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邪神降臨


 出現しただけでことわりすら捻じ曲げる圧倒的存在――邪神。

 過去とは似ても似つかぬ姿にフレイレスやアクイラータも驚愕するも、それ以上にそこに存在するだけで世界を震撼させるほどの重圧が、生きとし生ける者達の遺伝子に刻まれた本能的からくる恐怖を引き出させる。

 かつて栄えていた高度文明を滅ぼし、人々の生活を原始にまで引き戻した破壊者であり、滅ぼすことができず封印するしかなかった。

 その封印ですら多くの犠牲を払って何とか成功したものの、齎された爪痕は世界に深刻な影響を長きに渡り与え続けたと、その恐怖は伝承や歴史書に事細かく明記されていた。

 そんな存在が今目の前に顕現していた。

 

「どうした。なにか我に言うことがあるのではないのか?」


 一言話すだけでも伸し掛かる重力場のごとき威圧感。

 誰もが目を背けたいのに動くこともできず、まるで時が止まったかのように硬直している。


「な、なんで………」

「嘘……でしょ………」


 フレイレスやアクイラータは信じられないでいた。

 それは無理もないだろう。

 この邪神は、復活する直前に四神の手により異世界の神々が作り出した特殊な異界に捨ててきたはずであり、その後は人間達の手で滅ぼされたと聞いている。

 その代償として異世界への渡航は禁じられてしまったが、天敵ともいえる存在が消えたことで面倒事が一つ片付いた。少なくともその時はそう思っていた。

 だが邪神は目の前に存在している。

 しかも、邪神戦争時よりもはるかに凌ぐ力を持っていた。

 少なくとも邪神戦争時にはここまでの威圧感は無かったのだ。


「以前よりも、強くなってるのだぁ~…………」

「信じられない………。奴らはなんて化け物を送り返してくれたのよ………」

「それは仕方なかろう? 元より我はこの世界の管理神。異界の神々も自分の監理する世界に我を留めておけるわけがない。どのような影響がでるのか分からぬ以上、送り返すことなど想定できたであろうに」

「そんなの、分かるわけがないのだぁ~~~~っ!!」

「じゃから、主らは阿呆なのじゃ。所詮は妖精王を改良しただけの粗悪品の分際で、随分と好き勝手にやってくれたのぅ? おかげで、この惑星が複数の世界を巻き込む崩壊への引き金になりかけておる。主ら、どう責任をとるつもりじゃ?」

「失敗作に言われたくはないわね。どれだけ創造主に近い力を持とうと、あんな醜い姿だったから捨てられたのよ。そんな貴女が随分と可愛らしい姿になったじゃない。異界の神々が手を加えたからかしらね?」


