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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」
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424.「人形演武」

 昇降機(しょうこうき)一瞥(いちべつ)すると、すでに『針姐(はりねえ)』たちの姿はなかった。良か――。


「っ!!」


 銀の閃光(せんこう)(きら)めき、火花が視界に(はじ)けた。


 レオンの人形――ビスクは一瞬で距離を詰め、手にした双剣を交互に繰り出したのである。まるで踊るように。


 思考に()くだけの余裕がない。太刀筋(たちすじ)洗練(せんれん)されていないものの、速度と力が尋常(じんじょう)じゃない。水蜜香(すいみつこう)が弱まりつつあるとはいえ、まだ身体には倦怠感(けんたいかん)が残っているこんな状態じゃ……。


 さっ、と視界に赤が散る。少し遅れて、(ほお)に痛みが走った。


 ()けたと思ったのに、(やいば)(かす)るなんて……。


 両足に力を()め、一気に後ろへ跳躍(ちょうやく)した。そして、サーベルを構え直す。倒れたレオンの横を、ちょうどビスクが()け抜けていった。彼には一瞥(いちべつ)すら与えず、真っ直ぐにこちらに向かってくる。


 呼吸が乱れる。普段ならすぐに集中出来るのに、心にノイズがかかっているみたいだ。明らかにまずい状況なのに、どうしてもエンジンがかかってくれない。


 焦りに気を取られているうちに、ビスクの姿がみるみる(せま)って来る。残り三メートル弱。


 と、不意に彼女が消えた。危機感が心臓の鼓動(こどう)と重なり合って、焦りを加速させていく。右にも左にもビスクの姿はない。いったいどこへ――。


 視界に、()っすらと魔力の糸が浮かび上がる。それは真っ直ぐ、わたしの頭上へと伸びていた。


 ああ、わたしはどうかしてる。魔力を()ることさえ出来ないほど取り乱してたなんて。


 見上げると、視界に銀が(ひらめ)いた。(ふた)つの刃が交差するように振り下ろされる――。


 終わり。素直にそう思った。ビスクの剣はこちらの頸動脈(けいどうみゃく)目がけて直線軌道(きどう)を描いていたし、わたしは致命的(ちめいてき)なまでに集中を()いていたのだから。


 なのに、どうしてそれを回避出来たのか、我ながらさっぱり分からない。自然と身体が動き、流れるように後退していたのである。


 これまでの戦闘経験から来る、本能的な動きだろうか。いや、なんだか違う気がする。生命の危機を感じていたのは確かだったけれど、わたしはまるっきり冷静ではなかったのだ。それどころか今も、思考が千々(ちぢ)に乱れる。


 唯一(ゆいいつ)変化があったとすれば、それは――心だった。なぜだか感情が(たかぶ)る。興奮は目まぐるしく全身を駆けめぐり、血が(たぎ)った。


 どうしたことだろう。明らかに異常だったけれど、救われたことに違いはない。


 ビスクは無表情に――人形だから当たり前だけれど――追撃の一歩を踏み出した。ドレスと同じく純白の、ストッキングに(おお)われた足が駆動(くどう)する。銀に輝くヒールが地をえぐる。肌をすっかり隠すほどの長手袋が(ひるがえ)り、(やいば)が繰り出された。


 剣戟音(けんげきおん)が耳を刺激し、腕に何度も衝撃が走る。


 段々と、思考が薄くなっていくのを感じた。しかし、集中しているわけではない。心のままに肉体を躍動(やくどう)させている――そんな具合。心臓は激しく打ち、次の一手へと全身を駆り立てる。


 なんだか不思議だ。身体に染みついた剣術とはまるで違う太刀筋で、わたしは戦っている。どこにそんなものが眠っていたのかと思ってしまうくらい、野性的な動きだった。


 地を()うごとく大袈裟(おおげさ)に剣を()け、立ち上がる勢いでサーベルを振り上げる。それも、ビスクの刃に向かって。これじゃまるで、火花を楽しんでいるみたいじゃないか――そんな自戒(じかい)も、(たかぶ)った感情の前では無意味だった。わたしはわたしのやりたいようにやるし、そのためになにかを失うのなら本望。そんなふうに感じた。


「調子に乗らないで!」


 叫んでも気分は晴れるどころか、余計に興奮していく。刃を避けてビスクの身体に飛び込むと、高まった感情の命じるまま、その腹へ()りを(はな)った。


 黒髪が激しくなびき、宙を舞う。彼女は見事に、塔の(はし)まで吹き飛んでいった。


 少し落ち着こう。これじゃ、肝心(かんじん)のところで判断を見誤る。激情は諸刃(もろは)(つるぎ)だ。――そう言い聞かせても、鼓動は収まらない。行き場のない感情が心に降り(そそ)ぐ。それでもいくらか、頭を働かせることが出来た。


