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おっさん、ダークファンタジー世界に迷い込む



 おっさんがアドを連れアーハンの迷宮へと足を踏み入れている頃。

 ルーセリスたちは空いた時間でお茶をしていた。

 教会の子供達はそれぞれ荷物をまとめ始めており、自立する準備の真っ最中。そんな彼らの光景を懐かしそうに見ていた。


「……独り立ちか。もうそんな時期になるんだな」

「私の場合は自立する前にメーティス聖法神国に向かいましたから、ジャーネのように感慨深い思い出はありませんね。戻ってきた頃はみんな自立していましたから」

「まぁ、お前の場合いはな……。あの頃、みんなルーがいないことに残念がっていたぞ?」

「戻ってきたら全員に囲まれましたけどね」


 昔を懐かしむには若い二人だが、こうして孤児だった後輩達が巣立っていく姿を見ると、時の流れとは早いものだとしみじみ思ってしまう。


「これから、あの子達は私達の後輩になるのよね? 一人前になるまでしっかり指導してあげないといけないわ」

「いや、あいつらに傭兵としての心構えなんて必要か? 知識も実力も私が独り立ちした頃よりあるぞ。正直羨ましい」

「レナさんの場合、何か別の目的があるように思えるんだけど……。ラディ君とジョニー君あたり狙ってない?」

「レ、レナ………? まさか、お前………」

「失礼ね。いくら私でも、知り合いの子に手を出すほど見境がないわけないじゃない。あくまでも先輩として心配しているだけよ」


 しれっと否定するレナだが、彼女は以前にイリスを男子化させて襲おうと企んだ前歴がある剛の者だ。いや業の者であろうか?

 とてもではないが信じ切れる要素がどこにもない。

 何しろ少年と聞いただけでハンターと化す恥の探究者なのだから。


「……でも、自分の意思で私を求めてきたら仕方がないわよね?」

「「「 レナ((さん))!? 」」」


 言ってる傍からやはり信用できなかった。

 イリス達にはレナが平穏な家庭を築けるのか想像できない。

 むしろ生涯現役で変質者を貫き通す姿しか思い浮かばないのだ。


「「うわぉう!?」」

「どうしたの? ジョニー、ラディ?」

「いや…………なんか、途轍もない怖気が…………」

「狙われているような、それ以上におぞましい寒気を感じたんだが………」

「干し肉、ジャーキ……ソーセージにハムと、おいらの準備は万端さ」

「いや、カイよ……。それはすべて肉ばかりだぞ?」


 独り立ちすると言っても、何もいきなり教会から出されるわけではない。

 生活が落ち着くまで擁護院や教会で支援をしてもらえる。

 短期的だがこれまでのように宿代わりとして住まわせてもらえるが、いずれは拠点となる宿や家屋を借りることとなるので、状況に甘んじていられるわけでもないが……。


「先ず俺達がやることは、拠点の確保だな」

「不動産屋で手頃な物件を見せてもらったが、俺達が借りられるのは農家の使われていない小屋ぐらいのものだぞ? それでも懐事情的には痛いんだが………」

「ラディ、いつの間に調べたの? まぁ、ないよりはマシだけど……冬は寒そうだよね」

「隙間風はつらいな。それがし達全員で住むには問題ないか?」

「肉が長期保存できる物件はないの?」


 孤児の大半は過保護に支援される中で、ジョニー達は率先して自立することを模索し実行に移している。

 しかし、生きるためには先立つものが必要だ。

 そう、具体的に言ってしまえばお金である。


「農家の草刈り程度じゃ食費程度にしかならないしなぁ~」

「多少の足しにはなるが家を買えるほどでもない。俺達が全員で稼いでも、まったく足りていないのが現状だ。ウサギ狩りで稼いでもいるが、それとて微々たるもんだ」

「世の中お金……世知辛いよね」

「野宿しながら旅をするわけにもいかん。それに魔法薬などの補充にも金は必要であろう?」

「お肉で傷や病気が治れば楽なんだけどね」

『『『『 なんか、凄く逞しい…… 』』』』


 子供達が将来に向け計画を練っていることに、ジャーネとルーセリスは『自分が同年代の頃、どうであっただろうか?』と、少し恥ずかしい気持ちになっていた。

 ルーセリスは勢いだけの行動で神官を目指し、ジャーネもまた職人になれるような技術もなく傭兵家業をするしか選択肢がなく、そこに計画性というものは無かったのである。

 