 その場の勢いでアクイラータが放った一言。

 それは邪神ちゃんの触れてはならない部分に土足で踏み込み、抑え込んでいた激情を解き放つのに充分な破壊力を持っていた。

 一言で言うと、『口は禍の元』だ。


「フフフフフ………よくぞほざいたわ、この欠陥粗悪品めが! 楽に滅せられると思うでないぞ? 元より楽に滅ぼす気はないがのぅ」

「ア……アクイラータ? これ、マズイ事態じゃないのかぉ?」

「あ、……あら? ちょっと、そんな本気にならなくても………」

「問答無用じゃ♡」


 売り言葉に買い言葉。

 どちらが売りで買いかはどうでもいいが、アホな会話で始まる怒涛の展開ラグナロク

 急速に加速した邪神アルフィアちゃんはフレイレスの眼前に迫ると、掌で軽く弾く仕草からは到底出せる思えないような威力で彼女を弾き、後方に吹き飛ばした。

 屋敷や民家をいくつもぶち抜き、後から爆発したかのような粉塵が連続で列をなすように立ち昇る。


「フレイレス!?」

「よそ見とは余裕じゃのぅ。それとも危機感が足りぬのか?」

「なっ、はや………」


 いつの間に頭上にいた邪神ちゃんは、両手を高々と上げて掌同士を組むと、凄まじい加速で一気に振り下ろす。

 その衝撃波によってアクイラータは地面へと叩き落とされ、まるで爆弾でも落とされたかのような爆発をあげた。


「ぬ?」


 高熱反応を感知しその場を飛びのくと、巨大な火球が通り過ぎていく。

 その火球は空中で停止し、蛇のように炎の触手を伸ばしアルフィアへと迫る。


「ふん。虚を突いたまでは良かったが、甘いのぅ」


 無造作に腕を横に振るっただけで迫る炎は霧散し、その余波で火球をも消滅させる。

 アルフィアは掌に魔力を集中させると、軽く魔力弾をフレイレスに向けて放つ。


「にゃぁ~~~~~~っ!?」


 魔力弾は無数に分裂し、絨毯爆撃を彷彿させる連続爆破を起こしながらフレイレスを包み込んだ。

 かつてのような無差別攻撃でなく、確実に力を制御して自分達を攻撃していることに、アクイラータは戦慄する。

 

「なんと言うか、品性の無い叫び声じゃのぅ。仮にも神であろうに無様すぎるわ」

「こ、この…………化け物!!」

「お~、元気なことじゃ。それ、もっと我を楽しませるがよいぞ? まぁ、それができればの話じゃがな」 

「舐めるんじゃないわよ!」

「にょほほ、地が出ておるのぅ? 主は見た目よりも下品なんじゃな………。いや、見た目も充分に下品か。なんじゃ、そのスケスケなドレスは。少しでも透明度の操作を誤れば、デリケートゾーンが丸見えじゃな。モザイク処理が必要になるではないか」


 瓦礫から這い出してきたアクイラータが、大気中の水分を操作し無数の龍を生み出すと、アルフィアに向けその咢で襲わせる。

 そんな感情任せの強引な攻撃を、瞬間的に凍らせ粉々に粉砕した。


「これも通じないの!? なんなのよ、アンタ!」

「主らが弱いだけではないのか? この程度のこともできんとは、やはり粗悪品じゃな」


 かつての邪神は能力の殆どが封じられ、その攻撃方法も魔力任せの無差別攻撃が大半を占め、神としての四神でも互角に戦うことができていた。

 しかし体力という面では圧倒的に邪神の方が勝り、創造神の残した神器を持ち出さねば封印すら難しく、異世界から勇者という抗体を召喚し犠牲覚悟の人海戦術で何とか封印に成功した経緯がある。

 その神器も失われ、回収できたものも損壊が酷く、今の邪神に通用するとは思えない。

 更に悪いことに、邪神は過去よりもはるかに隔絶した強さを持って復活を果たしていた。


『わかってはいたけど、ここまでの差があるなんて……。こんな化け物、どうしろっていうのよ』


 四神はその身に特殊な命令が組み込まれていた。

 その一つが封印された邪神の監視と覚醒したときの再封印である。

 アルフィアが生み出された直後、その見た目に不満を持った創造神は直ぐに凍結させ、この惑星のいずこかに封印された。

 代わりに代行管理者を用意せねばならならず、時間もなかったことからやっつけ仕事で四神が生み出されたものの、封印された場所を知らされていなかったためにアルフィアの覚醒を許してしまい、惑星上の高度な文明を滅ぼす要因となってしまった。

 また、アルフィアが覚醒した際に緊急時の封印装置である神器も、たった一度の使用で壊れてしまうなど、どう考えてもその場限りの急造品であった事実から、創造神は適当で度し難いほどに無責任な性格であると分かるだろう。

