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おっさん、正体不明のアイテムに悩む



 神が降臨してから約一週間の時が過ぎた。

 神具を賜れる約束をなされたものの、再度降臨することなくいつもの日常が続く。

 元派遣神官達も四神教の教えは捨て――他とは言えないが、人々に道徳を説きそれ以外は医療行為に従事し、懸命に自分達の居場所を作ろうとしている。

 もちろん、四神教の不祥事などを知り何かにつけて因縁をつけてくる者達も少なからずいたが、アダン司教を始めとする神官達は評判も良い事から、逆に不埒者は周りから非難を浴びることとなった。

 これも真面目に活動してきた成果であろう。

 そして定期的に行われる定例会議の日が来る。


「……ということで、一部の者達からは悪意を向けられていますが、それ以外にこれといった問題は出ていません。しかし今後もこうした悪漢は出てくるかもしれません」

「ふむ……それでも被害は少くなからずあるのだな? ならば今まで通り誠意ある活動を心がけましょう。次に、擁護院のことですが――」

「あ~、成人するガキ共が就職する問題があったねぇ。大半が傭兵になるつもりらしいけど、アタシとしては手に職を持った職人を目指してもいいんじゃないかと思うんさね」

「メルラーサ司祭長の話も分かりますが、現実はそううまくいきませんよ。職人の世界は過酷――家厳しいですから。今まで何人もの孤児達が職人になろうとしましたが、一人前になった者は意外と少ない。やはり教養が足りないということでしょうか……」

「大半が挫折して傭兵の道を進んでしまいますからね……。今まで何人もの子供達が魔物に敗れ、天に召されたことか……」

「犯罪者に身を落とした子らもいたな………」


 彼らの話し合いの議題は成人する孤児達の今後のことであった。

 孤児達は14歳を過ぎると神官達が運営している擁護院から卒業し、社会に出て働くことを余儀なくされる。これは擁護院でいつまでも面倒を見られないこともあるが、成人したことで大人として扱われるようになり、独り立ちして自分の人生を踏み出す時期でもあった。

 無論、いきなり社会に出て働けるはずもなく、大半の卒業する子供達は傭兵になることを選ぶ。その大きな理由はお金が掛からないことにある。

 傭兵ギルドは短期の訓練期間を設けており、ここで戦い方を学び研修である程度の実力をつけることをボランティアで行っていた。

 また、駆け出しの傭兵には武器を貸しだし、しばらくの間簡単な依頼を受けさせ様子を見る。だが、傭兵は死亡率が高い職業でもあり、低ランクのうちに死亡する例が後を絶たない。

 擁護院出身者で成功を収めてる傭兵など、実はそれほど多くはいなかった。

 大抵が毎日の食い扶持で難儀しているのが現状である。


「まぁ、傭兵は簡単に食えるようになれる職業じゃないからねぇ。稼げず飢えが続けば、追い込まれて犯罪にも手を染めるさね。そんな苦境すら跳ね返すことができないのに、実力がものをいう傭兵家業で上り詰めることなんて、どだい無理な話さ」

「傭兵ギルドでも戦闘訓練の期間は短いですしね。実戦でまともに戦えるようになるまで時間が掛かるのですから、当然のことでしょう」

「育てててきた子らが死んで逝くのは、見るに堪えぬものがあるのだがのぅ。何とか生存率を高める方法はないものか……」


 擁護院で育った子供達は、どこぞのおっさんやコッコ達に鍛えられた子供達とは違い、戦闘訓練など受けたことはない。

 傭兵ギルドの訓練場で武器の扱いを覚えたところで所詮は付け焼刃だ。

 武術とは訓練を繰り返すことで戦う方法を感覚として体に覚えさせ、経験を蓄積することで昇華していく。そこまで育つには幾度の戦場を潜り抜けなければならない。

 城壁で囲まれた大都市で育った孤児達は直接的な身の危険に晒されることが少なく、常に守られた環境の中で育つために、戦うことの危険を明確に意識することが難しいのだ。

 そして、命を奪い合うということの恐ろしさを本当の意味で知るときは、最悪の事態に陥っているときとなる。生き延びることができた者は幸運といえよう。

 そういった意味では、都市の外に点在する町や村で育った子供達の方が魔物や盗賊などに対して危機感を持っており、警戒しているからこそ傭兵家業でもそれなりに稼ぐことができていた。


