第九話 接近
随分と間を開けてしまいました
生活リズムが変わってしまったので、慣れるのに苦労してます。
ケミの大森林前
「いやー、太陽がまぶしいぜィ!」
森の探索から一時引き上げたケンは、大きく伸びをして声を上げる。
「自覚は無かったが、原生林は随分暗いんだな。」
共に行動しているアルトは、陽光に眩んで手を空に翳す。
「のんびりしてる場合か?さっき王国兵と鉢合わせたじゃねぇか。さっさと移動しないと面倒な事になるぞ!」
そう言うのは、森の中で二人と出会い、行動を共にしている アンディ である。
彼は、人間ではなく獣人と総称される種族である。
軽装で素早い戦闘を得意としており、同時に情報力と決断力にも優れ、逸早く行動を起こす事から神速の二つ名を持っている。
尚、冒険者の持つ二つ名は、有名になった彼等に周囲が勝手に名付けて定着したものであり、基本的には本人達が自ら名乗る事はない。
「アンディの言う通りであるな。面倒な事になる前に姿を隠した方が良い。」
答えたのは、皺が目立つ魔法使い コール である。
彼は既に四十代に差し掛かっているが、随一の魔法使いと広く知られている人物である。
その年齢に見合った教養も有しており、その博識を頼る冒険者は非常に多い。
その結果、導師の二つ名を持つに至った。
彼を頼ろうとするのは冒険者のみに留まらず、各国も熱烈なオファーを続けている。
それだけに、自由な立場を堅守したい意志を持ちながら国と関わる厄介さを誰よりも知っている。
「アルトよ、そなたの意見を聞きたい。」
冷静沈着さから賢人の二つ名を持つアルトの同意を期待し、コールは問い掛ける。
「止めといた方がいい。碌な事にならなそうだ。」
「・・・」
常に冷静である反面、全く空気を読まない言動で場を白けさせる事が多いのがアルトの欠点である。
「だから言ってる場合か!さっさと移動しないと・・・!」
アンディが口を開くと、それを遮る様にアルトは西を指差す。
「?・・・ッ!」
つられて見ると、そこには数騎のエイスティア王国の騎兵が迫っていた。
「手遅れであったか・・・」
コールは、心底嫌そうな顔で呟く。
「へッ、だったら蹴散らしてやればいいのさ。」
ケンはそう言い、身構える。
身の危険と判断すれば誰よりも早く戦闘に入る彼は、先駆けの二つ名を持つ。
「焦るな、敵対すると決まった訳じゃないんだ。あまり先走られると、こっちにまで迷惑が飛び火する。」
「おンまえはホンットに・・・」
アルトに水を差され、ケンは戦闘態勢を解いて恨みがましい視線を向ける。
(正反対な様で、随分と似合いのコンビであるな)
コールはそんな二人を見て、密かに笑みを浮かべる。
「確かに、敵対の意思がある様には見えないな。」
二人のやり取りには目もくれず、アンディは騎兵を見て呟く。
その呟きに応じる様にコールが顔を向けると、驚愕で目を見開く。
「な・・・まさか!」
「どうしたんだ、おっさん?」
コールの叫びに反応し、ケンが尋ねる。
「お前達、万が一にも失礼な態度を取るでないぞ!あれはラーヴィス将軍だ!」
「「「!!!」」」
ただの一兵卒が来たと思っていた所へ、予想外の大物の登場に動揺する。
ケンは曲げていた膝を延ばし、アルトは服の皺を整え、アンディは直立不動となる。
その間に馬の蹄の音が耳に入り、嘶きと共に歩みを止め、全員が馬から降りて近付く。
「久しぶりだな、導師コールよ。以前会ったのは、確か兵営前であったか。」
歩み寄りながらラーヴィスは語り掛ける。
「確かに久しいですな、将軍。最近は戦も少なく、将軍の噂はとんと聞かなくなっておりましたが、御健勝そうで何より。」
軽く礼をして答えるコールへ笑顔を向けた後、三人へ向き直る。
「君達とは初めてだな」
「アルトと申します」
「ケンです」
「アンディと言います」
国の重鎮に対しては礼儀が不足している為、ラーヴィスのお付きは目付きを鋭くする。