 この世界を離れた創造神にとって、管理する必要性の無くなった世界のことなど、もう関係なかったことが確信をもって言える。

 ――振り回される者達は、旅行地で天災に遭う並みの不幸である。


「貧弱貧弱貧弱ぅ~♪」

「しかも………なんかムカつく」


 弄ぶかのような緩めの攻撃を何度も繰り出す邪神ちゃんと、そんな攻撃を死にもの狂いで逃げるアクイラータ。ジャバウォックとの戦闘時とは逆の立場になっていた。


「かつての我であれば主ら四人でも対抗はできたであろうな。じゃが、今は違うぞ?」

「どういうことよ……」

「残りの二人が、この場に来ることはないということじゃ」

「そんな筈がないわ! アンタが復活した以上、ウィンディアやガイアネスも存在を感知するはずよ。全員が揃えばあんたとも………まさか!?」

「気づいたようじゃな」


 悪役令嬢張りに不敵な笑みを浮かべるアルフィア。

 まさに邪神そのものである。

 対してアクイラータは心に余裕がなくなったばかりか、今置かれた状況が非常にまずいことに気づいてしまう。


「そう……すでに風のヤツは我に倒され、地のヤツは真っ先に管理権限を差し出したぞ? つまりは我を縛りつける枷の二つが外されておる」

「………逆ね、ガイアネスが最初に接触したんでしょ。あの子なら神という立場を真っ先に放棄するもの……。重度の怠け者だから」

「まぁ、順番などさほど問題ではあるまい。残るは主らだけなのじゃからな」

「クッ……」


 どちらが管理権限を奪われたかなど今更である。

 重要なのは今現在において勝ち筋が全く見えず絶体絶命。

 逃げようにも正体不明の空間が聖都中を覆い尽くし、外部に出ることすら敵わない始末。

 聖域に逃げ込もうとするも空間が遮断されてゲートが開かない。


「逃げられるとは思うでないぞ? そのために貴様らの目を引きつける餌を用意したのじゃからな」

「餌って……あのドラゴンのことね!」

「ちょうどいい具合に主らを恨んでおったのでな、出て来ざるを得ない程度の力を与えておいた。主らを信奉する信徒共では対処できなかったであろう?」

「その隙を狙って結界を張っていたのね」

「聖域に逃げられる可能性も考慮して、システムに干渉するウィルスも構築したのじゃが……これを使うと少々面倒事になりそうでな。簡単に引っかかってくれて助かったぞ」

「…………」


 自分達を引っ張り出すために何重もの罠と手段を用意していたということになる。

 仮に聖域に逃げ込んだとしても、侵入する手段も用意していたことから、けして安全に逃げられるわけではなかったことも判明。

 この状況に陥った時点で詰んだことになる。


「さて、そろそろケリを着けさせてもらおうかのぅ。主らの不始末のおかげで仕事が山積みじゃからな」

「そうはいかないのだぁ~~~~~っ!!」


 紅蓮の炎をその身にまとい、音速に近い速度で瓦礫の中から飛び出してきたフレイレスは、勢いそのままにアルフィアに向けて近接戦を挑んだ。

 炎の放出や熱では倒せないと判断したのか肉弾戦を選んだようだ。


「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃぁ~~~~~~~~~っ!!」


 凄まじい速度で繰り出される拳や蹴り。

 その殆どを倍以上の速度で、しかも片手だけであしらうアルフィア。

 ぶつかり合う打撃音が響き渡る様は、まるでどこかの格闘アニメのようである。


「にょほほ、なかなかに速い拳よのぅ。我でなければ見逃してしまうぞ?」

「その、どっかで聞いたセリフがムカつくのだぁ!!」

「怒ればパワーアップでもするのではないか? スーパーとかゴッドとか……む? 神にゴッドが続くのははおかしいのぅ。同じ意味が二つも並ぶのは、『頭痛が痛い』のように文脈的に変じゃ」

