リアージュの入学式④
【注】ーーーに囲まれている文章は、チヒロがプレイしていた乙女ゲーム、”僕のイベリスをもう一度”の内容です。
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○『体力測定』……これは全ルートで発生。回避不可のイベントです。9面体のサイコロ2個を振り、その合計数で体力の初期値が決まります。このサイコロの出た目で攻略対象者の初対面での好感度の初期値が決まります。このイベント時に、サポートキャラと初対面し、ゲームのルール説明を受けます。サイコロの出目が”18”のとき、体力に優れた攻略者が出現し、”あなた”を褒めてくれます。
〈サポートキャラクター〉
ルナーベル……名前変更は不可です。紅い髪が美しい彼女は保健室の先生をしている優しい修道女です。ゲーム内では虐められている”あなた”をかばって守ってくれます。※ルナーベルは”あなた”のサポートキャラクターでもあり、ゲームの進め方やレベル上げに悩んだとき等に、”あなた”にアドバイスをしてくれます。
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金髪碧眼の男子学院生がルナーベル先生と声を掛けたのは、リアージュの前で戸惑いの表情を浮かべるイヴリン・シーノン公爵令嬢に対してだった。
「何言ってるのよ?この女はイヴリン・シーノン公爵令嬢でしょ!」
リアージュが鼻息荒く、そう言うとイヴリンであるはずの女の体が、ピクッと揺れたように見えた。女はリアージュにリボンを渡してから、男子学院生に向けて穏やかな声で言った。
「きっと、ヒィー男爵令嬢はまだ体が本調子ではないのでしょう。彼女は入学式の一週間前に高熱を出されていて、入寮したのも昨日だったそうですから、怒らないであげてください」
男子学院生達は彼女の言葉に、優しい笑みを見せた。
「本当にルナーベル先生はお優しい。修道女の鑑です。おい、貴族なのに、公の式典の重要性がわからない、うつけ者の新入生!先生に免じて許してやるから、体がまだ辛いなら早々に寮に戻って休むんだな!」
「ルナーベル?それって、私のサポートキャラ?」
リアージュはルナーベルのことは余り覚えていなかったので、目を見開いて、イヴリンではない女をよく見てみた。
炎のように輝く紅い髪は緩やかに波打ち、大きくも小さくもない額に細く整った眉で、長い睫に縁取られた猫のようなつり目は大きくて、バイオレット色の瞳は、心の底まで見通すような神秘的な光を宿していた。高めの鼻に、ルージュを塗らなくても赤い、その唇は艶やかで大人の女性の色気を感じさせた。その大人の女の色香を放つ女は、慎み深い修道服を身に纏っている。
(こんな色っぽい美女が……修道女?これが……ルナーベル?)
色合いは違うが、この顔はどう見てもイヴリンのはずだ!と反論しかけたリアージュだったが、ふと思いとどまった。
(あれ、そういえば少し体型が違うような……?)
卒業イベントのスチルで見たイヴリンは、ヒロインよりも背が高く、ボン・キュッ・ボンとしたメリハリのある憎たらしいプロポーションだった。目の前にいる女も背は高いが、あの凶悪に男心を魅了するような凸凹が際立った体型ではなく、またリアージュのように凸凹の差がない体型でもなく、至って普通の程よい凸凹のある……女性らしさを感じられる体型だった。だけど、この世界の貴族の女性は補正下着で体型を補正することが殆どだったので、リアージュは目の前の女の体型が本物かどうかがわからないと思った。
(ええい、修道服では体型がわからない!!)
リアージュは思わず、目の前にいる女の胸をわしつかんだ。
「!?い、痛ッ!イヤッ!!」
「うわっ、ルナーベル先生に何するんだ!?胸から手をどけろ、この痴女め!おい、警備員!この女から先生をお助けしろ!!」
(コルセットがあるから、わかんない!でも近くで見ると肌の張りが10代じゃない気がする!シワもソバカスもないけど……確かに15才には見えない!この女……おばさんなの?やっぱり、私のサポートキャラか!)
リアージュは学院を守る警備兵達に羽交い締めにされた。
「寮にそいつを連れて行ってやれ!」
「ちょっと、待ってよ!この後に体力測定があるはずよ!それをやらなきゃいけないはずよ!」
リアージュはオープニングの後、すぐに体力測定のイベントがあったはずだと記憶していた。これはヒロインのステータスの初期数値を決めるイベントで、やり方はルナーベルに促されて、サイコロを振るい、出た目で初期数値が決まる。このサイコロにより、攻略対象者の初対面での好感度の初期数値も決まるのだ。
「体力測定?なんだ、それは?もしかして体力を調べないのかと聞いているのか?騎士になるのなら調べるかもしれないが、ここは学院だぞ。そんなこと調べるわけがなかろう。ルナーベル先生のおっしゃるように、まだ病気が治っていないようだな!皆に移す前に帰れ!……警備員達、さっさと連れて行け!!」
体力測定イベントがないと知ったリアージュは、警備員にそのまま連行され、寮の部屋に放り込まれたため、その後のリアージュの叫びを誰も聞くことはなかった。
『イヴリンとルナーベルの顔が同じって、作画さぼってるんじゃないわよ!色合い変えりゃ、ごまかせると思っているスタッフーーー!ファンは騙されないんだから、もっと努力しろー!』
入学式後に騒動を起こしたリアージュは寮の自室で軟禁されて、その日一日だけ強制療養を強いられた。軟禁ということで、寮の食堂を利用することが出来ないリアージュのために、警備員が自室に食事を運ぶことになったので、リアージュは(部屋を出て食堂まで行かなくていいから、楽でいい!)と大喜びで、警備員達に礼を一言も言うこともなく、目の前の食事を堪能した。
満腹になると、そういや昨夜の睡眠が足りなかったと思ったリアージュは、その後の時間を制服のままベッドに上がり、寝転んでダラダラ昼寝を楽しんだ。昼食と同じように夕食も警備員によって配膳されたリアージュは、食事が終わり、部屋から警備員がいなくなってから、明日からの攻略対象者達とのイベント攻略を成功させるために、ベッドの上で作戦を練った。
(今日の入学式ではルナーベルにリボンを拾われてしまったけど、あれがオープニングムービーならゲームには影響は出ないだろうし、攻略対象者の4人らしき男子達とも、ちょっとだけ顔を合わせられたから、結果的にはOKってことよね!