「賢人アルトに先駆けのケンに神速のアンディか・・・君達の事もよく知られているぞ。」
ラーヴィス本人は特に気にする事もなく、会えて光栄とばかりに対応する。
「して、この様な辺境に将軍程の方がわざわざお越しとは、何があったのですかな?」
コールが本題に入る。
「ああ・・・実はな、陛下の御決断によってこのケミの大森林の先へと赴く事となったのだ。」
「何ですと!?まさか、この先の地へ侵攻を?」
「慌てるな、現状でその様な無茶をする余裕など無い事は、私は勿論、陛下も理解されている。私の任務は、森の向こうへ派遣される外交使節の護衛だ。」
「なるほど・・・それにしても随分と動きが早い。」
「まぁ、色々あってな・・・」
流石に内情を話す事はせず、言葉を濁す。
「それで、そちらは何故この地へ?」
今度はラーヴィスが問うが、コールはすぐに答える
「この森の先の地の噂で、既に国中の酒場は持ち切りですぞ。」
「ハッハッハ、冒険者の血が騒いだか?」
「如何にも。名だたるこの三人と行動を共に出来たのは幸いでした。この森は中々に難解でしてな。」
「老獪な君であっても簡単には行かないのだな・・・」
「将軍、私はそこまで老齢ではありませんぞ?」
「ははは、いやすまんすまん。」
此処で冗談交じりの談笑から、一気に真剣な空気に変わる。
「しかしそうなると、我々が森を突破するのも困難であろうな・・・」
「失礼ながら、否定は出来ませんな。」
「一つ聞きたいのだが、君達は森のどの辺りまで到達出来たのだ?」
コールは、アルトを見る。
突然振られたアルトは狼狽えるが、何とか口を開く。
「お、およそになりますが、九割方踏破出来ているかと。」
「たった四人でそこまで行くとは流石だな。」
他に、生息する動物、植生、地形等々、様々な事を聞き出した。
「ふむ・・・それでは最後に、森を踏破した者が教会の者だと言う事は知っているか?」
「出回っている噂では、聖職者が森の向こうを見たとか。」
「その通りだ。だとすると、その聖職者が通った道が残されている筈なのだが、見付けてはおらんか?」
「それが、それらしい跡がありました。」
「何!?」
興奮気味なラーヴィスの反応に、それまでどうにかスムーズに対応していたアルトは委縮する。
「・・・すまんな」
それに気付き、すぐに気を落ち着ける。
「ところで、君達はこの森に来てからどの程度経っているのだ?」
「一ヶ月程度ですが」
「名の知れた君達でもそれ程掛かっているのか・・・」
ラーヴィスは、内心で自身の白々しさに辟易する。
「将軍、それ程にこの森は難解なのです。事前調査無しの使節の派遣は無茶が過ぎますな。」
コールが口を挟む。
「確かに、勇み足なのは否定出来んが、此方にも此方の事情があってな・・・」
四人とも、その事情にまで踏み込もうとはしないが、コールだけはその事情を察した。
「では、どうされるつもりですかな?体力のある軍人だけであればどうにかなるでしょうが、使節ともなればデスクワークがメインの文官を連れているのでしょう?流石に持つとは思えませんな。」
「うむ、至極尤もだな。ならば、その負担を少しでも軽くする為にも、協力願えないかね?」
この申し出に、コールは心底嫌そうに反応を示し、三人は純粋に驚く。
「それはつまり、いつもので?」
「いや、今回限りだ。この森を突破する先鋒として君達を雇いたい。」
「今回限りである保証は出来るのですかな?」
「いやそれは・・・」
国からのしつこい勧誘に嫌気が差しているコールは、簡単に首を縦に振ろうとしなかった。
他三人は、その様な騒ぎとは無関係であった事から、経歴に箔が付きそうだとすぐに了承した。
結局、コールとの押し問答は一時間に渡って続き、渋々ではあるが同行する事となった。
尚、説得を行ったラーヴィスは酷く疲弊していた。
暫く後、
ラーヴィスに同行していた騎兵を伝令に走らせ、その間は本隊の到着を待ちながら森の内部での行程を練っていた。