「むむむ……アタシを馬鹿にしてぇ~~~っ!!」

「実際に馬鹿じゃろ」

「むきぃ~~~~~~~~っ、真面目な顔で言うなっ!!」


 全力で戦っているフレイレスをとことん煽る。

 感情的になればなるほど突っ込んでくるので、その攻撃は単調で実に避けやすい。それと同時にアクイラータの動きも気になる。

 どうやら隙を窺っているようだが、そもそもアルフィアに付け入るような隙は無い。

 今の時点でもこの女神たちより強くなっているので、同時攻撃の直撃を受けたとしてもたいしたダメージにはならないはずであり、倒そうと思えば今すぐにでもできるだろう。

 別に相手に全力を出させて勝つと言った少年誌のような主義はないが、今までこの世界に齎した災難を踏まえると、簡単に消滅させるつもりはなかった。


「さて……主らの出し物はもうないのか? 無いのであれば終局といこうかのぅ」

「ひっ!?」

「くぅ………っ!?」


 急激に威圧感が増すと同時に、アルフィアの表情も無へと変貌した。

 一切の感情というものが瞬時に消え、ただ役割を果たすためだけの機械のような無機質な表情だ。これが本来のアルフィアの人格なのだろう。


「伏せよ」

「「 ガアッ!? 」」


 下方向への重力が増大し、フレイレスとアクイラータは地上へと急速に引き寄せられ、瓦礫をまき散らしながら地面へと叩きつけられる。

 まるで張り付けられたかのように動くことのできない彼女達の傍らにアルフィアは静かに舞い降りる。

 先ずはフレイレスに近づくと右手を手刀のように伸ばし、無造作に彼女の胸へと突き入れた。


「ヒギャァアアアアアアアァァァァッ!!」


 フレイレスの絶叫が響き渡る。

 根幹から何かが奪われていくような喪失感と痛みで意識を失いそうになるも、けして気を失うことができずその苦しみに苛まれる。それの光景は少しでも四神を信じ崇めていた人々にとって悪夢だった。

 わずかばかりの希望に縋る者達も、これが断罪であると嫌でも現実を突きつけられる。


「三つ目の管理権限の管理権限を回収完了。次の回収に移行する……」

「ま、待ちなさい! いえ、待ってください‼ いや……神でなくなるのは………」

「回収……実行」

「いやぁあああああああああああああああぁぁぁぁっ!!」


 アクイラータにとって神であることはステータスの一部であった。

 自身の美貌とそれを崇め縋りつく矮小な存在を見下し、永遠に続くかと思われた輝かしい栄光に酔いしれ、気まぐれに災厄を起こしては地上の者達の哀れな姿を見て喜悦する。

 誰よりも自分中心でなくては気が済まず、高みから嘲笑う歪んだ愉悦感に浸り満足する。

 高学歴高収入の旦那の財産を食い潰すクズ妻のような性格だ。

 そんな彼女から神という権限が奪われれば何も残らないため、必死で抵抗するにも相手が強すぎて話にならない。

 意識が闇に落ちていく中、アクイラータはドラゴン退治に出て来なければよかったと後悔した。


「全マトリクスの回収を確認、コード転送―――システムの統合を開始……。フェイズを次の段階へと移行、本体機能の活性化を確認。神域へのアクセスを実行。プロテクト解除……これより神域のシステムとの同期を開始。カウントダウン……10……9……8……」

 

 無機質な声で機械的に呟きながら、アルフィアは宇宙空間に存在している自分の本体と同調を開始し、封印されていた権限を次々と解除していった。

 完全体となった以上、雑事は既に思考領域の片隅にすら残されておらず、定められたシステムへの接続と掌握に集中する。地上に分離されたアルフィアの文体もその影響を受けてか、リンクした状況で流れてて来る膨大な情報の処理で人格データがフリーズしていた。

 そして、この次元世界の管理権限が書き換わっていく。


「神域へのゲート開放、本体の侵入と同時にアクセスコードの解析を開始……プロテクト解除。セフィロトシステム、ならびにクリフォトシステムへの同期を開始。セキュリティを第十位深層域から第八位深層域まで解除、領域接続に移行します」


 生き延びた人間達は今なにが起きているのか理解していない。

 分かっていることは絶対者である四神が敗北したという事実だけである。

 この日より四神教の崩壊が始まった。

 後に【四邪神の断罪】として聖典に記されることになるのだが、それはまた別の話である。


 ~~※~~※~~※~~※~~※~~※~~


 ルシフェルさんは忙しかった。

 彼女の上司が管理する世界であれば神域のシステム管理はある程度は可能なのだが、この崩壊間近の異世界では基本システムが根本から異なっており、そのプロテクト解除作業において困窮していた。

 いや、そもそも鉄壁のごときプロテクトは理想ではあるのだが、ことか言い所するハッキング側から見ると難攻不落の要塞に手ぶらで侵入するようなもので、その作業は遅々として進まず難航状態にあった。

 更に言うともう一つ問題がある。


「あ~~~~~っ、手が足りない!! それにあいつらぁ~~~っ、さっさと元の世界に変えるなんて薄情よぉ!!」


 そう、ルシフェルと同様に別世界から送り込まれた神々、プロトゼロ・ヴェルサリス・ソウキスの三柱は、自分達の監理する世界で緊急事態が発ししたために一時帰還してしまったのだ。

