぎて無理がある。先ずは何を優先するのかを決めて欲しいところなんだけどねぇ」
「優先? 適当に魔物を倒していって、採掘場で鉱物資源と宝石の確保と思ってたんだが……」
「その採掘場がどこにあるのかが不明な現在、魔物の素材を優先ってことでいいのかい?」
「いや、上階層だとたいしたものは無いと思うし、下層まで安全にいけたらいいかなぁ~と思っているんだが、無理そうか?」
「無理だね。以前に比べて構造が単純だが、生息している魔物の種類や強さが大きく変化してるし、フィールドも空間拡張でかなり広くなっているときた。採掘場なんてピンポイントで発見できそうにもないぞ」
「なら、錬金素材が無難か………」
「上層でもそれなりに採取できるし、そこそこ魔物素材もゲットできる。あとは君が加工して、魔法薬なりやばい薬なり売ればいいと思うんだけど、それは君の腕次第かな」
「むう……」
アドも錬金術のスキルが使えるが、ゼロスに比べてレベルは低い。
まぁ、この世界においては天上の人クラスの技量になるのだが、当の本人はそれをまったく理解していないのだが……。
勿論戦闘面では『あれ? 俺ってやばくない?』と技量において危険だという自覚はあるが、錬金術などで作られる魔法薬は他人も服用することがあり、自ら率先して作ることは少なく、また売ろうとすら今まで思ってたことはなかった。
そのため商品を作ってして売り出せばいいというゼロスの提案もどこか消極的で、『ゼロスさんも手伝ってくんない?』と指示待ちの他人に寄り掛かるスタンスを取っている。
要は自分の技量や行動に自信がないのだ。
そして、ゼロスはこうした能力があるのに、自分に自信が持てない部下達の姿を大勢見てきたこともあり、アドの姿勢には理解があった。
「生活のために自分の店を開くんだろ? なら、もう少し積極に行動するべきだねぇ。将来が不安なのも分かるけどさ、君は自分が恵まれすぎているということを自覚した方がいい」
「自重していても、時々タガが外れるゼロスさんに言われてもなぁ……」
「失礼な。こう見えて僕は充分に自重してるさ。気まぐれで販売している魔法薬なんかも、【ソード・アンド・ソーサリス】内では中堅勢が使用するような品質に抑えてある。それでも破格な効果なんだよ。この現実の異世界ではね」
「嘘だろ……アレで自重していたのか!?」
「君だって軽ワゴンなんて作ってるじゃないか。アレだってソード・アンド・ソーサリスでは中盤でお世話になる飛空戦と同等だし、この世界では産業革命を引き起こす大発明だぞ? 分かりやすく言うと、君は地球でいうところのアインシュタインやニコラ・テスラ並みの天才扱いになる。アド君……君はねぇ、自分で思っているほど自重なんてしちゃぁ~いないのさ」
この世界において、ソード・アンド・ソーサリスの序盤から中盤に入る程度の技術だけで充分に稼げ、しかも破格性能のぶっ飛んだアイテムまで製作できるということだ。
例えば魔導銃だが、これもソード・アンド・ソーサリスに実装されていたとしたら、序盤でしか使い道がない武器だ。
現実世界においても魔法障壁を張れない一般人に対しては脅威でも、圧倒的な魔力による防御力を持つ龍王クラスの魔物に対しては効果がなく、魔法障壁だけで銃弾は弾き返されてしまう。
雑魚を一掃できても、それ以上の存在には効果が薄くなるのだ。
「これから、この世界はゲームシステムのような摂理が顕在化してくる。魔導銃のような武器も今は驚異的に見えても、将来的にはゴミ扱いになるかもしれない」
「そらまた、なんで?」
「人間が魔物のように上位種へと進化するからさ。体の耐久力もそうだが、身体能力も極端に上がることになる。そう、僕達のようにねぇ」
「銃弾を生身で弾き返す、超人みたいな種に変化することもあるのか」
「極端な話をすればねぇ。ただ、それとて数百年くらい先の話じゃないかな? 先ずは激動の時代を生き抜かなければならない。戦争なんかしている場合じゃないんだよ」
「じゃぁ、俺達は何をすればいいんだ?」
ゼロス達転生者は既に役割を終えた存在だ。
今後はこの世界で自由に生きるために行動しても誰も咎めはしないだろう。
アルフィアですら容認しているのだから、なるべく影響を与えないよう適度に遊びつつ、必要な時にソード・アンド・ソーサリスの効果過剰アイテムを生産放出すればいい。
そんなことを気楽に話すおっさん。
「国が協力を要請してきたらどうすんだ?」
「条件にもよるかな。まぁ、そのときはレシピでも売ればいいし、権力を振りかざしてきたら別の国に逃げるけどねぇ」
「実際、ゼロスさんはどこでも生きていけそうだからなぁ~」
「今は足元を固める方が先決でしょ。そのためにも手に入れられる素材は多いに越したことはない。ほら、直ぐそこに【ハッチマーヤ】がいるよ?」
「マジ? あのハッチマーヤが!?」
蜂型の昆虫魔獣――ハッチマーヤ。
女王バチを中心としたコロニーを形成するミツバチだが、その大きさが2m近くある巨大蜂で、花の花粉だけでなく糖分の多い樹木の樹液を集める習性がある。
尻の針には象すら一撃で倒す強力な毒性があるが、アルコールと混ぜることで毒性は薬効成分に変質するので、魔法薬の素材として希少価値が高い。
だが、真に価値があるのは蜂蜜やローヤルゼリーで、その希少価値は伝説級。
魔物にしてはおとなしい習性をしているが、さすがに巣を荒らされれば集団で襲い掛かり、針の毒か蜂球による熱量によって衰弱死される。
「【ゴールデン・ローヤルゼリー】、いくらで売れると思う?」
「売れないと思うよ。おそらくだが、持ち込んだ先で騒ぎになって、値が付けられないうちにあれよあれよと王家に献上されるに決まっている。ひと舐めで10歳は若返ると言われるほど栄養価が高いからねぇ」
「確か、【若返りの秘薬】や【回春の秘薬】にもたっぷり使われてたよな?」
「カノンさんも無駄に使ったもんだよ。両秘薬を精製するのに大量に集めたけど、その殆どがゴミになって消えたしねぇ。副産物で変な魔法薬もできたようだが、服用したら全員がヒャッハーになったもんなぁ~」
「レイドで各プレイヤーに試供したアレ……副産物だったのか。無料で配ってたから怪しいと思ってたんだ」
「彼女にボランティア精神を求めるだけ無駄だよ。副産物の魔法薬の効果を知りたかっただけの、ただの実験だから……」
昔話を語り合いながら、二人はハッチマーヤの追跡を開始する。
一時間ほど原生林を歩き回り、フィールド端の断崖に巨大な巣を発見するのであった。




