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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」
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421.「誰にも救えない男」

 ザッヘルは身を低く沈め、岩石の巨人を(にら)んでいた。そんな彼を嘲笑(あざわら)うでもなく、レオンは巨人の肩で腕を下げて(たたず)んでいる。


 一触即発(いっしょくそくはつ)の空間を、風が吹き去っていく。


「勝ち目は……あるの?」


 緊張感に満ちた沈黙に耐えきれず、わたしはこぼした。


針姐(はりねえ)』は腕組みをして、「さぁね」と呟く。その瞳は真っ直ぐにザッヘルへと(そそ)がれていた。彼女の声色(こわいろ)のどこにも、不安げな雰囲気は感じられない。かといって余裕があるわけでもなかった。


 信頼。そんな言葉がよく似合う声。


旦那(だんな)―!! ファイトー!!」


 ココだけはやたらと元気である。この状況を楽しんでいるとは思えなかったが、清々(すがすが)しいほど一直線な声援だった。


 ザッヘルは勝てるのだろうか。確かに手足の魔術は並みのものではない。とはいえ、普通じゃないのは相手も同じだ。岩の巨体を操れるほどの人形術だなんて、常識を大きく跳び越える光景である。


 水蜜香(すいみつこう)の影響さえなければ加勢出来るのに……。


 思って、紙束(かみたば)に視線を落とす。そこにあるのは、こんな状況にもかかわらず達筆(たっぴつ)な決意だ。そこに籠められた意志はあまりにはっきりとしている。まったく、器用なのか不器用なのか、よく分からない。


「嬢ちゃん、心配せんでええよ。みんなみんな、ウチの阿呆(あほう)な旦那が決めたことやから」『針姐』は薄っすらと笑みを浮かべ――。


「ひゃっ!」


 ――わたしの肩をつついた。


「ちょ、なにするのよ」


 変な声が出てしまったじゃないか。なんだか恥ずかしくて、顔が熱い。


 彼女はクツクツと笑いを漏らし、ひらひらと手を振った。「おもろいわぁ。普段はツンケンしとるのに、可愛い声やねぇ」


「ふ、ふざけてる場合じゃないでしょっ!」


「アハハ。ごめんて。嬢ちゃんがどんくらいドップリ(・・・・)なのか確かめたくって、意地悪しただけ」


 なんだそれ……。悪ふざけは勘弁(かんべん)してほしい。ただでさえ身体と心のコントロールが効かないんだから。


 不意に、『針姐』は真顔で呟いた。「もうじき反動がくるから、気ぃつけや」


「反動?」


「そ。水蜜香の効能(こうのう)は三段階あってねえ。まずは――そらもう、口にするのも恥ずかしい感じになるんよ」


 ニヤニヤと口の(はし)を持ち上げる『針姐』に、まったく反論出来ないのが(くや)しい。顔を真っ赤に火照(ほて)らせるわたしがなにを言ったって上滑(うわすべ)りだ。おまけに、また肩をつつかれたらたまらない。


「で、次には、頭の回転が(はや)なるよ。身体もするする動く」


 あ、それは嬉しい。この脱力感が消えて、サーベルも存分(ぞんぶん)に振るえる、ということだろうか。


 わたしが顔を(ほころ)ばせたせいか、『針姐』はたしなめるように言葉を繋げた。「けど、危険やからね。なにせ、痛みに鈍くなる。気が付いたら死ぬほど血を流してた、なんてザラだからさ」


 痛みか。それらが動きの(さまた)げになること自体が少ない。今までだって、傷の()えない旅路(たびじ)を歩んできたのだから。


「最後には――」


 言葉が宙に浮く。その先が『針姐』の口から語られることはなかった。彼女はぎゅっと口をつぐんで、今まさにはじまった戦闘を凝視(ぎょうし)する。


 なんの前触れもなく、火蓋(ひぶた)は切って落とされた。まずザッヘルの身体が消え、次にレオンが腕を振り上げたのである。


 レオンの手に絡みついた魔力の糸が、ピンと張った。直後――。


 ぐらり、と塔が揺れた。岩石の巨人が、その体躯(たいく)に見合わないほど素早い拳を、背後に打ち込んだのである。巨人の身体で死角になっており、詳しいことは分からなかったが、無意味な攻撃だとは思えない。(はな)たれた拳は明らかに、たったひとつの標的(ひょうてき)を狙っているはずだ。


 ザッヘルの姿を探したが、どこにもない。まさか――。


 巨人が大きく後退する。ぶつぶつと、声の断片が聴こえた。レオンが何事か呟いているのだ。それはきっと、ザッヘルに関する観察に違いない。


 巨人の拳が巻き上げた土埃(つちぼこり)の先に、人影が揺らぐ。レオンも影を確認したのだろう、巨人を疾駆(しっく)させ、ぼんやりした影へ拳を打ち込んだ。


「危な――」


 声が中途(ちゅうと)で消える。危機を伝える言葉など、今のザッヘルには必要ない。なぜなら彼は、一瞬のうちに巨人の足元に回り込み、(かかと)の位置に拳を打ち込んだのだから。