 こうなると残されるのは中間管理職のルシフェルさんだけであり、それを不憫に思った三柱は助手として大勢の天使たちを送り込んできたのだが、作業は一向に進まない。

 それどころか天使たちの能力では逆に作業が遅れるだけで、余計に難航するだけであった。


『わかってる……わかっているのよ。天使たちは何も悪くないわ、だって凄く優秀なんだもの。でも……それでも………』


 いくら優秀な天使達でも、情報処理能力は守護竜や観測者の分体に比べてはるかに低く、この世界の複雑怪奇化した管理システムへの介入は難しかった。

 天使たちの役割はもはやルシフェルが寂しくないよう相手になるだけの価値しかない状況である。頑張っても報われない現場がここにあった。

 そんな矢先に異変が起こる。


「こ、これは……。ルシフェル様、防衛プロテクトが第十位深層域から第八位深層域まで解除されていきます。それと、管理システムのデータが何者かと同期して……」

「キタ―――――――――――ッ!!(≧▽≦)」

「ルシフェル様の表情が顔文字にっ!?」

「待って………あっ、神域へのゲートが開いてる!? これって………」

「強大な高次元エネルギー体が神域へと侵入を開始、第十……第九区画……速い、止められません!!」

「パターン青、【観測者】です!!」

「そんな……すべてのプロテクトがこんなに簡単に………。我々の苦労っていったい……」


 なかなか観測者が復帰しない間、彼女達も必死に介入を試みていた。

 何しろ次元崩壊を引き起こされてしまえば、この世界の外側に連立する自分達の世界も巻き込まれてしまうため、誰もが死を覚悟しての介入に必死だったのだ。

 あまりにもシステムが強固すぎて絶望した天使や、泣きながら作業に従事していた者達が歓喜の色に包まれる。

 そう、『もうこんな作業を続けなくていいんだ』と。

 なんの成果も出せない無駄な努力を延々と続けていたのだから、喜びも一押しである。


「セフィロトシステムからのデータリンクが開始されました!」

「クリフォトシステムもです! あっ……不具合の洗い出しも始めてる!?」

「同時進行だとぉ!?」

「嘘だろ、こんなのウチの創造主様でも無理だぞ!? なんで封印なんてしやがったんだよ、むちゃくちゃ優秀なお方じゃねぇか!!」

「ルン、タラッタァ~ラッタッタタァ~~~~ッ♡」

「ルシフェル様が喜びのあまりダンシングを始めたぁ!? 誰か、衛生兵を呼べぇ。衛生兵!!」

「データを呼び出せ、進行状況の確認だ!! 忙しくなるぞ!!」


 システムのプロテクトが解除されたことで、やっと本格的な修正作業を始めることができる。

 何しろ正当な管理者が加わったのだから作業は加速度的に進むであろう。

 腕の見せ所はこれからなのだ。


「観測者が神域の深層領域へ到達しました。マニュアル操作に切り替えることができるぞ」

「抗体の魂魄データをリストアップしろ。各世界への選別作業を最優先だ」

「人数が多すぎる。隣接世界のデータと照らし合わせる必要があるな。バグ取りは?」

「同時進行でいくわ。私の担当ね………」

「惑星管理用のユグドラシルシステムから確認………。繋がった――って、んおっ!? だいぶ虫食いだぞ。よくもまぁ、こんな状態で放置されてたもんだ」

「長かった………長かったの………。何の進展もないし、人手もない。それなのに、上司は役立たずな人材をサポート要員として送りこんでくるわで………。初期のメンツは帰っちゃったし……」

「ルシフェル様が泣きだしたわ。誰か、優しく慰めてあげてぇ!!」

「最終ロックの解除を確認、サブ制御室のコントロールをメイン制御室と同期させろ。急げ!」


 サブ制御室のコントロールが円滑になり始め、天使たちの動きは慌ただしくなっていく。

 モニターに映し出される凍結中のメイン制御室を映し出した映像には、金色に輝く高次元エネルギー体の姿が確認され、それに連動してこの次元世界の根幹となるシステムのロック全てが解放されていく。

