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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」
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幕間.「王都グレキランス ~暗澹行路~」

(くし)剃刀(かみそり)、クリーム、(べに)、香水、ペンダントに懐中(かいちゅう)時計、ネックレス、指輪、お紅茶セットと角砂糖、それからお洋服――あら、ショールは入れたかしら?」


 日傘を片手に、(つば)の広い帽子、長手袋、純白のワンピース姿のその女性は、いかにも有閑(ゆうかん)階級の婦人じみていた。一歩引いて付き従う五人の少年少女は、さながら年若い使用人である。彼らは(みな)、身の(たけ)半分ほどもあるトランクを抱えて、ぎこちない足取りで歩いていた。


 小旅行に出る婦人と、お付きの従者。そんな言葉がよく似合う。


 彼女たちは、王都の大通りを真っ直ぐに歩いていた。住民は道を開け、思い思いの表情で彼女らを盗み見ている。好奇(こうき)、憎悪、憐憫(れんびん)嘲笑(ちょうしょう)、恐怖――感情こそ様々だったが、皆一様(いちよう)に、黙っていた。下手なことを口にしたら命はないと知っていたのである。


 そんな、一種異様な行進をする彼女らは、決して旅行に出る貴族などではなく――実質的に追放されゆく騎士である。


 騎士団ナンバー3、落涙のトリクシィと、見習い騎士。


「ハンカチはどのトランクに入れたかしら?」


「こ、このトランクに……」


軟膏(なんこう)はどれに入ってるかしら?」


「ぼ、僕のトランクに」


「ちゃんと覚えてくれて偉いわ。貴方(あなた)がたと旅に出ることが出来るなんて、あたくしは幸せ者ね」


 笑顔を向けられた見習いたちは、息をとめて愛想(あいそ)笑いを浮かべた。


 彼らがトリクシィと同行することに決めた理由は様々だったが、(おおむ)ね、彼女の誘いを断れなかったことが根幹(こんかん)にある。


 ある少女は話しかけられただけで卒倒(そっとう)しそうなほど緊張し、機嫌(きげん)を損ねないように全部「はい」と返事をしていたら同行が決まってしまった。


 ある少年は『不安なら魔物と戦わなくていいわ』と言われ、ついつい誘いに乗ってしまった。


 彼女に従う見習いのなかには、騎士団長に啖呵(たんか)を切った少年もいた。


 彼は、『貴方の勇敢(ゆうかん)さをあたくしに分けてくださらない? 団長にあれだけ(せま)ったんだもの、みんなと一緒に西へ行くわけにはいかないでしょう?』と(なか)脅迫(きょうはく)され、恐怖と混乱のうちに同行を決めていた。


 かくして五人もの同行者が出来上がったわけだが、誰ひとりとして進んで彼女を(した)っている者はいない。恐怖に乱れ、動揺(どうよう)し、なにが正解か分からなくなって、今、荷物持ちになり下がっているわけだ。


 彼らの持つトランクは、言うまでもなく、すべてトリクシィの荷物である。


「ト、トリクシィさん……」


「なにかしら、ロットさん?」


 ロットと呼ばれたのは、騎士団長に怒りを爆発させた少年である。彼は恐る恐る続けた。


「お、俺たちは、これからどこに……」


 トリクシィは口元に手をかざし、クスリと小さな笑いを漏らす。


「そんなに緊張しなくてもいいのよ。だって、大切な仲間ですもの……」


 仲間。トリクシィの口にしたそれは、少なからず(にご)った響きが(こも)っていた。けれども彼女は、誓って、不純な動機(どうき)など持ち合わせていない。


 ある少年は戦闘能力がないが、風の魔術を多少使える。彼は空調代わりになればいい。


 同じく戦えそうにない少女は、炎の魔術に心得がある。彼女は食事係にうってつけ。


 同様に戦闘能力のない少年は、水の魔術を使える。紅茶と洗濯にぴったり。


 (むち)の魔具を持つ少女は、見習いのなかでは――トリクシィにはドングリの背比べとしか思えなかったが――ある程度戦える。彼女は雑魚(ざこ)蹴散(けち)らす役目。


 ロットは、自分では気付いていないようだが、防御魔術の才能がある。彼は盾にでもすればいい。


 こんな具合に、トリクシィにとっての『仲間』は特別な意味を持っていた。それでも、魔物に対しては絶大な力を誇る彼女の庇護(ひご)を受けられるとなれば、余りある幸福なのかもしれない。