それがひと段落した頃、彼方から使節と護衛の集団が接近しているのが見えた。
それを見たコールは、またも嫌そうな顔をする。
「全く、相変わらずの頑固者だな。」
「頑固でなければ、この年まで冒険者など続けられはしませんぞ。」
ラーヴィスの呆れ顔にも、コールはまるで意に介さない。
(万が一にも失言の無い様に願いますぞ)
伝令には、コールに勧誘の類の話をしない様にケスロッテに入念に言い含めるよう命じていた。
だが、それでも一抹の不安は拭えない。
やがて、一台の軍用馬車が目の前で停まる。
「諸君が伝令の話にあった冒険者か?」
ケスロッテが立ち上がり、四人に問う。
「如何にも、私はコールと申します。」
丁寧に一礼しながら応じる。
「アルトと申します」
「アンディと言います」
「ケンです」
コールに倣い、三人も一礼する。
「いずれも名の知れた者達であるな。これ程の者達が同行してくれるとは、行く先が未開の地であろうとも恐れる物など無いな。」
「恐縮です」
当たり障りの無い会話が続き、一通りの挨拶が終わった後、一行は遂に森へ足を踏み入れた。
「何ともまぁ、原生林とはこの様な場所なのか・・・」
「此方へ」
アルトが指し示す方を見ると、地面の色が異なる場所があり、それは奥へと続いていた。
「順調に行けば五日程度で抜けれると思います。ただ、御覧の通り険しい場所ですので、十分に注意して下さい。」
一行は足を踏み出した。
・・・ ・・・ ・・・
「早過ぎる・・・これ程早く動くとは・・・」
「どうする?」
「一刻も早く報告せねばならん。行け」
「はっ」
・・・ ・・・ ・・・
月面 研究棟
開発が続けられた月面は、今や一つの都市の様相を呈していた。
建て直されたドックは完成し、全艦を同時に収容可能な他、10隻単位での建造も可能となっている。
その隣には工業設備が建ち並んでおり、必要となる武器やアンドロイド、ドローンその他が生産されている。
その地下には大規模な倉庫が設置されており、各種資材の備蓄が進んでいる他、農業生産プラントも設置されている。
少し離れた資源地帯では、採掘が進むと同時に併設された各種精製施設が稼働している。
そして、最重要となる地球の観測及び監視を行う管制塔と繋がっているのが、坂田用の居住設備である。
別宅の通称で呼ばれているその設備には、単なる住環境以外にも様々な研究を目的とした研究棟が設置されており、現在坂田はそこにいた。
「どうだ?」
坂田が問う。
「主、進捗率は75パーセント。」
不愛想な態度で答えるのは、坂田の研究の補佐を主に行っているレジェンドアンドロイド ユウ である。
「順調だな。それで、何かあったか?」
現在行われているのは、ダンジョンで遭遇した番人の分解である。
その分解は分子レベルで行われており、おかしな物質が紛れ込んでいないかを分析している。
「さっき、それっぽいのが引っ掛かった。」
「何だと!?それは何だ!?」
落ち着いた様子から一変し、興奮しながら尋ねる。
「主、まだ解析中。」
極小サイズの物体を観測していている為、その分析には相応の時間を要する。
静かに結果を待っていると、ユウがピクリと何かに反応する。
「どうした?」
「主、ケイから連絡。ウォルデステップの遊牧民が防衛線に接近中。それと、森から使節団が接近中。」
「フウ・・・」
露骨に嫌な顔をしながら、着替え始める。
「解析にどの程度掛かる?」
「まだ始まったばかり。6時間必要。」
「なら先に向こうを片付けるか・・・」
「行ってらっしゃい」
研究棟から出ると、投影用ワーカーがやって来る。
『マスター』
ケイが投影される。
「話は聞いた。詳細を」
そのまま説明を聞きつつ、輸送機に乗ってフロンティアへと急ぐ。
・・・ ・・・ ・・・
ウォルデ大陸 ウォルデステップ東端
フロンティア西部にそびえる山岳地帯の北は開けており、西側とは何の障害も無い平原で繋がっている。
