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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」
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428.「未だ煙る霧の先へ」

 人攫(ひとさら)いの男が去っても、依然(いぜん)として命の危機は続いていた。(つらぬ)かれた腹部の痛みは耐えがたく、腕もすっかり痺れてしまっている。左手を塔の(ふち)にかけても、状況は多少マシになった程度……ぶら下がるだけで精一杯だった。


 ココを攫われた焦りと、彼女を助けられなかった不甲斐(ふがい)なさ、そして、少しでも脱力したら間違いなく絶命する状況に心が砕けてしまいそうになる。悔しいなんて言葉では言い()くせない。


 ああ、もう力が――。


 (あきら)めかけたそのとき、ぐい、と身体が引っ張られた。視界が持ち上がり、全身で確かな地面を(とら)える。


「どうして……助けてくれたの?」


 返事はなかった。レオンは地平線に顔を(のぞ)かせる太陽を、じっと見つめている。先ほどまで敵だった彼が、なぜ助けてくれたのだろう……。落とすことだって出来たのに。


 いや、理由なんてなんだっていい。大事なのは事実だ。わたしは彼に救われ、こうして空を(あお)いでいる。


「……ありがとう」


 レオンはやはり、黙って地平の先に視線を(そそ)いでいた。感情の読めない眼差(まなざ)しで。


 やがて彼は(きびす)を返し、昇降機(しょうこうき)へと歩き出した。


「ちょ、待って」


 気怠(けだる)い身体に(むち)を打って立ち上がり、サーベルを回収する。レオンは立ち止まることはおろか、わたしに一瞥(いちべつ)もくれない。


 またコミュニケーションの取れない人に戻ってしまった。彼からは聞き出すべきことがたくさんあるのに。人攫いは何者なのかとか、その行き先とか――あるいは、ビスクについて。


 小走りで追いつき、彼と同時に昇降機に乗り込んだ。


 ガクン、と大きく揺れると、ゆるやかに降下する感覚を得た。レオンはやはりなにも言葉を発さず、一点を凝視(ぎょうし)している。そこになにがあるわけでもない。


 彼は今、なにを考えているのだろう。やっぱり、ビスクのことだろうか。それとも『煙宿(けむりやど)』の未来についてだろうか。いずれにせよ、わたしまで一緒に黙っているわけにはいかない。


「さっきは助けてくれて、ありがとう」


 沈黙。


 こうも無視されると、ちょっと傷付く。けど、へこたれている場合じゃない。ビスクとココが攫われて、それで終わりというわけではないのだ。というより、終わらせてはいけない。全部に決着がつくとしたら、ココを救い出したときだ。


「ねえ、レオン。あなたが今なにを考えてるか分からないけど、返事をしてくれないなら勝手に喋るわ」


 少し待ってみたが、当然のようにレオンは反応を示さない。昇降機の鳴らす摩擦音(まさつおん)が、やけに大きく感じた。


「わたしはポールに約束したの。誰ひとり犠牲を出すことなく人攫いと手を切れるようにする、って……。でも、上手くはいかなかった。ココがあいつに、攫われちゃったから……」


 攫われる以前に、彼女はビスクと落下したのだ。どうしようもなく、自分が不甲斐ない。むしろあのタイミングで梟面(ふくろうめん)の男が現れたのは幸運だったかもしれなかった。ただ――それはそれとして考えなければならない。ココは絶命を(まぬか)れたかもしれないが、人攫いの手中(しゅちゅう)にある。なら、奴からココを取り戻し、安全を確保することがわたしの責任だ。


「……これで終わりにするつもりなんてない。だから、あの男について知ってる限りのことを教えてくれないかしら? たとえば、あいつの行き先とか」


 レオンはちらと振り向いた。


「知ってどうする」


「乗り込むのよ。ココを助けるために」


 再び沈黙が流れる。レオンはゆったりとまばたきをするだけで、反応らしい反応はない。


 これじゃ必要な情報も得られそうにない。痺れを切らして口を開きかけた瞬間、レオンの唇が動いた。


「ビスクも、連中に攫われた」


「ええ、そうよ。ココと一緒に連れ帰るから、行き先を――」


 レオンは振り向き、わたしを(さえぎ)る。「連れ帰る保証がない」


 そんなことを言われても、保証なんて出来ない。もちろん、情報と引き替えに救出するつもりはあるけれど、信用してもらえるだけの材料なんて持ち合わせていないのだ。どうすれば彼を説得し、上手く行き先を教えてもらえるだろう。