「以前に独立した子も傭兵をしているが、生活がギリギリらしいからねぇ。厳しい世界だよ」

「困らない教育はしてきたつもりでも、巣立った子達の訃報を聞くたびに自分の責めたくなるんですよ。こればかりはいつまでも慣れることができません」

「……慣れては駄目でしょう。苦しくとも受け入れ、覚えていてあげねば」

「辛気臭い話はどうでもいいさね。話がズレてるよ! なんとか良い案を出さないと、いままでと同じことの繰り返しさ」

「我々もしばらく戦闘訓練なんてしませんでしたから、護身程度のものしか教えられないですしね。今後の教育に入れるにしても、体力的にちょっ………」

「付け焼刃が微妙にマシになったとしても、それで生存率が高くなるのかと言われると、答えづらいですよ。傭兵に依頼して手ほどきでもしてもらいますか?」

「残念だが、その予算がないのだ……。それに子供達も遊ぶことに夢中で、真剣に将来のことを考えない。路地裏生活をしていた子達に比べ、社会に出ることに対しての認識が低いように思えます」

「そうさねぇ~、元路地裏育ちは本当に逞しいよ。自立する計画を率先して行っているようだし、やっぱ社会の厳しさを経験した方がいいのかねぇ……」


 孤児になる子供には様々な事情がある。

 事故や病気などによる両親との死別や、突然家に残され親は失踪。あるいは森や知らない町で捨てられる。そして赤子の時に擁護院の前に捨てられるなどだ。

 親の愛情を知らない子供達は、必然的に同類である周囲の子供達を仲間と認識し、互いに協力し合うコミューンを形成する。そのため自立する精神が強い傾向があった。

 だが、逆に幸せな家庭で育っていた子供達は、なぜか上記のような子らと馴染もうとしない。仲間に入ることはできても甘えや我儘を通し、親の顔を知らない子供達を見下すような言動をするためか、次第に孤立していく。

 または親の死や自分が捨てられた現実を受け入れることができず、自閉症や周囲に対しての攻撃性を見せるようになどの精神的病もあり、孤児達の教育は様々な意味で問題を抱えていた。

 まぁ、全ての子供達がそうであるとは言わないが、こういった傾向の悩みはどこの擁護院も抱えている。そして、それらの子供達を全員ケアできるわけでもなかった。


「メルラーサ司祭長が担当している地区は、そうした傾向の子供達が比較的に少ないようだのぅ。羨ましいことだ」

「まぁね。アタシんとこのガキ共は、基本的に路地裏生活をしていた経験者が多いし、いろいろ事情を抱えている子らも力尽くで引き込むから、気づいた時には悪ガキの出来上がりさね。口よりも拳が先に出るような子らだしねぇ。ひひひ……」

「まぁ、根性は育ちますね。報告書を纏めたら、喧嘩でケガする子供の数も多いように見受けられますし……」

「元気があっていいじゃないか。それくらいタフじゃないと社会の荒波なんか乗り越えていけんさね」

「問題が全く解決しないんじゃがのぅ」


 アダン司教も子や孫がいるので教育や躾の難しさをよく理解している。

 しかし、若い司祭や神官達は経験が浅く、面倒事を後回しにする傾向があった。

 愛情を求める子供達を相手に事務的な大人の対応をしていれば、子供達がまともに育つわけがない。事実歪んだ人格に育った子供達もいるのだ。

 それゆえにこうした会議の場で議題にあげられる情報を共有するのである。 


『話はひと区切りついたようじゃな』

「「「「「 !? 」」」」」


 突然この場にいる者達の脳裏に響き渡る声。

 同時に部屋が時間の流れから切り離された。


「待たせた。ようやく神具が完成したのでな、持ってきてやったぞ」

「おぉ……神よ」


 アルフィアの出現でアダン司教を始めとした神官達は一斉に椅子から立ち上がると、彼女の前に集まり膝間づく。

 唯一メルラーサ司祭長だけが椅子に座り、酒を取り出して一杯飲み始めていた。


「これが知り合いに作らせた神具よ。好きに使うが良い」

「こ、これが………。このような素晴らしきものを賜れるとは、人である我らとしては身に余る光栄。歓喜に堪えません」


 背中合わせ同一の女神像が、一つの大きな水晶球を翼で包み込んでいる白き杖。

 そこから放たれる神気は目の前の神と同質のもので、間違いなく本物であることを理解した。そこにあるだけで感嘆と畏怖の声が漏れる。


「ふむ、それほどの物ではないのじゃが、とりあえず説明はしておく。この神具はお主らの言う神聖魔法の効果を数倍に高めることができるのじゃが、同時に使用者の魔力を代償として奪われる。奇跡を起こすには代償が必要となるということじゃ。無論、そこには不用意に使われないための防衛策でもあるのじゃが」