よりにもよって遊牧民が割拠する地域が侵入し放題となっており、このエリアへの対処は喫緊の課題となっていた。
ユーラシアステップが破壊力の源と呼ばれている様に、ウォルデステップも積極的な侵略を受ける源流と見做されたのである。
遊牧民は単なる侵略者ではなく、平時には馬の供給や別地域との行商を買って出ている為、農耕民にとって必要とされる側面もあるが、そうした関係を一切求めていないフロンティアでは完全に遮断する方針を採っている。
その結果、このエリアは端から端まで防御されている。
まずは深い堀が行く手を阻み、次いで目視困難な極細の鉄条網が行く手を遮り、それを突破しても地雷原が待ち構え、次には高さ50メートルの強化素材製の壁が立ちはだかり、それを乗り越えても強固な防衛力を持った基地が構えている。
更に、ワーカーによる警戒線も含めれば六重の防御網となる。
そして、このエリアには3000の戦力が集結しており、戦闘用ワーカーも多数配備され、第二戦闘団として編成されている。
尚、第一戦闘団はフロンティア南部、北東部に第三戦闘団がおり、中部に第四戦闘団が編成されている。
同時に、外征戦力として6000人規模の第一、第二旅団が編成されており、更に戦略予備として第三旅団が配備され、これ等がフロンティアに配備されている地上戦力となっている。
第二戦闘団を指揮するのは、<ジェネラル>の通称を持つ特別仕様のコマンドアンドロイドである。
ジェネラルは、大規模部隊の指揮能力と権限を持ち、人間との会話もこなす事が出来る。
「・・・・・・」
第二戦闘団を指揮している事から ジェネラルⅡ と名付けられているこの機体は、何も言わずにマイクロドローンからの映像を受信していた。
『地面が少しずつ肥沃になってるぞ』
『こっちに向かって正解でしたね』
『この分だと、土着の部族か何かがいるだろうな』
『食料に余裕が無いんだ、悠長に交流などどは言っていられない 本当にいれば、すぐに食料の提供を要求する』
『拒否された場合は?』
『その時は、力づくで奪うまでだ』
東進を続けている集団の内、最も先頭にいる武装した2000人程度の集団で交わされている会話であった。
「・・・接近中の一団に攻撃の意思有りと認め、敵性勢力と認定する。接触まで残り一時間、正当防衛行動を命ず。」
ネットワークを通じ、ジェネラルⅡからの指令が最終ラインである基地に待機している3000機のアンドロイドへ届く。
キュゥン・・・
整然と並んでいるアンドロイドが一瞬だけ高い音を立てて起動し、人間では有り得ない加速力と跳躍力で次々と基地を飛び出す。
更に、戦闘用ワーカーも上空へ飛び出し、配置に付いて行く。
10分も経つ頃には、戦闘態勢は整っていた。
東進している騎馬集団は、一帯を根城にしている遊牧民族の戦闘部隊である。
遊牧民は、馬が食べる野草を求めて移動しながら生活している。
無論、人間の食糧も求めるが、農耕民と比較して食料供給の安定性は大きく劣り、彼等も同様の理由で移動を続けている。
だが問題は、現在の彼等には余裕が無い事である。
一刻も早く新たな供給先を求めなければ、多くの餓死者が発生する危険があり、略奪を厭わない方針でいる。
その為、多数の戦闘部隊を先行させているのである。
「・・・む!?」
そうして進んでいると、上空から奇妙な物体が降りて来た。
『警告する、これより先はフロンティア領である これより先の侵入を禁止する 直ちに引き返せ 引き返さない場合、攻撃の意思有りと認め、排除する 繰り返す・・・』
「何だ?何なのだこれは!?」
二回繰り返された警告の声に、困惑と混乱が広がる。
空から何らかのアクションを受ける事は、彼等にとって初めてではない。
とは言え、それは飛竜と呼ばれる小型の竜によるものであり、騎兵の様に人が搭乗しての攻撃か、稀に野生の竜による襲撃もある。
だが、人間でも飛竜でもない謎の物体から、しかも言葉を発して警告を行うなどと言う奇天烈な現象は誰も知らない。