 魔力の糸は、相変わらずビスクとレオンを結んでいる。


 それにしても、どうして人形にあれほどの身のこなしが出来るのだろう。常識を笑い飛ばしてしまうほどの異常だ。それを実現しているのはレオンに違いないけれど、彼は地に()し、こちらを(うつ)ろな眼差(まなざ)しで見つめるばかり。戦う意志すら見出(みいだ)せない。そのくせ、糸を通じて大量の魔力をビスクに送り込んでいる。


「レオン! 馬鹿げたことはやめて! もうあなたは負けたのよ!」


 ザッヘルとの戦闘で思い知ったはずだ。なのに、こうして自分の婚約者――を()した人形――を使ってでも戦おうとする。そこまでの動機(どうき)がどこにあるというのか。『針姐』とココはとっくに階下へ降りていったことだろう。もはや、取引のために拉致(らち)した人材は彼の手にないのである。


「あなたが取引相手を恐れるのなら、いいわ、わたしが代わりに戦ってあげる! 人攫(ひとさら)いだなんて、馬鹿げたことをスッパリやめられるように!」


 疲れ切った、短い笑いが聴こえた。それを(はっ)したのがレオンであることに気付いて、少し驚いてしまった。笑うことが出来たのか、彼は。


「もうどうにもならない。誰にも、ビスクを止められない。彼女は、私を傷つけた相手を地獄の()てまで追い詰める。(ほか)ならぬ私にさえ、どうにも出来ない」


「それってどういう――」


 疑問の言葉は、途中で()き消えた。ビスクがすぐそこまで迫っていたのである。


 再び、薄刃(うすば)の剣が宙を()いた。耳元で、風を斬る音がする。間一髪(かんいっぱつ)で回避し、刃を受け止め、その身に蹴りを放った――が、今度は避けられた。ビスクはまるで、先ほどの攻撃を学んだかのように、咄嗟(とっさ)に後退したのである。


 この子は……本当に人形なんだろうか。これだけ見事な戦闘をする人形がいるはずない、というのも疑問の要因(よういん)だけれど、根本(こんぽん)は違う。彼女は、戦えば戦うほどに、動きが洗練されていくのである。わたしのサーベルを先読みするように避け、双剣を振るうその(さま)は、優秀で賢い戦士のそれだ。


 わたしは妙な錯覚(さっかく)をしてるんじゃないか? 目の前の敵は、人形という言葉があまりに不似合いだ。たとえば本当は人間で、魔術による錯覚をかけられているだけだとか……。いや、まったく論理的じゃない。彼女を人形に見せることに、なんの意味もない。


 本当はただ、安心したいだけなんだ。彼女の異常さを()き明かして、すっかり納得したいだけ。わけの分からないものほど怖ろしい。敵として刃を振り回すんだからなおさらだ。


 やや距離を置いたかと思うや(いな)や、ビスクは一直線に突進してきた――刃を引いて。


 力押しで来るつもりだろうか。


 二メートル。まだサーベルの届かない距離で、ビスクの両腕が駆動(くどう)した。彼女の手にした両の刃が獰猛(どうもう)な速度で打ち合わされ――。


 甲高(かんだか)い音が耳を(つらぬ)くと同時に、視界が白光(はっこう)に塗り潰された。火花というよりも、閃光(せんこう)。それ自体は魔術でもなんでもない。武器を折らんばかりに打ち合わせた結果の、あまりに意外な目潰しだ。


 まずい、と思ったときには、すでに身体は後退していた。しかし――。


 腹に鈍い痛みが走り、一瞬頭が真っ白になった。


 意趣(いしゅ)(がえ)しだろうか。ビスクはわたしを、猛烈(もうれつ)な力で蹴り飛ばしたのである。


 視界ががくがくと揺れる。目の焦点(しょうてん)が合わない。蹴られたくらいでこんなことになるだろうか、と感じてようやく気が付いた。


『針姐』はしっかり、わたしに忠告(ちゅうこく)を与えてくれたではないか。水蜜香がもたらすものを。


 快楽の次には、頭の回転が早くなり、身体も機敏(きびん)に動く。彼女はそう言っていた。さっきからやたらと頭の回転が早くなっているのは、このせいか。はじめは肉体の動きに負けていたが、頭は急速に回りつつある。そのせいか、周囲の情報が怒涛(どとう)のように押し寄せてきて、かえって混乱するばかりだった。


 今わたしを襲っている眩暈(めまい)は、好調になるための必然的な段階なのだろう。


 しかし、最低のタイミングだ。ぐらぐらと揺れる視界――(あお)いだ空を(おお)い隠すごとく、無感情な顔が現れた。彼女の手には、銀に輝く凶器が握られていて……。


 混濁(こんだく)のなかで、必死に身体を動かそうとしたが無駄だった。刃は、確かな軌跡(きせき)を描いて振り下ろされる。


「ビスク!!!」


 不意に、(やいば)が静止した。彼女の名を呼んだ声。それはあまりに哀切(あいせつ)で、必死で、どこか(むな)しい響きを持っていた。


 (はる)か先――昇降機(しょうこうき)の方角に、ココの姿が見えた。

◆改稿

・2018/09/21 誤字修正。

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