 破砕音(はさいおん)。砕け散る岩。ぐらり、と大きくよろける巨体。そして、意味深に(ひざ)を沈めたザッヘル。


 次の瞬間、彼は一直線にレオンへと跳躍(ちょうやく)していた。さながら、弾丸(だんがん)のごとく。


 目で追うのがやっとの速度と、岩石を砕く攻撃力。なるほど、わたしが一撃で気を失うわけだ。いかに『針姐(はりねえ)』の魔術を(ささ)えにしていても、ザッヘルの動きは卓越(たくえつ)していた。


 気付くと、拳を握っていた。これならレオンの、常軌(じょうき)(いっ)した人形術だって敵じゃない。どれだけの攻撃力を誇っていても、当たらなければ意味はないのだ。


 みるみるうちに、ザッヘルがレオンへと(せま)る。レオンは焦ったのか、片腕を天に向けた。巨人を動かすには遅すぎる対処である。だが――そうでないのならば適切なタイミングだった。


獣網(ヴェスレーテ)


 レオンの声が空間を震わす。瞬間、ザッヘルは彼の指から伸びる魔力の糸に(から)めとられ、空宙で静止した。紫の網が、彼の動きを奪っている。片手から伸びる網でザッヘルを捕らえ、もう片方の手で、巨人の身体をきわどいバランスで(ささ)えていた。


 あれだけ派手(はで)な人形術を維持(いじ)しながら別の魔術――それも、かなり繊細(せんさい)な魔術を(あつか)えるだなんて、思っても見なかった。それはザッヘルも同様と見えて、彼は焦って空中でもがいている。


「このままじゃ……」


「ああ、まずいやろねぇ」と、『針姐』は相変わらずの口調で言い(はな)つ。心配してないなんて思えないけれど、どうして彼女はこうも落ち着いていられるのだろう。だって、レオンと戦ってるのは自分の夫で、しかもちょっとしたピンチなのだ。加勢は出来ずとも、焦るのが普通じゃないだろうか。


 もやもやと奇妙な想いが胸を(おお)ったが、そこに意識を集中させるわけにはいかなかった。レオンが大きく腕を振り、それにつれてザッヘルの身が夜空を旋回(せんかい)したのである。天をひとめぐりするかのごとく、ぐるりと()を描いて――。


「ザッヘル!!」


 わたしの声は届いただろうか。激しく地に叩きつけられた彼に。


 レオンの攻撃は、一度では終わらなかった。次は逆向きに半円を描き、再び叩きつけ、次はそのまた逆、その次も同じく、次も、次も、次も――。


「――っ!!」


 サーベルに手をかけ、引き抜こうとした。が、まるで溶接(ようせつ)されているかのごとく、びくともしない。どうしてわたしはこんな状況で、武器ひとつ抜けずにいるのだ。繊細で親切な男ひとり、救えずにいるなんて。見殺しにするなんて。


 血が弧を描く。レオンは無表情で、ひたすら片腕を振り続けていた。そこに慈悲(じひ)はなく、感情さえ見出(みいだ)せない。どす黒い冷酷(れいこく)さだけが(あふ)れている。


「あああああああぁぁぁぁぁ!!」


 咆哮(ほうこう)に乗せて腕に力を()める。


 水蜜香がなんだ。そんなもの、意志で打ち破ってやる。堕落(だらく)の煙なんて、強固な(しん)には傷ひとつつけられないはずだ。いや、そうでなくちゃ駄目なんだ。


 ぞわり、と全身に痺れが走った。力が抜け、(ひざ)が折れる。しかし、崩れ落ちることはなかった。なぜならわたしは、背後から『針姐』にひしと抱かれていたからだ。


「嬢ちゃん。落ち着きよ」


「落ち……んっ……ついてる……!」


 遊蕩(ゆうとう)魅惑(みわく)だろうが、快楽の波だろうが、今のわたしはそれどころではないのだ。しかし、身体が言うことを聞いてくれない。


 やがて、ぺたりと座り込んでしまった。


「ええか、嬢ちゃん。なんでもかんでも助けられるなんて思わんほうがええよ。ウチの阿呆(あほう)は、誰にも救えやしないんだ」


 飛び散る血潮(ちしお)を、『針姐』は目にしているのだろうか。もう何度叩きつけられたと思ってるんだ。


 と、不意に苛烈(かれつ)な攻撃が止まった。そして、魔力の網も消える。レオンは小首を(かし)げ、わずかに顔をしかめた。


「笑み……。嘲笑(ちょうしょう)嗤笑(ししょう)戯笑(ぎしょう)……? いや、違う……」


 レオンの声には、明らかな狼狽(ろうばい)(ふく)まれていた。その気持ちはよく分かる。


 血まみれになったザッヘルは、両の足で地を(とら)え、恍惚(こうこつ)と笑っていたのだから。

◆改稿

・2018/09/21 誤字修正。


◆参照

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『人形術』→無機物を操作する魔術。複雑な機構のものを操るのは不可能とされている

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