だが少し経つと、一部から怒りの声が上がり始める。
「何が進入禁止だ!?偉そうに・・・何がフロンティアだ!そんな辺境国が何様だ!」
その様な声がそこかしこから聞こえ始め、全体のボルテージが徐々に上がっていく。
「待て待て待て!総員止まれ!」
隊のリーダーが叫び、一旦動きを止める。
「頭、どうしてですか!?あんな生意気な挑発を放っておけと!?」
「だから落ち着け!折角、向こうから姿を見せてくれたんだ。こっちの要求を伝えて相手の出方を見る。」
その説明に一同は納得する。
「よく聞け、我等はクドゥの民である!我等は常に移動を行う民であり、その過程でこの地へと来た!我等は、敵対の意思の無い者に対して無体を働く事は無い!敵対の意思無くば、その証として食糧を供出し、我等の活動場所を割譲せよ!要求を拒否すれば、大地は血で赤く染まるだろう!」
少しの間を置き、再び声が聞こえる。
『繰り返す、これより先はフロンティア領である これより先の侵入を禁止する 直ちに引き返せ 引き返さない場合、攻撃の意思有りと認め、排除する』
この返答に、リーダーは何も言わずに腕を振り上げる。
ガシャッ
背後に控える数十人が一斉に弓を構え、上空の物体へ矢を放った。
ガッ ガッ キンッ
放たれた矢は多くが外れ、当たった矢も全て弾かれた。
「何だと!?」
「どうして効かない!?」
その様子に誰もが驚愕する。
「クッ・・・!」
もう一度リーダーが腕を振り上げる。
それに応じて弓を構えようとするも、実行に移される事はなかった。
「え?」
矢を放たれる前に、飛行物体は飛び去ったのである。
予想外の動きに暫く唖然とした一同だが、すぐに笑い声が上がり始める。
「オイオイ、マジかよ・・・たったあれだけで逃げやがったぞ!」
「余裕で矢を弾いておきながら、肝っ玉の小さい化け物だ!」
「あんだけ大見得を切っておいて、結局はこの程度か。」
誰もが嘲笑し、扱き下ろす。
「まぁ、訳の分からんイベントは終わった。あの程度で怖気付く様な連中が相手ならば、大した苦労は無いだろうな。いいか、我等をあそこまで愚弄した事がどれ程愚かか、この先にいる無知者共に叩き込んでやれ!」
「「「「「オオオオオオオォーーーーー!」」」」」
威勢の良い雄叫びが上がり、彼等は一斉に駆け出した。
2000の騎馬による進軍は、土煙と轟音を一帯に撒き散らし、凄まじい迫力と威圧感を見る者に与える。
この戦列に参加している誰もが、この先にいる不届き者を蹂躙する結末を確信した。
ゴオオォォォォォォ・・・・
「何だ・・・?」
上空から聞いた事のない音が響き渡り、多くが上を向く。
「また何かふざけた宣言でもしに来たのか?」
そんな呟きに周囲が笑い声で答え、弓を準備しつつ音の出所を探る。
「・・・おい、敵が見当たらないぞ。何処だ?」
必死に目を凝らして辺りを見渡すが、いくら見渡しても見えるのは空と雲ばかりであった。
その瞬間、
ドパパパパパパパパパパパパ
「な、何が起きたァァァァァーーーー!?」
突如として巨大な火柱が無数に吹き上がり、半数が一瞬で吹き飛ばされてしまった。
残ったもう半数は、凄まじい爆音に馬がパニックを起こし、乗っている人間も大混乱に陥った。
「今のは何だ!?どうしたんだ!?」
訳の分からない事態にリーダーが叫ぶが、それに応える者はいない。
ゴオオオォォォォォォォーーーー・・・・
「ヒッ・・・!」
再び聞こえて来た音に、多くが反射的に身をすくませる。
「い・・・嫌だァァァァァ!」
一部は恐慌状態に陥り、パニックを起こして言う事を聞かない馬を乗り捨てて逃げ出す。
ドパパパパパパパパパパパパ
そうした努力も空しく、再び上がった火柱は全てを吞み込んだ。
「ウ・・・ク・・・」
数人が衝撃波によって吹き飛ばされ、奇跡的に火柱から生き延び、ゆっくりと起き上がる。
見回すと、一帯には焼け焦げた地面と立ち上る煙が広がっていた。