「それは、使用者の魔力を強制的に奪い、魔法効果に上乗せするってことなのかい?」

「これ、メルラーサ!」


 メルラーサは酒を煽りながら疑問を口にした。

 神を前にこの態度は、さすがにアダン司教も顔を蒼褪めさせたが、神は気にする様子もなく、むしろ興味深げに彼女を見つめていた。


「ふむ……少し違うのぅ。魔力を代償としているのは、我の神気を引き出すための儀式ということじゃ。例えば【ヒール】という魔法じゃが、小さな傷は治せても重症者は癒せまい? じゃが、この杖を使用すると失った四肢をも再生させることが可能じゃ」

「それは素晴らしい」

「ふ~ん………なんかあやしいねぇ。それだけの奇跡を行なえるのなら、何も神官に授ける必要もない。それこそ医療魔導士とやらに与えてもいいんじゃないさね」

「医療魔導士には信仰心というものはあるまい? お主も神というものを信用しておらぬようじゃが、何かに向けて一つの想いを一身に向ける行為は、時として奇跡を起こす力の呼び水になる。この杖はその奇跡を意図的に行えるというだけじゃ。信仰を持たぬ魔導士では扱いきれぬようにしておる」


 魔力が人の意思に影響を受ける特性上、治療魔法などの効果にも同様に強く影響を与える。

 特に信仰心というものは純粋に向けられるほど一つに集約しやすく、そうした念の込められた魔力はときに絶大な奇跡の力として発現することもあるため、一概に馬鹿にすることはできない。

 杖はあくまでも触媒であり、疑似的に奇跡的な効果にまで高めるための装置だ。

 ゼロスが付与したスキル効果を鍵とし、限界まで吸収した使用者の魔力を呼び水として、信仰心の宿った魔力を集めアルフィアの神気が増幅し、絶大な魔法効果として発現させる。

 だが、そんなことはどうでもいいのだ。

 重要なのは神具を与えられたという事実なのである。


「これを与えられ、お主らが何を成そうとするのかは知らぬ。興味もない。じゃが、我の存在を免罪符にし、かつてのお主らの国のような愚行だけは許さぬ。そのために代償を払うことで奇跡を起こすというプロセスが必要なのじゃ。使用者はおそらく命の危機に晒されるじゃろぅが、安易に振るわれる奇跡の力なぞ、誰が信じられるというのじゃ? 奇跡とはそういうものではあるまい」

「つまり、アタシらの正当性を示すうえで代償を支払うという行為に意味があるということかい? なんとも面倒な話さね」

「仕方なかろう。信仰とは元来自然に向けられる畏れと敬意なのじゃからな。それは純粋に向けられた荒ぶる自然への鎮静と豊穣への願いの祈りであり、より信仰を複雑化させた人間の理屈とは相いれぬものよ。世界は人間に与えられたものではなく、そこに生息する多くの命のものじゃ。なんとか神国のように増長されるわけにはいかぬゆえの神具――これは、我と汝らの間で取り交わす聖約なのじゃよ。我は汝らの行いを肯定するかわりに、多くの命を守るために働けと申しておる。我から指示を出すことはないがな」


