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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」
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423.「欲望の戦地」

 まだ勝負はついていなかった。両手足と左腕を失ってなお、岩石の巨人が脅威(きょうい)であることに変わりない。生物ならまだしも、魔術師に操られている無機物だ。


 レオンは、やけに冷静だった。即座(そくざ)に魔力の糸を、残った腕に(そそ)いだのである。巨人の身体を修復するだけの余裕がないことを見抜いたのだろう。最後の最後まで自分が切れるカードを静かに見つめ、相手を倒す算段(さんだん)をめぐらし続ける――そういう人間だ、きっと。


 一方でザッヘルは、見ている者の寒気(さむけ)を誘うほどの傷を()っている。なのに瞳は生き生きと輝きを(はな)ち、嬉々(きき)とした表情で巨人を(なが)め回していた。もはや、どちらが不利かも分からない。そもそも、ザッヘルのようなタイプははじめて見た。


「もうじき終わってまうなぁ」


針姐(はりねえ)』は荒い吐息(といき)と一緒に呟いた。まるで、終わるのが()しい、とでも言わんばかりの切なげな口調で。


 そうだ……もはや、誰が見ても戦局は終盤。レオンは操り人形を手酷(てひど)く痛めつけられ、しかし戦闘意欲は()せていない。ザッヘルは、いつ意識が飛んでもおかしくないほど血を流している。


 今の今まで自覚がなかったのだが、段々(だんだん)と気分が上向いている。先ほどまで心に押し寄せていた不徳(ふとく)な波も、随分(ずいぶん)と収まっていた。これならサーベルも抜けるかもしれない。それどころか、加勢するのだって――。


 (つか)へと伸ばした手を、引っ込めた。


 ……駄目だ。この空間に割って入るだけの資格を持った人なんて、ひとりもいない。『針姐』の言った可哀想(・・・)という言葉が、ようやく、おぼろげながら理解出来た。


「あんな嬉しそうな顔……はじめてやわ。ええなぁ、(うらや)ましいなぁ……ウチの旦那(だんな)をあんなに喜ばせてやれるなんて」


 つう、と彼女の(ほお)を一滴の(しずく)(すべ)り落ちる。


 瞬間――轟音(ごうおん)とともに土煙(つちけむり)が周囲を(おお)った。『針姐』はともかく、ココにはなにが起こったかさっぱり分からなかっただろう。ほんのわずかだったが、わたしは確かに見た。レオンが魔力の糸をすべて巨人の腕に接続し、拳を打ち込んだのである。ザッヘルが恍惚(こうこつ)とした目付きで拳を引いたのは見えたが、はたしてどうなったことか……。


 わずかな()を置いて、再び激しい激突音が(とどろ)いた。二度三度と鳴り響き、濛々(もうもう)と煙が広がっていく。


 まだ終わってない。きっとレオンは、最後の一塊(いっかい)になるまで巨人の残骸(ざんがい)を操り続けるつもりだろう。あるいは――。


 天高く、なにか(・・・)が打ち上がった。


「あんた!」


『針姐』はこらえきれなくなったのか、絶叫した。宙へ(おど)り出たのはザッヘルで、彼の身には魔力の糸がきつく(から)みついていたのである。


 まずい――思って、立ち上がった瞬間。


 どちゃり、と嫌な音が耳を震わした。叩きつけられたザッヘルが血しぶきを上げ――すぐさま身を起こす。そして立ち上がる勢いそのままに、魔力の糸を引いた。


 こんなことになるなんて、レオンは予想していただろうか。いや、お得意の観察でもたどり着けなかった顛末(てんまつ)に違いない。逆さまに宙へ浮かんだレオンの目は、驚愕一色(きょうがくいっしょく)に染まっていたのだから。


 痛々しい破砕音(はさいおん)が、びりびりと空気を振動させた。そして、ザッヘルの握っていた魔力の糸がさらさらと散っていく。


「大丈夫? 『針姐』」


 いつからかココは、『針姐』の隣で、その身を支えていた。


「ウチは平気……けど、ああ、手当てせんと」


 ふらふらと危なっかしくザッヘルに走り寄ると、彼女は血にまみれた彼の身体を、ひしとかき(いだ)いた。ただただ無言で。


『針姐』の腕のなかで、彼は呆然(ぼうぜん)と空を見上げている。先ほどまでの獣じみた高揚(こうよう)はひと欠片(かけら)もない。すっかり脱力している。


「すごいもの見ちゃったね」とココはなぜだか嬉しそうに言う。


 確かにすごかったけど……あまりにも異常で、なんて反応していいか分からない。並みの騎士でも、あれほど身体を張った戦闘は出来ないだろう。命がけの戦いに、(おび)えや保身(ほしん)を感じない者は一部の猛者(もさ)だけだ。しかしザッヘルは、そんな猛者とも一線を(かく)している。彼は(みずか)らの欲望から、痛々しい戦い方へ身を投じたのだ。


