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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」
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426.「祝福の標」

 (つらぬ)かれたお腹に、じんわりと違和感が広がる。本当なら(ひざ)を突いてしまいたいくらいの痛みに(さいな)まれるはずなのに。ココからもらった服に血が(にじ)んで、黒地を濃く濡らしていく。


「ねえ、ココ」


 彼女の肩に手を置くと、わずかな震えが伝わった。こんなことになるなんて思っていなかったのだろう、きっと。彼女がビスクの衣裳(いしょう)を作った理由は、輝かしいまでにポジティブなものだったに違いない。


 なぜならビスクの身につけたドレスは、花嫁衣裳なのだから。


「ごめんなさい……。アタシがもっと早く注意してれば、お嬢は痛い思いなんてしなくて済んだのに……。ううん、違う。アタシがドレスを作らなければ、こんなことにはならなかった……」


「じゃあ、やっぱりあの服は――」


「うん……。お嬢に見せたハンカチと同じ。痛み以外、なかったことにしちゃう布……。ビスクが傷付かないように、って。ずっと元気でいられるように、って。だって、だって……親友だったから――」


 親友だったなんて初耳(はつみみ)だ。すると彼女は、ビスクの結婚のために一生懸命作ったのだろう。(やいば)を通り抜け、肉体には一切の傷を残さない衣裳を。痛みだけは消えないが、それでも、充分過ぎるくらいの祝福(しゅくふく)(こも)っている。


 悲劇なんてこんなものだ。たとえ善意に満ち(あふ)れていても、哀しい未来に続いていたりする。


 けれど、だからこそ、過去の気持ちを否定しないでほしい。


「お嬢……?」


 ココを抱きしめた。強く、強く。背後から、疾駆(しっく)する靴音がする。ビスク人形に背を向けていられるのも、あとわずかだ。勝つための戦術なんてろくに考えていないし、いつまでこの身体が痛みを忘れてくれるかも分からない。一秒だって()しいくらい切羽(せっぱ)詰まった状況だけど――わたしは無心で、ココを抱きしめ続けた。


「ココ、ごめんなさい。あなたにもらった素敵な服……破れちゃった」


「ううん、いいの。服なんて、あとでいくらでも直せるから。でもお嬢は――!」


 手を離し、立ち上がる。わたしを見上げるココの瞳に涙が伝った。夜明けの光が、(しずく)をきらめかせる。彼女に背を向けると、双剣を構えて(せま)るビスクが見えた。


「なら、全部終わったら直してもらうわ。ボロボロになっちゃうかもしれないけど……それでもいい?」


「うん、でも――」


 その先は、わたしの耳には入らなかった。集中力を一気に上げ、戦闘以外の音を排除(はいじょ)する。ごめんね、ココ。今から、あなたの親友の形をした奴を()つ。


 ビスクを(むか)え撃つように、前進した。ココのそばで戦うわけにはいかない。


 火花が散り、剣戟音(けんげきおん)が鳴り響く。ビスクの繰り出す(やいば)は少しも(おとろ)えがない。どこでこんな剣術を仕込まれたのか不思議に思うくらいの太刀筋(たちすじ)。ただ、騎士に通用するレベルには達していない。


 それにしても厄介だ。ドレス、手袋、そしてストッキングまでも(やいば)が通り抜けてしまう。それを身に着けたのが人間であれば痛みに転げまわるだろうけど、人形に感覚なんてあるはずがない。痛みだけを残す服と、痛みを感じない人形。なんて組み合わせ……。


 けど、勝つ方法がないわけではない。


 ビスクの刃を大きく(はじ)き、サーベルを振った。この人形の唯一(ゆいいつ)露出(ろしゅつ)した箇所(かしょ)――首から上を狙って。


 閃光(せんこう)が散った。


「くっ」


 弾いたはずの刃を、ビスクは驚異的(きょういてき)な速度で首を防御するべく振り下ろしたのである。こんなに素早く対処(たいしょ)されるなんて、思ってもみなかった。さっきまでの太刀筋とはまるで違う。弱点がひとつなら、そこへの防御にこそ全力を(そそ)ぐ、というわけか。どこまでも人間じみてる。


 肩に、ぴり、っと痛みが走った。見ると、ぱっくり()かれている。痛々しく血が流れていたが、やはり、違和感ぐらいしかない。このまま戦い続ければ、気付かぬうちに致命傷(ちめいしょう)()うかもしれなかった。そのうち違和感すら覚えなくなって、ふと自分の身体を見つめれば傷だらけ、なんてことにもなりかねない。そして、水蜜香(すいみつこう)が完全に抜ける(ころ)には、激しい痛みに(もだ)えることだろう。いや、下手をすれば痛みのないまま息()えるかも……。