 神の話ではいずれ各地に迷宮が出現する。

 迷宮から放出される魔物は脅威であり、その犠牲者を最小限に抑えるための守り人として利用する。その証としての神具ということだ。


「神よ、一つお聞きしたいことが……」

「なんじゃ?」

「迷宮はいつ頃出現すると考えておられるのですかな? 我らとしても事前に準備をしておきたいと思いますし、行動を起こすのであれば早い方が良いと思われます」

「出現する迷宮より、今は確認されている迷宮に目を向けよ。早ければ一年以内に魔物の放出が始まるじゃろう。思うていたよりも状況が早まりそうじゃ」

「「「「「 なっ!? 」」」」」

「世界の再生は始まっておる。こうしている間にも、各地に点在しておる迷宮にも影響は出ておろう。来たる運命に抗うがよい」


 今までは出現する迷宮の存在に気を取られ、『まだ時間はあるだろう』と思っていたが、まさか存在している迷宮にも影響があるとは思っていなかった。

 メーティス聖法神国中域にある【試練の迷宮】や、ソリステア魔法王国に点在するいくつかの迷宮。世界を見たらどれだけ活動している迷宮が存在しているか不明だ。

 たとえ点在する迷宮の魔物をなんとかできたとして、今度は新たな迷宮の脅威が待っているのだ。しかもいつ終わるかなど誰にも分らない。


「世界が再生を果たすとき、どのような時代を迎えておるか分からぬ。多くの種族が繁栄の道を辿っているか、あるいは荒廃し獣の如き原始的な生活に戻るのか、未来を築くのは汝らの行いひとつに掛かっておる。精進するがよいぞ」

「ご期待に添えるよう、命を懸けて役目を果たそうと思います……」

「うむ……。じゃが、けして自分達の手で人々を導こうなどとは思うでないぞ? 汝らの良きところは多様性にある。それぞれの考えもあるじゃろうが、危機的状況下で手を取り合い、未来への礎を築くがよい」

「「「「 ははっ!! 」」」」

「ときに神様……アンタ、ご尊名はなんて言うんだい? 一概に神といったところで、世界には多くの宗教があるさね。矮小な人の身では、神様の区別なんてつけられないから不便なのさねぇ」


 メルラーサ司祭長は神を前にしても自分のスタンスを崩すことがなかった。

 こうした意思の強さは魂の成長にも繋がることであり、アルフィアとしても好ましい性質と言える。そのため多少の無礼な態度など気にもならない。


「名か……。以前、言わなかったかのぅ?」

「聞いてないねぇ」

「ふむ……今さら名乗るのもなんじゃが、それで不都合がでるのだというのであれば教えよう。我が名はアルフィア・メーガス。汝らの行く末を最後まで見届ける観測者であり、気の遠くなるような時間と進化の果てで汝らを待つ者でもある。悠久の時の果てで再び会おうぞ」


 そう答えた神の姿は突然消失し、神官達は再び元の時間に戻される。

 まるで夢でも見ていたかのような間隔だが、アダン司教の手には純白の杖が握られていた。


「行ってしまわれたか……」


 聖約は結ばれた。

 残された者達は、ここで決断を下さなければならない。


「………まずはデルサシス公爵と話をするべきかのぅ」

「アダン……。アンタ、貴族と繋がりを持つ気かい?」

「権力は求めぬよ。それは聖約を結んだ我らの意思を曲げることになる。じゃが、協力体制だけは整えておくべきじゃろう。多くの命を救うためにのぅ……」

「まぁ、前の震災で協力できていたしねぇ。その延長で組織作りを始めるといいさね。それ以外は今まで通り、できることをするということで」


こうしてアダン司教を始めとする神官達は、新たな組織作りを始めることとなる。

 この時から五十年後の未来、彼らの活動が実り【メーガス神教】が誕生する。

 彼らは多くの人々に寄り添い、神の眷属である惑星守護神――【六神】が降臨するその日まで、地道な活動を続けることになるのであった。


~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 二日後、アダン司教はデルサシス公爵手紙を送り、対談する機会の時間と場といただいた。