 あまりに常軌(じょうき)(いっ)したものの前では、称賛(しょうさん)なんてどこかへ吹き飛んでしまう。


「ザッヘルの旦那って……」わたしの耳元に口を寄せて、ココがこっそりと(ささや)く。「ド変態だよね」


 これが全部快楽だと言うのなら、まあ、確かに。


 手当てしないと、なんて言ってひたすら抱き着いている『針姐』も大概(たいがい)だけど……。


「ほら、もう『針屋(はりや)』に帰りましょ。早くザッヘルさんをなんとかしてあげないと」


 レオンを倒したのだから、もう邪魔者はいないはず。頂上にとどまっていても、衰弱(すいじゃく)するだけだ。


「ほら、肩貸しぃ」


 ひょいっと『針姐』が彼の(わき)に首を入れる。するとココも、反対側を支えた。『針姐』とザッヘルに()して、ちんまりしたココはなんとも危なっかしい。


「待って、わたしが支え――」


 ぞくり、と嫌な感覚が肌を()けた。魔力の糸が、わたしの真横を伸びていったのである。


 振り向くと、レオンは倒れたままだった。しかし、その身から伸びているのは確かに彼の魔力だ。


 うつ伏せになったレオンが、わずかに頭を持ち上げた。その瞳は、わたしたちよりもずっと先を見ているようで――。


 魔力の糸。その向かう先へ視線を向けた。なにか、とんでもなく悪い予感がする。


 糸は塔の先で消えている。いや、塔の下へ伸びているのか。この位置じゃ、先がどうなってるかなんて分からない。けれど、いったいどこまで続いているのか……。


「大人しく、捕まっていればよかったものを……」


 ぼそり、とレオンの声が聴こえたけれど、糸の先から目が離せなかった。


 風に混じって、軽快な音がする。


「……ココ、『針姐』。急いで昇降機(しょうこうき)のところまで行って……!」


「え、でも」


「でも、じゃなくて! 早く!」


「え、あ、うん……」


 ココは釈然(しゃくぜん)としない様子だったが、なんだっていい。すぐそこまで来ているなにか(・・・)は、確実に良くないものだ。肌を()す異様な気配は、魔物のものでも、血族のものでもない。ただただ不吉な予感としか言えないものだ。


 すぐそばまで、それ(・・)(せま)っている。


「レオン……あなた、なにをしたの?」


「なにを? 痛めつけられただけのこと。傷を()い、地を()っているだけ。……君は、大切な人がいるか?」


 唐突(とうとつ)過ぎる質問だったが、これまでのレオンの調子から考えると随分(ずいぶん)まともだ。コミュニケーションを取れることに驚いてしまう。


 それにしても、大切な人……。たずねられても、少し困ってしまう。誰だろう――。


『クロエ』


 不意に、(なつ)かしい声と姿が、頭に浮かぶ――激しい胸の痛みを(ともな)って。()りし日の幼馴染(おさななじみ)の声が、心を(つらぬ)いていく。


「……大切な人が傷付いていたら、君はどうする」


『おい! クロエをいじめるな!』


 幼かったわたしと、幼かったニコル。彼の勇気に、わたしは救われたのだ。けれど今は……。


「もし、その――大切な人が今もいるのなら、わたしは全力で助けるわ」


 ありえない空想だ。ニコルはすっかり変わってしまったのだから。けれども、幼い(ころ)勇姿(ゆうし)は今も変わらず、胸の奥にしまっている。わたしの、たったひとつの宝物。


 ……ああ、まだ水蜜香(すいみつこう)に浮かされているのだろうか。感覚が鋭敏(えいびん)になったかと思えば、すぐにこうして気が散って――。


 コツコツコツ、と、妙な音が耳に侵入(しんにゅう)した。それは、糸の先から響いてくる。


「逆はどうだ。君がひどく傷付いたとき、必ず助けに来てくれる相手は? ……私には、いる。こちらの意志なんておかまいなしに、私を傷つけた相手を殺しに来る子が」


 やがて音はすぐそこまで接近し――塔の先から、真っ白な影が(おど)り出た。


 薄明(はくめい)の空に、真っ直ぐな(やいば)がふたつ、(きら)めいた。純白のドレスが、宙に(ひるがえ)る。ゆるやかなウェーブのかかった黒髪の(あいだ)で、感情の()せた瞳がわたしを射た。


 息を止め、サーベルを抜き(はな)つ。


 塔に現れたのは、昨晩レオンの小屋で目にした人形(・・)だった。

◆改稿

・2018/09/21 誤字修正。


◆参照

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐

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