何も言えず、呆然としていると、上空から気配がした。
視線を向けると、そこには警告を発した物体に似たモノがいくつも近付いて来た。
「ああ・・・」
助かった
そう思い、安堵の声が漏れる。
きっと、この破壊を止めに来たに違いない。
バチュン
そう思った瞬間、上空の物体が発光し、次の瞬間には彼等の視界と意識は永遠に閉ざされた。
傍から見れば、彼等の頭が光の筋によって弾け飛ぶ姿が確認出来ただろう。
「殲滅を確認 正当防衛行動を終了 後方に敵本隊が残存 報復行動の必要あり 第一旅団の出撃を要請する」
ジェネラルⅡの判断により、フロンティア外部にいる敵性勢力への攻撃が決定される。
かつて、坂田が示した基本方針である正当防衛と報復に従い、攻め込んで来る敵に対して戦闘団による正当防衛を行い、次いで外征部隊である旅団を動員しての報復が敢行されようとしていた。
クドゥと名乗る彼等は、フロンティアに隣接する一帯を牛耳っている民族である。
複数の遊牧民を従えている強者であり、相応の軍事力と人口を擁している。
「この先に先住民がいるならば、先発隊はそろそろ接触した頃だろうか?」
そのクドゥの民の族長であり、東進を決断した張本人 ゼンウ は呟く。
彼の周囲には、非戦闘員である子供や女性、老人が集まり、その周囲を解体されたテントの部品を乗せた馬車が囲んで防御し、更にその外側を戦闘員が囲んで護衛をしている。
彼等は確かに強力だが、ゼンウの統治方法は過酷であり、それ故に多くの恨みを買っている為、移動中であろうとも油断は出来ない。
そうして東進を続ける彼等だが、唐突に聞いた事のない音が辺りに響き渡った。
ゴオォォォォォォォォォォ・・・・
その音に誰もが困惑表情を浮かべ、馬は恐怖で嘶く。
「備えよ!」
ゼンウの一喝で全体の硬直が解け、直ちに動き出す。
馬車の向きを変えて円陣を形成し、戦闘員はその外側を走り回って外敵に備え、非戦闘員は馬車の陰へ集まってうずくまる。
その動きは素早く、実戦慣れしている事が分かる。
その間、ゼンウは目を閉じて耳を澄ます。
「・・・空か!」
目を見開き、顔を空へ向ける。
直後、それは姿を現した。
10機の強襲機と4機の攻撃機は、敵本隊上空に到達した。
高度30メートルでホバリングに移行すると、攻撃機は外周を回っている対象へ連射型レーザーを撃ち出す。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
忽ち円陣周辺は砂塵で囲まれた。
その光景に地上の動きが全て止まり、その隙に強襲機が高度を10メートルまで下げる。
直方体の外側が開き、内部には武器を構えたアンドロイドが着席している。
『降下』
指令を受け、一斉に飛び降りる。
難無く着地すると、すぐに砂塵の周囲を囲い込む。
等間隔で並んで一斉に片膝を着くと、胴体が薄茶色に発光する。
ドオオオオオオオオ
光が消えると同時に地面が円形に盛り上がり、内部にいる全員を閉じ込める。
次いで立ち上がり、今度は跳躍して盛り土の上へ陣取り、内部へ武器を向けて待機する。
誰も何も言えない。
突如として正体不明の物体が空からやって来たかと思うと、外側で警戒していた部隊に光の雨を降らせて殲滅した。
かと思えば、今度は空から兵士を降らせて包囲網を形成し、魔法を使って土を盛り上げて壁を造り、捕えられた囚人の様に囲い込まれてしまった。
絶望的な状況に追い込まれたが、あまりにも奇天烈で早過ぎる展開に思考が追い付かず、誰もが唖然としていた。
そうして両者の動きが止まり、今度は声が響き渡る。
『我々はフロンティア軍である!代表者は名乗り出よ!』
その声に、その場の全員が一斉にゼンウを見る。
(奴等、一体何者なのだ?我が精鋭をいとも簡単に粉砕するなど・・・とにかく、奴等に喧嘩を売っては駄目だ!理不尽な暴力に襲われた被害者として振る舞い、良心に訴えて譲歩を迫るしか無い!)
