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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第五話「ミニチュアガーデン~①バックヤード~」
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433.「魔術式通路」

 魔術式の通路。それがなにを意味しているかなんて、深く考えなくても分かる。つい最近目にしたばかりなのだから。


「それって……転移の魔紋(まもん)のこと?」


「ホホ……さあ、どうじゃろうなあ」


 巌窟王(がんくつおう)は意地悪く間延(まの)びした口調で返した。段々と本格的に腹が立ってくる。様々な表情で人をたぶらかしてきた過去が()けて見えるみたいで、気分が悪い。


 よし。なにかガツンと言い返してやろう。言われるがまま黙っているだなんて、(しょう)に合わない。


 (おり)へ一歩踏み出すと、レオンに手で(せい)された。


「なによ」


「熱くなるな。落ち着け」


「落ち着いてるわ。人を(けむ)に巻くのが大好きなおじいさんに、ちょっぴりお(きゅう)()えてあげようとしただけよ」


「子供じみた真似(まね)はするな」


 彼は淡々(たんたん)と返す。顔色ひとつ変えずにわたしをたしなめるその調子に、なんだか悔しくなった。そんなふうに言われると、(かえ)ってむしゃくしゃする。レオンに人を(おもんぱか)る力なんてないのは(さっ)してるけど、人の神経を逆撫(さかな)でしてどうしようというのだ。


 不意に気付いた。


 駄目だ、このまま感情に流されるとろくなことにならない。水蜜香(すいみつこう)の禁断症状で、気持ちが簡単に(たかぶ)ってしまうのだ。


 自覚すると、心を(しず)めるのはそう難しいことではなかった。目をつぶり、何度か深呼吸をすればそれですっかり冷静になれる。もともと直情的(ちょくじょうてき)ではあるけれど、無暗(むやみ)に突っかかるほど(おろ)かじゃないはずだ、わたしは。


「ホホ……レオンにお灸を饐えられたな、旅のお方」


 巌窟王は相変わらず意地の悪さを強調した物言(ものい)いをする。


 自制心を働かせて耳にすると、彼の言葉にはなんら力が(こも)っていないことに気が付いた。人を揺さぶることだけを目的とした、空虚(くうきょ)台詞(せりふ)だ。


「そうね。だから、しばらく大人しくしてるわ」


 老人の返事はなかった。つまらなそうに鼻を鳴らしただけである。やっぱりこの男は、わたしをからかって(たの)しんでいただけか。牢屋(ろうや)暮らしで(つちか)われた悪趣味なのだろう、きっと。


「さて」とレオンは巌窟王をじっと見据(みす)える。「目的も看破(かんぱ)されている。となれば、いたずらに時間を(つい)やす理由もない。巌窟王……地下を開けていただけませんか?」


 地下を開ける、という表現が引っかかった。なにか、秘密の通路に続く鍵でも持っているのだろうか。檻の中で鍵を持っているなんて、ちょっとおかしな響きだ。


 巌窟王の表情は賢者じみたものに様変(さまが)わりしていた。じっとレオンを見返して、口を開かずにいる。考えているというよりも、観察している風情(ふぜい)だ。


 ランプの灯芯(とうしん)が、じじじ、と鳴る。それ以外にはなにひとつ――外の風さえも聴こえない静寂(せいじゃく)だった。


 やがて老人は、(おごそ)かに口を開いた。


「わしになんの(えき)があるのだね? お前さんをマダムの領地(りょうち)に送ったとしたら、わしはどんな報復(ほうふく)を受けることか――」


「報復など恐れていないでしょう、貴方(あなた)は」


 巌窟王はまたも沈黙した。レオンの言葉に押されているのだろうか。それにしても……報復だとか地下だとか、わたしの分からないことばかりだ。ただ、レオンが充分な勝算を持って口にしていることだけは理解出来る。行き当たりばったりという言葉ほど、彼に似合わないものはない。


「いかにも。報復など、そよ風と同じ。予定調和(よていちょうわ)ばかりの劇よりも退屈じゃ」


 それは……ルーカスがいるからなのだろう。見た目こそ小太りだが、彼には少しも(にぶ)い雰囲気はなかった。加えて、ならず者の総大将――ポールを相手に取引を続けてきたしたたかさがある。


「それに、報復されるとは限らない。場合によっては感謝されるでしょう。たとえばルーカスがマダムとの取引を終えていたとしたら、私たちは彼女の住処(すみか)に踏み込む必要が出てくる」


 それがどうしてマダムに感謝されることになるのだろう。


 しばし考えて、ピンときた。


 なるほど。つまり、わたしたちがココとビスクの救出に失敗したとすれば――マダムとしては、オマケが付いてきたのと同じだ。ルーカスとの取引とは別に、人材がさらに二人も手に入る。


 ただ、それもわたしたちが失敗してはじめて得られる利益だ。この狡猾(こうかつ)な老人が乗って来るとは――。


「よかろう」


 即答(そくとう)が返るとは思わず、ほとんど無意識に首を(かし)げてしまった。が、考えてみればさして不思議ではない。目の前の老人がわたしのことを知っているはずがないのだ。レオンとは知り合いみたいだけれど、彼の実力も正確に把握(はあく)しているわけではないのだろう。つまり、九割以上、救出失敗と見ているに違いない。