……ちょっと地が出ちゃったけど、恋は盲目って言うし、ゲーム補正がかかっているはずだから、彼らは入学式で私に恋をしたはずよ!それに、あれだけ大勢の人間がいたならイヴリンにも、ちゃんと目撃されてるはずだよね!!
オープニングムービーも終わったし、体力測定がないのなら、次の行事イベントである親睦会で攻略対象者と始めて会話するのかな?……きっと、そうよ!各攻略者の最初の好感度の初期値が、それで決まるのよ!次が本番よ!大丈夫、まだ何も始まっていないんだから、次から、ちゃんとやればいいだけ!頑張らないとね!)
と、リアージュは考えた。
「う~ん、攻略対象者に会うには、寮の入り口か、上級貴族用の校舎の入り口か、講堂、武道場、中庭、図書室と聖堂、ダンスホール。……うん、余裕余裕!楽勝だわ!私にはゲームの知識があるから、何とかなるよね!さぁ、今日は、もう寝よっと!」
リアージュはベッドの上で寝転んだまま制服を脱ぎ、それをハンガーに掛けることも畳むこともせずに床に投げ捨てると、風呂も歯磨きもせずに下着のまま、眠ってしまった。
入学式の次の日、教室に入ったリアージュは驚いた。黒板もなければ、あの四角い机や木の椅子もなかったからだ。ゲームでは、豪華な私立の学校の教室風景だったはずなのに、リアージュの目の前の教室は、どこかの貴族邸のサロンのような装飾が施されていて、固い木の椅子の代わりにあるのは円状に置かれた個別に座るソファだけで、手荷物はソファの左隣に設置された足の低い、小さい角テーブルの上に置かれた、蓋付きのカゴに入れるように配慮が施されていた。
教室の広さは前世の高校の教室の広さとほぼ同じだが、クラスメイトの人数があまりにも少ないようにリアージュは思った。と言うのも、リアージュが入る下級貴族クラスは、女子はリアージュを入れても3人だけで、男子も8人しかおらず、その人数は僕イベの背景画に描かれたモブのクラスメイト達よりも少ない人数だと言えるものだった。
下級貴族クラスの教室では昨日のことに加え、淑女にあるまじきシワシワの制服で登校したため、クラスメイトに危ない人物認定をされてしまったが、リアージュは平然と空いているソファに座った。クラスメイトに遠巻きにされ、普通の人間なら居たたまれないような、大層居心地の悪い、教室の雰囲気だったのだが、リアージュは前世でも、その雰囲気の中にいた記憶があったので、何も気にすることなくいられた。
(なんだ、前世と同じ教室の雰囲気じゃん!それに今世でも、茶会の奴らもこんな対応だった!どこにいても、可愛いだけで妙な言いがかりをつけられて遠巻きにされてしまうのよねぇ~。これが前世今世共通の美少女故の災難ってヤツなんだろうなぁ。いわゆる有名税ってヤツ?ホンット、美しいって罪だよね~)
明るく前向きなヒロインらしく、そう楽天的に考えたリアージュは自分の考えに、にやつきながら授業が終わったら早速、保健室に行って、リアージュのサポートキャラであるルナーベルに、ゲームの説明を聞かなくてはとクラスメイトのヒソヒソ声も気にせず、授業が始まるまで僕イベのイケメン達の攻略について考えていた。
8時30分にやってきた担任は、今日の予定を簡単に説明しだした。それによると毎日9時から一時間授業があり、10時には朝のお茶の時間。40分後に2時間目があり、それが終わると昼食の時間で、それが終わると、そのまま学院の授業は終わりだと言うことだった。担任の説明が終わり、9時になったので授業が始まり、リアージュは前世の授業を思い出し身構えたが、一分も経たない内に緊張は解けた。
何故なら、この学院の授業は国語や数学などといった勉強ではなかったからだった。皆の顔を見ながら話すのは、趣味や特技の話を相手にわかりやすく伝える方法や、結婚観、領地経営のことで、自身が大事にしていること、社交での振る舞い方等々……で、まるで見合いのアドバイスのような議題が上がり、それに対し、各自の意見や感想、疑問等を話し合うだけだったのだ。
(なーんだ、やっぱり乙女ゲームの世界だもんね!勉強なんて面倒な事は、こうやってフンワリと濁されてるんだ!やったね!私、勉強なんて大嫌いなんだもん!これだと2時間ただ黙っていればいいだけだから、楽勝よ!
それにしても、クラスメイトが少ないような?そっか、ゲームのモブなんだから、これ位の人数でちょうどいいのかも!フッ!……モブだから、どいつもこいつも地味で冴えない顔してるのね!やっぱりモブって現実でもモブ顔なんだなぁ……)
とリアージュは思っていたのだが、これには訳があった。
それを教えてくれたのは、昼食後保健室に突撃したときに笑顔で迎えてくれて、紅茶とクッキーを振る舞いながら、リアージュの質問に嫌な顔一つ見せずに、懇切丁寧に説明してくれる、優しい修道女のおばさ……、リアージュの頼もしいサポートキャラであるルナーベルだった。