「これからどこへ行くのか、でしたね」


 門まで来ると、トリクシィは(まぶ)しげに目を細め、景色を(なが)めた。(はる)か遠くまで、街道が続いている。風に(なぶ)られて、草原が青く波打った。彼女の瞳には、(かす)んだ稜線(りょうせん)が映っている。


「手始めに、キュラスを目指しましょう。勇者様はともかく、彼の友人(・・)に異変がないかどうか探るべきだわ」


 例の、血族(けつぞく)の男が王都に(わざわ)いをもたらそうとしているのなら、勇者一行を(ほう)っておくはずがない。なかでも最も重要なポジションであろう治癒(ちゆ)魔術師は、当然狙い目となる。


 トリクシィは王都の門を(あお)ぎ、薄い笑みを浮かべた。





 一方、騎士団ナンバー1の男――紫電のザムザは、ひと足早く王都を離れていた。


 王都の東に広がる草原を、特に目的もなく進んでいく。二人分の靴が、草原を踏みしめていった。


「しかし、どうして私まで一緒に……」


 真偽師(トラスター)のカールは、眉間(みけん)(しわ)を寄せて呟く。ザムザとともに行動することは悪くはなかったのだが、彼の行動原理が分からなかったのである。


「『声』に従っただけだ。俺はあんたを助ける。それまでは、離れるわけにはいかない」


 ザムザの脳に響く『声』とやらは、カールにとって奇妙としか言いようのないものだった。そんな不確かなものに自分の未来を(たく)す気になるなど、ナンセンスとさえ感じる。しかしながら、ザムザに放り出されたら自分に待つのは死以外にない。


 いかに優秀な魔術師でも、戦闘能力がなければ魔物一匹退(しりぞ)けることが出来ないのだ。かといってどこかの町に逃げ込もうにも、アテがない。ただでさえ、常人よりも多くの魔力を持つのが魔術師であり、その分魔物を引き寄せる運命にある。そんな存在を(こころよ)く受け入れてくれる土地はほとんどない、とカールは理解していた。


 事実としても、(おおむ)ね彼の推測(すいそく)通りである。


「『声』は行き先を告げてくれたのか?」


「……『東の洞窟へ』。それだけだ」


 カールはがっくりと肩を落とした。根拠(こんきょ)もなければ、正確さを担保(たんぽ)してくれる要素もない。行き当たりばったりと変わらないではないか、と。


 とはいえ、不安は少なかった。なにせ、同行者は騎士団のナンバー1で、自分を『助ける』と盲目的(もうもくてき)な宣言している。それも『声』の命じたことらしいのだが、カールとしてはありがたいことこの上ない。護衛という意味では間違いなくトップクラスなのだから。


 ともあれ、別種の不安も存在する。ザムザの行動が『声』に左右されるのなら、自分を見放すこともあり得るのではないか、と。そう考えるときりがないのだが、想像しては身震いした。


 カールにとって一番大事なのは真偽師(トラスター)としての名誉で、次に大切なのは命である。一番目がもはや崩壊している以上、()り上がりで、生命が最も重要度が高い。


 二人はやがて、紫の鉱物が露出(ろしゅつ)する洞窟へとたどり着いた。





 多くの騎士は西方の、比較的無事な街を目指していた。しかしながら当然、例外もいる。トリクシィしかり、ザムザしかり。


 彼らも、そうだった。


「本当に行くのか、シーモアよ」


「当然。わざわざ西に行く(がら)じゃねえよ、俺は」


 騎士団ナンバー5、五月雨(さみだれ)のシーモアと、真偽師(トラスター)のジークムント。二人は、北方に開いた門の先――『魔女の湿原』を歩いていた。


 ジークムントは口髭(くちひげ)を指でなぞり、シーモアの嘘を目ざとく発見した。柄だとか言ったが、まったくそうではない。


 真偽師(トラスター)が隣にいることを許さない騎士もいる。とっくに王都から追放されているべき人間がまだ存在したなんて、決して(こころよ)く思われない。下手をすると、王都を出る前に告発騒ぎに発展する可能性もあるのだ。それを危惧(きぐ)して、わざわざ誰も選ばないであろう北方へ足を向けた――そこまで、ジークムントは見抜いてしまった。