 その手に神具を持ち、神の神託について相談するべく赴き、一人客室で待つ。


「少し待たせたようだな、アダン司教」

「いえ、急な話でしたので、この場を与えてくださったことだけでも充分ですぞ。デルサシス公爵様」

「ふむ……それで私に話とはどのような案件ですかな? 四神教に関しては、我々貴族は静観することで一致している。今は何もする気がないのだがね」

「そうですな……。その件に関しては妥当と言えるでしょう。我らも四神の教えは捨てることに決めましたからな……」

「……となると、その手にしている杖に関係した話かね? なにやら途轍もない力を感じるのだが」

「えぇ……信じられぬ話なのですが………」


 神から賜った神具だと正直に言いたいところだが、普通であればそのような荒唐無稽な話など誰も信じないだろう。

 どう説得したら納得してもらえるのか考えながらも言葉が出ず、アダン司教は言い淀む。


「聖都マハ・ルタート崩壊させた神でも再降臨したのかね? そして、何らかの神託を得たのではないか? その反応からして、信じてもらえるか分からないといった様子だな」

「!?」

「当たりか……。神は世界の再生を始めた。だが、そこには我々人間の都合など含まれてはいないのだろう。神託は超常なる者からの警告と見た方が良いか?」

「……御意にございます。ご推察の通り、神託が下されました」


 神を前にして恐れを抱いたアダン司教だが、デルサシス公爵はそれとは別の恐ろしさがある。人の身であるはずなのに、全てを見透かされているような不安感があるのだ。

 とても同じ人間とは思えない気配を纏っている。


「それで、神は未来に何が起こると言ったのかね」

「………世界のいたるところで迷宮が出現すると。我々は生き残るために準備を進めなくてはなりません。そのためにお力をお貸しいただきたく存じます」

「迷宮の出現か……となると、今確認されている全ての迷宮も危険ということになる。おそらくだが、勇者召喚に使用された魔力の損失を埋めようと動いていたのだろうが、それほどの魔力が突然世界に戻ったとき、影響がどのように出るのか我々には未知の話だな。だが、迷宮の出現という話だけでもある程度の予測はつけられる。おそらく魔物の排出により引き起こされる暴走か……」

「これだけの情報で、そこまでお分かりになりますか。私共もそのような事態になれば、とても手が足りませぬ。我々に神託が下された以上、多くの命を救うために準備を始めなくてはなりません。手をお貸しいただきたい所存……」

「なかなか楽しい時代になりそうだな。ふむ………しかし、こちらとしても少しばかり懸念する事案が残されているのでな、簡単に許可を出すには難しい状況にある」

「そこは理解しております。本国が滅び、国内が乱れてきておるのでしょう?」


 デルサシス公爵は無言で頷いた。

 メーティス聖法神国メーの崩壊は、現時点で政治の不安定化を招いており、貴族同士の小競り合いも始まっているという話だ。

 このまま荒れ続ければ戦乱の時代が来ることは明らかだ。

 そこに現存する迷宮から魔物が放出されるとしたら、どのような混乱が起こるのか分からない。いや、予想はできる。

 各地で頻発するのだからソリステア魔法王国側も対岸の火事では済まされない話だ。


「我が領内にも迷宮が存在し、傭兵ギルドが確認した情報によると、かなり不安定になっているという話だ。調査に向かった傭兵達は僅かな生存者を残し壊滅している」

「もう始まっているのですか!? その……異変が…………」

「うむ………。できれば最高戦力を投入したいところではあるが、彼らはルーダ・イルルゥ平原から戻って来たばかりでな。しばらくは休んでいてもらいたいのだ」

「それほどの実力者を公爵家は従えておられるのですか?」

「いや、立場的には対等のつき合いをする間柄だな。不興を買うのも避けたいほどの実力を持つゆえに、無茶な依頼を出すのは避けておきたい。頃合いを見計らってから頼むとしよう」

「そのような悠長なことを言っている場合ではない事態なのでは………」

「アダン司教の不安は分かるが、彼らなら迷宮から魔物が放出されたと知れば、真っ先に殲滅に向かうことだろう。放置していても問題はない」


 デルサシス公爵の人脈に驚くアダン司教。

 彼の言う実力者の力がいかほどなのかは分からないが、これほどの人物が信頼を置くほどの者達である。いざ事が起きたとしてもなんとかなるかもしれない。

 そのような安心感をデルサシス公爵の言葉は与えてくれる。

 言葉を交わすだけでこれなのだから、とんでもないカリスマ性だ。


「………今、殲滅すると仰せられましたか? 者達ということは、その実力者は複数人いるということですか?」

「あまり詮索しないで貰いたいな。私としても対等に付き合うと決めた以上、彼らのことはあまり世間に広めたくはないのだよ。本人達もそれを望んではおらん」

『つまり……陰で動く者達ということか。公爵殿はそれほどの人材をどこから……』


 アダン司教は件の実力者を公爵家配下の者と断定していた。

 まさかその実力者がただの趣味人で、日々を自由気ままに過ごしているなどとは思わないだろう。

 デルサシス公爵も、あえて真実を話すことでアダン司教が勘違いするように誘い、意図的に裏で動く者達であるという認識を持つよう誘導していた。


「アダン司教殿は、今後いかながなさるおつもりかな?」

「私どもが出来ることなど限られております。もとより私共は本国から疎まれ、派遣を名目に追い出された者達ばかり。なればこそ神を信仰する者として多くの命を救えるよう働きたいと思っておりますれば……」