 巌窟王の返事の直後、地面に震動が(つた)った。重たげな響きが室内にこだまし、小刻(こきざ)みな揺れが足裏(あしうら)を刺激する。


 ほどなくして、『倉庫(デポ)』はもとの静寂を取り戻した。


 レオンは巌窟王に一礼し、スタスタと梯子(はしご)へ向かう。


「ちょっと待って。ルーカスがどのくらい前にここを出て行ったのか聞いてないわ。もしかしたらもうマダムに――」


「それもよかろう」老人は(さえぎ)り、わたしを見上げた。その瞳が、ぐにゃりと(ゆが)む。「無意味な問答(もんどう)じゃがな。正直に答える理由もなければ、旅のお方、お前さんもわしを信じておらぬ。……レオンは(さと)い。無駄な時間には目を向けん。わしは何時間言葉遊びを続けてもかまわんがなあ」


 巌窟王のまとった雰囲気は、今や詐欺師(さぎし)のそれだった。無言で降りていったレオンの正しさを痛感する。ムッとするけど、この老人の言う通りだ。なにを言われようと、額面(がくめん)(どお)りには受け取れない。言葉の真意を()み取ろうにも、相手が悪い。この場で証明出来ない物事に(つい)やす時間なんて、一秒だってありはしないのだ。


「じゃあね、意地悪なおじいさん」


 梯子に足をかけ、言い捨てた。ちょっぴり仕返ししたってバチは当たらない。


今生(こんじょう)の別れじゃ、旅人よ。マダムによろしく伝えてくれ」


 口の減らない老人……。言い返してもストレスがたまるだけだ。




 一階に降り立つと、唖然(あぜん)としてしまった。先ほどまでがらんとしていた部屋の中心に、地下への階段が口を開けていたのである。揺れの正体は、これが開く音だったのか。しかし、どんな方法で巌窟王はこれを出したのだろう。魔術を使った気配もないし、魔道具を持っていれば魔力がこぼれるはず。見る限り彼は一般人以下の魔力しか持っていなかった。


 とはいえ、世界にはテレジアのような例外がいる。異常なほど発達した隠密(おんみつ)魔術なら、実力を(いつわ)ることだって可能なのだ。


 レオンはさっさと階段を降りてしまったらしく、姿がない。無暗(むやみ)に先行して罠にはまったらどうするのだ。まったく、どこまでマイペースなのやら……。


 コツコツと、自分の靴音が響く。どうやらレオンは降りた先で待っているらしく、足音はない。階下はランプの光が届かず、濃い暗闇に(おお)われていた。足を踏み外さないよう、慎重(しんちょう)に降りていく。


「レオン」


 不安になったわけじゃないけど、試しに呼んでみた。すると下から「なんだ」と返る。


 正直、ほっとしてしまった。いなくなったら、それはそれで心細い。使命を()びて進んでいるとはいえ、同行者の存在は――どんな奴だろうと――ありがたいものだ。


「急いでるのは分かるけど、あんまり先を行かれると困るわ」


 返事はなかった。まあ、彼らしいといえば彼らしい。この暗闇を進むために、どれだけ声が頼りになるかなんてあまり意識していないのだろう。段々暗さに慣れてきたからいいけども……。


 地下に降り立つと、自然と吐息(といき)がこぼれた。床いっぱいに、巨大な魔紋(まもん)が展開されていたのである。()められた魔力も、当然大きい。


「これがマダムの居場所に通じてるのね?」


 暗闇に問いかけると、すぐ隣から「ああ」と聴こえた。びくん、と身体が反射的に震える。


「近くにいるなら教えてよ……! びっくりするじゃない」


 レオンはこだわりなく「そうか」と呟き、魔紋の前に立った。


「ねえ」彼の隣に歩み出て、言葉を投げる。「どこに転移するのかもあなたは知ってるのよね? 進む前に、あなたがどうして色々と知ってるのか教え――」


 わたしの疑問は、唐突(とうとつ)(さえぎ)られた。彼は有無(うむ)を言わさずわたしの手を引き、魔紋に飛び込んだのである。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『レオン』→ビスクの婚約者。人形術を得意とする魔術師。独り言が多く、コミュニケーションに難がある。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『ポール』→『煙宿』の創始者。水蜜香の中毒者であり、娘を溺愛していた。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『ココ』→『煙宿』にある針治療の店『針屋』に居候する女性。気さくで明るい。魔術の才能があり、得意の裁縫と組み合わせ、魔力を織り込んだ衣服を作る。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて


・『ビスク』→レオンの婚約者であり、ポールの娘。故人。ポール曰く、控えめで優しい性格とのこと。彼女の死後、レオンはその姿を模した人形を所持するようになった。彼は人形もまたビスクと呼び、大切にしている。レオンが傷付くと、人形は彼の魔力を吸い上げて駆動する。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得たが、クロエに討伐された。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『転移魔術』→物体を一定距離、移動させる魔術。術者の能力によって距離や精度は変化するものの、おおむね数メートルから数百メートル程度。人間を移動させるのは困難だが、不可能ではない。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『魔紋(まもん)』→魔術の応用技術のひとつ。壁や地面に紋を描き、そこを介して魔術を使用する方法。高度とされている。消費魔力は術者本人か、紋を描いた物の持つ魔力に依存する。詳しくは『186.「夜明け前の魔女」』にて


・『水蜜香(すいみつこう)』→微睡草(まどろみそう)と呼ばれる、麻痺毒を持つ植物を刻んで干したもの。燻した煙を吸引することで、酩酊状態を誘う。中毒性が強く、量を誤れば廃人となる場合も。『煙宿』で生産された水蜜香が、王都の歓楽街に密輸されている


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて

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