「私………神官しか回復魔法が使えないと思っていましたから、速攻で修行に出てしまったんですよね。今思うと錬金術師という道もあったんだと気づかされて………」

「アタシも手っ取り早く金を稼ぐことを優先していたから、真っ先に傭兵家業を選んだ気がする……。将来に向けての計画なんて考えられなかったな……」

「ジョニー君たちは、冒険したいから自分の足元を固める計画を立ててるんだと思うよ? 勢いだけで行動すると痛い目に合うって理解してる気がする。本当に子供なの?」

「イリスと年が近いとは思えないくらいしっかりしているわよね。でも、あの大人にも子供にもなっていない年頃って、どうしてあんなに輝いているのかしら? (おいしそう)じゅるり……」

「「「 レナ((さん))? 」」」


 ジョニー達を見るレナの目がやばかった。

 一瞬だけみせた獲物を見据える猛禽類のような鋭い眼光を、三人は見逃さずしっかりと見てしまい、身の毛のよだつような寒気に襲われる。


「おい、レナ? お前、本当に手を出すつもりは……ないんだよな?」

「レナさん……一瞬だったけど目つきがやばかったよ?」

「明らかに捕食者のような視線をジョニー君たちに向けていたんですけど……」

「だから、いくら私でも手当たり次第に食い散らかすような真似はしないわよ。求められた場合は別だけど、こっちから手を出す気は……………ないわ」

「「「 凄い間があったんだけど!? 」」」


 ルーセリス、イリス、ジャーネの間で、『こいつ、監視していないと駄目だ』という意見が纏まり、この日以降レナの監視することにしたという。

 それから数日のうちにレナはジョニーとラディへ夜這い未遂を五回ほどやらかした。

 変質者は信用できないことを自ら証明したのである。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


「トンネルを抜けると、そこはヤー〇ムだった」


 そう呟いたのは、アーハンの廃坑ダンジョン地下二階層へと辿り着いたゼロスであった。

 中世の城塞都市を思わせる街並みは酷く荒れ果てており、周囲には屍が横たわり異臭を放ち、街を徘徊する不気味な人間モドキ生物。

 いや、もしかしたら人間なのかもしれない。


「なんつーか、突然ダークファンタジーになったな」

「神は我々に獣狩りでもさせるつもりなのだろうか……」

「まぁ、神様がアレだからな。充分考えられるんじゃないか?」


 どこか遠くで『アレとはなんじゃぁ、アレとはッ!!』という声が聞こえた気がした。

 地下なのに空があり、今にも嵐が来そうな曇天に包まれ、建ち並ぶ家屋は全てが厳重に閉じられ、痩せ細りウジを這わせた身体で徘徊する人間に近い生物は、時折同種の生物を襲っては死肉を貪り食らう。