 ……駄目だ。頭が回らない。焦りばかりが先行して、画期的(かっきてき)なアイデアが少しも浮かんでくれそうにない。


 しかし、説得する必要なんてないと知った。彼は真摯(しんし)な眼差しをわたしに向け、言い(はな)ったのである。


「君が本気なら、目的地は私と同じだ」




 昇降機を出て少し降りると、見覚えのある場所に出た。レオンの小屋である。彼は真っ直ぐ中に足を踏み入れ――。


「……やられた」


 ぼそりと呟いた彼の視線の先には、ビスクの寝室があった。なにが『やられた』なのかは、聞くまでもない。寝室へと続く魔紋(まもん)が、跡形(あとかた)もなく消えていたのである。昨夜、小屋に侵入するまでは確かに存在していた。となると――人攫いの元へと転移させるであろうその魔紋は、先ほどの梟面(ふくろうめん)が消し去ったに違いない。上質な人材を手に入れたあと、簡単に追跡(ついせき)されないよう。


「レオン……ほかにアテはあるの?」


「……居場所の見当(けんとう)はついている。馬を用意しよう。『不夜城(ふやじょう)』の裏手を真っ直ぐ進んだ先に木製の門がある。三十分後に、そこで落ち合う――異論は?」


「ないわ」


 レオンは(うなず)くと、早足で去っていった。


 三十分。それで出来ることなんて、たかが知れてる。ヨハンとシンクレールに合流するのがせいぜいだろう。そういえば彼らは、今どこにいるのだろう……。


 そんなことを考えつつ、小屋の二階からパイプを伝って塔から脱出した。そして積み重なった小屋をどんどん降りていき、地上にたどり着く(ころ)――なんだか(なつ)かしい声が聴こえた。


「お嬢さん!」


 ヨハンとシンクレール――二人が塔の入り口で顔を(ほころ)ばせている。『針姐(はりねえ)』とザッヘルも一緒だ。そしてなぜか、ポールと取り巻き数人もいる。


「嬢ちゃん、遅かったなぁ。で、ココはどこに行ってもうたん? 嬢ちゃんが心配だから、って飛び出して行ったんやけど……」


「『針姐』……ココについてなんだけど」申し訳なさが胸に広がる。けれど、話さないわけにはいかない。


 わたしはポールも(ふく)め、全員の顔を見渡した。ヨハンは飄々(ひょうひょう)としていたが、シンクレールはやや疲労した表情である。きっと、塔内の勢力を(おさ)えるために力を尽くしたのだろう。


「ココと、レオンの婚約者――の人形が、人攫いに連れていかれたわ」


『針姐』は青ざめ、ザッヘルは歯噛(はが)みする。ヨハンはというと、怪訝(けげん)な表情で口元に手を当てた。シンクレールに関しては、悔しそうに(うつむ)き、唇を噛みしめている。


 誰よりも早く声を上げたのはポールだった。


「おいおいおい! 約束が違うじゃねえか! まあ、それで済んだならいいけどよお……」


「人攫いは消えたけど、これからココを助けに行くわ。誰ひとり犠牲(ぎせい)は出さない――それが約束だもの」


 するとヨハンが、一歩前に出た。


「お嬢さんひとりじゃ、なにかと危なっかしいですからね……同行しましょう。もちろん、シンクレールさんも」


「ありがとう……ザッヘルさんはここに残って、傷を癒して頂戴(ちょうだい)。『針姐』は、彼についてあげて。絶対に助け出すって約束するわ」


 と、『針姐』はわたしの手を引き、路地(ろじ)へと引いた。呆気(あっけ)に取られながらも後を追おうとした者を押しとどめて。


「嬢ちゃん……じっとしててな」


 言うと、『針姐』はなんの説明もなしにわたしの服に手をかけ、(まく)り上げた。


「え、ちょ、なにしてるの――」


 あまりに唐突(とうとつ)でわけが分からない。が――肌に走った痛みを覚え、すべてを理解した。


「ひどくやられたなぁ……。待っとってな、すぐに()ったるわ。ちょいと痛いけど、我慢出来る?」


「我慢は出来るけど――ここで縫うの?」


「そ。時間がないやろ。……嬢ちゃんがココを助けに行くなら、ウチも一緒に行くわ」


 チクリ、と鋭い痛みが走る。けれどこんな痛み――ビスクを道連れにしようとしたココの勇気に比べれば、どれだけちっぽけなものか。


「『針姐』は『煙宿(けむりやど)』で待ってて。大丈夫、約束するから」


『針姐』が行くとなれば、ザッヘルも同行するのは間違いない。もし戦闘になったりしたら、傷だらけの彼が耐えられるかは怪しいものだ。ココを救出出来たとしても、犠牲が出てしまったら意味がない。


