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魔獣使い  作者: ムク文鳥
エピローグ
82/89

終章-魔獣使い

 子爵位を授かったリョウトに与えられた領地は、ゼルガーの町を含めた王国東北部一帯で今後はグララン子爵領と呼ばれる事になる。

 グララン子爵領は、『解放戦争』以前には領有する領主もいたのだが、『解放戦争』で旧王国側に与したためにリョウトが領主となるまでは王家の直轄地の一つだった。

 それを今回、新たな貴族となったリョウトが拝領したのだ。

 その新たなグララン子爵領内には、魔境と名高い魔獣の森も含まれている。

 普通ならば、そのような魔境を領内に抱える領主は大変な苦労を背負い込むだろう。

 魔獣の森から強力な魔獣が現れれば、それを退治するのは領主の務めだからだ。

 そのような魔獣が出現した場合、領主は抱えている私兵や自費で傭兵や魔獣狩りを雇ってこれに対処するのが普通であるが、リョウトにはそれは大した問題とはならない。

 その辺りもまた、国が彼にここを領地として与えた理由の一つだろう。

 魔獣の森に棲む魔獣。

 それは領主であるリョウトにとっては親しみさえ感じさせるものであり、彼自身が魔獣の森で育ったのだから。

 そして、魔獣の森に君臨する魔獣の長こそが、彼にとっては家族にも等しい存在なのだ。




 ゼルガーの町の中心にそびえ立つ城。それがリョウトの新たな住まいである。

 その城に今、リョウトのこれまでの知人たちが集まろうとしている。

 その数は多くはない。だが、異様と言っていい程豪華な顔ぶれが集まる事になるだろう。


「とうとうこの日が来たな、旦那!」


 正装に身を包んだリョウトにそう声をかけたのは、同じく正装しているガクセンだ。

 彼は王城の牢から解放された後、他の『銀狼牙(ぎんろうが)』の残党を率いてグララン子爵が抱える二つの私兵団の団長の一人に納まっていた。


「しかし、本当に大将が羨ましいぜ。なんせ、あの二人を正式にモノにするわけだしな」


 グララン子爵のもう一つの私兵団、その団長であるカロスもリョウトとガクセンの会話に加わる。

 「エーブルの争乱」の時に、リョウトの()従者たちが手なずけたカロスとその部下であった百人の傭兵隊は、現在では丸ごとグララン子爵の私兵として組み込まれていた。


「それより閣下。例の客人たちがご到着なされましたぞ?」


 次いでリョウトにそう声をかけたのは、グララン子爵領の経理を担当する商人のローム・ロズロイだ。

 彼はリョウトに請われて、商売の傍らながらリョウトの領地運営を手伝っている。

 その報酬代わりに、彼はグララン子爵家で入り用な物を整える御用商人としての立場と権利を手に入れていた。

 ロームは経理担当と同時にリョウトの執事のようでもあり、今では領地の運営に不慣れなリョウトにとって重要な存在となっている。


「ですが、以前に私が申した通りになりましたな、閣下」


 相変わらずロームは慇懃な態度を崩さない。

 彼は以前、リョウトに統治者になれと進言した事があった。

 それはリョウトがアリシアとルベッタを奴隷として入手した際、彼女たちを奴隷を解放するのはどうすればいいのか問われた時だ。

 ロームはそのための手段として、リョウトに統治者になるように進言した。

 その時、ロームは秘かに考えていたのだ。

 彼が本当に統治者となったならば。

 今から彼と縁を結んでおけば、それは将来利益として自分の元に戻ってくる、と。

 彼のその先読みは見事に当たり、こうして御用商人の肩書きを手に入れる事ができた。それは今後、彼が営む商会に莫大な富をもたらせるだろう。

 とはいえ、自分の利益だけを追求するわけいはいかない。そのような事をすれば、その手の不正を嫌うだろうこの若き貴族は、あっさりと彼を見捨てるに違いない。

 ロームは誠心誠意リョウトに仕え、それでいて自分の商会を盛り上げるためにその辣腕を振るっているのだ。


「では、閣下。お客人の出迎えに参りましょうか」


 ロームにそう促され、リョウトとガクセン、カロスらは、その客人たちを出迎えるためにそれまでいた控え室を後にした。




「よう、兄貴(アニキ)! まずはおめでとうと言っておくぜ!」


 リョウトの顔を見た瞬間、一行の先頭にいた明るい茶髪で黒瞳の男性が、にやりとした笑みを浮かべながら言葉をかけて来た。

 だが、リョウトはその人物の声を聞いた途端、目に見えて顔を顰める。