 死に覆われた救いのない世界がそこに広がっている。


「……あの大男、死刑執行人じゃないか? でかい斧を持って徘徊しているんだが……」

「ゲームで見る光景が現実のものになると、ここまでおぞましいものになるとはねぇ。街の空気を吸っただけで吐き気がこみ上げてきそうだよ」

「本当に魔物なのか? 見た目が人間そっくりなんだけど」

「会話が通じるか、君が試してみるかい?」

「……やめとく」


 徘徊している彼らに意思があるのかどうかすら判断できないが、仮に自我があったとしてもまともな思考であるはずがないことは分かる。

 何しろ共食いまでしているのだ。


「あの街路樹……人間と同化してないか?」

「もしくは人間ぽいものだね。同化したのか変化したのかは知らんけど」

「そのうち飛行したりして」

「現在進行形で飛行しているよ」

「マジ?」

「ほれ、あそこを見てみ」


 おっさんが指をさした方向には、ミイラのような人間に腕が昆虫の翅に変化した外観の生物が、これまたイカのような脚で地上の人間モドキを捕獲していた。

 同種の存在が何体もいるのだからかなり異様な光景だ。


「うっわ、あいつら連れ去ってどうするつもりなんだ?」

「食うんじゃない? こんなフィールドに食料となるような穀物が存在していると思う?」

「マジで世界観がおかしいだろ!!」

「そうかねぇ~、僕はおかしなことでもないと思うけど」

「なぜに? どう見てもめちゃくちゃな世界だろ、ここ……」


 アドから見ても第三階層は世界観を破壊したかのような終末の光景に思えたが、ゼロスはそうは思っていない。

 なにしろダンジョンは生物の進化を観測するための実験場である。

 命の階位が上がることで起こる現象はは、現在を生きる者達にとって見たこともない異常な状況であり、行き着いた先が目の前にいる人間モドキたちだと仮定すると納得できる。

 進化とは様々な環境下で無数に分派していき、その中には人間に至れなかった生物がいたとしてもおかしくはなく、全く別の存在に到達していたとしても不思議ではない。

 進化から逸れ生存競争からも落ちた過去の生物を迷宮が生み出したとしたら、広大な異空間フィールド内で繁殖し、いずれ現在の人間達と戦うことになる。

 その生存競争の中で得られる霊質的な変化を観測しデータ収集を行い、再度ダンジョン内のシステムに組み込むのだろう。

 霊質的な変化は微々たるものでも、その過程で生物が行う魔力の運用は活発化し、生体へ反映させることで強靭な生命体へと生まれ変わり、世代を重ね繁栄していく。

 まさにダンジョンは実験場であり修練場であった。

 つまり、迷宮にしてみれば一見して異様な摂理のフィールドでも、種の変化を促す目的を果たすには最適な空間のだ。人間が理解できないだけである。

 

「人間の考えつく空想物語のような世界も、現実に起こりえないと言い切れないのは確かだよ。彼らはこの世界の人間の祖先から枝分かれした生物なのか、それとも人間の未来の姿なのか、どちらにしても目の前に存在しているんだから受け入れるしかない」

「未来の姿がアレだったら嫌だな……」

「人類が進化の果てに到達した姿が神の如き存在だと、なんで言えるんだい? 進化と退化は繰り返される時間の果てで様々な姿となって現れるのだろうし、それが獣のような特性を持つ知性体になっていたとしてもおかしくはない。人間がこの先ずっと今の姿を保てているなど、誰も確信も保証も持てなし出来ないさ」