馬をゆっくりと進めつつ、この場をどの様に切り抜けるのかを考え、名乗り出る。
「儂がクドゥの族長ゼンウだ!貴様達は何処の誰だ!?フロンティアなど聞いた事がない!貴様達に危害を加えた事もないのに、何故この様な惨い真似をする!?何の恨みがあるのだ!?」
『惚けるのは止めろ!フロンティアは、此処より東の領域にある お前達が略奪の方針を立てている事は既に把握しており、先行していた騎兵は殲滅済みだ』
この返答に誰もがざわつくが、ゼンウだけは表情を変えずに言い返す。
「何たる事だ!その様な戯れ言の為にこれ程の犠牲を出したのか!?断じて許される事ではない!確かに、此処より東へ配下を向かわせたが、それは狩りによって食料を確保する為に過ぎず!貴様達に一片の良心が残っているのならば、相応の賠償を要求するものである!」
怒気を孕んだ声に対する返答は無かったが、代わりにこれまでとは異なる物体がゼンウの目の前までやって来た。
下部が光ると、そこにはとある光景が映し出された。
『東へ向かう』
『これより東へですか?』
『うむ、そうだ 今まで向かった事のない場所ならば、豊かな実りに溢れておるだろう』
『先住民がいた場合は?』
『今まで通りだ 従うのならば我等の為に生かしておき、そうでなければ皆殺しにして収穫物を回収する』
それは、移動を開始する直前の会議の一幕であった。
予想の遥か前から察知されており、想像の埒外の方法で証拠を見せ付けられた事で冷や汗が止まらない。
更に別な光景が映る。
それは、先行部隊が殲滅される直前にしていた会話であった。
明らかな攻撃宣言に、二の句が継げなくなる。
『以上が、我々が攻撃に至った理由である これは、正当防衛及び報復行為に過ぎず、全ての責任はそちらにある事を明言する』
「ならばどうしろと言うのだ!?既に食料は乏しく、奪わなければ飢え死にを待つだけだ!貴様達には、この哀れな弱者に差し延ばす手を持たないのか!?」
涙を流し、大袈裟に手を振り回し、情に訴えようと叫ぶ。
しかし彼が冷静である事は、身体機能の情報を読み取っている彼等には筒抜けであった。
『見え透いた演技をしても我々には通用しない それに、その弱者を今まで踏みにじって笑っていたのは何処の誰だ?』
ゼンウは、今度こそ絶望した。
彼の統治方法は、自身の民族を生かす為に周辺民族に飢餓を強要していた。
助けを求めて縋り付く者は多くいたが、それを全て鼻で笑い、斬り捨てて来たのが彼の行いであった。
今正に、彼は斬り捨てられる立場にいる事を理解した。
『脅威となる戦力及び責任者の排除を以って、報復行動は完遂する事を此処に宣言する』
バチュン
一筋の光がゼンウの頭を貫き、馬上には首の消えた胴体だけが残った。
『報復完了を確認した 帰投せよ』
ゼンウの死亡を確認し、待機していたアンドロイドは強襲機へと乗り込み、一斉に東へと引き上げた。
その後、クドゥの民は統率者と戦力を一度に失った結果、その事を知った周辺民族の報復に遭い、数十年後に滅亡する事となる。
ただし、そこから遊牧民同士の主導権争いも激化し、ウォルデステップ東方は長らく苛烈な戦場と化す事となった。
・・・ ・・・ ・・・
フロンティア ケミの大森林付近
「さて、そろそろですね・・・」
リーンが呟く。
「先方が馬鹿な事をしないようを願うばかりよ。」
ケイが答える。
二人は、間も無く森を抜けて来る使節団を待っていた。
「此処が、フロンティアの今後を決める分岐点です。」
今度こそ、一話で一万文字突破!




