表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」
493/1573

427.「墜落少女と夜明けの梟」

 わたしは何時間かけて、この塔を登ってきただろう。(はる)か地上に広がる町並みは薄い霧が幾重(いくえ)にも(おお)って、雲の上にいるみたいだ。そんな摩天楼(まてんろう)から落ちたらどうなるかなんて、酔漢(すいかん)でも理解出来る。


 視界が、スローに沈んでいく。塔の(ふち)に立ち、わたしを見下ろすビスク。彼女の背後に広がる(あかつき)。多分この瞬間、わたしの心臓は鼓動(こどう)さえ忘れていただろう。全身のあらゆる感覚が急激に()せ、目の前の景色だけが圧倒的な現実味を()びていく。


 思考が、空白で(ふく)れ上がる。死――その一文字さえ、頭に浮かぶだけの隙間(すきま)がなかった。


「お嬢!!!」


 その声は、ひび割れたノイズにしか聴こえなかった。きっと、わたしの絶望的な状況がココの声さえ(ゆが)めてしまったのだろう。けれど、彼女の声に(こも)った感情だけは、真っ直ぐに届いた。


 刹那(せつな)――左腕に(にぶ)い痛みが走った。そして、致命的(ちめいてき)な落下が止まる。


「はぁ……はぁ……」


 息が上手く出来ない。わたしは咄嗟(とっさ)に塔の縁に手をかけ、腕一本で全身を支えていた。段々と感覚が戻ってくる。心臓は破裂しそうなほど鼓動して、全身が震えていた。


 あとコンマ一秒、手を伸ばすのが遅れていたら――今頃(いまごろ)、死の約束された空の旅に出ていただろう。ぞっとするどころの話ではない。なにもかも終わりになってしまうところだった。


 金属音が頭上で鳴る。


 そうだ――まだ安堵(あんど)出来るような状況ではない。絶体絶命の立場にいることに変わりないのだ。見上げると、(やいば)を振り上げるビスクと目が合った。今や空は、異様なまでの紫に染まっている。(たか)かトンビか分からないが、大きな鳥が空の深みを()け抜けていった。


 まだ助かってない。もっと言えば、ビスクとの戦闘だって決着はついていないのだ。どう足掻(あが)いても絶望的なことには変わりないけれど……。


 銀の刃が、生まれたての太陽を反射して(きら)めいた。鋭利な刃先(はさき)が宙を裂き、真っ直ぐわたしの左手――文字通り命を繋いでいる、たったひとつの希望に振り下ろされる。


「うっ……く」


 剣の動きよりもわずかに早く、右手を塔にかける。そして、左手を離した。手は間一髪(かんいっぱつ)のところで切断を(まぬか)れたが……(こう)に走った鋭い痛みは、窮状(きゅうじょう)否応(いやおう)なしに突きつけていた。段々と、お腹の痛みも強くなっていく。


「――!!」


 声にならない叫びが、喉の内側で反響する。右手が潰されるような衝撃。ビスクは純白のヒールで、わたしの指先をぎゅっと踏みつけたのである。人間的な仕草(しぐさ)――と一瞬思ってしまったが、違う。彼女はヒールでわたしの指を固定しただけなのである。ゆっくりと引いた刃。その向かう先が、わたしの支えである右手なのは明らかだ。


 サーベルを塔に置き去った今、抵抗する手段なんてない――。


「ビスクやめて! お願い! お嬢は大事な友達なの!!」


 たった数日の付き合いだったが、そう言われると涙が(にじ)んでくる。ココ、ありがとう。


 (あきら)めが胸の内側を(おお)ったが、最後の瞬間はなかなか訪れなかった。ビスクは刃を振り上げたまま、静止していたのである。相変わらず、人形らしい無表情で。


 ココの言葉に反応している……? そういえばココが現れてビスクの名を叫んだときも、その動きは止まったっけ。いったいどういう理屈(りくつ)かさっぱり分からないけれど、これはひとつの希望だ。彼女の凶刃(きょうじん)さえ止まれば、生還(せいかん)の道も見える。


 しかし、それもわずかな(あいだ)だけだった。ビスクは躊躇(ためら)いを断ち切るように一気に刃を引き、そして――。


「駄目!!」


 右手にかかっていた重みが、ふっ、と消えた。がくん、とビスクの身体が前傾(ぜんけい)する。彼女の腰には、華奢(きゃしゃ)な腕ががっしりと抱き着いていた。


「ココ!!!」


 どうしてこんなことになってしまうんだろう。心に、黒々とした後悔が広がる。ココとビスクの身体が、宙に(おど)り出る。


 ――道連れなんて、駄目だ。


 必死に伸ばした手は、しかし、ココに届くことはなかった。ビスクのドレスさえ、指にかすりもしない。落ちゆくココは、涙を浮かべ、ガタガタの笑顔を作っていた。


 腕の(しび)れも、腹部の痛みも、意識から遠ざかっていく。胸を押し潰すような感覚だけが、唯一(ゆいいつ)の現実だった。


 駄目……こんなの間違ってる。わたしを助けるために、ココがビスクと一緒に落ちるだなんて、正しくない。


 落下する二人の姿はみるみるうちに小さくなっていく。


 不意に、巨大な羽ばたきが聴こえた。直後、黒い影が(すべ)るように二人へ(せま)る。


 鳥――ではない。真っ黒なマントを羽織(はお)った人間である。それは猛烈なスピードで二人に接近し、やがて、マントを広げて激突した。


「え……」


 なにが起きたのか分からなかった。マントの人間は、確かに二人とぶつかったはずである。しかし、どこにも二人の姿がない。マントで(おお)われ、そして、消えてしまったのだ。