 何かを得ることは同時に何かを失うことに等しい。

 例えばエルフだが、彼らは長命種なだけに性欲が低く、子孫を残そうという意思が人間と比べて希薄だ。

 200年も生きれば子孫を残す生殖行為に興味をなくしてしまう。

 そんな種族に嫌気が差して刹那に生きようとする者もいるほどだ。

 カエデの両親がその部類に当たるエルフの末裔である。

 種として見るなら長命で魔力に優れた上位種に思えるが、繁殖という点では劣っており生物としては脆弱だ。だが霊質的な観点で見れば進化したと言えるだろう。


「エルフが長命種へと進化した過程で退廃的になるのは良いとして、ゼロスさんはあの姿が人間の進化した結果だと言いたいのか? 俺には退化したとしか思えないんだが……」

「進化には失敗と成功の過程が二つ存在するよ。過酷な環境によるものか、あるいは進化の道程で分枝したのか……。まぁ、可能性のひとつと考えればいいんじゃない?」

「それがあの不気味な姿だと?」

「僕はあの生物を【魔人】と呼称させてもらうよ。人間でありながら人間ではない存在なんだからねぇ」


 人間モドキ――魔人は、その性質が獣に近い。

 一定の文化を持っているように見えるが、そのわりに魔人達の知性は低いように思える。

 だとするなら、この街は誰が築いた文明なのだろうか……。

 何らかの理由で文明が滅んだ時代の複製世界なのかもしれない。


「文字通り、人でなしか………」

「洒落じゃないから笑えないよねぇ。そして僕達は彼らの住む街を進まなければならない」

「うっわぁ~………行きたくねぇ」

「ちなみに、こんなダークファンタジー世界に適した武器があるよ。コレなんだけど――」


 おっさんはインベントリから一振りの剣を取り出した。

 見た目は分厚い刃を持ち、一見して片刃の戦斧に見えなくもないが、正真正銘の剣である。

 その分厚い刃を一本の鉄棒のような柄で繋がっており、手元のレバーを指で引くことで留め金が外れ、刃がスライドすることにより間合いの長さを変化させる武器であった。

 大きな刃を持った短めのグレイブに変化する武器と思えばいいだろう。


「なんで可変武器なんか作ってんだ? 耐久力は大丈夫なのかよ」

「複雑な機構だったら怪しいけど、これはスライドするだけだから問題ない。試作品と合わせて二振りあるから使ってみるかい?」

「左手には?」

「あるよ。魔導銃の技術を応用した小型パイルバンカー。ガントレットと一体型だからかなり頑丈に仕上がっている」

「………これ、ガントレットというより、もはや盾だろ。マスクさんが持っているやつの小型版……」

「否定はしない。コンセプトは同じだからねぇ」


 ゼロスと同じパーティの【殲滅者】の一人、【ガンテツ】がプレイヤー名【マスク・ド・ルネッサンス】の依頼で製作した大型シールドガントレッド。

 そこに仕込み武器として組み込まれているのがパイルバンカーである。

 魔力を送ることで爆発術式が発動し、極太の杭を打ち込む超威力の近接武器だ。

 ゼロスもこの武器の製作に手を貸しているので構造は理解していた。


「あの人……騎士なんだよな? なんで武器を使わないんだ?」

「プレイスタイルは人それぞれだからねぇ……。上半身なんて裸だし」

「殴り騎士なんて言ってたけど、普通に格闘家だよな?」

「拳で強敵を屠ってこそ真の漢なんだとさ。僕が最初に見たときは変態かと思ったよ」

「誰もそう思うだろ。【ボンバー内藤】があんな人だったとは………」


 プロレスラーのボンバー内藤は、バラエティー番組に顔を出すくらいの爽やか系イケメンレスラーとしても有名で、多くの女性ファンを惹きつけていた。

 だが、ソード・アンド・ソーサリスではごつい筋肉お化けのようなアバターでフィールドを駆け巡り、拳だけで全てを薙ぎ倒していくいかれたプレイヤーだ。

 しかも筋肉至上主義者である。

 そんな彼は、この異世界にきたことで何らかの抑圧から解放でもされたのか、順調に筋肉メイツを増やしていたりする。


「俺、ゲーム内であの人に会ったとき、ハルクかと思った」

「ある意味でブロス君よりも野蛮人だよ。まぁ、お得意様だったからあまりツッコミを入れなかったけどね」

「ゲーム内で筋肉を鍛えたところで、ステータスに反映されなかったろうに……」

「君も被害者か……。あの人、拠点に来るたびに僕らをストレッチさせるんだよねぇ。テッド君が泣いてたな」

「アイツを泣かせたのか……。なぜか気の毒とは思えないな」


 殲滅者達とは別方向で危険視されていたマスク・ド・ルネッサンス。

 アドのような普通のプレイヤーにとってはどちらもはた迷惑なのは変わりなく、テッドが泣かされたとしても『ざまぁ』としか思えない。


「あの人の武器と同じかぁ~………」

「同じではないよ。威力は数段落ちるし、射程も短い。マスクさんのパイルは投擲槍くらいの長さはあるから。しかもぶっとい」

「超重量武器だろ。それも両腕に装備してるし……つか、マジで死にゲーみたいになってきたな」

「この世界の人達からしてみれば、毎日が死にゲーみたいなもんでしょ。傭兵達も命懸けなんだしさ」

「それより、なんで武器を二つも用意してんだ? 試作品にしては完成度が高いんだけど」

「機能テスト用と耐久力を調べようとね。ちょうどいいから使ってみようかと思いついただけだよ。つい先ほどまで忘れかけてた」


 その場の思い付きで妙な武器を試作しているゼロスに思うところがないわけではないが、とりあえず試作品武器の機能を試してみようとガントレッドを腕に填め、大鉈のような剣を掴む。