「ですから……兄貴は止めてくださいと何度も言っているでしょう? ユイシーク陛下」

「ふん。おまえが俺の事を陛下と呼ばずにシークと呼ぶようになれば、改めて考えてやってもいいぜ?」


 いつものように悪戯小僧のような笑みを浮かべるのは、この国の国王であるユイシークだ。

 彼の後ろには先程正式な王妃となった小柄で黒髪の女性やその他の側妃たち、ジェイクやケイルといったユイシークの側近たちの姿もある。

 彼らは全員、リョウトたちと同じく正装に身を包んでいた。


「それで? どっちにするか決まったのか?」


 挨拶代わりに握手を交わした後、ジェイクが親しそうにリョウトに尋ねる。

 彼のその言葉を聞いた瞬間、それまでリョウトの背後に控えていた金髪の女性が嬉しそうに顔を輝かせてリョウトの右腕を両手で抱き込んだ。


「私です! 私が第一夫人ですわ、キルガス伯爵」


 いつもは大きな三つ編みにしている髪を真っ直ぐに下ろし、純白のドレスに身を包んだアリシアが、それはもう嬉しそうに告げた。


「おい、アリシア。判っているとは思うが、俺はリョウト様のためを思って第二夫人に甘んじたのだからな。その辺をわきまえろよ?」

「あら、もちろんよ。でも、私が第一夫人なのは動かす事のできない事実よね?」

「くっ……な、なんだ、この言い様のない敗北感は……っ!?」


 アリシア同様に白いドレス姿のルベッタが、負けじとリョウトの左腕をその豊かな胸元に埋もれさせるように抱え込む。

 今ルベッタが言ったように、リョウトはアリシアを第一夫人、ルベッタを第二夫人として迎える事に決めた。

 その理由はリョウトがアリシアの方をルベッタより愛しているから……ではなく。

 新たに貴族となったリョウトだが、当然貴族としての知識や作法などを知る筈がない。そのため、以前は伯爵家の令嬢としてきちんと教育を受けたアリシアが第一夫人となる事になったのだ。

 貴族としての様々な知識を身につけた彼女なら、これからのリョウトを様々な形で補佐できるだろう。


「そっちの事情も色々とあるだろうが、そろそろ始めてはどうだ?」


 それまで黙っていたケイルが言葉を発する。

 そしてそれに応えるように、その場に集まった一同は晴れやかな笑みを浮かべて主役であるリョウトとアリシア、ルベッタを見詰めた。

 そう。

 今日は彼ら三人の結婚式なのだ。




 ばん、と勢いよく扉が開かれた。

 そこに集っていた一同が思わず音のした方へと振り向けば、そこには肩甲骨まで伸ばされた真っ直ぐなシルバーブロンドに藤色の瞳の、十五歳ほどの見かけのあどけない容姿の女性と、アッシュブロンドの髪に灰色の瞳のがっしりとした男性の姿があった。

 その女性は瞳と同じ藤色のドレスに身を包み、男性もまた白の礼服姿だ。


「お、遅くなりましたっ!! 誠に申し訳ありませんです、はいっ!!」

「ま、間に合ったか! どうやら、まだ始まっていないようだ」


 開口一番、女性はぺこりと頭をさげ、男性は間に合ったと知ってほっと安堵の息を吐いた。


「遅いではないか、アンナとリークスよ。このままリョウトらの祝いの席を欠席するのではと思っていたぞ?」


 リョウトの肩から飛び上がったローが、肩を上下させて激しく息をするリークスの肩へと舞い降りる。


「そ、それがな、我が友ローよ。昨日の内からゼルガーの町には入っていたのだが、偶然アンナと出会ってリョウトたちの結婚の前祝いだと酒を飲んでいる内に……」

「飲みすぎて寝坊でもしたのか。まだまだ未熟よの」

「う、うむ……言い返す言葉もない」

「私もリークスさんと同じです、はい」


 現在、『王国直属魔獣狩り』の称号を得たリークスは、王都を拠点に魔獣狩り(ハンター)として活躍している。

 その腕は以前よりかなり上がり、今では一人で上位の魔獣を狩れるほどまで成長している。

 そして、彼が狩った獲物は約束通り国が買い取っており、リークスは今では王都でも名の知れた魔獣狩りとなっていた。

 そんな彼が今でも一人で狩りを行うのは、例の「癖」のためだ。

 あの「癖」は今でも健在なため、彼と組もうとする魔獣狩りは極めて少なく、結果として一人で狩るしかないのが実情であった。

 アンナもまた、王都で王立学問所の職員を続けている。

 彼女は時々このゼルガーを訪れては、ローから竜について様々な話を聞き出しているようで、今では彼女は竜に関する研究の第一人者として、学問所でその確固たる地位を築くに至っていた。