 そんなの、ごめんだ。


 集中力を()()まし、斬撃の速度を上げた。(あん)(じょう)ビスクは首を守ったが、それでいい。徐々(じょじょ)に速度を上げていけば、どこかの地点でビスクの対応力を凌駕(りょうが)するはずだ。双剣を器用に使った防御は的確(てきかく)で、爆発的な速度を持っているけれど、問題ない。わたしの最高速度には遠くおよばないのだから。


 ビスクは一瞬の(すき)()い、双剣を打ち鳴らした。(まばゆ)い光が、わたしの視界を一瞬にして奪い去る。


 三度目だ、その技は。


 彼女の首へサーベルを走らせる。ほっそりとした華奢(きゃしゃ)なそれに到達(とうたつ)する前に、やはり、刃に防がれた。


 問題ない。想定通りだ。


「らぁ!」


 サーベルを引くと同時に(はな)った後ろ()り。(かかと)に広がった衝撃は、ビスクの軽い身体が吹き飛んだ事実を確かに伝えていた。


 段々と視界が正常になっていく。ビスクは、塔の(ふち)に倒れていた。


 唯一の弱点が首で、しかし、そこへの攻撃は見事なまでに防御される。なら、別の方法を取るだけだ。


 これまでは迎え撃つだけだったが、次はこっちから行く――。


 ココの布は、決して切り裂くことが出来ない。あらゆる切断は、通過するだけで終わってしまうのだ。ただし、衝撃は別。これほど高さのある塔から落下すれば、彼女も自律(じりつ)不可能な傷を()うだろう。


「や、やめろ……」


 目を覚ましたのか、レオンの小さな叫びが聴こえた。


「やめてほしいなら、あの人形を止めて!」


「無理だ、あれは――」


 それ以上の言葉はなかった。おおかたの予想はついていたが、ビスクはレオンの意志にかかわらず、彼の魔力を吸収するようである。制御は出来ず、ただただ人形が止まるのを待つだけ。


 ビスクが立ち上がり、双剣を構えた。ただし、突進してくる様子はない。塔の縁でわたしを待っている。


 どんな戦術だろうと、打ち破ってやる。足に力を()め、意識を研磨(けんま)していった。深く集中するんだ。もっと、もっと、深く。


 本来のわたしなら、とっくに『風華(かざはな)』の空間で(やいば)を振るっていたことだろう。しかし今は、絶対的な(へだ)たりを感じた。集中しているはずなのだが、普段のそれとはどうにも質が違うのである。『風華』は言うなれば、全身が透明になるような集中。一方で今のわたしは、どこか作り物めいた、極彩色(ごくさいしき)の集中なのだ。周囲のあらゆるものが脳にインプットされ、それでいて、頭も身体も過剰(かじょう)なまでに処理出来てしまう。


 ひと口に集中と言っても、雲泥(うんでい)の差がある。つまり、『風華』――切り札が使えない、そんな状況なのだ。


 あとどれくらい、わたしの身体は持ってくれるだろう。さっきから、じわじわとお腹の痛みが大きくなっている。


 大丈夫だ、きっと。最後まで集中力を切らさなければ。


 ビスクまで残り二メートル弱。サーベルを大きく引き、足に力を()めた。彼女は虚空(こくう)を背に、こちらを見据(みす)えている。無表情のまま。


 あと一メートルと少し。


 サーベルの射程圏内(けんない)に入った瞬間、(すべ)るように急ブレーキをかけた。しかし、腕の勢いは決して殺さない。ビスクの首と刃の両方を(とら)えるべく、半円を描くように刃を振るった。


「ああぁあ!!」


 刃の抵抗が、痺れのように腕を(おお)う。それでも、振り抜いた。ビスクの首にはダメージを与えられなかったが、その身は大きくのけぞり――。


「これで――!」


 終わり。


 そのはずだった。


 渾身(こんしん)の力で打ち出した()りは、虚空を(つらぬ)いた。すんでのところで、ビスクが回避したのである。わたしは大きくバランスを失い――。


 サーベルが手から滑り、地で跳ねる。


 直後、足から地面の感触(かんしょく)が消えた。

◆改稿

・2018/09/21 誤字修正。


◆参照

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『風華(かざはな)』→花弁の舞う脳内世界。集中力が一定以上に達するとクロエの眼前に展開される。この状態になれば、普段以上の速度と的確さで斬撃を繰り出せる。詳しくは『53.「せめて後悔しないように」』『92.「水中の風花」』『172.「風華」』にて

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