「じゃぁ、行こうか」

「このエリア……素材になりそうなものがあるとは到底思えないんだけどなぁ~……」

「そんなの、歩き回って見なけりゃわからんでしょ」

「できれば素通りしてぇ……」

「ついでにショットガンも渡しておく。剣のベルトにホルスターごと取り付けられる仕様になっているから、腰あたりに装備しておけばいい」

「レバーアクション式か……ますます死にゲーみたいだな」


 できれば避けたい不気味な街。

 朽ち果てた門を通ると、徘徊する魔人達が一斉にこちらを振り向いた。

 まるで生者に反応したゾンビのようだ。


「アイツら、本当に生きてんのか?」

「ミイラか即身仏みたいに干からびているけど、一応は生きているよ。生体反応があるでしょ」

「見た限りでは生物だから気になったんだよ。あんな状態で良く生きてられるな」

「ダンジョンからの支援は受けていないようだし、なんで生きているんだろうねぇ」


 魔人達はこちらに顔を向けたまま微動すらせず、ゼロス達を瞬きすらせずに凝視し続けている。

 窪んだ眼球に映る二人をどう思っているかは分からない。

 だが、一定の距離に差し掛かったところで彼らに異変が起きた。


「アァアアアアアアアァァァァァッ!!」

「な、なんだぁ!?」


 近くにいた魔人が叫び出すと、背中から肉が盛り上がり、六本指の大きくて細長い腕が生えた。

 緑色の体液が地面に落ち、異臭を放ちながら気化蒸発する。


「強酸? いや、毒か!」

「倒してもダメージを受けそうだな……」

「腕を生やすときに周囲へ毒を巻き散らかし、動けない状況から身を守るのかねぇ?」

「それなら動きながら腕を生やした方が早くね?」

「僕もそう思ったんだけど、腕が生えるときに激痛が走るんだと思うよ。ほれ、凄く息が荒いようだし」

「なんて不便な能力だよ。最初から出しておけばいいじゃねぇか」


 なぜこのような生態を持っているか不明だが、魔人は激痛に苦しみながら近くに立てかけてあるピッチフォークを手に取ると、生えた第三の腕で地面を叩き高く宙へ飛びあがる。

 当然狙いはゼロス達だ。


「バッタかよ!」

「ピッチフォークで串刺しを狙うとか、そういうのは隠れた場所からやらないと駄目でしょ」

「ゲギャギャギャギャ♪」


 ゼロスは剣のレバーを引き刃の間合いを伸ばすと、落下してくるピッチフォーク目掛けて思いっきり叩きつけた。

 金属がぶつかり合う音とともに魔人は吹き飛ばされ、家屋の壁に叩きつけられて動かなくなった。


「キモ……弱っ!」

「えらく派手に飛んだな。もしかして軽いのか?」

「軽い……。太ったゴブリンと同じぐらいの体重だと思う」

「30kgもないのか。そりゃ派手に飛ばされるわな」

「ただねぇ……今ので他の魔人達も敵だと認識させちゃったみたいだよ?」

「へっ?」


 戦闘態勢に移行した視界に入る全ての魔人達は一斉に肉体を変質させる。

 だが、その変化も個々でまったく異なる姿をしており、わかりやすい獣のような姿からおよそ人外のようなおぞましい姿と幅広いバリエーションが揃っていた。

 共通しているのは膿んで膨れ上がった瘤や傷から出血しているなどと、得体の知れない病原体に犯されている兆候が見られるということか。

 このフィールドに留まっていて大丈夫なのか心配になる。


「こいつら、本当に魔物なんだよな?」

「反応では魔物だよ。鑑定してみたけど【???】とでたから、間違いなく新種だねぇ。人間に近い姿をしているってだけ」

「獣狩りの夜か……。どう考えても設定を間違えてるだろ」

「ダンジョンは過去の時代設定を再現する傾向があるから、もしかしたら遥か昔にこんな異常事態が起こったのかもしれない。あまりにおぞましくて歴史に残されなかった真実ってやつかも……」