「今まで通り、医療活動と孤児達の保護を続けるということか。いや、それだけでは人手が足りぬな。メーティス聖法神国から敬虔な信者たちを呼ぶつもりかね?」

「そうですな……。我ら以外にも真面目に信仰してきた者達もおりますれば、その者達を保護していただきたいとは思っております。しかし、今の情勢ではそれも難しいかと」

「それに、そなた達は使える神聖魔法の数も限られているのだろう? 医療行為なら我が国の医療魔導士も今後は増えていくことになるが……ふむ」


 アダン司教を含む派遣神官達は、メーティス聖法神国本国から疎まれていたためか、継承する神聖魔法を意図的に教えられることなく国から追い出された。

 対して医療魔導士はゼロスが改良した回復系魔法を一通り覚えたが、その効果は神官に比べて低い傾向がある。

 効力が低ければ魔法薬で補う手段もあるが、それでも人手が足りないことには変わりない。今後の情勢がどう傾くか不明瞭なことを考えると人材は多いに越したことはない。


「………アダン司教は本国の知人達と連絡が取れるのかね?」

「はい……。ですが、彼らの話では余り状況はよくないとのことでして、なるべく早く彼らをこの国に避難させたいと思っているところです」

「よかろう。ならば、その神官達を呼びたまえ。国外脱出の手引きも我々が支援しよう」

「よろしのですか!?」

「ただし、貴殿らの立場は医療魔導士と同じものとするが、良いかね?」

「我々を魔導士として保護するということですかな?」

「仕方があるまい? メーティス聖法神国と我が国との間では様々な確執があった。四神教の神官の保護という名目では、誰も力を貸してはくれまい。あくまでも魔導士でなくてはならぬのだよ」


 魔導士を一方的に毛嫌いしてきたメーティス聖法神国。

 長い歴史から差別意識が定着していたためか、アダン司教ですらソリステア魔法王国に派遣されると知ったとき、極度に警戒していたことを思いだす。

 実際はそれほど警戒するほどのものではなく、ある程度時間が過ぎた頃に思い出しては、『馬鹿なことを考えていたものだ』と自分自身を笑ったものである。

 刷り込まれた偏見を取り除けば、実に取るに足らない程度の話であった。


「では、我々も医療魔導士として活動するということになりますな。しかし我々は本国から事実上追放された身でして、使える神聖魔法の数もそれほど多くはありませんぞ」

「かまわん。回復魔法なら我が国に貢献すると誓ってくれるのであれば、無料で進呈しよう。そのかわり有事の際には協力をするという制約も入るがな」

「魔物の暴走と戦争時の後方支援ということですかな?」

「うむ……。メーティ聖法神国が滅びた以上、残された貴族達が大きく動き出すことは必然。追い詰められた者が我が国に攻め入ることを画策するかも知れん。今のうちにできるだけ手札を増やしておきたいのだよ」

「何事もなければよいのですが……」

「神託も下された。何もないことなどあるまい」


 時代は静かに、確実に動き始めている。

 どのような事態が起こるかなど誰にも分らず、予測できる事案に対処できるよういくつもの準備をしておく程度のことしかできない。神でない人にはそれしか対抗できる手段がなかった。

