25-獣舞空雷駆地-1──地を駆ける雷鳴
王都西部。
そこに展開していたセドリック軍一万は、王都を取り囲む城壁に向けて猛烈な勢いで前進する。
その構成は殆どが歩兵で占められている。攻城戦を念頭においていたセドリック軍は、歩兵以外で投入しているのは攻城兵器である投石器や破城槌、城壁を超えるのに用いられる梯子を運用する工作兵ぐらいだ。
だが、騎兵や弓兵も僅かには運用されていて、総大将であるセドリック・エーブルを守るために本陣に配置されていた。
攻めるセドリック軍を阻止せんと、城壁の上から矢の雨が降り注ぐ。
しかし、城壁の上に展開した王国軍の兵の数は少なく、矢の密度はセドリック軍の前進を阻むものではない。
幾らからの犠牲を出しつつ、城壁に辿り着いたセドリック軍は、工作兵が素早くかけた梯子を登り、城壁を超えようと試みる。
部隊背後に陣取った投石器も、城壁を崩さんと大人が一抱えもありそうな岩を飛来させる。
王国軍もこれを黙って見ているわけがなく、城壁の上に積み上げておいた岩を落としたり、煮えた油をぶちまけたり、後方の投石器を黙らせようと弓で必死に応戦する。
だが、彼我の兵力数に差があり過ぎた。
押し寄せるセドリック軍一万に対し、西部の防衛に当たっている王国軍は三百にも満たない。
これだけの戦力差があっては、王国軍にセドリック軍を押し止める事は不可能だった。
セドリック軍の兵士の一人が、遂に城壁の上に辿り着いた。
一番乗りの栄誉を手にした彼は、腰から剣を引き抜くと、手近にいた王国軍の兵士を斬り伏せた。
血を吹き出しながら、倒れる兵士を見て彼はにやりと笑う。
さあ、城壁の上にいる王国軍の兵士をさっさと片づけ、王都で好きなように略奪を行おうじゃないか。
古来より、騎士や貴族が戦争で手柄を上げれば、爵位が上がり領地が増えるなどの報賞を得る。
だが、一般兵にそのような報賞が入ることは稀だ。一般兵にとっての報賞とは、占領した街や村で行う略奪や凌辱なのだ。
王都に存在する金持ちそうな家に押し入って財貨を奪い、そこに女がいればそれも犯す。
一番乗りを果たした彼には、どの家を選ぶも自由なのだから。
目前に迫ったお楽しみに下卑た笑いを浮かべながら、こちらに向かってくる数人の王国兵へ剣を向けた時。
突如、上空から突風が襲いかかった。
驚いたセドリック軍の兵士と王国軍の兵士らが見上げた先、彼らはそこに信じられない者を見た。
「ひ、飛竜ぅぅぅぅぅぅっ!?」
「どうして飛竜が戦場に────っ!?」
思わず動きを止める両軍の兵士たち。
そんな兵士たちの頭上すれすれを、飛竜は高速で通り過ぎる。
その際、何かがセドリック軍の兵士の背中を押し、それによろめいた彼は城壁の下へと落下した。
戦場に突然乱入した飛竜に、押し寄せるセドリック軍も防戦する王国軍も、双方の兵士たちは思わず手を止めて旋回する飛竜を仰ぎ見る。
この時、目のいい兵士の何人かは、その飛竜の背に数人の人が乗っており、更には両後肢に一人ずつ人間がぶら下がっているのを目にしていた。
そして、飛竜はそんな両軍の境目──城壁の前にゆっくりと舞い降りる。
──戦場という狂気がこの魔獣を引き寄せたのか?