「知りたくもねぇ真実だなっ!」


 話の最中に拘束で突撃してきた四つ足の魔人に対し、無造作に振ったアドの可変剣が顔面に突き刺さり、薙ぎ払った瞬間に頭部もろとも肉体までが粉々に粉砕された。

 ゾンビやスケルトン並みに脆かった。

 統率という言葉すら存在しない無謀な襲撃を行い、二人に軽くあしらわれ撃破されていく。知能もかなり低いようである。


「パリィ!」

「リアルに死にゲーだなぁ~。弱いけど数が多いからめんどい」

「こいつら、相手との力の差が分からねぇのかよ」

「分ると思う? 無謀な特攻しかし来ないのに? 理解できる知性があれば、とっくに逃げだしてるよ」


 アンデッド系の魔物に思えたが、戦いながら調べてみると生物であることは確かだった。

 だが、これが生物だとしても何が原因でこのような生態に至ったのかが分からない。

 生物としては明らかに歪なのだ。


「共食いに統率のない集団襲撃、武器を扱う知性はあっても戦術を用いるほどではなく、おまけに弱い。それなのに逃げるという選択肢も思い浮かばないときた」

「生物として見ると終わっているよな。普通は生存戦略に則って行動するもんだろ? コボルトの方が遥かに利口だぞ」

「対して脅威じゃないことは確かだねぇ。ひょっとして数で押し切ることに意味があるのか? だとしたら………」


 集団で攻める優位性は獲物を捕らえ捕食することに特化しており、ある程度の強さを持ち合わせていることが原則だ。しかし魔人達にはそれがない。

 群れの損害を無視して行動するのは非効率的であり、考えられるのは獲物を弱らせる捨て駒である可能性が高く、これが戦術だと仮定するのであればブレーンが存在することになる。

 この仮説が正しい場合、この魔人達は植物型の魔物と似た習性をもつことになる。

 例えば、【マンイータ・ビーストコピー】という植物型の魔物だが、この魔物は他の魔物の因子を取り込み使い捨ての配下を生み出し、集団戦術で獲物を捕らえる習性を持っている。いくらでも替えが利く駒で獲物を弱らせることが生存戦略なのだ。