 助かった……のだろうか。


 二人に激突したはずの何者かは、マントを広げて、さながら蝙蝠(こうもり)のごとくバサバサと高度を上げる。


 カツン、と塔で靴音がした。見上げると――レオンが下を(のぞ)き込んでいる。その瞳はわたしには少しも向けられていない。ひたすら、マント姿の影を凝視(ぎょうし)している。


 状況が見えない。ココはどうなったのだろうか。無事でいてくれるならいいけど……すべては、頂上目指してゆったりと羽ばたく謎の人間次第(しだい)に思えた。


 やがてマントは、わたしの真横を通過し、ちょうどレオンと対峙(たいじ)するかたちで虚空(こくう)にとどまった。空中に屹立(きつりつ)したその靴裏(くつうら)に、確かな魔力が宿(やど)っている。


 近付いてはじめて、そいつがずんぐりした男であることに気が付いた。飛べていることが不思議に思えるくらい鈍重(どんじゅう)な体型なのだが、理屈ははっきりしている。彼の羽織ったマントには、質の高い魔力が(みなぎ)っていたのだ。


 おそらく、ルイーザの(ほうき)と同じく、空中を移動するための魔道具なのだろう。


 それよりもなによりも、彼の顔から目が離せない。口から上を覆い隠すようにかぶった銀色の仮面――目を(ほそ)めた(ふくろう)によく似た仮面をしている。


「ごきげんよう、紳士(しんし)淑女(しゅくじょ)の皆々様がた」彼は妙に甲高(かんだか)い声で、(たの)しげに言い(はな)つ。「取引のために飛んで来てみれば、ホッホッ、妙齢(みょうれい)の女子を二人拾ってしまいました。ホッホッ、(もう)けものですな。ときにレオン氏よ、約束の人材はどちらにいらっしゃるので? ホッホッ、まさか、塔から叩き落としたわけではあるまい」


 そうか、こいつが人攫(ひとさら)いか。そういえば、連中は(ふくろう)(めん)をつけているんだっけ。


 ……にしても、腹立たしい物言(ものい)いだ。二人を拾った(・・・)だなんて。


 レオンは青ざめた顔で返す。「片方は、約束の人材だ。(ゆえ)あって落ちた」


「落ちたァ? ホッホッ、()められたものです」


「……陳謝(ちんしゃ)しよう。だが、ビスクは返却(へんきゃく)を要求する。あれは、提供する予定ではない」


 小太りの男は、首を九十度(かし)げた。


映し人形(ソーマ・ドール)のことかね? ホッホッ、先ほども言った通り、あれは拾い物……ワガハイが回収しなければ、永遠に失われていた代物(しろもの)です。さぁ、本来の品物を受け取りましょうかね。レオン氏よ、我々は上質な人材を二人、要求していたはずですな? どちらにいらっしゃるので?」


 沈黙が広がる。やがてレオンはわたしを一瞥(いちべつ)した。


「その女だ」


 なにを言ってるんだ、レオンは。けれど、提案としては悪くない。ココが(さら)われたのなら、わたしも一緒に攫われることで救出出来るかもしれない。


「ホッホッ! 塔に貼り付いてるお嬢さんだってぇ? ホッホッ! 馬鹿馬鹿しい! ワガハイは上質な人材を求めているのですよ。魔力のない小娘なんぞ()いて捨てるほどいる。マダム(・・・)の商品にはならない」


 なんだかものすごく馬鹿にされてる気がする。腹立たしいけれど、左手で全身を支えている状況では啖呵(たんか)を切る余裕もない。


「残念だ、ホッホッ、実に残念」と、梟面(ふくろうめん)は言葉とは裏腹に、随分(ずいぶん)愉快(ゆかい)そうに言い放った。「約束を(たが)えるなど、あってはならぬこと。ホッホッ、まぁ、都合のいい拾い物をしたので、ワガハイは愉快です。愉快愉快、実に愉快! しかぁし……この町は不愉快ですな。……それでは紳士淑女の皆様がた! サヨナラです、永久に」


 一方的に言い残すと、男はマントを(ひるがえ)して飛び去って行った。


 紫に染まった空に、小太りの影が小さくなって、やがて消えた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と(もく)される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」』参照


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