 尋常ではない高密度情報が超高速で処理されていく。


「ん~……やはりこの惑星が特異点になりかけていたな。ギリで間に合った」

「危ないところだったわ。けど、このバグ取り………かなり厄介そう」

「複数の異世界情報がユグドラシルシステムを侵食しているからな。一度でも繋がった世界のデータ全てと照らし合わせる必要がある」

「変質しているのはどうするの? これを解きほぐすのは私達では難しいんだけど」

『それは我が行おう。その前に……皆の者、ご苦労であったな。我が名は【アルフィア・メーガス】。この世界を管理する者である。此度は我が創造主の不始末のせいで不快な思いをさせてしまい、各世界の神々に深く謝罪させていただく。それと支援に感謝を』


 アルフィアの突然の介入に少々驚いたが、天使たちは手を止めることなく作業をし続けながらも、彼女の謝罪と礼を受け入れる。

 

『話を続けるが、全システムを掌握したのところ、やはり特異点となっているこの惑星を元の状態に戻すことが先決となる。他の星系に異常が出ていなかったことは幸いじゃな。しかしながら、そのぶん面倒な事態になっている。ユグドラシルシステムの正常化するのは些か困難じゃが、アカシックレコードとリンクして抗体の召喚された世界のデータを照らし合わせることで、ある程度の変質化した情報パターンを割り出せた。これに基づき楽な個所からの調整を優先し、複雑怪奇に混線して絡みつく異界のデータを解きほぐしていくことになる。幾重にも堅結びされて雁字搦めになったロープを解くのに等しい作業じゃが、どうか力を貸してもらいたい』

「既に始めています。いやいや、これって地上で回収した異世界人の魂魄から得られた情報でしょ? これがあるだけでも作業が楽になりますよ」

「このわけの分からないプログラムは、変質した箇所ね。できれば抗体プログラムの情報も欲しいわね。その辺りの段取りは?」

「各世界と連絡を取っている。情報もこちらに送られてきているから、今から全員と共有するぞ」

「了解……きたきた♬ これで作業時間も短縮されるわ」

「こりゃ、故郷でも歴史修正が大変だな。時間を逆行するけど影響がどれくらいになるか……。大幅な歴史修正になったら過労で倒れるぞ」


 勇者の魂を回収しただけでは終わらない。

 その魂と共に組み込まれた異界の理と勇者の力の根源でもある抗体プログラム、この両方が変質し惑星管理システムを侵食しており、その全てを正常化させなければ終わらない。

 更に勇者として誘拐被害を受けた世界では、消失した人達のために歴史修正という作業が行われ、元の時間の流れに被害者達を戻すにも時間の経過やそれぞれの辿る行動によって歴史もだいぶ変わってくる。

 召喚された者達には世界に影響を与えそうな天才もいるのだ。

 そのため辿り着く歴史に大きな分岐点が発生する可能性が高くなる。


『世界線の分岐がいくつか生じるであろうな』

「まぁ、そこは別にかまわないんですがね。向こうでも回収した魂魄の受け入れ作業が大変だろうなぁ~と……」

「こちらで肉体が完全に消失してますからね。生体データを基に肉体を再構築して、そこに魂魄を定着させてから時間逆行し、そこからの流れを観測……。その人物の才覚にもよりますが、影響次第では歴史が大きく変わりますよ。問題のありそうな人間のデータは?」