 しかし、その駒を操るにはどこまでも伸びる長い蔦を介して駒を操るため、蔦を切ることで命令の受け取りを遮断することができるのだが、この魔人達にはそうした弱点がない。

 リモコンとラジコンほどの差があるのだ。


「………どこかにボスがいると?」

「それしかないでしょ。でなければ、こんな不完全な生物が存在するはずがない」

「一定距離にならないと攻撃態勢に入らないもんなぁ~」

「自動で攻撃するドローンみたいな連中だよ」


 そう、生物なのに行動が機械的で短絡、見た目との印象が大きく異なる。

 魔物と決定づけるにはあまりに生物的概念が希薄だ。操られていると判断した方がまだ納得できる。


「片付いたぞ」

「弱いからねぇ……。しかし、こいつらが駒だとすると、大ボスはどこにいるのやら」

「ダーク系のゲームパターンなら、墓地か広場……あるいは教会の内部ってところか?」

「オーソドックスならね。意外と地下にいるかも知れないよ」

「そのパターンがあったか! おっ、倒すと魔石は残すようだな」

「魔石だけしか残さないと言える。一応は農具を持っていけるようだよ? これがドロップアイテムなら要らないかなぁ~」


 ドロップアイテムが草刈り用の大鎌や錆びた鉈、ピッチフォークやスコップといったものだ。魔石を抜くと何とも旨味のない魔物である。

 苦労して倒す価値がまったくない。


「………まぁ、倒すんだけどね」

「農具は回収するのか?」

「溶かせば素材にはなる。回収しておこうか」

「あいよ」


 金属素材はサントールの街でそれなりの値段で売れる。

 おっさんはいらないが、お金に困窮しているアドには立派な収入源だ。

 インゴットにでもすれば値もかなり上がるだろう。


「鉄と鋼に分離するのが面倒なんだが……」

「売れればいいじゃん。貯蓄はコツコツと蓄えるもんだよ」

「印税貰ってるゼロスさんに言われてもなぁ~」

「魔導銃の発火術式のお金は? 魔導式モーターの術式の印税もあるよね?」

「魔導銃は配備され始めたばかりだし、魔導式モートルキャリッジはようやく形になったばかりだろ。俺に収入として入ってくるのは当分先の話だ」

「あらら……」


 発火術式や魔導式モーターの電力変換術式の印税は、モノが売れなければ当面アドのところに収入として入ってくることはない。

 たとえ小銭だろうと、今のうちに生活費を稼いでおくことは間違いではないので、多少の違法行為を行なおうとも稼いでおくに越したことはない。


「君の家、まだ完成していないけどさ……その件に関してちょいと気になることがあるんだよ。聞いてもいいかい?」

「なんだ? 聞きたいことって……」

「リサさんとシャクティさんはどこに住むんだい? まさか、四人で暮らすということはないよね?」

「あの二人は、このままメイドとして屋敷で働くそうだぞ。それなりに給料がいいらしいからな。それに……」

「それに?」

「俺とユイの夫婦生活の邪魔をしたくないんだとさ」

「なるほど……」


 誰が好き好んでサイコサスペンスでバイオレンスな夫婦の中に入りたがるだろうか。

 アドに気をつかったわけでもなく、おそらくは我が身可愛さで距離を置いたのだろうとゼロスは推測した。下手をした殺人事件に発展するかもしれないのだ。

 被害者はアドだが……。


「ゼロスさん……なんで俺から距離を取ってるんだ?」

「おや? なんでだろ……」

「なんか、スッゲェ失礼なことを考えてなかったか?」

「そんなこと……………………………ないよ」

「凄く間があったんだが?」

「そりゃ、自分が原因でアド君が殺人事件の被害者になるのは遠慮したいだろうさ。リサさんやシャクティさんの英断に拍手を送りたいねぇ」

「思ったことを素直に言えばいいってもんじゃねぇ! 失礼だろ!!」


 だが、実際問題として現実味がある事実なのだから仕方がない。

 それだけアドに対するユイの愛が重いのだ。


「そんなことより、魔石を拾っておこうよ。小さいけど圧縮結合させればそれなりの値段で売れるだろうから」

「いつかきっちり話をつけてやるからな!」

「はいはい…………ん? 爪? この魔人のかな?」

「これ、素材として使えんのか? 見たことのないドロップアイテムだぞ」

「解体すれば素材も増えるだろうけど、こうも人間に近い姿だとやりたくないよねぇ。この黒い靄みたいなのはなんだろ。もしかして人間性?」

「まさか、そんなわけないだろ」


 黒ずんだ爪には魔力が宿っており、何らかの素材として使えそうな気がする。

 もう一つの黒い靄だが、鑑定すると【ダークエレメント】と表示され、どうやら魔力系の素材アイテムのようである。

 主に呪術師が使う素材アイテムのようだが、【ソード・アンド・ソーサリス】は存在していなかった。けして闇の魂のアイテムなどではない。


「呪いの込められた魔力か……。これがあれば、僕でも【身代わりの形代】や【身代わり人形】が作れそうだねぇ。いや、もっと違うアイテムが創れそうだ」

「ダメージを肩代わりするアイテムか? マジで?」

「そもそも身代わりの形代や身代わり人形に必要なのは、呪詛の込められた呪符だ。これをインクなどに溶かし込めれば、魔導士の僕達でも充分に作れるだろう。魔力で覆って瓶に封入しておこう」