そう考え、思わず息を飲む両軍の兵士たち。
だが、舞い降りた飛竜は、すぐに再び空へと舞い上がった。
そして、飛竜が降りた地に三人の人間が残されている事を、我に返った両軍の兵士たちが認めたのはこのすぐ後であった。
飛竜が去った後に現れた三人。
その内の一人が、手にしていた旗をどかりと大地へと突き刺した。
その音が聞こえたわけでもないだろうが、両軍の兵士たちの目がそれへと集中する。
旗に描かれているのは紋章。それは剣を抱えた乙女が祈りを捧げる姿を図案化したもの。
即ち。
「あ、あれは……王家の……アーザミルド家の紋章……」
城壁の上からそれを見た王国兵士の一人が震える声で零す。
そして、現れた三人の内、革鎧に二振りの突剣を下げた男が目の前に迫った一万の大軍を見て、怯えたような声を出した。
「ほ、本当にやるんですかい? こっちは三人だってぇのに、相手は一万もいるんですぜ……?」
「はあ? 何言ってんだ?」
先程旗を突き刺した男──彫金の施された立派な金属鎧を纏っている──は、革鎧の男へと振り返ると悪戯小僧のような笑みを浮かべた。
「一万も、じゃねえ。一万しか、だ」
「頭おかしいって、その考え方っ!!」
思わず悲鳴を上げた革鎧の男の頭を、最後の一人──大剣を背負った男が無遠慮に殴りつける。
「おめえも近衛に名前を連ねたンだ。一応、口のきき方に気ぃつけろや。ここは戦場だ。他の兵たちの目もあるンだぞ」
「そ、そういうキルガス隊長も、どうしてそんなに落ち着き払っていやがるんですかねぇっ!?」
「ああ? こんなもんは慣れだ、慣れ」
「いや、慣れたくねえですよ、そんなのっ!!」
「ああ、もうっ!! うるせえぞ、サイノス!」
先頭の男が苛立たしそうに叫ぶと、その身体から紫電が発生し、城壁にかけられていたセドリック軍の梯子を一度に全て薙ぎ払う。
そして、梯子に昇ったままの姿勢で突如現れた三人を呆然と見ていたセドリック軍の兵士たちが、次々に大地へと叩きつけられる。
「俺の部下になると言ったんだ。これぐらいの事には慣れろ」
「くそおおおおぉぉぉぉぉぉっっ!! 選択を間違えたああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
頭を抱える革鎧の男──サイノスを無視し、先頭の男は眼前に迫った一万の軍に対し、真っ正面から大見得を切る。
「我が名はユイシーク! ユイシーク・アーザミルド・カノルドス! このカノルドス王国の国王であるっ!!」
ユイシーク・アーザミルド・カノルドス。
その名に、セドリック軍の兵士たちが目を見開く。
なんせ、敵の最大の大将首が目の前に現れたのだ。功名心の強い者は、今のこの状況に狂喜する。目の前の男の首を取れば、出世も報賞も思いのままだろう。
そんな敵兵たちの心境を煽るかのように、ユイシークは更に言葉を重ねていく。
「俺の首が欲しい奴は遠慮なくかかってこいっ!! だがなぁ──っ!!」
ユイシークは先程突き立てた旗へと目を向ける。その視線は、戦場にありながらとても慈愛に満ちたものだった。
緋の生地に鮮やかな色使いで描かれた、剣を抱いて祈りを捧げる乙女。その乙女を取り囲むように、七つの名前が縫い込まれている。
「──俺には勝利の女神が七人も付いている! そう簡単にこの首、取れると思うなよっ!!」
セドリック軍西方展開部隊、一万。
その一万の敵兵の真ん中を、紫電が真っ直ぐに駆け抜けた。
雷光は空気を引き裂きながら、轟音を伴って敵兵をなぎ倒す。
しかも、雷光は一発ではなかった。
二発、三発と続けざまにセドリック軍を抉り抜いていく。
そして、紫電が通り抜けた後には、百人単位で大地に倒れる敵兵の姿。
「す……凄え……」
ユイシークの背後からそれを見ていたサイノスは、呆然とその光景を見詰めていた。
そうしている間にも、再び轟音。
ユイシークが前方へと突き出した両手から、紫電を再び放ったのだ。
雷の槍は真っ直ぐに敵陣へと突き刺さり、まさに槍のごとく隊伍を組んだ敵兵を突き崩していく。
ユイシークが放つ電撃は太く長い。
太さは大人の全身を包み込むほどもあり、長さは敵の隊列を余裕で貫き通すほど。
そして、その雷光に飲み込まれた敵兵が、数十人纏めて吹き飛ばされていく。
だが、それでも一万という数は力であった。
味方が紫電に飲み込まれていくのを横目に見ながら、十数人の敵兵がユイシークの元へと辿り着いた。
敵兵たちは剣や槍や斧といった、それぞれの得物を振りかざしながらユイシークへと殺到する。
迫る敵兵を目にして、ユイシークがにやりと笑う。
前方に向けて突き出していた両手を、ユイシークは左右へと広げる。そして、それぞれの掌の先に異能を展開させる。
その直後、ユイシークへと振り下ろされる剣、斧、槍といった凶器の群れ。
だが、それらの凶器は主である持ち主の意志に反して、その切っ先をユイシークの左右へと向けた。
突然、自らの得物がその矛先を変えた事に、驚き戸惑う兵士たち。
それぞれの得物はユイシークの身体ではななく、その左右への空間へと誘導されていく。まるで何かに吸い寄せられたかのように。