 それでいて、ちょくちょくリョウトの元にも出向いては、「はい、二人娶るも三人娶るも同じですよね? 三人目の奥さんを娶るつもりはありませんか?」と、事あるごとにそう尋ねてアリシアとルベッタを激怒させている。

 どうやら、アンナはその野望をまだまだ諦めきっていないようだ。

 そんな彼ら二人が本日ここを訪れたのは、もちろんリョウトたちの結婚を祝うためであった。


「さて、役者は揃ったようだし、そろそろ始めようか」


 ユイシークがそう宣言し、リョウトらの結婚式は幕を開けた。




 特に問題もなく、三人の結婚式は進められた。

 国王であるユイシークが見届け人となり、婚姻を示す書類に三人の名前を書き入れた後は、宰相の代理としてここに訪れているケイルがその書類を受け取った。

 庶民の間ではこのような手続きは不要だが、さすがに貴族ともなれば正式な婚姻の手続きも必要となる。

 そしてこの瞬間、リョウトとアリシア、ルベッタは正式な夫婦となったのだ。

 確かに貴族などが二番目三番目の妻を迎える事は珍しくはない。

 だが、二人同時に娶るのは極めて珍しいだろう。もしかすると、リョウトたちがカノルドス王国の歴史上でも初めてかもしれない。

 そんな歴史的な快挙──珍事かもしれない──の中、リョウトは皆が見守る前でアリシアと、続けてルベッタと誓いの口づけを交わした。

 国王と近衛隊長という立場を忘れ、冷やかしの口笛を吹くユイシークとジェイクを、彼の正妻や同僚が脇腹を抓り上げて黙らせるという場面もあったりしたが、リョウトは皆の前でアリシアとルベッタを両手で抱き寄せて微笑んだ。

 対して抱き寄せられた二人もまた、心の底から幸せそうに微笑んで夫となった男性を見詰める。

 そして、三人は誰に言われるまでもなく、再びその唇を重ねるのだった。




 魔獣使い。

 かつて、そう呼ばれる人物がいた。

 彼は庶民に生まれながら、その特異な異能を用いて様々な武勲を立て、最終的には貴族の一員にまで登り詰める事となる。

 数多くの魔獣たちを使役し、だが決して争いを良しとしない温和な性格であったと伝えられる。しかし、一度争いが起きれば、彼は従える魔獣たちの強大な力を振るうことに躊躇うことはない。

 そんな彼のあり方は、すぐに領地の民たちの信頼を勝ち得た。

 民たちはそんな彼を「魔獣卿」とも「魔獣使いの英雄」とも呼び、親しむと同時に敬意を忘れる事はなかったという。

 王家の覚えもめでたく、彼の家系は永きに亘って繁栄を続けていく。

 グララン子爵家。

 その家系はその後も何人も優れた人材を輩出し、カノルドス王国において長く歴史にその名を残して「英雄の家系」とまで呼ばれるようになるのだった。




 その名門の始祖となった隻眼の男性の傍らには、常に金髪と黒髪の美しい妻たちが寄り添うようにあり続けたと、後の世の吟遊詩人たちは唄っている。



 『魔獣使い』ついに完結!


 物語の構成的には、『辺境令嬢』と同じ構成になるようにしてみました。もちろん、内容は全く違いますが。


 さて、これにて『魔獣使い』は完結します。

 とはいえ、前々から言っているように零れ出た話は幾つかあるので、今後はそれらを適当に公開していくつもりです。

 これまでとは更新頻度は格段に落ちると思いますが(笑)。


 今の所考えているのは、ベタながら「魔獣使い」の偽者が現れる話とか、某「イタい人」で有名な彼のその後の話とか。第2部の冒頭に出た、あの温泉にもう一度行く話もおもしろそうだし。



 何はともあれ、これまでお付き合いくださって本当にありがとうございました。

 感想や誤字の指摘を多くの方々から受けました。本当にありがたく、執筆の励みになりました。

 こうして完結できたのも、様々な応援をしていただいたおかげです。


 この作品を読んでくださった皆様に、改めてお礼を述べようと思います。


 本当に最後までありがとうございました。



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