「おっ、早くもいい稼ぎが出来そうな予感がする」

「どうだろうねぇ。この手の呪具はテッド君の専門分野だし、失敗する可能性の方が高い。ダメもとで試してみるくらいでいいんじゃないかなぁ~」

「俺達、魔導士だもんなぁ~……」


 呪術師でもないゼロス達にダメージを肩代わりするアイテムの製作は高いハードルであった。

 そもそも呪いに対する耐性があっても、呪いを自在に操れるわけではない。

 それを可能とするのはか【呪術師】や上位職の【死霊術師】くらいのものである。

おっさんもこの世界で【神仙人】のスキルを獲得したが、残念なこと呪術スキルを持っていないゼロスには再現不可能であった。

 別系統から獲得したスキルゆえに大きな欠陥があるのだが、そこは特殊なアイテムを流用すればいい。ソード・アンド・ソーサリスでもやってきたことだ。


「まぁ、呪符だけは作れるし、流用すれば何とかイケるか……」

「それ、【気獣】のことだよな? 使い魔と変わんないだろ」

「指向性を持った魔力を操るという点では同じでしょ。呪符は相手に呪いを与えるものなんだし」

「いや、呪術師は防御や攻撃もできたぞ? 六属性を付与することもできたからな」

「呪符があれば魔力を消費しないが、持ち合わせの呪符が無くなれば戦力が半減する。呪術もデバフ効果ばかりだし、呪術師は半分生産職の中途半端な職業だよねぇ」

「死霊使いになればスケルトンなんか魔物が操れるだろ。軍団が創れるから大器晩成型の職ともいえる」


 上位職の死霊術師はアンデット系の魔物を使役できる。

 単機で軍団が創れることもあり、圧倒的な物量で敵を蹂躙する様は圧巻の一言に尽きる。

 だが、前準備が凄く面倒な手間があった。


「テッドのやつ、どうやって高レベルの死体を集めてたんだ? 裏で墓荒らしでもしていたのかよ」

「ん~、レイドで死んだNPCをその場でゾンビ化したり、倒した魔物をアンデッドにして配下にしていたっけ。【ゾンビパウダー】の製作を手伝ったねぇ。主に素材集めだけど」

「へぇ……あいつ、地道なプレイをしていたのか。てっきり課金してたんだと思っていた」

「いや、レア素材は課金で手に入れていたよ。死霊術師なんて人気がなかったし、育成にも手間がかる。ついでに生産職並みに素材をバカバカ使うのだから、課金でもしなきゃやってられないよ」


 死霊術師は賢者を目指すよりもハードだった。

 まぁ、自由度の高いMMORPGなので近接戦闘や防御力を高めるなどやりようは幾らでもあり、テッドもそうした試行錯誤で最強のネクロマンサーになった経緯がある。

 だが、やはり課金によるレア素材を使用した育成の影響は大きい。

 成功しても失敗してもスキルレベルの上りが段違いなのだ。


「待った! つまり、ここは呪術関係の素材が集めやすいエリアってことか?」

「そうみたいだねぇ。デバフを与えるポーションの素材も集めやすいのかな? 面倒な相手に投げつけたっけなぁ~、懐かしい」

「ゼロスさんにもそんな頃があったのか、今じゃワンマンアーミーなのに……。つか、呪術系素材なんて誰が買うんだよ! このエリアはハズレじゃねぇか!!」

「デバフポーションを作って売ればいいんじゃね? 傭兵なら買うでしょ」

「犯罪にも使われそうじゃねぇか」


 デバフポーションは魔物狩りなどでは非常に有効なアイテムだが、犯罪にも使えるデメリットの方が高い。

 そんなものを売るくらいなら真っ当に回復ポーションを売ると言うアドであった。

 確かに世に出回るには危険すぎるアイテムである。


「まぁ、それだけとは限らないじゃないか。探索は始まったばかりなんだし、気を楽にして地道に調べて行こうや」

「まぁ、こんなエリアじゃ遊び気分でないと気が滅入るよな」

「先は長いんだ、行けるところまで行ってみよう。高値で売れそうな良いアイテムがあるかもしれないしねぇ~。ブルマとか」

「ブルマ!? なんでそこでブルマが!?」

「宝箱から出てきたらユイさんにプレゼントするといいよ。夜の営みを盛り上げるアイテムとして使えるぞぉ~」

「ダンジョンの宝箱からブルマが出るのか!? 嘘だろぉ、何なんだよ、この世界!!」


 異世界の迷宮は不思議がいっぱい、異常が満載。

 さっさと先を行くおっさんの後ろで、『まさか、既に宝箱からブルマを発見したのか!? なぁ、このダンジョンは本当に大丈夫なんだよな!?』と叫ぶアドが着いていく。

 彼にはアーハンの迷宮が胡散臭いものに思えてきていた。

 余談だが、ゼロスが便宜上つけた魔人という呼称は、もう少し先の未来で【フェイクヒューマン】と呼ばれることになるのだが、それはまた別の話である。



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