「ど、どうなってんだ、今のは……」
この光景を目にしたサイノスが、呆然としたまま呟いた。
そんなサイノスに、ジェイクがにやにやしたまま尋ねる。
「おまえ、磁石ってモンを知ってっか?」
「磁石……ですかい? あの鉄にくっつくとかいう……?」
「そう、それだ。今、シークはその磁石みてぇなものを掌の先に作りだしたのさ。それも飛びきり強力な奴をな」
「あ……も、もしかして、今のは……」
何かに気づいたらしいサイノスに、ジェイクはにやにやしたままその通りだ、と告げた。
ユイシークはジェイクの言葉通り、身体の左右に磁場を造り出し、そこに金属製の剣や槍、斧を吸い寄せたのだ。
彼の鎧も同様に磁気の影響を受けそうなものだが、彼の鎧は真銀製。磁気の影響は受けない。
そして、思わぬ事に足を止めた敵兵に、ユイシークは容赦なく電撃を浴びせて吹き飛ばす。
だが、中には金属製ではなく、魔獣素材を用いた武器である魔獣器を持つ兵もいる。そのような武器には磁気による防御は役に立たない。
しかし。
ユイシークには信頼する親友と呼ぶ存在がいた。
それまでじっとユイシークの影にいた彼は、再び迫る敵の得物が魔獣器だと見抜くと素早くユイシークの前へと躍り出る。
そして、背の大剣を抜き様に振り下ろし、あっさりと迫る敵を縦に両断してのけた。
突然国王の背後から現れた大剣を携えた男。その男から迸る気迫に、セドリック軍の兵たちが思わず足を止める。
その隙を見逃す事なく、再び迸る雷光。雷光は足を止めた哀れな敵兵を、纏めて飲み込んでいく。
互いに横目で視線を交え、口角を釣り上げる二人。
「ら……『雷神』……そ、そして……『大剣』……」
国王と見事な連携を見せた、大剣を携えた男。セドリック軍の兵士たちは、その男が誰なのか一瞬で察した。
カノルドス王国近衛隊隊長、ジェイク・キルガス。
国王ユイシークの幼馴染であり、右腕ともいうべき存在。
先の『解放戦争』では、常にユイシークと共に戦場に立ち、ユイシークへと押し寄せる多くの敵兵を尽く退けた剣の鬼。
今、その剣の鬼が、手にした大剣をぶんと振るい、剣についた血糊を吹き飛ばすと軽々と肩に担ぎ上げる。
この時、セドリック軍の兵士たちは、目の前に並び立つ二人の英雄に目を奪われていた。
よって、ここにもう一人いた事など、すっかり忘れていたのだ。
突如、セドリック軍のから上がる悲鳴。
手近にいた兵が悲鳴のした方へと振り向けば、それまで隣で立っていたはずの仲間が腹を抱えながら踞っていた。
その兵士が抱えた腹からは、夥しい出血。まるで鋭い何かで刺したように、腹に風穴が開いている。
そして、その悲鳴は一つで終わらなかった。
セドリック軍の中のあちこちから次々に悲鳴が上がり、兵士たちが崩れ落ちていく。
何が起きているのか判らずに、恐慌に陥るセドリック軍。
そして、その足並みが乱れたところに、再び紫電が襲いかかった。
「なかなかやるじゃねえか、サイノスの奴。あれが奴の『超速』の異能か」
「そのようだな。敵の足が止まった隙を見逃すことなく、異能を使った奇襲。目端は利くらしいな」
二人が気づいた時、もうサイノスの姿はなかった。
そして、敵陣から上がり始めた数々の悲鳴。その事から、サイノスが異能を駆使して遊撃──それも一撃離脱──を行っている事を、二人は的確に把握したのだ。
ユイシークは、完全に浮き足立った敵陣から背後の城壁へと視線を移す。
「我が精鋭なる王国兵士よ! 今が好機である! 敵へ向けて矢を射かけよ!」
国王であるユイシークの命令に、城壁の上からユイシークたちの圧倒的な戦闘を見ていた兵士たちが我に返り、命令に従って再び矢の雨を振らせていく。
「ジェイク」
「おう」
互いに拳と拳をぶつけ合うと、ジェイクはユイシークの元を離れて敵陣へと切り込んでいった。ユイシークは城壁の兵に再び命令を下し、矢を敵陣の後方へと集中させた。もちろん、誤ってジェイクを撃たないためだ。
ユイシークの雷光、サイノスの奇襲、そして、城壁からの弓の一斉射撃。
瞬く間にその数を半分以下にすり減らされたセドリック軍は、完全に浮き足立って統制も失っていた。
そこへ、剣風を纏ったジェイクが突っ込んでいく。
彼がその大剣を振るうたび、身体を両断された敵兵が次々と量産される。
前方からは電光と剣風が。後方へは城壁から矢の雨が。そして、場所を選ばず出現する姿の見えない謎の敵。
今、セドリック軍の西方展開部隊一万は、ユイシークとジェイクとサイノス、そして王都西方に配備された王国軍三百弱に、瓦解寸前まで追い詰められていた。
『魔獣使い』更新しました。
本日は王都を巡る攻防戦の一つ、西方の戦線の様子を。
そして、ついにユイシークの勇姿が! 彼の無双っぷりを上手く伝えられるか甚だ心配ではありますが(笑)。
さて、次回は南方の様子を。
南方軍一万を相手にするのは、もちろん我らが主人公です。
では、次回もよろしくお願いします。
※蛇足ではありますが、今回のサブタイトル「獣舞空雷駆地」は「獣は空を舞い雷は地を駆ける」とお読みください(笑)。