 人の真偽を見抜くのが真偽師(トラスター)の仕事とはいえ、(なか)(くせ)になってしまっていることに、ジークムントはひとりため息をついた。


「騎士団の猛者(もさ)が同行してくれるのは心強いが……負担ではないか?」


「つまんねえ心配するんじゃねえよ」


 ぶっきらぼうにシーモアは呟き、大股(おおまた)で歩いた。ジークムントは、不慣れな湿地に足を取られつつ、なんとか彼のあとを追う。


「しかし、どこへ行くのだ? ここはもう、魔女の領地では?」


「魔女? ああ、ルイーザとかいう、勇者のツレだろ。凱旋式(がいせんしき)で見たが、小生意気(こなまいき)そうなガキだったな。……そんなことどうでもいいが、別にこの湿原は魔女の支配地じゃねえよ」


 言葉を切り、シーモアは(きり)の先を(にら)んだ。濃霧(のうむ)は、行き先をひた隠しにしている。


「どこでもない場所で、誰でもない人生を送るだけだ」


 ぽつりとこぼれた彼の言葉を耳にして、ジークムントはそれが、真偽の(あいだ)で微妙な揺れを持っていることに気が付いた。嘘とも言えるし、真実とも言える。どちらでもあって、どちらでもない。


「どこでもない場所とは?」


 問われて、シーモアは足をとめた。「名前も肩書きもいらねえ、悪党ども理想郷に行くのさ」





 騎士団本部の中庭で、騎士団長のゼールはひとり、空を(あお)いでいた。見送りさえ許されなかった立場を呪いながら。


 これで王都に残る騎士は、自分ひとりになった。おそらくは、王子の目論見(もくろみ)通り。


 きっと、王都を去った騎士たちは永久に戻らないだろう。そして私は――。


 思って、ゼールは拳を握る。――私は、憎悪を一身に背負って、それでも騎士であり続ける。それもまた、王子の望んだことだ。


 もし、と彼は続けて思う。


 もし、願うことが許されるなら。王都を去った騎士が、不遇(ふぐう)な死を()げぬように。過酷(かこく)な試練が幾度(いくど)も訪れるだろうが、いつか、王都への帰還(きかん)が許されるように。再び騎士として、グレキランスの誇りとして戦えるように。


「君たちの歩む道に、栄光の光が(そそ)ぐように」


 胸に拳を当て、ゼールはこみ上げる涙を懸命(けんめい)にこらえた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『例の、血族(けつぞく)の男』→ここではヨハンを指す。


・『紫電のザムザ』→騎士団ナンバー1の男。銀の髪を持つ魔術師。幼い頃の記憶がない。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~啓示~」』にて


・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙(じゅうりん)する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。傘の魔具「深窓令嬢(フロイライン)」の使い手。王都を裏切ったクロエとシンクレールを討ち取ったことになっている。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』『幕間.「王位継承」』にて


・『五月雨のシーモア』→騎士団ナンバー5の男。槍の魔具使い。詳しくは『366.「落下流水」』『幕間.「王都グレキランス ~騎士と真偽師~」』にて


・『ジークムント』→壮年の真偽師(トラスター)。王への謁見前に、クロエを真偽判定にかけた。謁見中の事件により、王都追放の処分を下された。詳しくは『261.「真偽判定」』『幕間.「王都グレキランス ~追放処分~」』にて


・『カール』→クロエたちが王に謁見した際に、同席した真偽師(トラスター)。王都随一の実力者だが、メフィストの嘘を見抜くことが出来なかった。謁見中の事件により、王都追放の処分を下された。詳しくは『263.「玉座と鎧」』『幕間.「王都グレキランス ~追放処分~」』にて


・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて


・『王子』→名はゼフォン。メフィストに王が射られたことで、王位を継いだ。旧態依然とした価値観を嫌い、真偽師(トラスター)や騎士を信用していない


・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と(もく)される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」』参照


・『真偽師(トラスター)』→魔術を(もち)いて虚実を見抜く専門家。王都の自治を(にな)う重要な役職。王への謁見(えっけん)前には必ず真偽師(トラスター)から真偽の判定をもらわねばならない。ある事件により、真偽師(トラスター)の重要度は地に落ちた。詳しくは『6.「魔術師(仮)」』『261.「真偽判定」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『治癒魔術』→読んで字のごとく、治癒の魔術。それほど高い効果はない。他者を癒すことは出来るが、術者自身にかけることは出来ない。詳しくは『131.「ネクスト・ターゲット」』にて


・『紫の鉱物が露出(ろしゅつ)する洞窟』→『271.「二重思考」』でクロエたちが潜伏していた洞窟


・『魔女の湿原』→王都の北部に広がる湿原。かつてルイーザが暮らしていた場所も、この湿原にある。今も彼女が住んでいるのかは不明。湿原の中には、ならず者の生活する宿場町『煙宿』が存在する


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている

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