「回収者リストを覗いてみましょう。あっ、この人は独裁者になりそう。かなり危険な思考を持ってるわね、元の世界に戻してもいいのかしら?」

「こっちはマッドサイエンティストだ。げっ、サイコパスな天才殺人鬼!?」

「ちょ、こいつ……化学分野ではとんでもないぞ。しかも全人類幼女化計画なんてもんを学生の頃から企んでやがる。蘇生していいのかよ!?」

『どこの異界でも人の業が深いのぅ……』


 召喚された勇者の中には厄介な人材が一定数紛れ込んでいたようである。

 そんな人材が元の世界に戻ったとき、その世界で辿る歴史的な影響がどれほどになるのか、こればかりはアルフィアには関知することはできない。

 危険人物を再生させるかどうかは属する世界の神々が判断することである。


『さて、我はここを動けぬが、分体は起動させておくかのぅ。あの惑星で四神の影響は残しておきたくはない』


 神としての力と能力を失った以上、もはや四神は用済みである。

 しかし、それでも現在残されている力は強力で、やり方次第では人類に何らかの影響を与えることはできる。

 一度は神として信仰された以上、信者が祈りという形で捧げられる魔力で、四神たちは力を再び高めることは可能だろう。

 だが、既に完全に覚醒してしまったアルフィアでは、四神を消滅させたことによる力の余波で惑星に影響を出してしまう恐れがある。

 今は大事な時なのでリスクは避けるべきなのだが、だからといって放置しておくには腹立たしく、最低でも四神の信仰をなるべく消し去っておきたかった。


『地上は分身を再起動させて任せるとして、我は面倒な作業を始めるか……。管理者としての初仕事としては地味じゃがな』



 ユグドラシルシステム全体に影響を及ぼす悪質なウィルス除去を開始しすると同時に、次元すら超える思念波を送り、地上に残されたアルフィアの分身体の再起動を図る。

 そして場面は再び地上へと移る。


 ~~※~~※~~※~~※~~※~~※~~


 四神VSジャバウォック+アルフィアとの連戦により、聖都マハ・ルタートは瓦礫が積み重なる荒廃都市と化していた。

 生き延びた人々は瓦礫の下敷きとなった生存者の救出に当たり、それ以外は大半がけが人だ。そんな彼らを治療に当たる神官達だが人手が足りないようである。

 特に酷いのが行政区で、ジャバウォックの全方位レーザーや二神の攻撃に晒されほとんど更地と化しており、政治の中心となっていた旧神殿も完全に崩壊している。

 メーティス聖法神国は既に国として機能していない有様であった。

 そんな瓦礫の中心で再起動した邪神ちゃんの分身は、足下に転がるフレイレスやアクイラータの姿が目に留まると、無言で思いっきり蹴り飛ばした。


「ふむ……少々派手にやりすぎたかのぅ? これでも手を抜いたのじゃが」


 おそらく大勢の命がアルフィアと二神との戦闘に巻き込まれ、理不尽にもその命が失われたであろうが、この邪神ちゃんはまったく気にしていなかった。

 彼女から見れば命とは円環の中で輪廻転生を繰り返し、やがては自分達と同等の存在へと昇り詰める種のような認識を持っており、ひと時の死など次に生まれ変わるための眠りとしか思っていない。

 夜に眠り朝に目覚めるという、ごくあたり前な日常の感覚なのだ。

 千や万の人々が死ぬことになろうが、彼女の認識を変えることはできない。そもそも見ている世界が人間とは全く異なるものなのだから。


「なんじゃ?」


 瓦礫の中心に立つ彼女の下に、生き延びた多くの怪我人や神官達がまるで幽鬼のごとく近づいてくる。

 彼らの顔には一様に恐れと後悔、それと僅かながらの望みのようなものが感じ取れた。


「おぉ……神よ………。お怒りをお鎮めください…………」

「私どもの罪を………お許しを…………」

「す、すべては………邪神の教義に踊らされた我らの不徳……」

「邪神……のぅ。うぬらは我を邪神と決めつけ、きゃつらと共に我の存在を疎んでいたのではなかったか? 今更であろう」

「そ、それは……」

「まぁ、それは別にかまわん。そもそも我はうぬらの信仰とは何の関係もないしのぅ。地上で蠢く小虫が騒いでいたところでどうでもよい」


 彼らとしてはとりあえずの懺悔をし、望みの低い慈悲を乞いに近づいてきたのであろう。

 だが、アルフィアにとってそんなものはどうでも良かった。

 命というものには価値はあるが、物質世界に生まれ生きることには然程価値を感じていない。人の営みなど無限の時間の中で繰り返えされる現象に過ぎないのだから。

 重要なのは魂魄の質なのだ。


「我に縋り、祈りを捧げたところで何になる。慈悲を乞うてどうする気じゃ? 人の作りだした教義などに我は何の価値も見出せぬわ」

「そんな……では、神とは……。神とはいったい何なのですかぁ!!」

「少なくとも、うぬらの生み出し信じる神など、ただの幻想よ。我はうぬらに施そうとは思わぬし、救いを与えようなどとも考えぬ。何も求めてはおらぬし、期待すらしていないぞ?  