 あとは警戒を続け時勢を見極めるしかない。

 その後はアダン司教と共に想定される様々な話し合いが続いたが、予定されていた対談時間が過ぎていたことに気づく。


「む? いかんな、いつの間にか予定時間が過ぎてしまっていたようだ。すまないが、これから予定があるのでな。続きは後日あらためて話し合うこととしよう」

「では、同胞の件はよろしくお願いしますぞ。デルサシス公爵様」

「うむ。実に有意義な時間であった。今後何かが起きたとき、我が公爵家を頼ると良い。できる限りのことはしよう」

「ありがとうございます」


 アダン司教とデルサシス公爵は固い握手を交わし、会談は終了した。

 客室からアダン司教が退出する姿を見送ると、デルサシス公爵は厳しい表情で窓から外の景色を見つめる。


「新たな時代への変革……か。世界規模の苦難を乗り越えねばならぬのだが、さて………」


 そう一言呟くと、彼もまた客室から退室したのであった。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


「う~む………」


 唸りながら手にした品を鑑定するゼロス。

 それは教会の屋根が崩落したとき、偶然にも子供達が発見した宝石の数々であった。

 小さなダイヤが大半を占め、それ以外はルビーやトパーズ、ものによっては加工されたカフスや指輪なども含まれた。

 しかしながら、ゼロスから見てさほど面白いものでもなかった。


「どうですか?」

「いや、普通に宝石ですよ。たぶん盗賊か強盗かは知りませんが、教会の改修工事の時に忍び込み、天井裏に隠したものだと思いますねぇ」

「これ、どうしたらいいんでしょう……」

「売っちゃってもいいんじゃないですかねぇ~。年代的にも古いものですし、擁護院の運営資金にでも当てたらいいんじゃないですか?」

「そういうわけには……」


 ルーセリスもこの宝石類の扱いに困っていた。

 これが魔道具の類であればゼロスも興味が湧くものだろうが、鑑定した結果が全て宝飾品だと出たために、『あっ、これはいらねぇわ』と速攻で興味をなくした。

 気になるのは指輪を入れるような小さな箱に収められた黒い水晶球である。

 鑑定しても詳細が【????】としか分からず、唯一判明していることは周囲の魔力を吸収しているということだけだ。もしかしたら魔道具か何かの部品だった可能性がある。


「この黒い水晶球は魔道具の部品だと思うんだが、何に使うものだったんかねぇ? 魔力を吸収して蓄えるとしたら電池? わからん……」

「ゼロスさんでも分らないんですか?」

「用途が分かれば答えは出るんだろうけど、初めて見るものだしね。似たようなものは幾つか記憶にあるけど、どれも単体で魔道具として使用するものだったし、こんな事は初めてだ」


 鑑定スキルですら詳細が分からない謎の水晶球。

 気になるのは小箱もそうで、こちらは外部の魔力から遮断する仕掛けが施されていた。


「考えられるのはガンテツさんが製作した爆弾か? アレも外部の魔力を吸収して、臨界点がきたら爆発する仕様だった……。だが、この水晶球にはあるはずの起爆術式が刻まれていない。もしかしたら目では見えないほど細かく刻まれているのか? だとしたら魔導文明期のモノの可能性がある」



 おっさんの見た似たものとは友人が製造した危険物だった。

 だが、わざわざ宝石の箱に細工をしてまで保管していた理由が分からない。

 これが仮に爆弾だと仮定すると、魔力を吸収し始めてから起爆するまでタイムラグがある。要人暗殺用にしても使い勝手が悪い。

 何しろ箱に入れていた段階で水晶球の魔力は0。開けてから起爆するまでの時間がどれだけ掛かるのかは不明であり、現時点で爆発しないことから時限式としても微妙だ。

 また、標的が爆発に巻き込まれてくれるとも限らない。時限爆弾としては悠長すぎる気の長さだ。


「もしくはアリバイ作りのための時間稼ぎに……。いや、それだと実用的ではない。急速に魔力をチャージしているわけじゃなし、何より箱を開けた時点で爆発しないと暗殺は成功しないじゃないか」

『……ば、爆発?』


 おっさんの不穏な独り言にルーセリスの表情は引きつる。

 かなりの危険物だと思い込んでしまったようだ。


「こっちは売れないねぇ。正体が不明のままだし、何かが起きたら洒落にならない。一応、僕が預かっておきますよ。気が向いたらじっくり調べてみます」

「えと………お願いします。ところで、この宝石類はどうしたら………」

「メルラーサ司祭長に預けちゃえば? 面倒事は上の人に丸投げするのが一番さ。上司なんてそのためにいるようなもんでしょ」

「いいのでしょうか………」

「かまへん、かまへん」


 困惑しながらも宝石の入れられた革袋を手に取る。

 結局のところ、ルーセリスはこの宝石の扱いに困り、メルラーサ司祭長に預けることに決めた。

 そのメルラーサ司祭長もまた受け取りはしたものの困り果て、アダン司教に任せることにしたという。その後は擁護院の食事が少しばかり豪華になったとか……。


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