 何度か押し問答したが、治療が終わる頃、ようやく『針姐』は首を縦に振ってくれた。


「分かった……。嬢ちゃんに任せる。けど、無茶はせんように。みんなで生きて帰らなきゃ承知(しょうち)しないからね」


「当たり前――」


 言いかけて、呼吸が止まった。魔物の気配――それも、十や二十じゃきかないくらいの数だ。今は朝で、魔物が自由に動ける時間ではない。それなのになぜ……。


 塔の入り口に戻ると、シンクレールが空を(にら)んでいた。彼も気付いているのだ。空の深みに、魔物が()れていることを。


「ヨハン! シンクレール!」


「ええ、分かっています。これはこれは……ハルピュイアですか。随分(ずいぶん)下劣(げれつ)なのが来ましたね」


 ヨハンもまた、上に視線を向けている。やがて上空に、極彩色(ごくさいしき)の翼が見えた。


 人語を(かい)し、鋭い鉤爪(かぎづめ)を武器とする半人半鳥の魔物――ハルピュイア。確か連中は、活動時間が異様に長い。正午までは蒸発せずに残ることがほとんどである。


 夜が明けたかと思えば、よりにもよってこんなことになるなんて……。


「ああ、クソ!」とポールが叫ぶ。「連中、『煙宿』を潰すつもりなのか! 魔物をけしかけるなんて……。最初からこうするつもりだったってことかよ!」


 脳裏(のうり)に、小太りの男が思い浮かぶ。彼がこの状況を作り出したのだとすれば――邪悪とかいうレベルの話ではない。だが、ポールの叫んだ通り、偶然にしては出来過ぎたタイミングだ。


「クロエ」わたしの肩に手を置き、シンクレールが言う。「君は、ココを助けに行ってくれ。僕たちは全力でアレを倒すから」


「でも――」


「こうしているうちにも、ココが危険に(さら)されてるかもしれない。『煙宿』のことは心配しなくていい。これが人攫いの仕業(しわざ)だとしても――戦い抜いて見せるから」


 シンクレールの瞳はどこまでも真っ直ぐで、説得力に満ちていた。騎士――そう呼んで(しか)るべき力強さを持っている。


「お嬢さん、気をつけてくださいね。もし魔物を仕向(しむ)けているのが人攫いなら……厄介な相手でしょうから。もし判断に迷うことがあれば、自分の影(・・・・)を信用してください」


 ヨハンはなにを言っているのだろう。なんだか妙な表現だけれど、彼なりの激励(げきれい)なのだろうか。


 ともかく今は、ココのことが心配だ。『煙宿』に(せま)るハルピュイアは気がかりだけど――ここにはシンクレールとヨハンがいる。ザッヘルも回復すれば戦力として大きいし、ポールも黙ってはいないだろう。


 なら、わたしが追うべきは――孤立(こりつ)した状況のココだ。


「絶対に連れ帰るわ。だから、生きて会いましょう」


 全員と(うなず)きを()わし、『不夜城』の裏を駆けた。




 全速力で走り続け――やがて、家屋の()えた先に、木造りのささやかな門が見えた。そのかたわらには、馬にまたがったレオン。見る限り一頭だけだ。彼の後ろに乗るのは少し不安だが、そんなことは些細(ささい)な問題である。今はなによりも、ココを優先しなければならない。


「ごめんなさい、遅れたかしら?」


「二分早い。上出来だ」


 彼の後ろに飛び乗ると、馬はいななきを上げて両足で地を蹴った。


 (きり)にけぶる湿地。空には大量の魔物。この先になにが待っていようとも決して(あきら)めない――そう(ちか)った。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『魔紋(まもん)』→魔術の応用技術のひとつ。壁や地面に紋を描き、そこを介して魔術を使用する方法。高度とされている。消費魔力は術者本人か、紋を描いた物の持つ魔力に依存する。詳しくは『186.「夜明け前の魔女」』にて

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