我はただ世界を管理し、見つめ、記録し続けることのみの存在に過ぎぬ。そのような存在に縋りついても意味など無かろう?」


 情け容赦ない神からの拒絶。

 超越した存在から見れば人間の信仰などに応えるつもりは更々なく、縋りつき何かにつけて見返りを求めることに対し、『こいつら、なんでこんなに愚かなの? 助けるわけねぇじゃん』と無視し続けるだけの存在だ。

 縋りついてくる暇があるなら自らの意志で考え行動し、合理的な社会体制を築く方が先決なのではないかとすら思う。むしろそちらの方が好ましい。

 その過程で多くの魂が鍛えられ、高位の次元にまで昇華するのであれば、物質世界での雑事にも意味があるものとなる。自然現象により派生する災害や、社会体制や宗教上の対立など、結果さえ出れば辿る過程などどうでもいいのだ。


「……げ、幻想……。神が? では、我らはなんのために………」

「幻想を現実に置き据え、信仰という名目のもとに、うぬらの都合の良い社会体制を維持するための道具じゃな。それが間違っておるとは言わぬぞ? 一つの社会を維持することに対して、信仰を利用するのは正しい行為でもある。うぬらに必要であるというだけで、我にはあずかり知らぬだけじゃ。そもそも神と呼ばれる者達の大半は、たかだか知性を持っただけの生物を優遇することはない。」

「では……我らを導いてはくださらぬと?」

「しつこいのぅ、少なくとも我の役割ではない。なにゆえにうぬらを導かねばならぬのじゃ? 人の生など、長き時の流れから見れば刹那に燃える一瞬の灯火に過ぎぬわ。導く意味が分からぬ」


 神という存在を信じ信仰してきた者達から見れば、超常的な存在の考えなど理解できないだろう。命に対しては平等だが優遇することはない。

 アルフィアを神として崇めるより、まだ四神を崇めていた方が人間にとっては都合のいいともいえる。正真正銘の神に縋りついたところで何の見返りもないのだ。


「我にとって命に優劣はないが、特別に優遇する存在なぞありえぬぞ? 全てにおいて平等ゆえに差別もなく、全ては自由なる意思の下に黙認しておる。それでもうぬらが救いを求めるのであれば、そこには今まで築き上げてきた社会に問題があるということじゃろ。都合のよいものは受け入れ、邪魔なものは否定し、あるいは貶めて現在に至っておるだけのことじゃ。その結果で滅びるのであれば自業自得じゃな」

「四神を信じた結果が今だということですか………」

「いや、今回に限って言えば大本の原因は創造主が悪い。じゃが、それをより悪化させたのがうぬらの行いよ。何の知識もなく、無作為に関係もない異界の者たちを利用するためだけに呼び込み、その挙句に世界を自らの手で滅ぼしかけおった。その行いを疑問に思わなかったばかりか、恥知らずにも特権と称して幾度となく繰り返したのぅ? それこそがうぬらの罪よ。代償なくして異界から召喚が可能だと本気で思っておったのか? しかも送還もせずに裏で殺してきたじゃろぅが。逆に聞くが、そんな愚か者達に救いがあると思うのか?」


 神の教えとやらを名目に今までの行いが明るみにされ、四神教を国教としてきたメーティス聖法神国の栄華は地に落ち、今やただの犯罪者集団にまでなり下がった。

 誰もが理解する。

 この国はもう終わりなのだと………。


「もう、ここにおる意味もないな。為すべきことはまだ後に控えておる。そろそろ行くとするか………」

「お待ちください! お慈悲を………我らをお救いくだされ、神よ!!」

「知らぬ。言ったであろう? 我は人間を特別優遇するつもりはないとな。自分達の不始末くらい、自分達で何とかせい。何も知らぬ童でもないのじゃから、自らが考えて何をすべきかを考えることくらいできるじゃろ。なぜに我がうぬらの尻ぬぐいをせねばならぬのじゃ、迷惑千万なことよ」


 最後まで縋りつく人々を無視し、アルフィアは金色の翼をはためかせ、天高く舞い上がる。

 誰もが空へと手を伸ばすが、その姿は無慈悲に目の前から去っていく。

 咎人である彼らに、救いは与えられなかった。

 


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